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CCS/CCU技術の事業化 — 炭素回収・利用・貯留の収益構造と日本の法整備

CCSで利益が出る層は、回収装置ではない。輸送と貯留である。ただしその利益は独占レントではなく、規制と長期契約に守られた低リスク・低リターンの規制収益に近づく——これが2024年5月に成立した二酸化炭素の貯留事業に関する法律(令和6年法律第38号、いわゆるCCS事業法)が日本のCCS市場に与えた性格だ。制度が整えば自動的に事業になるわけではない。制度は、公的支援と炭素価格が経済性の空白を埋めているあいだだけ、事業を成立させる器を用意したにすぎない。

CCSは削減手段ではなく処理サービス業である

CCSの収益源を、削減したCO2量の販売と取り違えると事業計画は破綻する。売っているのは処理サービスであり、対価は廃棄物処理と同じくトン当たりの受入料金(tipping fee)だ。この一点で、クレジット販売型のカーボンビジネスとは収益ロジックが根本的に異なる。

クレジット型は価格変動リスクを事業者が丸ごと負う。ボランタリー市場の価格が半減すれば収益も半減する。対してCCSの処理料金は、排出者との長期オフテイク契約で固定できる。事業者が負うのは価格リスクではなく、稼働率リスクと地質リスクだ。ただしtake-or-pay条項による稼働率リスクの転嫁は、実務上そう簡単ではない。排出者側は自社の生産変動や設備更新に縛られない条件を求めるため、20年超のtake-or-payを飲む顧客は限られる。契約でリスクを移せるという前提そのものが、初期案件では検証されていない。

地質リスクも一方向ではない。圧入実績の蓄積は不確実性を下げる方向に働くが、圧入継続によって貯留層圧力が上昇し、断層再活性化や誘発地震のリスクが顕在化する経路もある。苫小牧実証(2016〜2019年に約30万トンを圧入)が示したのは、モニタリング体制が機能すれば地震活動とCO2挙動を区別できるという運用面の知見であって、長期の地質リスクがゼロに近いという証明ではない。

参照すべき先行モデルは、廃棄物処理、天然ガスパイプライン、LNG受入基地、地下ガス貯蔵である。いずれも初期投資が巨大で、回収期間が20年を超え、規制価格または長期契約で収益が安定する産業だ。英国が輸送・貯留(T&S)事業に規制資産ベース(RAB)方式を採用したのは、この類似性を制度として認めた結果といえる。

バリューチェーン4層の収益とリスク

収益源 主要リスク 想定プレイヤー
①排出者(顧客) 収益なし。回避される化石燃料賦課金・GX-ETS対応費用が便益 炭素価格が想定ほど上がらず投資が空振り/CCS費用の製品価格転嫁の失敗 製鉄、セメント、化学、電力、製油所
②回収事業者 設備EPC・リース料、O&M契約料、性能保証付きサービス料 回収率・エネルギー消費の性能保証リスク、ライセンス競争による利益率圧縮 プラントエンジニアリング、ガス機器メーカー、技術ライセンサー
③輸送事業者 導管使用料・船舶輸送料(容量課金+従量課金) アンカー顧客脱落による稼働率低下、料金規制による上限設定 ガス導管事業者、海運、商社
④貯留事業者 圧入受入料金+公的支援 地質・漏出リスク、長期責任、拠出金水準の未確定 石油天然ガス開発事業者、電力、外資系エネルギー企業

利益プールの所在を独占性だけで説明すると誤る。貯留適地は地理的に有限で、CCS事業法により貯留権が排他的権益として設定される。導管網は一度敷設されれば自然独占となる。希少性はたしかに③④に偏在する。だが自然独占はそのまま料金規制の対象になりやすく、規制は独占レントを削る。英国のRAB方式は、収益上限と接続義務をセットで課すことで、まさにこの独占レントを政策的に回収する仕組みだ。

したがって③④の魅力は高収益率ではなく、収益の安定性とデュレーションの長さにある。資本コストの低い事業者——インフラファンド、商社、大手エネルギー——にとっては投資妙味があり、高いIRRを求める事業会社にとっては期待外れになる。加えて、日本の初期案件の収益は先進的CCS支援事業の公的支援に大きく依存している。支援の設計が変われば④の採算は直接影響を受ける。独占的権益を持つことと、その権益から高いリターンを得ることは別の話だ。

