この記事では、クライメートテックの文脈で注目を集める持続可能な航空燃料SAF(Sustainable Aviation Fuel)の製造法の一つであるMTJ(Methanol to Jet)について解説します。
概要:
MTJ(Methanol to Jet)研究段階の最新技術で、バイオマスとクリーン水素をメタノールに変換し、そのメタノールをSAFに加工する製造法です。
原料:
- MTJプロセスでは、主要な原料としてメタノール(Methanol)が使用されます。メタノールは、天然ガスやバイオマスなどの原料から製造されることがあります。
製造プロセス:
- MTJの製造プロセスは以下のステップで構成されます。
- メタノール製造: メタノールは、天然ガス(メタン)をシンガスに変換し、シンガスをメタノールに合成する方法や、バイオマスを利用して発酵や化学プロセスにより製造されます。
- シンガス生成: もしメタノールが天然ガスから得られた場合、メタノールを再びシンガスに変換します。
- 合成ガソリンの生成: メタノールを脱水・オリゴマー化反応(メタノール→DME→オレフィン→ジェット燃料留分)によりジェット燃料に変換します。
他の製造法に対する優位性:
- 原料の入手性:
メタノールは天然ガスやバイオマスから製造できるため、原料の入手性が高く、地域によらず生産が可能です。 - メタノールの既存生産:
既存のメタノール製造設備を使用して、比較的容易にMTJプロセスに切り替えることができます。
課題:
- 研究段階:
MTJは他の製造法に比べまだ開発途上であり、商業化が遅れています。 - コスト:
MTJの製造コストが他のSAF製造法に比べて高いことが課題とされています。 - 効率性:
メタノールからシンガスを生成し、その後再び合成燃料に変換する段階でのエネルギー損失が課題です。
商業化の進捗:
- MTJは研究段階から実証プロジェクトまで進展していますが、商業化の進捗はまだ初期段階です。一部の企業や研究機関がMTJ技術の開発を行っていますが、コストや効率性の向上が商業化の鍵となります。将来的な展望としては、原料の多様性と既存のメタノール生産インフラの利用がポイントとなります。
MTJ製造プロセスの全体像(MTO/MTG/MTJ)
MTJ(Methanol-to-Jet)はメタノールを中間体として液体航空燃料に変換する多段プロセス。メタノール経由の利点は、様々な原料から大規模生産が確立されていること。
| ステップ | 内容 | 変換効率(概算) | 主要技術・触媒 |
|---|---|---|---|
| 原料調達 | 天然ガス/バイオマス/廃棄物ガス/再エネ+CO₂(e-methanol)からメタノール合成 | — | SMR(steam methane reforming), ATR, CO₂+H₂合成 |
| MTO(Methanol to Olefins) | メタノール → エチレン・プロピレン等の軽質オレフィン | 〜75〜80%(炭素収率) | ゼオライト触媒(SAPO-34, ZSM-5) |
| オリゴマー化・水素化 | オレフィン → ジェット燃料留分に適した炭化水素 | 〜90% | 固体酸触媒・Ni/Pd水素化触媒 |
| 精製・蒸留 | ジェット燃料留分(Jet A-1規格)分取・未反応物循環 | 〜95%(精製収率) | 標準的な石油精製設備 |
原料(メタノール)別の炭素強度(CI)とコスト比較
| メタノールの種類 | 原料 | CI値(gCO₂e/MJ-SAF)概算 | メタノール価格目安(2024) |
|---|---|---|---|
| グレーメタノール(天然ガス由来) | 化石天然ガス | +60〜+90(化石代替にならない) | $200〜400/t |
| バイオメタノール(廃棄物/バイオマス由来) | 廃棄物ガス・木質バイオマス | −30〜+20(廃棄物起源ならマイナス可) | $600〜1,200/t |
| e-メタノール(CO₂+グリーン水素) | 再エネ電力 + DAC/産業CO₂ | −70〜0(再エネ&DAC依存) | $800〜2,000/t(現在)→ 将来$400〜600目標 |
ASTM D7566認証とMTJ-SAFの現状
- 認証規格:MTJはASTM D7566 Annex A7(ATJ-SPK)またはAnnex A8として審査中(2024年時点)。FT-SPK(Annex A1)やATJ(Annex A5)より認証プロセスが遅い。
