この記事では、クライメートテックの文脈で注目を集める持続可能な航空燃料SAF(Sustainable Aviation Fuel)の製造法の一つであるATJ(Alcohol to Jet)について解説します。
概要
ATJ(Alcohol to Jet)とは糖源 (通常はサトウキビやトウモロコシなどの作物) をエタノールやイソブタノールに変換することで、SAFを製造する製造法。
原料:
- ATJプロセスでは、主にバイオマス由来のアルコールが原料として使用されます。これには、エタノールやブタノールなどが含まれます。これらのアルコールは、サトウキビ、トウモロコシ、木材、農産物残渣など、様々なバイオマス原料から製造できます。
製造プロセス:
- ATJの製造プロセスは以下のステップで構成されます。
- アルコールの製造: バイオマス原料からアルコール(通常はエタノール)を製造します。
- 脱水(Dehydration): アルコールから水分子を取り除き、対応するオレフィン(エチレン・ブテン等の不飽和炭化水素)に変換します。
- 重合(Oligomerization): 低級オレフィンを結合させ、ジェット燃料の炭素数域(C8〜C16)まで炭素鎖を伸長します。
- 水素化・精留(Hydrogenation / Distillation): 不飽和結合を水素化して安定なパラフィン系炭化水素とし、ジェット燃料留分に精製してATJ-SPKを得ます。
なお、水素化脱酸素(HDO, Hydrodeoxygenation)は廃食油・動物油脂を原料とするHEFA経路の中核工程であり、ATJ経路の主反応ではない点に注意が必要です。ATJはアルコールの水酸基を脱水で除去する経路をとるため、油脂原料のような大量の脱酸素反応を必要としません。
他の製造法に対する優位性:
- 原料の多様性:
ATJはバイオマス由来のアルコールを使用するため、天然由来の再生可能な資源を利用できます。 - 既存の燃料との互換性:
ATJで生成されるジェット燃料(SAF)は、既存の航空機エンジンや燃料インフラとの互換性が高く、新規の設備投資を最小限に抑えることができます。
課題:
- 製造コスト: ATJの製造コストが他のSAF製造法に比べて高いことが課題とされています。
- スケールアップ: 商業規模での生産において、効率的で持続可能な方法でスケールアップすることが課題です。
商業化の進捗:
- ATJは実験室レベルからパイロットプラントまでの段階で成功を収めていますが、商業化の進捗はまだ初期段階です。いくつかの企業や研究機関がATJ技術を開発しており、航空産業において将来的な展望が期待されています。しかし、コストやスケールアップの課題をクリアする必要があります。
ATJ製造プロセスの全体像 — 原料から認証まで
ATJはアルコール(主にエタノールまたはイソブタノール)を中間原料として炭化水素系ジェット燃料に変換する技術。製造ステップは(1)バイオマス発酵→アルコール、(2)脱水→オレフィン、(3)重合→炭化水素、(4)水素化・精留→ATJ-SPKの4段階。
ATJ製造ステップと中間生成物
| ステップ | 主な反応 | 中間生成物 | エネルギー消費 |
|---|---|---|---|
| ① 原料発酵 | 糖→エタノール(またはイソブタノール)発酵 | エタノール/イソブタノール(C₂〜C₄) | 低(生物学的反応) |
| ② 脱水(Dehydration) | エタノール → エチレン(触媒脱水、約200〜450℃) | オレフィン(エチレン/ブテン) | 中 |
| ③ 重合(Oligomerization) | 低級オレフィン → 高級炭化水素 | C8〜C16 炭化水素混合物 | 中 |
| ④ 水素化・精留 | 不飽和結合を水素化し、ジェット燃料留分に精製 | ATJ-SPK(Synthesized Paraffinic Kerosene) | 中(水素使用量に依存) |
SAF製造法別CI値・コスト・認証比較
ATJはHEFAと並ぶ主要なSAFパスウェイだが、製造ステップが多くコスト高になりやすい。一方、廃棄物系・セルロース系の原料を使うとCI値が著しく低くなり、規制クレジット市場での高収益が期待できる。
| SAF製造法 | CI値(gCO₂e/MJ) | 製造コスト(参考) | ASTM認証 | 主な強み・弱み |
|---|---|---|---|---|
| ATJ-SPK(穀物エタノール原料) | 40〜60 | $1.8〜3.5/L | D7566 Annex A5(2016年承認) | ◎原料供給安定、△CI値は中程度 |
| ATJ-SPK(廃棄物・セルロース原料) | 5〜25 | $2.5〜5.0/L | D7566 Annex A5(原料拡張版) | ◎CI値が低くLCFS収益大、△製造規模が小 |
| HEFA-SPK(廃食油・動物油脂) | 15〜40 | $1.2〜2.5/L | D7566 Annex A2(2011年承認) | ◎最も商業成熟、△原料の持続可能性制約 |
| FT合成(バイオマスガス化) | 5〜30 | $3.0〜6.0/L | D7566 Annex A1(2009年承認) | ◎原料多様性最大、△高設備投資 |
| Power-to-Liquid(PtL)e-SAF | −10〜30(再エネ電力依存) | $5.0〜12.0/L(現状) | D7566 Annex A7(2021年承認) | ◎将来的に最低CI、△コスト高・水素供給依存 |
出典:ICAO SAF経路レポート、CAAFI(Commercial Aviation Alternative Fuels Initiative)技術文書、ASTM D7566規格。コストは2024〜2026年の参考値であり、原料・地域・工場規模により変動する。