回収コストが決める市場化の順序

CCSの経済性を決める最大の変数は、排ガス中のCO2濃度である。これは物理の問題であって、技術革新で簡単に覆るものではない。分離は濃度差に対する仕事だからだ。

天然ガス処理、アンモニア製造、バイオエタノール発酵から出るCO2はほぼ純ガスに近く、圧縮と脱水だけで済む。IEAやGlobal CCS Instituteの公表レンジでは、こうした高濃度源の回収コストはトン当たり15〜30米ドル程度とされる。石炭火力排ガス(CO2濃度おおむね12〜14%)とLNG火力排ガス(同4%前後)では事情が異なり、濃度が低いLNG火力のほうが単位当たり回収コストは高い。石炭火力で50〜80米ドル、LNG火力で80〜120米ドル程度が公表レンジの目安だ。DACはさらに一桁近く高い水準にあるが、実機の稼働データが限られており、公表値は事業者の目標値と実績値が混在する。ここでは具体的な数値を挙げない。

ここで決定的なのは、炭素価格と比較すべきは回収コストではなくフルチェーンコストだという点だ。輸送と貯留を加えると、船舶輸送を伴う日本の想定案件では、輸送でトン当たり20〜50米ドル程度、圧入・モニタリングを含む貯留で10〜30米ドル程度が上乗せされる(各種公表資料に基づく試算レンジ)。高濃度源であっても、フルチェーンでは45〜110米ドル。石炭・LNG火力では80〜200米ドルの帯に入る。1米ドル150円換算(2025年の実勢を前提とした試算)なら、高濃度源のフルチェーンで概ね7,000〜16,000円/トン、火力では12,000〜30,000円/トンとなる。

この水準を日本の炭素価格スケジュールに重ねると、時系列が読める。化石燃料賦課金は2028年度から、化石燃料の輸入事業者等を対象とする上流課金として導入され、当初水準は低位に設定される方針だ。GX-ETSは2026年度から、年間CO2排出量10万トン以上の事業者を対象に法的義務を伴う制度へ移行する。発電事業者への有償オークションは2033年度からの段階導入が予定されており、これは発電部門に限定された措置であって、製鉄・セメント・化学の読者が自社に直接適用されると読むのは誤りだ。

結論は明快だ。2020年代いっぱい、日本の炭素価格だけでCCSがフルチェーンで自立する水準には届かない。この空白を埋めるのが先進的CCS支援事業であり、支援なしで成立する案件は現時点で存在しないと考えるのが現実的だ。

事業開発上の示唆は実務的である。初期案件は高濃度・臨海・大規模の三条件を満たす拠点に集中する。高濃度でなければ回収コストが跳ね、臨海でなければ船舶輸送や海底貯留層へのアクセスコストが積み上がり、大規模でなければ固定費が薄まらない。JOGMECが選定した先進的CCS支援事業は2023年度に7件、2024年度以降にも追加案件が採択され、苫小牧周辺、東新潟、首都圏、西日本の臨海コンビナート、そしてマレーシア等への輸出を含む構成になっている。地理的偏りは偶然ではない。内陸の中小排出源からのCCSは、輸送コストの構造上、2030年代前半までは事業として成立しにくい。

製鉄所が最初の顧客にならない理由もここにある。高炉ガスは組成が複雑でCO2濃度も中程度、しかも排出量が巨大なため必要な貯留容量が桁違いに大きい。鉄鋼業の脱炭素は、CCSよりも水素還元製鉄と電炉転換が主戦場になる。CCSは補完手段だ。

CCS事業法の要点を事業機会として読み替える

CCS事業法が生んだ最も重要なものは、規制ではなく権益である。同法は鉱業法に類似した枠組みで、経済産業大臣が区域を指定し、試掘権および貯留権を付与する構造を採る。貯留権者は当該区域で排他的にCO2を圧入できる。法律は2024年5月に公布され、貯留事業の許可に関する規定を含む本体部分は2026年5月までの政令で定める日から施行される段取りで、政省令・審査基準の整備が事業者の実際の意思決定を左右する。

