(本稿の情報は2026年10月時点)
この記事の結論
- カタログの定格COPで計算した削減量は、出湯温度・冬季の外気温・補機電力・残置ボイラー損失を入れると目減りし、更新候補の優先順位が入れ替わる。
- 都市ガスボイラー(高位発熱量基準の効率90%)からの転換でCO2が減り始める最低システムCOPは、電力係数0.44kg-CO2/kWhでは約2.2であり、ここを下回る運転条件では削減量が反転する。
- 削減量の確度を決めるのは機種選定より熱源の選択と要求温度の棚卸しで、排熱・冷却水を熱源にできるかが同じ投資額での削減量の分散を決める。
熱源更新の提案書には「COP3.5、CO2削減60%」と書かれている。だがその数値は、どの出湯温度・どの外気温・どの補機範囲で成立しているのか。前提を一つ差し替えるだけで削減量は数割動き、更新候補の優先順位も入れ替わる。見積書の削減量を自力で検算するための計算の置き方を扱う。
提案書の「削減60%」はどの前提で成立しているか
熱源更新の意思決定で実際に効くのは投資額ではない。分母である削減量だ。投資額は見積書に書かれた確定値に近いが、削減量は前提条件の束に支えられた推計値である。削減量が2割動けば、円/t-CO2も、補助金申請書に書く費用対効果も、社内の投資基準に対する合否も一緒に動く。にもかかわらず、削減量は「メーカーが出した数字」として検算されないまま稟議を通ることが多い。
提案書の削減量を分解すると、多くの場合は三つの項に収まる。更新後の消費電力を決める性能値(定格COP)、年間の運転時間と負荷率、そして燃料と電力の排出係数である。検算すべきはこの三項それぞれの前提条件であって、掛け算そのものではない。計算式は単純だ。前提が曖昧なだけである。
扱う範囲は削減量の計算に限定する。投資回収年数の算定や、省エネ・GX関連の支援制度の使い方は別の論点であり、Climate tech news(CTJPN)の既存記事「産業用熱の脱炭素 — ヒートポンプ・電気ボイラーへの転換の投資回収と補助制度」が扱っている。ここでは、その投資回収計算に入力される削減量そのものが正しいかを問う。
カタログCOPは何の条件下の値か
産業用ヒートポンプの性能表示は、JIS B 8613(ウォーターチリングユニット)などの規格に基づく試験条件で測られる。これらの試験条件は、入口水温・出口水温・外気乾球温度・水流量が固定された単一の運転点である。冷房定格であれば冷水出口7℃・冷却水入口30℃といった条件が代表例だ。工場の年間運転がこの一点に張り付くことはない。
厄介なのは、提案書に書かれた「COP」が何の指標なのか判別しにくい点にある。定格点の値、中間能力点の値、部分負荷を加重平均した指標(IPLVやAPFの系列)は、同じ機種でも数値が異なる。空調用の業務用機器や、チリングユニット系の機種には部分負荷性能の表示ルールが整備されているが、80℃超の出湯を主用途とする高温出湯専用機については、規格上の期間指標が整っていない領域が残る。結果として、メーカー提示値の試験条件を個別に確認することが実質唯一の検算手段になる。
| 指標 | 測定条件の性質 | 補機電力の扱い | 工場の年間運転との乖離 |
|---|---|---|---|
| 定格COP(JIS試験条件) | 水温・外気温・流量を固定した単一点 | 原則として機器内蔵分のみ | 大きい。冬季・部分負荷・高出湯を反映しない |
| 中間能力時COP | 定格の50%前後の能力点 | 機器内蔵分のみ | 中程度。負荷変動の一部を反映 |
| 期間成績係数(APF/IPLV系) | 複数運転点の加重平均 | 規格により異なる | 小さいが、高温出湯専用機では規定がない |
| 実測システムCOP | 現地の年間熱量÷年間総電力 | 循環ポンプ・ファン等を含む | 乖離なし(ただし更新後にしか得られない) |
四つのうち投資判断に使えるのは下二つだが、産業用高温域では期間成績係数が得られないことが多い。そこで現実的な手順は、メーカーに複数運転点のCOPを条件付きで出させ、自社の負荷時間分布で加重平均を自作することになる。提案書に単一のCOPしか書かれていない場合、それは検算不能な数値だと判断してよい。
