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食品・農業バリューチェーンのGX事例 — フードサプライヤーの環境価値化

食品・農業バリューチェーンのGX事例 — フードサプライヤーの環境価値化

EU森林破壊規則(EUDR)とSBTi FLAGが農産物調達に国際規制圧力をかけ、みどりの食料システム戦略が国内政策枠組みを整備する中、食品・農業バリューチェーンのGXは「コスト負担」から「収益化機会」へと転換点を迎えている。Scope3削減・J-クレジット農業・グリーンプレミアムの3つのモデルで環境価値を売上に変える実務手順を解説する。

Section 1: なぜ今、食品・農業GXが収益機会なのか

1-1. EUDR・SBTi FLAG・みどり戦略の「3つの収束」

2022年から2025年にかけて、食品・農業サプライチェーンに対する3つの主要規制・政策が同時に施行段階に入った。

EUDR(EU Deforestation Regulation, EU規則2023/1115): 牛肉・大豆・パーム油・木材・コーヒー・カカオ・天然ゴムの7品目(および当該品目を含む関連製品)について、2020年12月31日以降に森林破壊された土地で生産された農産物のEU市場流通を禁止する。大企業向けのデューデリジェンス義務は2025年12月30日から適用され(規則(EU) 2024/3234による延期後)、中小企業向けは2026年6月30日が適用開始となる。輸出企業は地理座標付きの原産地証明が必要となる。

SBTi FLAG(Forest, Land and Agriculture Guidance): 科学的根拠に基づく目標設定(SBTi)のうち、農林業・土地利用セクター向けガイダンスが2022年9月に公開された。食品・飲料・農業系企業は2030年までの土地利用由来排出削減目標をScope3に含めて設定することが求められる。SBTi承認企業のサプライヤーには排出量開示要求が波及する。

みどりの食料システム戦略(農林水産省、2021年5月策定・みどり法2022年7月施行): 2050年までに農林水産業のCO₂ゼロエミッション化、化学農薬50%削減(リスク換算)、化学肥料30%削減、有機農業の耕地面積比率25%(現状約0.5%)などを目指す国内政策枠組み。みどり法認定事業者には税制優遇・融資優遇が付与され、GX投資へのインセンティブが設計されている。

これら3つは別々の制度だが、「農業原料調達のGHG排出量開示・削減・証明」という共通要件で収束しており、食品メーカー・農業法人が同時に対応を求められる構造を生み出している。

1-2. 「やらないことのコスト」

GX対応を先送りした場合の主要リスクは以下の3類型に整理できる。

取引排除リスク: EUDRに未対応の農産物サプライヤーはEU向け輸出商流から排除される。また、SBTi目標を持つ国内大手食品メーカーが調達基準を更新するにつれ、Scope3開示非対応のサプライヤーは取引継続審査で不利になる。

調達基準変化リスク: イオンや味の素グループなど国内大手バイヤーは、段階的にサプライヤーへのGHG排出量開示・削減目標設定を義務化する方向で調達ポリシーを改定しつつある。対応遅延はサプライヤー格付けの低下につながる。

金融評価リスク: ESGスコアリングや気候関連財務情報開示(TCFD/ISSB S2)の普及により、GX非対応の農業法人・食品メーカーは融資審査・投資家評価で不利な扱いを受けるリスクが高まっている。

1-3. 収益化機会の3類型

逆にGX対応を先行させた事業者には3つの収益化ルートが開く。

収益化タイプ 概要 主な受益者
取引継続プレミアム GX調達要件クリアにより受注継続・単価優遇を獲得 農業法人・食品加工業者
J-クレジット農業収入 農業活動の削減量をクレジット化し販売 農業法人・農業協同組合
グリーンプレミアム価格 認証付き農産物として市場でプレミアム価格を実現 農業法人・有機農業事業者

Section 2: 食品バリューチェーンの排出構造

2-1. Scope3への「上流集中」構造

食品メーカーの温室効果ガス(GHG)排出構造の最大の特徴は、全排出量の70〜90%がScope3カテゴリ1(購入した商品・サービス)、すなわち農業原料の調達段階に集中している点である(グローバル大手食品メーカー事例。日本企業も同傾向だが日本企業限定の統計的根拠は限定的)。自社工場の省エネ(Scope1/2)だけに注力しても、排出量全体の10〜30%程度しか削減できない計算になる。

