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非化石価値取引市場の使い分け — 高度化法義務達成市場と再エネ価値取引市場の価格と実務

同じ「非化石証書」の名で呼ばれていても、高度化法義務達成市場で買う証書と再エネ価値取引市場で買う証書は、買い手も価格帯も使い道も別物である。前者は小売電気事業者が法的義務を満たすための「義務財」であり、後者はRE100やScope2のために需要家に売れる「訴求財」だ。下限0.3円/kWhで約定する回が大半のFIT非化石証書と、0.6〜1.3円/kWhの管理価格の中で動く非FIT非化石証書をどう組み合わせるかで、小売電気事業者の義務コストと再エネメニューの粗利は数億円単位で変わる。価格が需給ではなく制度設計で決まるこの市場では、制度の読み方そのものが収益戦略になる。(本稿の情報は2026年09月時点)

二つの市場が分かれた理由 — 「義務達成」と「価値訴求」の分離

非化石価値取引市場は2018年5月にFIT非化石証書のオークションとして始まり、当初は下限1.3円/kWh・上限4.0円/kWhの単一市場だった。買い手は小売電気事業者に限られ、証書の主目的はエネルギー供給構造高度化法(高度化法)の非化石電源比率目標の達成にあった。2020年度には非FIT非化石証書の取引が加わり、原子力や非FITの水力・地熱といった電源の環境価値も市場で売買できるようになった。この設計が2021年度に大きく変わる。資源エネルギー庁は市場を二つに分割し、FIT非化石証書を扱う「再エネ価値取引市場」と、非FIT非化石証書を扱う「高度化法義務達成市場」を切り離した。

分割の狙いは明快だ。需要家の再エネ調達ニーズに応えるため、FIT証書の価格帯を大幅に引き下げ(下限0.3円/kWh)、仲介事業者経由あるいはJEPXへの需要家登録によって需要家自身が買えるようにした。他方で高度化法の義務達成は非FIT証書に担わせ、FIT証書は分割以降、高度化法の目標達成には算入されない。中間目標値そのものがFIT電気分を除いた非FIT基準で設定されているためである。

項目 再エネ価値取引市場 高度化法義務達成市場
取引対象 FIT非化石証書(トラッキング付き) 非FIT非化石証書(再エネ指定あり/なし)
買い手 小売電気事業者、需要家(仲介事業者経由・需要家登録) 小売電気事業者のみ
主な使途 RE100・SBT・CDP対応、SHK制度の調整後排出量、再エネメニュー原価 高度化法の中間目標値達成(再エネ指定ありは同一証書で再エネメニュー原価にも使える)
高度化法への算入 不可
下限/上限価格 0.3円/4.0円/kWh 0.6円/1.3円/kWh
売り手 費用負担調整機関(FIT買取分) 非FIT発電事業者
売却収入の帰属 再エネ賦課金の低減に充当 発電事業者の収入
相対取引 不可 可(発電事業者と小売電気事業者間)
オークション回数 年4回(8月・11月・2月・翌5月) 年4回(JEPXの年度開催スケジュールによる)

表1で押さえるべき点は、買い手の重なりが「小売電気事業者」に限られ、FIT証書が高度化法の義務に一切効かないことだ。需要家は高度化法市場に入れず、小売電気事業者はFIT証書をいくら買っても義務量は減らない。両市場の証書は互いに代替財ではないため、価格は原則として裁定されない。0.3円と1.3円という価格差は市場の非効率ではなく、制度が意図的に作った分断である。この分断があるからこそ、使い分けの余地が生まれる。なお非FIT証書への需要家アクセス拡大は制度検討作業部会(資源エネルギー庁)で議論されてきた論点だが、以下の分析は買い手が小売電気事業者に限られる現行の枠組みを前提にしている。

価格はどう決まるか — 下限・上限価格と約定の実態

二つの市場はいずれも管理価格の枠内で価格が動く。再エネ価値取引市場は下限0.3円/上限4.0円/kWh、高度化法義務達成市場は下限0.6円/上限1.3円/kWhで設計された(資源エネルギー庁・JEPX)。この枠の中で、各区分の価格がどう振る舞ってきたかを整理したのが表2である。