なお、以降の表で用いる実効COPの推計は、理論COP(カルノーCOP=出湯絶対温度÷温度リフト)に実機の効率比を掛ける形で算出している。効率比は、省エネルギーセンターの産業用ヒートポンプ導入事例やNEDOの産業用高温ヒートポンプ実証で報告される実測値がおおむね40〜60%の幅に入ることを踏まえ、保守側の0.40〜0.50を仮定した。実機の報告値と照合する際は、この効率比を自社条件で置き換えれば同じ式で再計算できる。
温度帯でCOPは階段状に落ちる
支配変数は温度リフト、つまり入熱源温度と出湯温度の差である。ヒートポンプの理論上限はカルノー効率で与えられ、絶対温度で表した出湯温度を温度差で割った値になる。入熱源25℃・出湯60℃なら理論COPは約9.5、同じ入熱源で出湯90℃なら約5.6だ。実機はこの上限の40〜50%程度で動くため、前者は実効4前後、後者は2.5前後という水準になる。
ここで注意すべきは、COPの低下率と削減量の低下率が一致しないことだ。削減量は燃料側の排出量から電力側の排出量を引いた差分であり、COPが線形に落ちると電力側の排出が加速的に増えるため、差分は非線形に縮む。都市ガスボイラー(効率90%、高位発熱量基準)の有効熱1GJあたり排出は約55.4kg-CO2、電力係数0.44kg-CO2/kWhを使うと、実効COP4.3では削減量は約27kg-CO2/GJだが、実効COP2.5では約6.5kg-CO2/GJに落ちる。COPが約4割落ちる条件で、削減量は約75%縮む計算である。出湯温度を30℃上げる判断は、性能を4割削るのではなく削減量を7割以上削る判断になる。
最大の感度項目は機種ではなく、工場側の要求温度の書き方である。要求温度が「現状のボイラー蒸気圧0.7MPaG」で記述されていると、それに対応する飽和温度(約170℃)が設計条件として降りてくる。しかし実際のプロセスが必要としているのが槽内液温85℃の維持であれば、必要な出湯温度は95℃前後まで落ちる。入熱源25℃で理論COPを比べると3.1から5.3へ、約1.7倍になる。温度要求の棚卸しは、設備投資を伴わずに実効COPを1.5〜1.8倍動かしうる感度項目だ。棚卸しをせずに機種比較に進んだ提案書は、前提の段階で削減量を取り逃がしている。
熱を渡す形式も必要リフトを変える。蒸気で渡すなら飽和温度ぶんのリフトが必要だが、温水で渡せば送り温度まで下げられ、温風なら熱交換器一段を省ける。熱交換器の接近温度差を10Kから5Kに詰めれば、出湯温度を5K下げられる。COPに換算すればおおむね数%から10%の改善幅である。
| 出湯温度帯 | 実効COPレンジ(推計) | 主な適用プロセス | 削減量の確度 |
|---|---|---|---|
| 40〜60℃ | 3.5〜5.0 | 洗浄、給湯、空調予熱、発酵 | 高い |
| 60〜80℃ | 2.8〜3.8 | 脱脂洗浄、乾燥前段、めっき液加温 | 中程度 |
| 80〜100℃ | 2.0〜3.0 | 蒸留予熱、濃縮、殺菌 | 中程度 |
| 100〜130℃(蒸気発生型) | 1.5〜2.6 | 低圧蒸気の代替、乾燥 | 低い(機種・熱源依存が大) |
算出式:実効COP=(出湯絶対温度÷温度リフト)×効率比。前提は入熱源20〜35℃、効率比0.40〜0.50。各帯の下限は入熱源20℃・効率比0.40、上限は入熱源35℃・効率比0.50で算出。
出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)
表の構造が示しているのは、60℃以下の熱需要を切り出せる工場は削減量の確度が高く、100℃超に一括で挑む案件は確度が低いということである。100〜130℃帯の下限1.5は、後述する損益分岐システムCOP約2.2を明確に下回る。同じ投資額なら、低温側の需要を先に剥がすほうが削減量あたりの不確実性は小さい。
外気温・熱源温度の季節変動と、デフロストで消える分
空気熱源のヒートポンプは冬季に二重の不利を受ける。入熱温度が下がって温度リフトが拡大し、同時に蒸発器側の能力そのものも低下する。年間平均外気温で計算した削減量は、この冬季の谷を平準化して見せてしまう。谷の深さが設計能力を下回れば、既設ボイラーによる燃料バックアップが実際には走り、その燃料消費は提案書の削減量から控除されていない。
着霜とデフロストの扱いも曖昧になりやすい。外気が低温高湿の条件では蒸発器に霜が付き、除霜運転のために熱を逆流させる時間が生じる。試験条件に除霜損失を含む指標と含まない指標があり、提案書のCOPがどちらかは明示されないことが多い。確認すべきは「表示COPは除霜時間を含む期間平均か、除霜前の安定運転点か」という一点である。