農業原料調達時に排出されるGHGの主因は、水田からのメタン(CH₄)、畜産からのメタン・亜酸化窒素(N₂O)、化学肥料施用による亜酸化窒素、農業機械の燃焼由来CO₂の4つである。

2-2. 日本の農業分野GHG排出量の内訳

農林水産省の国家温室効果ガスインベントリによると、日本の農業分野の温室効果ガス排出量は約5,000万t-CO₂e(CO₂換算)に上る。主要排出源は以下の4つである。

水田メタン: 土壌中の有機物が嫌気的に分解されて発生するメタンが主因。稲作面積に比例して発生量が決まり、中干し延長等の管理技術で削減が可能。

畜産(腸内発酵・ふん尿): 牛・豚・鶏からのメタン・亜酸化窒素排出。腸内発酵は反芻動物で特に大きい。

化学肥料由来N₂O: 窒素肥料の施用後に微生物活動で亜酸化窒素が発生。地球温暖化係数はCO₂の約265倍。

農業機械燃料(CO₂): トラクター・コンバイン等の化石燃料燃焼。電動農機への転換で削減可能。

表2-A: 食品バリューチェーン Scope3カテゴリ別排出量・削減難易度マトリクス

カテゴリ番号 排出源 典型的な排出比率(食品メーカー全体比) 削減難易度 主な介入手段
Cat.1(上流) 農業原料調達(水田・畜産・耕地) 60〜80%(参考値) 高(農家への働きかけ必要) 中干し延長・有機農業・MRV体制整備
Cat.1(上流) 農業化学品(肥料・農薬) 5〜10%(参考値) 化学肥料削減・精密農業
Cat.4(上流輸送) 農産物輸送 3〜7%(参考値) 低〜中 モーダルシフト・輸送効率化
Cat.11(下流) 販売済み製品の使用 1〜5%(参考値) 消費者向け省エネ調理訴求
Cat.12(下流) 製品廃棄・食品ロス 3〜8%(参考値) 賞味期限延長・廃棄削減
Scope1/2(自社) 工場エネルギー・社用車 10〜30%(参考値) 低(技術確立済) 省エネ・再エネ電力・EV導入

Section 3: サプライヤーへの要求内容

3-1. 国内大手バイヤーの要求動向

国内大手食品メーカー・小売業者は、2023〜2025年を起点にサプライヤーに対するGHG情報開示要求を段階的に強化しつつある。

イオングループは「2050年ネットゼロ」目標の達成に向け、Scope3排出量削減をバリューチェーン全体で推進しており、主要農業・食品サプライヤーへの温室効果ガス排出量開示要求を強化している。2030年に向けたSBT(科学的根拠に基づく目標)の達成に向け、サプライヤーへの取組支援も行っている [公開情報: イオン統合報告書]。

味の素グループはScope3カテゴリ1(購入した原料)の削減を重点課題とし、アミノ酸原料の農業生産段階での排出削減に取り組んでいる。タイでの飼料原料改善・農業指導プログラムを通じてScope3削減実績を積み上げており、サプライヤーへのGHGデータ提供要求も拡大している [公開情報: 味の素グループ サステナビリティレポート]。

3-2. CDPサプライチェーンプログラム

CDPサプライチェーンプログラムに参加する大手企業(食品・小売・商社等)は、サプライヤーに毎年CDP質問票への回答を要求する。スコアがD以下(Awareness未満)のサプライヤーはリスクフラグが立ち、調達審査に影響する。要求内容は主に「Scope1/2/3の排出量開示」「GHG削減目標の設定と進捗」「再生可能エネルギー利用比率」の3点である。

3-3. EUDRのデューデリジェンス義務

EUDRが対象とする7品目(牛肉・大豆・パーム油・木材・コーヒー・カカオ・天然ゴム)および関連製品の生産・加工・取引事業者には、以下の義務が発生する(大企業向け適用開始: 2025年12月30日、中小企業向け: 2026年6月30日。規則(EU) 2024/3234により当初期限から1年延期)。

  • 農地の地理座標(緯度経度)を含む原産地情報の記録・保存
  • 2020年12月31日以降の森林破壊地でないことの証明
  • 現地の環境・社会法規制との適合確認
  • 当局への適合宣言書(Due Diligence Statement)の提出