ASTM D7566 Annex A5 — ATJ-SPK認証規格の要件
ATJ-SPKは2016年にASTM D7566 Annex A5として認証され、最大50%混合(Neat ATJ-SPK)でジェット燃料(Jet A/Jet A-1)に混合可能となった。認証要件の主要点:
- 原料アルコール:エタノール(C₂)またはイソブタノール(C₄)が主要原料として承認。セルロース系・廃棄物系も対象。
- 混合比率上限:最大50%(従来のHEFA等は最大50%。Annex A5は当初50%制限)。
- フラッシュポイント・密度・芳香族含有量:Jet A-1規格(EN 2747に相当)を満たすことが必要。
- 供給保証:ICAOは2030年のSAF使用量目標の内、ATJが10〜20%を担うと想定。
商業プロジェクト事例(2025〜2026年)
| 企業・プロジェクト | 国 | 原料 | 規模・状況 | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|
| Gevo(ゲボ)Net-Zero 1 | 米国(サウスダコタ州) | トウモロコシ由来エタノール + 再エネ電力 | 年産65M ガロン計画(2026年稼働目標)。投資額約10億ドル | 再エネ電力・低炭素農業でCI値を約30 gCO₂e/MJ以下に抑える設計。アメリカン航空と長期契約 |
| LanzaJet(ランザジェット)Freedom Pines | 米国(ジョージア州) | 廃棄物由来エタノール(LanzaTech工程) | 年産10M ガロン(2023年稼働済みの実証規模) | 製鉄所排ガス(CO/CO₂)をエタノールに変換するLanzaTech発酵→ATJの一貫プロセス。CI値が低い廃棄物系 |
| Axens / IFP Energies Nouvelles | フランス | 第二世代バイオエタノール | AlcheMyプロセスを欧州の大規模工場向けにライセンス展開中 | 脱水+オリゴマー化の工業化ノウハウを持つ |
| Vertimass | 米国(カリフォルニア州) | セルロース系エタノール(廃棄物系) | DOE資金援助のパイロット段階 | 単段階触媒変換(脱水+重合の一体化)でコスト削減を目指す |
日本国内のATJ関連動向
日本ではATJ商業プラントはまだ存在しないが、以下の取り組みが進んでいる。
- 経産省グリーンイノベーション基金:SAF製造技術の研究開発として、HEFA・ATJ・FT合成の3パスウェイを支援対象に含む。ATJについては廃棄物・バイオマス由来エタノールの活用を重点としている。
- NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構):バイオリファイナリー分野でセルロース系エタノール→ATJ変換の研究支援を継続。
- 航空会社の需要創出:JAL・ANAともに2030年のSAF使用比率10%達成に向け、国産SAFの調達先としてATJ技術の国内商業化を期待している。
- 製糖・食品廃棄物業界:サトウキビ由来エタノールや食品廃棄物系エタノールを原料とするATJの可能性について、農林水産省のバイオマス政策と連携した検討が進みつつある。
ATJの収益モデル — CI値改善による規制クレジット収益
ATJ-SPKの収益性は燃料販売価格だけでなく、CI値の低さに応じた規制クレジット(LCFS、CORSIA等)の収益が加算されることで大きく改善する。廃棄物系原料を使用した低CI-ATJは特に有利。
| 原料タイプ | ATJ-SPK CI値 | LCFS収益(参考試算) | CORSIA対応 |
|---|---|---|---|
| 穀物エタノール(トウモロコシ) | 40〜55 gCO₂e/MJ | $0.10〜0.20/L | ◯(基準を下回る) |
| サトウキビエタノール | 25〜40 gCO₂e/MJ | $0.20〜0.35/L | ◯(削減幅が大きい) |
| 廃棄物・セルロース系エタノール | 5〜20 gCO₂e/MJ | $0.45〜0.70/L | ◎(高い削減実績) |
※LCFS Credit価格$75/t-CO₂、ジェット燃料基準CI 88 gCO₂e/MJ、SAF熱量34 MJ/Lを仮定した参考試算。出典:CARB LCFS、ICAO CORSIA。実際の収益はLCFS価格変動・認証コスト等により異なる。
よくある質問(FAQ)
- Q1. ATJとHEFAはどちらが有利?
- 現状の商業コストはHEFAが低く($1.2〜2.5/L対$1.8〜5.0/L)、製造量も多い。ただし廃食油等のHEFA原料は供給制約があり、中長期的に供給量が頭打ちになると予測される。一方ATJはセルロース・廃棄物・工業廃ガス由来など原料の多様性が高く、2030年代以降の大規模SAF供給の主力候補と位置づけられる。
- Q2. CO₂由来のe-ATJはATJに含まれる?
- CO₂+H₂からエタノールを製造してATJ工程に供給する技術(Power-to-Ethanol → ATJ)はPtL-ATJと呼ばれ、ASTM D7566 Annex A7(e-SAF)とは別の認証パスウェイになる。両者の境界はATJ工程の手前でアルコールを生成する原料の違いにある。
- Q3. 日本でATJ製燃料の購入は可能?
- 2026年現在、日本国内でのATJ商業生産は未実用化。航空会社がSAFを調達する場合、主に欧米のHEFAまたは廃油系SAFを輸入している。国内ATJ商業化は2030年前後が見込まれており、GIファンド採択企業の動向が鍵となる。