カーボンクレジットは「単価」で比較できない調達品目である。同じ1tCO2eでも、GX-ETSの償却に使うのか、SBTiの残余排出を中和するのか、任意のカーボンニュートラル主張に充てるのかで、使える銘柄も無効化リスクも変わる。相見積で最安値を取った結果、償却に使えないクレジットを抱える企業は珍しくない。購買・調達部門が握るべきなのは価格交渉ではなく、用途から逆算した要求仕様の設計と、品質・価格・供給者リスクを点数化した評価基準の構築だ。(本稿の情報は2026年09月時点)
1. なぜクレジット調達は「相見積」で失敗するのか
クレジットは同質財ではない。鉄鋼や電力と違い、1tCO2eという単位が揃っていても、登録簿・方法論・ヴィンテージ・ラベル・対応調整の有無によって「どの用途に使えるか」が分かれる。GX-ETSの償却に充当できる適格カーボン・クレジットはJ-クレジットとJCMクレジットに限定されており(経済産業省の第2フェーズ制度設計)、VerraのVCUやGold Standardのクレジットは大量に持っていても償却には1tも充当できない。逆にSBTiの企業ネットゼロ基準で残余排出の中和に認められるのは除去系(Removal)のクレジットであり、J-クレジットの省エネ系は削減系(Avoidance/Reduction)に分類されるため、そこでは使えない。
価格だけで応札者を比較する調達は、典型的に3つの失敗を招く。ひとつは用途不適合で、買った後に償却制度の適格リストに載っていないことが判明する。もうひとつは評判リスクで、2023年1月にGuardian・Die Zeit・SourceMaterialが公開したREDD+の過大計上に関する共同調査以降、古いヴィンテージや検証の甘い森林系クレジットを使った主張は、メディアやNGOから「グリーンウォッシュ」と名指しされる材料になった。最後が無効化・二重計上リスクで、ホスト国が対応調整(Article 6 Corresponding Adjustment)を付与していないクレジットはCORSIA第1フェーズ(2024〜2026年)では適格とならず(ICAO、なおパイロットフェーズでは不要だった)、将来の国際的な主張整理で価値がゼロになる可能性を残す。
表1 相見積調達の典型的な失敗パターン
| 失敗パターン | 発生メカニズム | 典型的な損失 | 予防する仕様項目 |
|---|---|---|---|
| 用途不適合 | 償却制度の適格登録簿を確認せずに海外クレジットを購入 | 購入額全額が償却に使えず、追加調達が必要 | 適格登録簿・方法論の限定(Pass/Fail) |
| 評判リスク | 2015年以前のヴィンテージやCCPラベル無しのREDD+を最安で調達 | 主張撤回・IR対応コスト、ブランド毀損 | ヴィンテージ下限、ラベル要件、格付の閾値 |
| 無効化・二重計上 | 対応調整の有無を未確認、登録簿上の移転・償却証憑を未取得 | クレジットの取消、CORSIA・国際主張での不使用 | 対応調整の要否明記、無効化時の代替供給条項 |
| 引渡し不履行 | 開発段階案件のフォワード契約で発行が遅延 | 償却期限に間に合わず、スポット高値買い | 引渡し保証、遅延時の代替・違約金条項 |
表1の4つの失敗はいずれも「価格」ではなく「仕様」の欠落から生じている。もっとも損失が大きいのは用途不適合で、購入額全額が無駄になるうえ償却期限直前にスポットで買い直す二重コストが乗る。評判リスクは金額換算しにくいが、IRと広報の対応コストは調達額を上回ることがある。クレジット調達は仕様設計の問題であり、購買部門がその設計を握らない限り、相見積は失敗の再生産に過ぎない。
2. 用途から逆算する要求仕様 — 調達目的の4分類と要件マトリクス
要求仕様は「何を買うか」ではなく「何に使うか」から書き始めるのが合理的だ。用途は大きく4つに分かれる。
最初の用途はGX-ETSの償却である。改正GX推進法(2025年5月28日成立、経済産業省)に基づき、2026年度から直近3年平均の直接排出量が10万tCO2以上の事業者に、排出量に見合う排出枠の償却が義務化された。取引そのものが義務ではない点は仕様書の前提として押さえておきたい。償却に充当できる外部クレジットはJ-クレジットとJCMクレジットで、利用量に上限や条件が設けられるかどうかは経済産業省の制度設計資料で調達時点の規定を確認したうえで数量を決める。ここで問われるのは品質の優劣ではなく「適格リストに載っているか」「償却期限までに登録簿上で移転・無効化できるか」というPass/Fail条件だ。