日本の輸出農業法人・食品メーカーにとっては、大豆・牛肉を中心にトレーサビリティ体制の整備が急務となっている。

表3-A: 主要バイヤー別サプライヤーGX要求比較表

バイヤー名 要求開始年(目安) 要求内容 対象サプライヤー範囲 非対応の場合の影響
イオン株式会社 2023年〜 Scope3排出量開示・削減目標設定・CDP回答 主要農業・食品サプライヤー 調達優先度の低下・取引見直しリスク [公開情報]
味の素グループ 2022年〜 農業原料調達時の排出量データ提供・削減計画 農業原料サプライヤー(国内外) サプライヤー格付けへの反映 [公開情報]
EU輸出先バイヤー(全般) 大企業: 2025年12月〜 / 中小企業: 2026年6月〜 EUDR準拠の地理情報・森林破壊リスク証明 7品目生産・加工業者 EU市場への輸出・流通禁止
CDP参加企業全般 随時 CDP質問票への回答(気候変動・森林・水リスク) 主要調達先サプライヤー CDPスコアへの影響・調達審査での不利

Section 4: 収益化モデル3パターンの詳解

モデルA: 取引継続プレミアム

大手バイヤーのGX調達要件(Scope3開示・削減目標・認証取得)をクリアしたサプライヤーが享受できる最大のメリットは「取引継続の保証」と「単価優遇交渉力」である。

GX要件を満たさないサプライヤーは、バイヤーの調達見直し時に代替サプライヤーへの切り替え対象になるリスクがある。反対にGX対応を先行させたサプライヤーは、「調達先として選ばれ続ける」ポジションを確保できる。一部のバイヤーはGX対応サプライヤーに対して単価優遇や長期契約優先を提示するケースも出てきている(各社のサプライヤーガイドライン等を参照)。

モデルB: J-クレジット農業収入

農業分野でのGHG削減活動をJ-クレジット(国内認証クレジット)として登録・販売する収益化モデルである。農業法人・農家にとって、既存の農業活動に「炭素価値」を付加できる追加収入源として注目されている。

主な対象活動は以下の通りである:

  • 水田の中干し延長(J-クレジット農業方法論): 通常の中干し期間を延長することでメタン発生を抑制。水管理の変更だけで実施可能であり、追加コストが低い。
  • 有機農業への転換: 化学肥料・農薬の削減によるN₂O・CO₂排出削減。
  • バイオ炭施用: 炭素を土壌に長期固定するバイオ炭を農地に施用。土壌炭素貯留として認定。
  • 農機の電動化・バイオ燃料利用: 農業機械の燃料転換による直接排出削減。

表4-B: J-クレジット農業 主要方法論と想定クレジット量

農業活動 方法論(例) 想定削減量(t-CO₂e/ha/年) 単価目安(円/t-CO₂e) 注意事項
水田中干し延長 水稲栽培における中干し期間の延長 0.3〜0.7 [試算] 1,000〜3,000 [試算] 営農管理記録の提出必須・水管理変更の農家負担あり
有機農業転換(畑作) 化学肥料削減方法論(農水省認定) 0.1〜0.3 [試算] 1,000〜3,000 [試算] 転換期間中の収量リスクあり
バイオ炭施用 炭素貯留(バイオ炭)方法論 1.0〜5.0 [試算] 3,000〜10,000 [試算] バイオ炭調達コスト・品質証明が必要
農機電動化 農業機械省エネ方法論 0.05〜0.2 [試算] 1,000〜2,000 [試算] 電動農機の初期投資が大きい

※ 単価は2024年時点のJ-クレジット市場取引実績を参考にした試算値。市場価格は変動する。

モデルC: グリーンプレミアム価格

有機JAS認証・脱炭素農業認証・EUDR準拠証明書を付帯した農産物は、消費者・バイヤーに対してプレミアム価格での販売が可能になる。

市場データでは、有機農産物は慣行農産物比で10〜30%程度のプレミアムが付くケースが多い(品目・販売チャネルにより異なる)。ただし認証取得・維持コスト(年間数十万〜百万円規模の試算)を上回るプレミアム価格を実現するためには、差別化ストーリーとバイヤー・消費者への伝達が欠かせない。

表4-A: 収益化モデル3パターン比較表

モデル 対象事業者 主な収益源 初期投資目安 収益化までの期間 主な障壁
A: 取引継続プレミアム 農業法人・食品加工業者 受注継続・単価優遇 MRV体制整備: 50〜200万円/年 [試算] 即時〜1年 バイヤーとの交渉力・開示コスト
B: J-クレジット農業収入 農業法人・農協 クレジット販売収入 登録費・MRV: 30〜100万円 [試算] 1〜3年 農家への方法論周知・データ収集負担
C: グリーンプレミアム価格 農業法人・有機農業事業者 高付加価値農産物販売 認証取得: 50〜300万円 [試算] 1〜3年 消費者・バイヤーへの訴求・価格転嫁