証書区分 管理価格帯(円/kWh) 約定価格の実勢(JEPX公表の各回約定結果に基づく整理) 価格を動かす主因
FIT非化石証書 0.3〜4.0 下限0.3円で約定する回が大半。2021年度第1回の0.33円など、下限を上回った回も一部にある 消化率(約定量÷売り入札量)
非FIT 再エネ指定あり 0.6〜1.3 中間目標値の締め付けが強まる年度に上限1.3円へ寄る回がある 高度化法の中間目標値
非FIT 再エネ指定なし 0.6〜1.3 下限近傍で約定する回が多いが、2023年度以降は上限まで上昇した回も見られる 中間目標値と非FIT電源の供給量

表2から読み取れる構造は二つある。FIT証書は需要家の直接購入が増え、年間約定量が拡大し続けているにもかかわらず価格がほぼ動かない。FIT電気の買取量が年間1,000億kWh規模(資源エネルギー庁の賦課金関連資料に基づく概数)であるのに対し、市場で約定する量はその一部に過ぎないためだ。供給が構造的に余っている市場では、価格は需給ではなく下限で決まる。当面は0.3円がFIT証書の「事実上の固定価格」だと見てよい。対して非FIT証書は、再エネ指定の有無を問わず、義務量の締め付けが強まる年度に上限へ寄る。価格を動かしているのは高度化法の中間目標値であり、需給の一般論ではない。

したがって翌年度の価格を予測するうえで最も有効な指標は、各回の消化率と中間目標値の改定内容である。消化率が1割に満たない区分では価格は下限を離れず、消化率が5割を超え始めた区分では上限接近を織り込むのが合理的だ。この見立てはJEPXが各回公表する売り入札量と約定量から機械的に算出でき、審議会資料を読むより早い先行指標になる。

高度化法義務の構造と「義務コスト」の計算

高度化法は年間販売電力量5億kWh以上の小売電気事業者に対し、2030年度に非化石電源比率44%以上を求めている。そこに至る中間目標値は資源エネルギー庁が3年度ごとのフェーズ(2020〜2022年度、2023〜2025年度、2026〜2028年度)で告示しており、2026年度からは第3フェーズに入っている。中間目標値はFIT電気分を除いた非FIT基準で設定されるため、44%という最終目標の数字よりも低い水準で定められている点に注意したい。

義務量の計算式はシンプルである。

証書必要量 = 中間目標値 × 販売電力量 − 自社で調達済みの非FIT非化石電源量

この式が示すのは、証書調達コストが固定費ではなく販売電力量に比例する変動費だという事実だ。販売量が増えれば義務量も増える。原価率としてはkWhあたり数十銭に過ぎないが、販売規模が大きい事業者では年間数億〜数十億円になる。

年間販売電力量 中間目標値(試算上の仮定) 自社非FIT非化石比率(仮定) 証書必要量 単価0.6円/kWhの場合 単価1.3円/kWhの場合
10億kWh 20% 5% 1.5億kWh 0.9億円 1.95億円
50億kWh 20% 5% 7.5億kWh 4.5億円 9.75億円
200億kWh 20% 5% 30.0億kWh 18.0億円 39.0億円
200億kWh 20% 15% 10.0億kWh 6.0億円 13.0億円

表3は中間目標値20%・自社非FIT非化石比率5%または15%という仮定を置いた試算であり、実際の義務量は各年度の告示値と自社の電源構成で置き換えて計算し直す前提だ。単価が下限0.6円か上限1.3円かで、200億kWhの事業者では義務コストが18.0億円から39.0億円へと2倍以上に開く。同じ販売量でも自社非化石比率が15%あれば義務量は10.0億kWhまで減り、コストは6.0〜13.0億円に収まる。義務コストを圧縮する最大の変数は証書の買い値ではなく、自社の非FIT非化石電源の調達比率だということをこの表は示している。