次の用途はSBTi対応である。SBTiの企業ネットゼロ基準は改定版(V2)の協議が2025年3月の第1次協議から進められ、残余排出の中和に除去系クレジットを求める方向は維持されている(SBTi公表資料)。協議ドラフトでは近期の除去目標(interim removal targets)を導入する方向も示されており、これが確定版に採用されていれば、ネットゼロ達成年にまとめて償却するのではなく段階的な除去クレジット調達が前提になる。最終版の公表状況と発効日はSBTi公式サイトで確認し、仕様書にはその時点で有効な基準を参照する形で書く。バリューチェーン外の削減貢献(BVCM)として高品質な削減系クレジットを購入する場合、目標達成には算入されないが開示上の評価には効く。用途によって除去系か削減系かが分かれるため、ロットを分割して仕様を書き分けることになる。
三番目はVCMI Claims Code of Practiceに沿った任意主張で、ICVCMのCore Carbon Principles(CCP)ラベル付きクレジットの使用が実質的な条件になる。四番目はサプライチェーン要請で、顧客企業がScope3対応や製品カーボンフットプリントの文脈でクレジット使用を認める場合に限られる。GHGプロトコルではオフセットによるインベントリからの控除は認められておらず(2025年のScope2・Scope3改定パブコメでも原則維持)、顧客側の運用ルールを個別に確認することが前提になる。
表2 用途別の要求仕様マトリクス
| 用途 | 適格登録簿 | クレジット種別 | ヴィンテージ | 対応調整 | ラベル要件 | 償却主体・タイミング |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ①GX-ETS償却 | J-クレジット登録簿、JCM登録簿 | 削減・吸収とも可(適格リスト内) | 制度上の制限に従う | 不要(国内制度) | 不要 | 自社名義で制度上の償却期限(経済産業省公表)まで |
| ②SBTi残余排出の中和 | Verra、Gold Standard、Puro.earth等 | 除去系(ARR、バイオ炭、BECCS、DAC等) | 市場慣行として5年以内が目安(制度要件ではない) | 筆者提言として取得を推奨(SBTi要件ではない) | CCP推奨、永続性要件 | 基準V2の除去目標に応じて段階的に自社償却 |
| ③VCMI任意主張 | ICVCM承認プログラム | CCPラベル付き削減・除去 | 市場慣行として新しいものを優先(制度要件ではない) | 主張の種類による | CCP必須 | 主張対象年度内に自社償却 |
| ④サプライチェーン要請 | 顧客指定 | 顧客指定 | 顧客指定 | 顧客指定 | 顧客指定 | 顧客の会計年度に合わせる |
用途①はPass/Failだけで決まるため、価格競争に持ち込みやすく、東証カーボン・クレジット市場の約定価格をベンチマークに使える。用途②と③は品質要件が価格を規定し、表5の推計値で比べると自然系除去は削減系の2〜3倍、技術系除去は6倍から100倍超と幅が大きい。リスクが集中するのは用途④で、顧客要件が変わればロットごと不要になる。この場合はフォワード契約を避け、スポットか短期契約に限定するのが現実的だ。
3. RFP仕様書の構成要素 — 何を書き、何を書かないか
仕様書設計の核心は、必須要件(Pass/Fail)と加点要件(スコアリング)を明確に分離することにある。必須要件を満たさない応札は評価対象から外し、必須要件を満たした応札だけを加点要件で順位付けする。この二段構えにしないと、「品質は高いが適格でないクレジット」が高得点を取って選ばれる事故が起きる。
表3 RFP仕様書の章立てと記載例
| 章 | 記載内容 | 区分 | 記載例 |
|---|---|---|---|
| 1. 調達数量とロット分割 | 用途別の数量、納入(償却)時期 | 必須 | ロットA:J-クレジット3万t、制度上の償却期限の3か月前までに自社口座へ移転 |
| 2. 適格登録簿・方法論 | 登録簿名、方法論の限定または除外 | 必須 | Verra VM0047(ARR)、Puro.earth バイオ炭。VM0007等の旧REDD+方法論は除外、統合方法論VM0048は可 |
| 3. ヴィンテージ範囲 | 発行年の下限 | 必須+加点 | 2021年以降を必須、2024年以降は加点 |