日本近海の貯留ポテンシャルについては、経済産業省・JOGMECの調査で累計160億トン規模の貯留可能量が示されているが、これは地質学的な理論容量に近い性格の推計であり、経済的に圧入可能な容量はこれを大きく下回る。大規模圧入に耐える構造はさらに絞られる。貯留権が早い者勝ちの排他的資産になるという構図は、石油・ガス上流の権益取得競争とほぼ同じだ。すでに探査ポジションを取った事業者は、将来の炭素価格上昇局面でオプション価値を手にする。

輸送についても同法は許可制を敷いた。導管は物理的に自然独占であり、一本敷かれれば並行して二本目を敷く経済合理性はない。したがって第三者アクセス(TPA)のルールを誰が握るかが、実質的な政策論点になる。英国はT&S事業者を規制対象とし、収益上限と接続義務をセットで課すことでこの問題を処理した。日本も許可制と業務規程の認可を通じて同様の統制を行う設計だが、料金水準の決定プロセスが不透明なままでは上流の回収投資は動かない。導管使用料が読めなければ、回収設備の投資回収計算が組めないからだ。

長期責任移転が④のリターンの質を決める

貯留事業者の投資判断を最終的に左右するのは、圧入終了後の責任がいつ誰に移るかである。CCS事業法は、圧入終了後に貯留事業者がモニタリングを継続し、CO2の挙動が安定したと確認された段階で、事業者の申請と経済産業大臣の確認を経てJOGMECへ管理業務が移管される構造を採る。移管後の監視はJOGMECが担い、事業者は原則としてそこから解放される。

ただし三点が未確定のまま残っている。第一に、挙動の安定を判断する具体的な技術基準と、圧入終了から移管までに要する期間が政省令・ガイドラインに委ねられている。第二に、移管後に事業者の故意・重過失に起因する漏出等が判明した場合の残余責任の範囲が明確でない。第三に、移管の対価として事業者が拠出する金銭の水準が定まっていない。

この三点目が特に重い。拠出金は圧入トン当たりのコストとして事業計画に直接乗る。水準が確定しない限り、④貯留事業者のIRRは計算できない。逆に言えば、拠出金水準の決定が、日本のCCS投資が動き出すかどうかを左右する単一で最大の制度変数になる。英国のように国が上限を設けた責任移転スキームを採るのか、事業者負担を厚くするのか。この設計次第で、貯留事業の性格は規制収益型のインフラ事業にも、実質的に無限責任を抱えた開発事業にもなりうる。

CCUは市場ではなく用途探索の段階にある

CCUは、回収したCO2をコンクリート養生、化学品原料、合成燃料などに使う経路の総称だ。CCSと並置して語られることが多いが、収益構造はまったく異なる。CCUで売るのは処理サービスではなく製品であり、事業者は製品市場の価格競争にさらされる。CO2由来ポリカーボネートやメタネーション由来の合成メタンは、化石由来の同等品に対して価格プレミアムを乗せなければ成立しない。

規模の桁も違う。日本のCO2排出量が年間10億トン規模であるのに対し、CO2を原料として消費する化学品市場は世界全体でも数億トン規模にとどまり、しかもその多くは既存の副生CO2で賄われている。CCUを排出削減の主軸に据えるのは、市場規模の点で無理がある。

例外はコンクリートだ。CO2をコンクリート製造や骨材に固定する技術は、原料の消費量が大きく、製品が長期間存在し続けるため、貯留に近い性質を持つ。日本ではNEDOのグリーンイノベーション基金がCO2吸収型コンクリートの開発を支援しており、公共調達での採用が進めば、グリーンプレミアムを政策的に確保できる数少ない領域になる。CCUに事業機会を求めるなら、化学品ではなく建材と公共調達を見るのが合理的だ。

課題・反論・代替視点

最大の障壁はコストである。分離回収には依然としてCO2 1トンあたり数千円から1万円超を要し、現行のカーボンプライシング水準では投資回収の見通しを立てにくい。回収工程自体が電力と熱を消費するためエネルギーペナルティも無視できず、電源構成によっては正味の削減量が想定を下回る。