| 熱源種別 | 夏季の入熱温度 | 冬季の入熱温度 | 実効COPの振れ幅(推計) | 削減量の分散 |
|---|---|---|---|---|
| 外気(空気熱源) | 30〜35℃ | -2〜7℃ | 2.0〜3.5 | 大きい |
| 工場排熱(排水・排気) | 35〜45℃ | 30〜40℃ | 3.2〜4.5 | 小さい |
| 冷却水(クーリングタワー戻り) | 32〜37℃ | 20〜28℃ | 2.7〜3.7 | 小さい |
| 井水・地下水 | 15〜18℃ | 14〜17℃ | 2.4〜2.6 | 非常に小さい |
算出式:実効COP=(353.15K÷温度リフト)×0.45。出湯80℃、効率比0.45を仮定し、各行の入熱温度の下限・上限を代入。
出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)
熱源の選択が削減量の分散を決めるという点が、この表の実務的な結論である。ただし分散の小ささと水準の高さは別の話だ。井水熱源は年間を通じて2.4〜2.6とほぼ動かないが、その水準は損益分岐システムCOP約2.2の直上にあり、補機電力を乗せれば分岐点に触れる。出湯80℃を井水熱源で狙う案件は「安定しているが削減量が薄い」構造になる。排熱や冷却水を熱源に取れる工場では、冬季の谷が浅く、年間の削減量が設計値から外れにくい。逆に空気熱源しか選べない立地では、同じ定格COPの機種でも年間削減量の下振れリスクが大きく、投資判断では期待値ではなく下限値で評価するのが合理的だ。排熱回収の配管工事費が機器費を上回るケースもあるが、削減量の確度を買っている分は投資回収計算の割引率で評価されるべきである。
補機と系統改造を入れる — 正味削減量の境界設定
システムCOPは、供給した熱量を、ヒートポンプ本体と補機の電力合計で割った値で定義する。補機には熱源側・負荷側の循環ポンプ、熱源が空気ならファン、制御盤の待機電力、場合によっては熱源水の前処理設備が含まれる。省エネルギーセンターやNEDOが公表する導入事例・実証報告では、補機を含めた実測システムCOPが機器単体の定格値を下回る例が繰り返し報告されており、補機が本体電力の数%から2割程度を占める水準が目安になる。本体電力の5〜20%を補機とすれば、定格COP3.5の機器はシステムCOP2.9〜3.3に落ちる計算だ。ポンプ揚程を既設配管の抵抗で設計すると、この比率が上側に張り付く。
部分置換で最も見落とされるのは、既設ボイラーを残した場合の損失である。缶体の放熱、常時保温のための小火、ブロー損失、脱気器の蒸気消費は、熱負荷の半分をヒートポンプに移しても減らない。蒸気系統を生かしたまま熱源を並列化する案では、削減量が提案書の想定を下回ることが多い。ボイラーを完全に止められるか、止められないかで削減量の構造が変わる。
| 区分 | 正味削減量に含める | 扱いの注意点 |
|---|---|---|
| ヒートポンプ本体電力 | 含める | 運転点別の値を使う |
| 熱源側・負荷側ポンプ、ファン | 含める | 既設配管の抵抗を反映した実揚程で計算 |
| 制御盤・待機電力 | 含める | 非稼働期の積算を忘れやすい |
| 既設ボイラー待機損失・保温・ブロー | 含める(削減されずに残る分) | 部分置換時の最大の誤差要因 |
| 冬季の燃料バックアップ | 含める | 設計能力と冬季能力の差から推計 |
| 保温改修による放熱減 | 別建てで計上 | ヒートポンプの効果と混ぜない |
| 建設時の資材・機器製造分 | 本稿の境界では除外 | ライフサイクル評価では別途計上 |
出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)
設備周辺(BOP)を含めて正味化する考え方そのものは、水素設備やCCUSの評価と共通する。異なるのは、熱源更新では境界の論点が「既設ボイラーを止めるか残すか」のほぼ一点に集約されることだ。この一点を提案書で明示させれば、削減量の誤差の大半は押さえられる。
電力の排出係数で符号が変わる条件