| 4. 品質ラベル | CCPラベル、CORSIA適格、格付 | 用途による | ロットBはCCPラベル必須、Sylvera/BeZeroでBBB相当以上は加点 |
| 5. 対応調整 | Article 6 CAの要否 | 用途による | ロットBは対応調整済みまたは取得見込みを明記 |
| 6. 償却主体と証憑 | 自社名義の償却、登録簿の移転・償却証明書 | 必須 | 登録簿上の償却記録(Retirement Certificate)を自社名義で発行 |
| 7. 価格提示形式 | スポット、フォワード、オプション | 必須 | 単価(円/t)と登録簿移転手数料・償却代行費を分離して提示 |
| 8. 契約形態 | スポット売買、フォワード、ERPA | 必須 | ロットCはERPA、引渡し保証と代替供給条項を含む |
| 9. 供給者情報 | 直販・トレーダー・商社の別、財務情報、実績 | 加点 | 過去3年の引渡し実績と無効化事例 |
書きすぎの弊害も見逃せない。方法論をひとつに限定し、ラベルと格付を必須にし、ヴィンテージを直近2年に絞ると、市場に流通する適格クレジットが数万tしかなく、応札者がゼロになる。CCPラベルが付与されたクレジットはICVCMの評価を通過した方法論に限られ、市場全体の流通量に対しては限られた割合に留まる(ラベル付与状況はICVCMの公表資料で随時更新される)。大口調達では供給制約が価格を吊り上げる。仕様の厳しさは市場流通量を確認したうえで決めるのが合理的で、それを把握する手段がRFI(後述)である。
4. 評価基準の点数化 — 品質・価格・供給者リスクの重み付け
評価は品質・価格・供給者の3軸で行う。品質スコアは追加性・永続性・リーケージ・共便益の4要素で構成し、第三者レーティング機関(Sylvera、BeZero Carbon、Calyx Global)の格付を利用すれば社内での方法論分析を省略できる。価格スコアは単価だけでなく、登録簿の移転手数料、償却代行費、外貨建て契約の為替コストを含めた総調達コスト(円/t換算)で採点する。供給者スコアは、プロジェクト開発者直販かトレーダー経由か、引渡し保証の有無、無効化時の代替供給条項、財務健全性で構成する。
重み付けは用途で変える。GX-ETS償却では品質は必須要件で処理し、スコアリングは価格と供給者に寄せる。任意主張では品質の重みを最大にし、価格は二次的に扱う。
表4 用途別スコアシートの配点例
| 評価軸 | GX-ETS償却(用途①) | SBTi中和(用途②) | VCMI任意主張(用途③) |
|---|---|---|---|
| 品質(追加性・永続性・リーケージ・共便益) | 10点(Pass/Fail後の微差) | 45点 | 50点 |
| 価格(総調達コスト円/t) | 60点 | 30点 | 25点 |
| 供給者リスク(引渡し保証・代替供給・財務) | 30点 | 25点 | 25点 |
| 合計 | 100点 | 100点 | 100点 |
用途①では価格が60点を占めるため、東証市場価格との乖離が採否をほぼ決める。用途②③では品質が45〜50点を占め、格付1ノッチの差が単価10〜20%の差を吸収する設計になる。リスクは供給者軸にあり、25〜30点を配分してもフォワード契約の不履行は防げない。引渡し保証と代替供給条項は加点ではなく契約条件として担保する方が確実だ。
格付を必須にするかどうかは費用負担の問題でもある。レーティング機関の法人契約は、業界ヒアリングに基づく筆者推計で年間数百万円規模になり、年間調達額が数千万円の企業では調達額の1割前後を格付費用が占める計算だ。応札者に格付レポートの提出を求めれば費用は供給側に転嫁されるが、その分は単価に上乗せされる。調達規模が10万t以上なら自社で契約し、それ未満なら応札者提出を条件とする分岐が現実的だ。
5. 入札プロセスの設計 — RFI→RFP→BAFOと契約形態の選択
プロセスはRFI(市場調査)、RFP(本入札)、BAFO(最終価格交渉)の3段階で設計する。RFIは供給可能量とレンジ価格を把握する段階で、4〜6週間を見込む。ここで仕様の厳しさと市場流通量の整合を取る。RFPは6〜8週間で、仕様書に対する応札を受け、スコアシートで順位付けする。BAFOは上位2〜3社に最終価格の提示を求める段階で、2〜3週間。合計で3〜4か月がひとつの目安になる。GX-ETSの償却期限は経済産業省が公表する制度上の期日に従うため、その期日から登録簿移転の余裕を含めて逆算し、少なくとも期限の9〜12か月前にRFIを開始する日程を組む。