義務未達時の措置は指導・助言、勧告、命令へと段階的に強まり、命令違反には罰則がある。金銭的なペナルティ単価が制度上定められているわけではないため、未達の「コスト」は直接的な罰金ではなく、事業者名の公表によるレピュテーション毀損と、法人顧客からの取引条件見直しリスクとして評価するのが現実的だ。大口需要家がサプライヤーの法令遵守状況を調達要件に組み込む流れを踏まえると、未達は事実上「顧客を失う費用」になる。

ここで効いてくるのが再エネ指定なし証書の使い方である。原子力由来を中心とする再エネ指定なし証書は高度化法の義務量に算入でき、下限0.6円近傍で約定する年度なら、義務財として最も安い。義務は指定なし証書で満たし、再エネ指定あり証書とFIT証書は顧客向け再エネメニューの原価として温存する。義務財と訴求財を分けて買うだけで、義務コストを下限近傍に抑えつつ訴求財の在庫を確保できる。ただしこの二層構造が効くのは、指定なしの価格が指定ありより明確に安い年度に限られる。表2で見たとおり指定なしも上限まで上昇した回があり、両者の価格が接近した年度には、再エネ指定あり証書を1枚買って義務達成とメニュー原価の両方に充てる方が安い。年度の第1回の約定結果で両区分の価格差を確認してから、残りの回の配分を決めるのが実務上の順序になる。

再エネ価値取引市場の買い手戦略 — 需要家直接購入と小売経由の損益分岐

需要家の調達担当者にとっての論点は、FIT証書を自分で買うのと、小売電気事業者の再エネメニューで買うのとでどちらが安いかだ。直接購入の場合、証書価格0.3円/kWhに仲介事業者の手数料が乗る。手数料水準は仲介事業者と取扱量で異なり公表料金も一様ではないが、証書価格を含めて1円/kWhを下回る調達が現実的な水準である。

小売電気事業者の再エネメニューは、通常料金に対するプレミアムとして設計されている。各社の公表メニューにより幅があるため、この試算では1〜3円/kWhの範囲を仮定に置く。証書原価が0.3円でプレミアムが1.5円なら、1.2円/kWhの差が生まれる。この差の正体は、トラッキング属性の管理、SHK制度向けの報告書類、電源特定、需要家の契約電力量と証書量の突合といった実務コストと、小売電気事業者のブランド料である。

調達ルート 価格の範囲 単価水準(試算上の仮定、円/kWh) RE100適合 追加性の訴求 実務負荷(需要家側) 主なリスク
FIT証書 直接購入(仲介経由) 証書のみ 0.3 + 仲介手数料 適合(トラッキング付き、運転開始15年要件に留意) 弱い 中(登録・入札・報告) 年度末の証書不足、担当者依存
小売の再エネメニュー 通常料金への上乗せ +1〜3 適合(メニュー設計による) 弱い〜中 プレミアムの値上げ、小売の証書調達失敗
コーポレートPPA(オフサイト) 電力込み(証書単価は分離されない) 電力単価に環境価値を内包 適合 強い 高(長期契約・与信) 長期の価格固定リスク
J-クレジット(再エネ電力由来) 証書のみ(t-CO2単価からの換算) 仮に4,000円/t・排出係数0.45kg-CO2/kWhなら1.8相当 条件付き 低〜中 供給量が限られ価格が変動

表4で証書単体の価格として比較できるのはFIT証書の直接購入とJ-クレジットの行であり、小売メニューは通常料金への上乗せ、PPAは電力込みの単価であるため、同じ物差しでは並ばない。そのうえで言えるのは、証書単体で見ればFIT証書の直接購入が最も安いという一点だ。ただし単価だけで直接購入を選ぶのは早計である。直接購入は年4回のオークションに自社で入札し、SHK制度やCDPへの報告を自前で組むことになる。担当者が1人しかいない企業では、この実務負荷がプレミアム差の1円強を上回ることが珍しくない。年間電力使用量が数千万kWhあれば、1円/kWhの差は数千万円の規模になり、担当者1人分の人件費と入札・報告の実務コストを吸収できる。この規模を超える需要家は直接購入の経済性が実務負荷を上回り、それ未満なら小売メニューが合理的だというのが損益分岐の目安になる。