Section 5: 国内外の具体的GX事例

5-1. 農業法人の事例: 水田中干し延長×J-クレジット

J-クレジット制度の農業・森林吸収系方法論(農水省・J-クレジット制度事務局公表)では、水稲の中干し期間を通常より7日以上延長することで、1haあたり年間約0.3〜0.6t-CO₂eの削減クレジットを発行できる。食品メーカー等へのクレジット販売の取組が複数の農業法人で報告されており、規模100ha以上では年間数百万円規模の追加収入になるケースも出始めている(農水省GX事例集・J-クレジット制度事務局公表資料を参照)。

5-2. 食品メーカーの事例: 味の素グループの農業Scope3削減

味の素グループは、タイでの鶏飼料原料(トウモロコシ・大豆ミール)の生産段階に介入し、農業指導を通じてGHG排出量削減を進めている。具体的には、農薬・化学肥料の適正使用指導、土壌炭素管理の改善、農家の収量向上支援を組み合わせることで、Scope3カテゴリ1の排出集約度(原料1tあたりの排出量)の改善を図っている [公開情報: 味の素グループ サステナビリティレポート]。国内においては、アミノ酸発酵副産物を肥料として再利用する循環型農業モデルの普及にも取り組んでいる。

5-3. 小売×農業法人の連携: イオンのサプライヤーGX支援

イオングループは、農業サプライヤーと連携したサプライチェーン全体のCO₂排出量削減に向けた取組を推進している。農業サプライヤーへの温室効果ガス排出量算定支援やGX取組の支援を行いながら、段階的にScope3排出量の把握・削減に取り組んでいる [公開情報: イオン統合報告書]。農業法人側はデータ提供と引き換えに、長期取引継続・技術支援・資材調達支援というメリットを得る相互利益モデルが構築されつつある。

表5-A: GX事例サマリー

事業者名/属性 取組内容 削減量(t-CO₂e) 収益化方法 成功要因
水田農業法人(国内・複数) 中干し延長によるメタン削減・J-クレジット申請 0.3〜0.6 t/ha/年 [試算] J-クレジット販売 農業改良普及員との連携・記録管理の簡素化
味の素グループ タイ農業指導によるScope3 Cat.1削減 非公開(排出集約度改善)[公開情報] 取引継続・ブランド価値向上 農家への長期技術支援・データ収集体制
イオン×農業サプライヤー Scope3農業排出量把握・削減計画策定 集計中(2025年以降開示予定)[公開情報] 取引継続保証・資材支援 大手小売の購買力を活用したサプライヤー動員
有機農業法人(国内・複数) 有機JAS×脱炭素訴求でプレミアム価格実現 0.1〜0.3 t/ha/年 [試算] グリーンプレミアム価格 消費者への脱炭素ストーリー訴求・直接販売チャネル

Section 6: 実務実装ステップ

Step 1: PCF算定(ISO 14067:2018準拠)

製品カーボンフットプリント(PCF)算定のスタート地点は、Scope3カテゴリ1(農業原料)のデータ収集である。食品メーカーの場合、主原料(大豆・小麦・畜産原料・野菜等)の農業段階排出量を把握するために、以下のデータが必要になる。

  • 農業サプライヤーからの活動量データ(肥料使用量・農薬使用量・燃料消費量・水管理記録)
  • 一次データが取れない場合の代替として、ecoinventや農林水産省の排出原単位データベースを活用
  • ISO 14067:2018に基づくシステム境界の設定と機能単位の定義

ボトルネック: 農業サプライヤー(特に中小農業法人・個人農家)はGHGデータ収集の体制が整っておらず、実測データ取得が困難なケースが多い。解決策として、スマート農業センサー・営農管理アプリとの連携や、農協・集荷業者を経由した集計スキームの活用が有効である。

Step 2: MRV体制構築

農業Scope3削減のクレジット化・開示には、MRV(Measurement・Reporting・Verification)体制の整備が不可欠である。

  • Measurement(計測): 農地でのGHG排出量をモニタリング。水田メタンセンサー・土壌炭素測定・農薬・肥料使用量の記録など。
  • Reporting(報告): 集計したデータをJ-クレジット申請書式またはCDPフォーマットで整理・提出。
  • Verification(検証): 第三者検証機関(J-クレジット認証機関・ISO 14064-3対応機関)による確認。