- 混合比率:認証後の暫定的なブレンド上限は50%(Jet A-1と混合)。認証完了後は純粋なMTJ-SAFとして使える可能性も検討中。
- CORSIA適格性:e-メタノール由来のMTJはICAO「CORSIA」の適格SAFとして承認の方向で議論中(バイオメタノール系は条件付き承認済み)。
商業プロジェクト・実証事例
| プロジェクト | 場所 | 規模(計画) | メタノール原料 | 状況 |
|---|---|---|---|---|
| Carbon Engineering(Oxy子会社)→ MTJルート検討 | カナダ・米国 | 未公表 | DACからのCO₂+グリーンH₂ | DACからのeFuels全般を研究。MtJはルートの1つ |
| Haldor Topsøe(現Topsoe)e-methanol → SAF | デンマーク | e-Methanol商業プラント技術ライセンス提供中 | CO₂+グリーンH₂ | e-methanol合成技術(eSMR Methanol)の商業ライセンス展開 |
| 出光興産・JERA等 | 日本 | 実証規模 | バイオマス・廃棄物由来メタノール | NEDOプロジェクト参加。2030年代商業化に向け実証中 |
MTJ vs 他のSAF製造法の比較
| 製造法 | TRL(2024) | コスト($/t) | 強み | 弱み |
|---|---|---|---|---|
| HEFA | TRL9(商業生産中) | 1,200〜2,000 | 最も安価・認証済 | 原料(廃食油)の量に限界 |
| ATJ(エタノール系) | TRL8〜9 | 1,500〜2,500 | 原料多様(セルロース等) | エタノール原料競合・エネルギー効率やや低 |
| MTJ | TRL5〜7 | 2,000〜5,000 | e-メタノール化でスケール可能・既存インフラ活用 | 認証遅延・現状コスト高 |
| PtL(FT経由) | TRL5〜7 | 3,000〜8,000 | DAC+再エネで高いCI削減 | 最もコストが高い |
MTJプロセスが注目される構造的な理由——メタノールという「貯めて運べる中間体」
SAF製造法を比較する際、変換効率や単位コストだけを並べると MTJ は不利に見える。しかし実務の意思決定では、効率以外の三つの性質が効いてくる。
第一に、メタノールは常温常圧で液体であり、既存のケミカルタンカーとタンク設備でそのまま輸送・貯蔵できる。水素を液化あるいはアンモニア化して運ぶ場合に必要な極低温設備や毒性対策が要らない。再エネが安い地域(中東、南米、豪州、北欧)で e-メタノールを合成し、航空需要が集中する地域の既存製油所へ運んで MTJ 工程だけを現地で行う、という地理的な分業が成立しやすい。
第二に、メタノールは既に世界で年間 1 億トン規模が生産・取引されている汎用化学品である。価格指標が存在し、長期契約の商慣行も整っている。新燃料にありがちな「買い手も売り手も価格の基準を持たない」状態を回避できる点は、20 年規模のオフテイク契約を前提とする航空会社にとって無視できない。
第三に、メタノールは航空燃料以外の出口を持つ。船舶燃料(メタノール二元燃料エンジンを採用するコンテナ船が増えている)、オレフィン経由の化学品、発電用燃料と用途が分かれるため、SAF 市場の立ち上がりが想定より遅れた場合でも設備が遊休化しにくい。単一用途専用のプラントに比べ、投資回収のシナリオが複数描ける。
この三点は「効率が低いのに投資が集まる」理由を説明する。MTJ の評価軸は燃料の変換効率ではなく、サプライチェーン全体の柔軟性にあると整理した方が実態に近い。
数値の読み方——効率・CI・コストのどこを疑うべきか
公表される MTJ の数値を鵜呑みにすると判断を誤る。確認すべき点を整理する。
| 指標 | よくある表記 | 確認すべきこと |
|---|---|---|
| 変換効率 | 「炭素収率 80%」 | 炭素収率か、エネルギー効率(LHV基準)か。工程別か全系か。再エネ電力から燃料までの全系効率(Power-to-Liquid効率)は一般に 40%台とされ、工程単体の数字とは桁が違う |
| ジェット燃料留分の選択率 | 「ジェット収率」 | MTO 由来のオレゴマー化物はナフサ・ディーゼル留分も生じる。ジェット留分のみを分母とした歩留まりか、副生品を含めた総液体収率か |