貯留適地の制約も大きい。地震国である日本では長期の漏洩監視義務が重く、事故時の責任を事業者と国のどちらがどこまで負うかは制度設計上の難問として残る。CCUについては、合成燃料や化学品として利用されたCO2の多くが使用段階で再放出される点で、これを「削減」と計上してよいのかという炭素会計上の批判が根強い。

さらに、化石燃料の延命策として排出削減の先送りを招く「モラルハザード」との指摘もある。再エネや電化のほうが安価な領域では代替手段を優先し、CCSは製鉄・セメント・廃棄物処理といった削減困難分野に限定して適用すべきだという見方が、事業化推進論に対する有力な対抗軸となっている。

日本市場・日本企業への示唆

日本企業にとってCCS/CCUは、単なる環境対策ではなく新たな収益事業として位置づけられる段階に入った。2024年成立のCCS事業法により貯留事業の許可制度と貯留権が整備され、事業者は法的安定性を確保しつつ長期投資を判断できる環境が整いつつある。JOGMECの先進的CCS事業支援を通じ、苫小牧、東新潟、マレーシア・豪州へのCO2輸送を含む複数案件が実証段階から商用化へ移行しつつある。

商機は三層に分かれる。第一に、鉄鋼・セメント・化学など排出源となる素材産業は、分離回収設備の導入コストとカーボンプライシング負担を天秤にかける段階にあり、2026年度以降のGX-ETS本格稼働で内部炭素価格の設定が実務課題となる。第二に、プラント・エンジニアリング各社や商社は、回収設備の設計調達建設、液化CO2船による輸送、貯留サイト運営という一連のバリューチェーンで事業機会を得る。とくにCO2輸送船は日本の造船・海運の技術的優位を活かせる領域である。第三に、CO2を原料とする合成燃料や化学品、コンクリート養生などのCCU分野では、製品価格プレミアムを消費者や公共調達がどこまで受容するかが収益性を左右する。

課題は明確である。国内の貯留適地は限られ、海外貯留に依存する場合は越境輸送に関する二国間取極とロンドン議定書上の整理が前提となる。また閉鎖後の長期監視責任をどこまで国が引き受けるかは、投資回収期間の見積もりに直結する。日本企業は、政策の確度を見極めながら、単独ではなく異業種連携によるハブ&クラスター型の事業構築を選択肢として検討すべき局面にある。

まとめ

CCSの利益プールは輸送と貯留にある。ただしそれは高収益率を意味しない。自然独占と排他的権益は料金規制と表裏一体であり、事業の性格は規制資産型の低リスク・低リターンに収斂していく。資本コストの低い事業者にとっては合理的な投資対象であり、高いIRRを求める事業会社にとっては期待外れになる。この見極めが、参入判断の分岐点になる。

経済性の評価は、回収コストではなくフルチェーンコストで行うべきだ。輸送と貯留を加えたコストは、日本の想定案件で高濃度源でもトン当たり7,000〜16,000円、火力では12,000〜30,000円の水準に達する(1米ドル150円換算での試算)。これに対し、2028年度導入の化石燃料賦課金は当初低位で、発電事業者への有償オークションは2033年度からの段階導入だ。炭素価格だけでCCSが自立する局面は2020年代には訪れない。この期間、案件の採算は先進的CCS支援事業の設計に依存し続ける。CCUは化学品用途では市場規模が足りず、コンクリートと公共調達に限って現実的な収益機会がある。

分水嶺は、政省令で定まる長期責任移転の拠出金水準と、輸送導管の料金規制の透明性である。前者が確定しなければ貯留事業のIRRは計算できず、後者が読めなければ回収投資は動かない。2026年から2028年にかけての制度詳細の決定が、日本のCCSが実証案件の集合にとどまるのか、産業として立ち上がるのかを決める。貯留権のポジション取りは今のうちに、本格投資の判断は制度詳細の確定後に——この二段構えが、現時点で取りうる最も合理的な戦略だ。


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