トラッキング属性の有無も見落とせない。FIT証書は2022年度分以降トラッキング情報が標準で付与され、発電所所在地と電源種が特定できる。RE100の技術基準(RE100 Technical Criteria)は属性情報の付いた証書を要件としており、トラッキングのない証書では国際イニシアティブへの報告価値が実質ゼロになる。同じ技術基準は原則として運転開始から15年以内の発電設備由来であることも求めており、2012年のFIT開始初期に運転を始めた電源由来の証書は、2027年以降にこの要件との関係が論点になる。FIT証書を主力にする需要家は、トラッキング情報の運転開始年を見て、古い電源の比率を管理しておくのが現実的だ。

入札タイミングの実務も収益に直結する。ある年度分のFIT証書は、その年度の8月から翌年5月まで4回のオークションで買える。最終回を逃すと前年度分の証書を追加調達する手段がなくなり、RE100目標や顧客への約束が未達になる。年度末の不足リスクを避けるには、年間必要量の7〜8割を第1〜2回で確保し、残りを実績確定後の第3〜4回で調整する分割入札が現実的である。

小売電気事業者の粗利設計 — 証書の仕入れ価格と再エネメニュー価格のスプレッド

小売電気事業者にとって非化石証書を「義務コスト」として会計処理するか、「商品原価」として扱うかで、経営上の景色は一変する。義務コストとして扱う限り、証書は削るべき費用に過ぎない。商品原価として扱えば、証書は粗利を生む仕入れになる。

証書の仕入れ区分 仕入れ単価(円/kWh) 再エネメニュー プレミアム(仮定) 実務・管理コスト(仮定) 粗利(円/kWh) 粗利率(対プレミアム)
FIT証書(トラッキング付き) 0.3 1.5 0.3 0.9 60%
非FIT再エネ指定あり(下限) 0.6 1.5 0.3 0.6 40%
非FIT再エネ指定あり(上限) 1.3 1.5 0.3 −0.1 −7%
非FIT再エネ指定あり(相対・0.8) 0.8 2.0(電源特定を訴求) 0.4 0.8 40%

表5はプレミアム1.5〜2.0円/kWh、管理コスト0.3〜0.4円/kWhという仮定を置いた試算だ。FIT証書を原価とする再エネメニューは粗利0.9円/kWh、粗利率60%と最も厚い。非FIT再エネ指定ありを上限1.3円で買うと粗利は−0.1円/kWhとなり、メニューが赤字になる。年間10億kWhを再エネメニューで販売する事業者なら、仕入れ区分の違いだけで粗利が9億円から−1億円まで振れる計算である。

この試算が示す戦略は三つの層に整理できる。訴求財としてはFIT証書を主力に据え、粗利を最大化する。高度化法の義務財は、指定なしが下限近傍にある年度は指定なし証書で抑え、指定なしと指定ありの価格が接近した年度は指定あり証書を義務とメニューに兼用する。そして非FIT再エネ指定ありは、オークションで上限に張り付く年度には市場で買わず、発電事業者との相対取引で0.8円前後に固定して「電源を特定した高付加価値メニュー」の原価にする。相対取引はオークション価格の変動を回避できるうえ、特定の水力・地熱発電所の名前を冠したメニューとして2円以上のプレミアムを正当化しやすい。

証書を商品原価として扱うと、調達部門の評価軸も変わる。義務コストなら「いくら安く買ったか」が指標だが、商品原価なら「いくらの粗利を生んだか」が指標になる。営業部門が再エネメニューの販売量を伸ばすほど、調達部門の証書仕入れが粗利として跳ね返る。この連動を予算設計に組み込んでいない事業者は、証書を「仕方なく払う費用」として毎年数億円を計上し続けることになる。