応札者の類型ごとに特性が異なる。プロジェクト開発者の直販は単価が低く共便益の情報も豊富だが、供給量が単一案件に依存し引渡しリスクが高い。専門トレーダーは複数案件をポートフォリオで持ち、代替供給を組みやすい反面、マージンが乗る。総合商社はJCM案件の共同実施や大口フォワードに強く、信用力も高い。東証カーボン・クレジット市場(2023年10月11日取引開始、JPX)はJ-クレジットのスポット取引を中心に、価格透明性と決済の確実性で他を上回る。GX-ETS排出枠の取引所取引の受け皿としても位置づけられており、取扱商品の範囲はJPXの最新公表で確認したうえでRFPの対象に含める。
表5 調達チャネル別の特性と価格帯(筆者推計)
| 調達チャネル | 対象クレジット | 価格帯(円/t、推計) | 引渡しリスク | 適した契約形態 |
|---|---|---|---|---|
| 東証カーボン・クレジット市場 | J-クレジット(省エネ・再エネ・森林) | 省エネ系1,500〜3,000、再エネ系3,000〜4,500、森林系8,000〜15,000 | 低(即時決済) | スポット |
| 開発者直販(国内) | J-クレジット森林系、JCM | 市場価格±10%程度 | 中〜高(案件依存) | フォワード、ERPA |
| 専門トレーダー・仲介 | VCS、Gold Standard、CCPラベル付き | 削減系700〜2,500、自然系除去2,000〜5,000 | 低〜中(代替供給可) | スポット、フォワード |
| 総合商社 | JCM、海外除去系、大口フォワード | 個別交渉 | 低(信用力) | ERPA、複数年オフテイク |
| 技術系除去(バイオ炭・BECCS・DAC)開発者 | 除去系 | バイオ炭15,000前後から、BECCS・DACは上端で80,000超 | 高(発行時期不確実) | ERPA、事前購入契約 |
表5の価格帯は、東証の公表約定価格と海外登録簿・レーティング機関の公開取引データ(ドル建て)を2025年度から2026年上期の為替で円換算した筆者推計であり、契約時点の東証約定価格と海外レジストリの公開データで再検証することが前提になる。用途①ならば東証市場が最も有利で、価格透明性と即時決済が揃い、RFPそのものを簡略化できる。用途②で除去系を確保するなら技術系除去のERPAが唯一の道だが、単価は表5の値で削減系の6倍から100倍超と幅があり、発行時期も不確実なため、除去目標の年限に向けた複数年の分割契約が前提になる。リスクの所在は明確で、開発者直販のフォワード契約における引渡し不履行だ。
価格妥当性の検証は東証約定価格をベンチマークに置く。J-クレジットは種別ごとに価格帯が分かれ、表5の下限同士・上限同士で比べると森林系は省エネ系の約5倍で取引されている。このプレミアムは、吸収系クレジットに対する国内需要とJ-クレジット森林系の年間発行量の少なさという需給要因で説明できる。応札単価がベンチマークを20%以上下回る場合は、ヴィンテージが古いか、移転手数料を別建てにしているか、引渡し条件に瑕疵があると疑うのが調達の定石だ。
課題・反論・代替視点
ここまでの議論に対して、まず「点数化は形式主義に過ぎず、結局は担当者の判断で決まる」という反論がある。確かに配点は恣意的に設定でき、品質45点と50点の差に客観的根拠はない。ただし点数化の目的は最適解の導出ではなく、監査可能性の確保にある。後年に主張が問われた際、どの基準でどのクレジットを選んだかを説明できるかどうかが、評判リスクの発現時に企業を守る。配点の正しさよりも、配点が事前に文書化されていたことの方が価値を持つ。
次に、RFPという形式そのものへの疑義がある。クレジット市場は流動性が薄く、応札者が5社集まらない品目も多い。仕様を細かく書けば書くほど応札者は減り、RFPは形式だけの相対交渉に近づく。この限界は事実で、年間調達量が1万t未満の企業では、RFPよりも東証市場でのスポット購入と、信頼できるトレーダー1社との枠契約を組み合わせる方が管理コストで優る。RFPが効くのは、用途が複数にまたがり、数万t以上を複数年で確保する規模の調達に限られる。