デジタル農業プラットフォーム(例: クボタのKSAS、NTTアグリテクノロジーの農業クラウド等)との連携により、農家の記録負担を最小化しながらMRVデータを収集する仕組みが実用段階に入っている。

Step 3: 開示とバイヤー交渉

算定・検証済みのPCFデータとScope3削減実績は、以下3つの場面で活用できる。

  • CDP回答: CDP気候変動質問票のScope3開示欄に反映し、スコアアップを図る。
  • サステナビリティレポート掲載: 投資家・消費者向けの非財務情報開示として活用。
  • バイヤーとの価格交渉: 「GX対応済みサプライヤー」としての差別化を価格交渉の材料に使う。特に、バイヤー自身のScope3削減目標達成に貢献できることを定量的に示すことが交渉力を高める。

表6-A: 実装ステップ × 担当部門 × 必要ツール対応表

ステップ アクション 担当部門 参照規格/ガイドライン 活用ツール・外部資源 所要期間目安
Step 1 PCF算定・Scope3 Cat.1データ収集 環境・調達・品質管理 ISO 14067:2018 / GHGプロトコル ecoinvent / 農水省排出原単位DB / PCF算定ソフト 3〜6ヶ月
Step 2 MRV体制構築・農家データ収集スキーム 農業調達・IT・サステナ J-クレジット制度規則 / ISO 14064 KSAS・農業クラウド・農協連携 6〜12ヶ月
Step 3 CDP回答・サステナレポート開示 経営企画・IR・サステナ CDP質問票 / ISSB S2 CDP開示システム / TCFD開示テンプレート 1〜3ヶ月
Step 4 J-クレジット農業申請・登録 農業法人・農業部門 J-クレジット制度方法論 J-クレジット制度事務局・認証機関 6〜12ヶ月
Step 5 バイヤーとのGX条件交渉・価格改定 営業・調達・経営企画 サプライヤーGXガイドライン バイヤー向けPCFデータパッケージ 随時

Section 7: コスト試算 — 投資回収モデル

試算前提

以下の試算はすべて「試算」であり、実際の数値は農地条件・地域・事業規模によって大きく異なる。専門家・認証機関への確認を推奨する。

試算前提条件: 水田農業法人、経営面積10ha、水稲単作、中干し延長(通常比+7日以上)を実施、J-クレジット農業制度(水田メタン削減方法論)に申請するケース。

表7-A: J-クレジット農業 投資回収試算(水田10ha標準ケース)

項目 単位 試算値 前提条件・備考
対象面積 ha 10 水稲単作、10ha一体管理
年間削減量(メタン) t-CO₂e/年 4〜6 [試算] 0.4〜0.6 t/ha × 10ha
クレジット単価(想定) 円/t-CO₂e 2,000 [試算] 2024年J-クレジット市場参考値
年間クレジット収入 万円/年 0.8〜1.2万円(約8,000〜12,000円)[試算] 削減量 × 単価。10haでは収入は小規模となる点に注意
J-クレジット申請費用(初年度) 万円 30〜80 [試算] コンサル費・書類作成・第三者検証
年間MRVコスト 万円/年 10〜30 [試算] 記録管理・報告書作成・更新検証
農作業変更コスト(中干し延長) 万円/年 5〜15 [試算] 水管理追加労働・排水路整備
単純回収期間(目安) 5〜15年 [試算] 初期費用 ÷(年間収入−年間コスト)
クレジット単価3,000円時の回収期間 3〜8年 [試算] 市場価格上昇シナリオ

※ 上記はすべて試算値。クレジット単価・削減量実測値・申請費用は事業者・地域・認証機関により大幅に変動する。10ha規模単独では年間クレジット収入が数万円程度にとどまる場合があり、複数農家の集約申請や農協を介したスキームの活用が実務的に有効。