課題・反論・代替視点 — 使い分け戦略の前提はどこで崩れるか

ここまでの分析にはいくつかの前提の限界がある。最大の反論は「FIT証書0.3円がいつまで続くのか」だ。約定量は毎年拡大しており、需要家の直接購入が増えれば消化率が上がる。消化率が3割、5割と上昇していけば、価格は下限を離れて動き始める。その際の天井は4.0円/kWhであり、FIT証書を原価とした粗利60%のメニュー設計は、証書価格が1円を超えた瞬間に前提が崩れる。ただしFIT電気の買取量が年間1,000億kWh規模であることを踏まえると、数年内に消化率が5割に達するシナリオは考えにくい。価格上昇リスクは「ゼロではないが、当面は低い」と評価するのが妥当だ。

二つ目の限界は、FIT証書の「追加性」の弱さである。FIT証書の売却収入は再エネ賦課金の低減に充てられ、発電事業者の新規投資には直接つながらない。国際的なイニシアティブや機関投資家の一部は、追加性のない証書による再エネ調達を割り引いて評価する方向にある。RE100の運転開始15年要件も同じ方向の圧力だ。FIT証書に依存した再エネメニューは、コスト面では最適でも、顧客の開示要件が厳格化すれば「安いが評価されない証書」になるリスクを抱える。コーポレートPPAや非FIT再エネ指定ありの相対取引は、単価は高いが追加性の説明が立つ点でこのリスクを回避できる。

三つ目は制度変更リスクそのものだ。二つの市場の価格帯も、高度化法の中間目標値も、資源エネルギー庁の審議会での議論次第で改定される。上限価格の引き下げ、非FIT証書への需要家アクセスの開放、あるいはFIT証書を高度化法に再び算入させる制度変更があれば、使い分けの前提は再計算になる。とりわけ需要家が非FIT証書を直接買えるようになれば、小売電気事業者が訴求財で得ている粗利は需要家との直接競合にさらされる。制度が価格を決める市場では、制度の改定こそが最大の価格変動要因である。この点は表2の価格の見立てにも表3の義務コスト試算にも共通する限界だ。

代替視点として、証書を買わずに義務を満たす道もある。自社で非FIT非化石電源を持つ、あるいは発電事業者と電気と証書をセットで長期契約する方法は、証書市場の価格変動から完全に切り離される。表3が示した通り、自社非化石比率を5%から15%へ引き上げるだけで義務量は30.0億kWhから10.0億kWhへと3分の1になる。証書調達の最適化は、電源調達の最適化に比べれば二次的な打ち手に過ぎないという見方も成り立つ。

日本市場・日本企業への示唆

海外の再エネ証書市場、たとえば米国のREC市場や欧州のGO(Guarantee of Origin)市場と日本の非化石証書市場を同列に扱うのは危険である。米国のRECはコンプライアンス市場(RPS)とボランタリー市場が州ごとに分かれ、価格は数ドル/MWhから数十ドル/MWhまで幅があり、需給が価格を動かす。欧州のGOは国境を越えて取引され、2022〜2023年の急騰と2024年の急落を経験した。これらの市場では「価格予測は需給分析」が正しい。

日本の非化石証書市場は違う。価格は下限と上限で管理され、FIT証書は供給過剰で下限に張り付き、非FIT証書は高度化法の中間目標値で動く。海外の需給分析の手法をそのまま持ち込んでも、日本の価格は説明できない。日本で価格を読むのに必要なのは、制度検討作業部会の資料と告示の改定を追う制度分析であり、それにJEPXの各回の消化率を組み合わせることだ。

日本企業への示唆としては、小売電気事業者は証書を義務財と訴求財に分け、指定なし証書の価格水準を年度ごとに確認したうえで、義務は下限近傍の区分で抑え、訴求財はFIT証書と相対取引の非FIT再エネ指定ありで組む二層構造が合理的だ。需要家は自社の年間使用量と実務体制を基準に直接購入と小売メニューを使い分け、年間数千万kWh以上の使用量があるなら直接購入の経済性が検討に値する。