代替視点として、クレジット調達自体を縮小し、自社の削減投資(Insetting)や電力調達の非化石証書に資金を振り向けるべきだという立場もある。SBTiは削減優先の原則を堅持しており、クレジットの用途は残余排出の中和とBVCMに限定される。この立場に立てば、調達RFPの精緻化はクレジット依存を正当化する道具になりかねない。調達部門としては、クレジットの調達額と社内削減投資の限界削減費用(円/t)を同じ表で比較し、クレジットの方が安い領域だけを調達対象とする規律を持つことが、この批判への実務的な答えになる。
制度面の不確実性も無視できない。GX-ETSの外部クレジット利用条件、SBTiネットゼロ基準V2の確定内容と発効日、ICVCMのCCP評価の進捗は、いずれも経済産業省・SBTi・ICVCMの公表によって更新され続ける。仕様書に制度名や期日を固定で書き込むと、改定のたびに書き直しが生じる。「調達時点で有効な適格リストと償却期限に従う」という参照形式で書くのが、制度変更を吸収する現実的な工夫だ。
日本市場・日本企業への示唆
海外の調達実務をそのまま持ち込めない理由は、日本ではGX-ETSという国内コンプライアンス市場とボランタリー市場が並存し、しかも償却に使える銘柄が両者で重ならない点にある。EU-ETSは第4フェーズ(2021〜2030年)で国際クレジットの利用を廃止しており、欧州企業のクレジット調達は現状ではボランタリー用途に限られる。ただし欧州委員会は2040年目標に関連して2036年以降の国際クレジット利用を上限付きで認める方向を示しており、この構図は永続的ではない。米国でもカリフォルニア州やワシントン州など一部の州制度を除けばオフセットの制度利用は限定的だ。外部クレジットをコンプライアンスに使える制度は韓国のK-ETSやシンガポールの炭素税にもあり、コンプライアンス用途とボランタリー用途の二重の調達設計はアジアのETS参加企業に共通する課題である。欧米の調達テンプレートが用途①を想定していない以上、日本企業はロット設計の段階から自前で組み直すことになる。
この構造は調達組織にも影響する。GX-ETS償却用のJ-クレジット調達は、東証市場の価格透明性が高いため、財務部門が排出枠の売買と一体で管理する方が効率的だ。他方でSBTi対応や任意主張のための海外クレジットは、品質評価と契約交渉の比重が高く、購買部門がサステナビリティ部門と共同で仕様を書く体制が合う。ふたつを同じRFPに束ねると、評価基準が混線して用途①の価格競争が用途②の品質評価を歪める。ロットを分けるだけでなく、担当部門と決裁ルートも分ける設計が推奨される。
日本固有の供給制約も示唆を与える。J-クレジットの累計認証量は2024年度までに1,000万tを超えた(J-クレジット制度事務局集計)が、森林系の年間発行量は限られ、GX-ETS本格稼働で需要が急増すれば価格は上振れする。JCMクレジットはパートナー国が30か国前後に広がる一方で(確定数はJCM事務局の最新一覧による)、日本政府への配分と企業への配分の比率が案件ごとに異なり、企業が調達できる量は案件参画の有無に左右される。総合商社がJCM案件の共同実施を通じてクレジットを確保している構図を踏まえると、GX-ETS償却用に数万t規模を安定確保したい企業は、東証スポットだけに頼らず、JCM案件への出資や複数年のオフテイクを組み合わせた調達ポートフォリオを持つ方が、2027年度以降の価格上昇局面で有利になる。
まとめ
カーボンクレジットの調達で最安値を取ることと、使えるクレジットを最安で買うことは別の問題である。前者は相見積で達成できるが、後者は用途から逆算した要求仕様と、必須要件と加点要件を分離した評価基準がなければ成立しない。GX-ETS償却、SBTi中和、VCMI任意主張、サプライチェーン要請という4つの用途は、適格登録簿もヴィンテージもラベル要件も異なり、ひとつのRFPに束ねれば評価が混線する。ロット分割と用途別スコアシートは、この混線を防ぐための最低限の設計だ。
日本企業は、コンプライアンス市場とボランタリー市場が並存し、償却に使える銘柄が重ならないという構造のなかで調達を組み立てることになる。東証市場のスポット価格をベンチマークに置き、J-クレジットの調達は財務部門と一体で、海外クレジットの調達は購買部門とサステナビリティ部門の共同で運用する分業が、管理コストと評判リスクの両面で合理的である。RFPが効くのは数万t以上を複数年で確保する規模に限られ、小規模調達では東証スポットと枠契約の組み合わせが優る。
2026年度のGX-ETS本格稼働とSBTiネットゼロ基準の改定が重なる今後2〜3年は、J-クレジット森林系と除去系クレジットの供給制約が価格を規定する局面になる。2026年度排出分の償却期限に向けて、複数年オフテイクと東証スポットをどの比率で組み合わせるかが、調達コストを年間数千万円単位で左右する分水嶺となる。