| CI値 | 「〇〇 gCO₂e/MJ」 | 電力の排出係数の前提(専用再エネかグリッド平均か)、CO₂ の起源(DAC/バイオ起源/化石起源の産業排ガス)、算定境界(WtWか製造のみか)。化石起源 CO₂ の利用は制度上の扱いが国・地域で分かれる |
| コスト | 「$/t」「円/L」 | 電力価格と設備利用率の前提。e-メタノール系のコストは電力価格と稼働率でほぼ決まるため、前提を見ずに他法と比較する意味は薄い |
| 時期 | 「2030年商業化」 | FID(最終投資決定)済みか、FS(事業化調査)段階か、構想表明か。SAF分野では構想表明段階の計画が計画規模の合計として語られやすい |
とくに注意すべきは、CI値とコストが同じ方向に動かないことである。DAC 由来 CO₂ と専用再エネを使えば CI は下がるが、コストは上がる。産業排ガス由来 CO₂ と系統電力を使えばコストは下がるが、制度上「持続可能」と認められるかは別問題になる。「CI が低く、かつ安い」という数値が提示された場合は、電力の調達前提と設備利用率を確認する価値がある。
日本企業にとっての実務的な論点
日本の文脈では、MTJ は「技術の優劣」より「どの立場で関わるか」の問題として現れる。立場ごとに論点が異なる。
航空会社・商社(買い手側)。国内では 2030 年時点で本邦エアラインの燃料使用量の 10% を SAF に置き換える目標が設定されており、供給確保が実務課題になっている。MTJ は認証が未完了である以上、2030 年に向けた調達計画の主軸には置きにくい。一方で、HEFA の原料制約が明確であることを踏まえれば、2030 年代後半の調達ポートフォリオの一角として、長期の条件付きオフテイク(認証完了を前提とした引取意向)で押さえる選択はありうる。
プラントエンジニアリング・触媒メーカー(供給側)。MTJ の技術的な要所は MTO のゼオライト触媒と、オレフィンのオリゴマー化・水素化の工程設計にある。いずれも石油化学で蓄積のある領域であり、日本企業が技術ライセンスや触媒供給で関与できる余地は、燃料そのものの製造より大きいと考えられる。燃料プラントの保有者になるより、工程技術の供給者になる方が資本効率が高い可能性がある。
化学・エネルギー企業(中間体側)。e-メタノールの製造は、CO₂ 回収・水電解・メタノール合成の組み合わせであり、既存のメタノール合成技術が使える。国内で安価な再エネ電力を確保しにくい事情を踏まえると、海外での合成と国内への輸入という構図になりやすい。この場合、国内側の論点は MTJ 工程の立地(既存製油所の遊休設備の転用可否)と、輸入メタノールの持続可能性証明(マスバランス方式の認証、第三者認証スキームへの対応)に移る。
排出量を開示する需要側企業。航空出張の排出は Scope 3 カテゴリ 6 に該当する。SAF の購入による削減を自社の排出量算定に反映させる場合、ブックアンドクレーム方式での証書購入と、その二重計上を防ぐ台帳管理が前提になる。製造法が MTJ か HEFA かは、証書の CI値と価格に影響するが、算定の枠組み自体は変わらない。調達の実務では、製造法の名前より証書に紐づく CI値と認証スキームを確認することになる。
認証と制度がボトルネックである意味
MTJ の商業化を遅らせている最大の要因は、プラント建設の技術ではなく燃料規格の認証である。航空燃料は ASTM D4054 の手順で物性試験・エンジン試験・耐久試験を経て D7566 の附属書に収載される必要があり、申請から収載までに数年と相当額の試験費用がかかるとされる。この費用は単一企業では負担しにくく、業界共同での申請や、既存附属書の範囲内に収まる経路設計(オリゴマー化後の組成を既認証経路の生成物に近づける)という実務上の工夫が選ばれやすい。
ここから導かれる示唆は二つある。ひとつは、MTJ の進捗を測る指標は「プラントの着工」ではなく「ASTM の審査段階」であること。もうひとつは、認証が完了した時点で、既にメタノール供給網を押さえている事業者が有利になることである。認証の遅れは技術開発の時間ではなく、上流のメタノール調達体制を整える時間として使える。日本企業が今の局面で取り得る手は、燃料そのものの事業化を急ぐことより、メタノールの調達先と認証スキームへの対応を先に固めることだと整理できる。
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