もう一つの日本固有の条件は、SHK制度と高度化法という二つの法制度が、同じ証書に別々の使途を割り当てている点だ。SHK制度では証書によって調整後排出量を下げられ、高度化法では非FIT証書が義務量に算入される。非FIT再エネ指定あり証書は、小売電気事業者の高度化法達成に算入したうえで、同じ証書の環境価値を需要家に供給する再エネメニューの原価にも充てられる設計であり、1枚の証書が二つの制度に同時に効く。禁じられているのは、同じ証書の環境価値を複数の需要家に重ねて訴求することだ。したがって調達担当者の実務は、どの証書を高度化法に算入し、どの需要家にどの証書の環境価値を割り当てたかを台帳で管理し、年度末に訴求先を超える証書不足が生じないよう分割入札で調整することになる。海外のように単一の証書が単一の使途に紐づく市場とは異なり、日本では「証書のポートフォリオ管理」そのものが調達の競争力になる。

まとめ

非化石証書の二つの市場は、制度が意図的に分断した価格構造を持っている。FIT証書は供給過剰で下限0.3円/kWhに張り付き、非FIT証書は高度化法の中間目標値の締め付けに応じて0.6〜1.3円/kWhの間を動く。この分断を「コスト」として受け止めるか、「粗利の源泉」として設計するかで、小売電気事業者の再エネメニューの収益性は粗利率60%から赤字まで振れる。表5の試算が示した通り、仕入れ区分の選択そのものが商品の損益を決める。義務財についても、指定なし証書が下限に留まる年度と上限へ寄る年度で最適な買い方は変わり、年度第1回の約定結果を見て配分を決める運用が数億円の差を生む。

需要家にとっても、直接購入と小売メニューの差は単なる価格差ではなく、実務負荷と追加性訴求のトレードオフである。年間使用量が大きく、報告体制を自前で組める企業は直接購入で1円/kWh前後の差を取りに行く価値があり、そうでない企業は小売メニューのプレミアムを「実務のアウトソース費用」として払うのが現実的だ。RE100の運転開始15年要件は、安価なFIT証書の訴求価値を2027年以降じわりと削る要因になる。

今後の分水嶺は、FIT証書の消化率が上昇して価格が下限を離れるかどうか、そして高度化法の第3フェーズ(2026〜2028年度)の中間目標値が非FIT証書の価格を上限へ押し上げるかどうかの二点にある。2030年度の44%目標に向けて中間目標値が最終段階へ引き上げられる2029年度以降のフェーズ設計が固まるまでの2〜3年に、この使い分け戦略の優劣がはっきりと収益差として表れる。


主要出典

  1. 資源エネルギー庁 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会 制度検討作業部会「非化石価値取引市場について」(市場分割および価格帯に関する各回資料) https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/
  2. 資源エネルギー庁「エネルギー供給構造高度化法に基づく非化石電源比率の中間目標値」(判断基準告示および関連資料、第3フェーズ2026〜2028年度分を含む)
  3. 日本卸電力取引所(JEPX)「非化石価値取引市場 取引結果」(再エネ価値取引市場・高度化法義務達成市場 各回約定結果および年度開催スケジュール) https://www.jepx.jp/
  4. e-Gov法令検索「エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律」(平成21年法律第72号) https://elaws.e-gov.go.jp/
  5. 環境省・経済産業省「温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度(SHK制度)」算定方法・排出係数一覧(非化石証書の調整後排出量への算入に関する規定) https://ghg-santeikohyo.env.go.jp/
  6. RE100「RE100 Technical Criteria」(証書の属性要件および運転開始15年要件に関する規定) https://www.there100.org/
  7. J-クレジット制度事務局「J-クレジット制度 入札販売結果(再生可能エネルギー発電由来)」 https://japancredit.go.jp/
  8. 低炭素投資促進機構(GIO)「費用負担調整機関業務・FIT非化石証書の売却について」 https://www.teitanso.or.jp/
  9. 資源エネルギー庁「FIT非化石証書のトラッキングについて」(トラッキング制度の概要資料、2022年度分以降の全量付与に関する説明)

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