主要出典
- 経済産業省「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律の一部を改正する法律」(2025年5月28日成立)および産業構造審議会 排出量取引制度検討ワーキンググループ「GX-ETS第2フェーズの制度設計」関連資料
- GX推進機構(脱炭素成長型経済構造移行推進機構)「排出量取引制度(GX-ETS)に関する公表資料」
- J-クレジット制度事務局「J-クレジット制度について」「認証量・種別内訳の集計」 https://japancredit.go.jp/
- 株式会社日本取引所グループ「カーボン・クレジット市場」取引概要および約定価格公表資料 https://www.jpx.co.jp/
- 二国間クレジット制度(JCM)事務局「JCMの概要とパートナー国一覧」 https://www.jcm.go.jp/
- Integrity Council for the Voluntary Carbon Market (ICVCM), “Core Carbon Principles, Assessment Framework and Assessment Procedure” https://icvcm.org/core-carbon-principles/
- Voluntary Carbon Markets Integrity Initiative (VCMI), “Claims Code of Practice” https://vcmintegrity.org/vcmi-claims-code-of-practice/
- Science Based Targets initiative (SBTi), “Corporate Net-Zero Standard” および改定版(V2)公開協議資料 https://sciencebasedtargets.org/net-zero
- International Civil Aviation Organization (ICAO), “CORSIA Eligible Emissions Units” https://www.icao.int/environmental-protection/CORSIA/Pages/CORSIA-Emissions-Units.aspx
- Verra, “VCS Methodologies”(VM0047 ARR、VM0048 REDD統合方法論を含む) https://verra.org/methodologies/
- Puro.earth, “Puro Standard — Biochar Methodology” https://puro.earth/
- The Guardian, “Revealed: more than 90% of rainforest carbon offsets by biggest certifier are worthless, analysis shows”(2023年1月18日、Die Zeit・SourceMaterialとの共同調査) https://www.theguardian.com/environment/2023/jan/18/revealed-forest-carbon-offsets-biggest-provider-worthless-verra-aoe
- European Union, Directive 2003/87/EC (EU ETS Directive, as amended by Directive (EU) 2018/410) https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2003/87/oj
- Sylvera, “Carbon Credit Ratings Framework” https://www.sylvera.com/ / BeZero Carbon, “BeZero Carbon Rating Methodology” https://bezerocarbon.com/
- GHG Protocol, “Scope 2 and Scope 3 Standards Revision — Public Consultation (2025)” https://ghgprotocol.org/