表7-B: GX対応コスト vs 未対応リスク 比較表

シナリオ 5年間のGX投資・対応コスト(試算) 5年間の収益・損失回避効果(試算) 純損益(試算) 推奨アクション
GX対応(中干し延長+J-クレジット申請) 100〜200万円 [試算] クレジット収入4〜6万円(5年分)+取引継続価値(大) [試算] 収益化には取引継続価値の評価が鍵 今すぐ申請準備開始
GX対応(PCF算定+バイヤー開示のみ) 50〜150万円 [試算] 取引継続・単価交渉力向上(定量化困難)[試算] バイヤー交渉次第でプラス転換 主要バイヤーのGX要求確認後着手
未対応(現状維持) 0円(短期) △取引喪失リスク: 年間売上の一部 [試算] 中長期での取引縮小リスク大 最低限Scope3 Cat.1の把握を
未対応(EUDR対象品目・EU輸出事業者) 0円(短期) △EU市場排除: 輸出売上全損リスク(大企業向け2025年12月〜) 法規制違反による強制停止リスク 即時EUDR準拠対応が必要

Section 8: まとめ — 3つのアクションインサイト

食品・農業バリューチェーンのGXは、EUDR・SBTi FLAG・みどり戦略という3つの制度圧力を追い風に、「規制対応コスト」から「収益化ツール」へと転換しつつある。取引継続プレミアム・J-クレジット農業収入・グリーンプレミアム価格という3つのルートを組み合わせることで、農業法人・食品メーカー双方にとってGX投資の回収が現実的になってきた。

ただし収益化を実現するためには、「排出量の把握 → データ収集体制の整備 → 開示と交渉」という順序の実装が不可欠である。以下の3アクションで着手を始めることを推奨する。

Action 1 — 今すぐ着手: Scope3カテゴリ1の概算把握

農林水産省が公開する排出原単位データベース(または農水省の食品産業向けScope3算定ガイドライン)を使い、自社の主要農業原料トップ3(大豆・小麦・畜産原料など)の購入量と排出係数を掛け合わせ、Scope3カテゴリ1の排出量を概算試算する。精度よりも「どの原料が最大排出源か」を特定することが目的である。所要時間は1〜2週間で完了可能な試算である。

Action 2 — 3ヶ月以内: 主要農業サプライヤーとのデータ収集合意

概算試算で特定した主要排出源の農業サプライヤー上位5社との間で、GHGデータ収集の合意形成を行う。具体的には「どのデータを・いつまでに・どのフォーマットで提供するか」を取り決め、CDPサプライチェーン質問票またはバイヤーからの開示要求への回答準備を開始する。農協・集荷業者を仲介に活用することでサプライヤーの負担を最小化できる。

Action 3 — 1年以内: J-クレジット申請またはPCF認証取得

農業法人であればJ-クレジット農業(水田中干し延長方法論等)の申請を、食品メーカーであればISO 14067:2018準拠のPCF認証取得を1年以内の目標として設定する。J-クレジット農業の場合、最初の申請は認証機関と農協・農業改良普及センターのサポートを活用することで、単独申請より費用・手間を大幅に削減できる。PCF認証は主要製品1品目からでも取得可能であり、バイヤーとのGX取引条件交渉の切り札として活用できる。

主要出典

  1. 農林水産省「みどりの食料システム戦略」(2021年5月策定)
    https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/
  2. 農林水産省「国家温室効果ガスインベントリ(農業分野)」(最新年度版)
    https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/climate/ghg_emission.html
  3. EU Regulation 2023/1115(EU Deforestation Regulation: EUDR)
    https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32023R1115
  4. EU Regulation 2024/3234(EUDR適用期限延期規則)
    https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32024R3234
  5. SBTi FLAG Guidance(Forest, Land and Agriculture Guidance, 2022年9月)
    https://sciencebasedtargets.org/sectors/flag
  6. J-クレジット制度事務局(農業方法論・申請ガイドライン)
    https://japancredit.go.jp/
  7. イオン株式会社 統合報告書(最新年度)
    https://www.aeon.info/ir/library/annual/
  8. 味の素グループ サステナビリティレポート
    https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/ir/library/annual/
  9. CDP サプライチェーンプログラム(供給業者向け情報開示要求)
    https://www.cdp.net/en/supply-chain
  10. ISO 14067:2018 Greenhouse gases — Carbon footprint of products(製品カーボンフットプリント)
    https://www.iso.org/standard/71206.html
  11. 農林水産省「みどりの食料システム法」関連資料(2022年7月施行)
    https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/midoriho.html
  12. GHGプロトコル Corporate Value Chain (Scope 3) Accounting and Reporting Standard
    https://ghgprotocol.org/scope-3-standard
  13. 農林水産省「農業分野のGX推進事例集」(年度版)
  14. 農林水産省「食品産業のScope3排出量算定ガイドライン」

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