燃料転換の削減量は、燃料側の排出量と電力側の排出量の差で決まる。都市ガスは単位発熱量あたり約0.0499t-CO2/GJ、A重油は約0.0693t-CO2/GJである(環境省・経済産業省の温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度(SHK制度)の係数。発熱量は高位発熱量基準)。ボイラー効率を同じ高位発熱量基準の90%とすると、有効熱1GJあたり約55.4kg-CO2になる。ここは前提の取り方で動く箇所だ。メーカー表示のボイラー効率は低位発熱量基準であることが多く、低位基準90%は高位換算で約81%に相当する。その場合は有効熱1GJあたり約61.6kg-CO2となり、損益分岐システムCOPは約2.0まで下がる。以下の表は高位発熱量基準で効率を揃えた場合の値である。
電力側は、環境省・経済産業省が公表する電気事業者別排出係数の全国平均的な水準として0.44kg-CO2/kWhを基準に置き、低炭素メニュー0.35、実質再エネ0.10を感度として並べた。SHK制度の係数は年度ごとに改定され、直近年度の代替値は0.44を下回る公表値もあるため、自社算定では報告対象年度の公表値に置き換えて使うのが前提になる。
| 代替前の熱源 | 電力の排出係数 | 損益分岐システムCOP(試算) | システムCOP3.0時の削減率 |
|---|---|---|---|
| 都市ガスボイラー(効率90%) | 0.44kg-CO2/kWh | 約2.2 | 約26% |
| 都市ガスボイラー(効率90%) | 0.35kg-CO2/kWh(低炭素メニュー) | 約1.8 | 約41% |
| 都市ガスボイラー(効率90%) | 0.10kg-CO2/kWh(実質再エネ) | 約0.5 | 約83% |
| A重油ボイラー(効率85%) | 0.44kg-CO2/kWh | 約1.5 | 約50% |
| A重油ボイラー(効率85%) | 0.35kg-CO2/kWh(低炭素メニュー) | 約1.2 | 約60% |
算出式:損益分岐システムCOP=277.8kWh×電力排出係数÷(燃料排出係数÷ボイラー効率)。削減率=1−(損益分岐COP÷3.0)。燃料係数はSHK制度の公表値、ボイラー効率は高位発熱量基準。
出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)
都市ガスからの転換で0.44kg-CO2/kWhを使うと、損益分岐システムCOPは約2.2になる。出湯温度帯の表で見れば、100〜130℃の蒸気発生型は実効COP1.5〜2.6のレンジに入り、下側では削減量が反転する。この領域は「CO2が減らない電化」が現実に起こりうる帯域だ。逆にA重油からの転換なら損益分岐は約1.5まで下がり、高温域でも削減側に残る余地がある。重油焚きの古いボイラーを抱える工場のほうが、高温ヒートポンプの削減量は出やすい。
排出係数は年次で改定される。投資判断時点の係数で固定した削減量は数年で陳腐化し、系統の脱炭素が進めば削減率は上側に動く。感度分析は複数係数で置くのが実務的で、全国平均水準・自社の小売メニュー・将来の系統見通しの三本を並べて削減量のレンジを出すのが合理的だ。電力メニューを実質再エネに切り替えるだけで削減率が26%から83%へ跳ねる構造は、削減量の計算が機器性能よりも電力調達に左右されることを示している。
課題・反論・代替視点
実効COPを厳密に積み上げる手法には、計算が精緻になるほど判断が遅れるという反論が成り立つ。年間負荷時間分布の整備には計測器の設置と数か月の実測が必要で、その間に補助金の公募期間が過ぎる。現実の意思決定では、低温域の明確な案件は定格COPの8割を仮置きして先に進め、高温域や部分置換の案件だけ実測を要求する二段構えのほうが総削減量は大きくなる。精緻化の対象を絞る判断がいる。
本稿の試算自体にも限界がある。実効COPはカルノーCOPに効率比0.40〜0.50を掛ける簡易式で置いており、冷媒の種類、圧縮機の段数、蒸発器・凝縮器の熱交換性能による差を吸収していない。二段圧縮や中間冷却を備えた高温機は同じリフトでも効率比が上側に出ることがあり、表のレンジは保守側に寄る。表の役割は絶対値の提示ではなく、提案書の数値がどの桁に収まるべきかを確認するための検算の枠組みにある。実機の選定段階では、メーカー提示の運転点別データと自社の負荷時間分布で置き換えるのが筋だ。
削減量そのものを重視しすぎる視点にも限界がある。熱源更新の目的が削減量だけなら、電気ボイラー(COP1相当)は常に劣後するが、プロセスの温度要求が200℃超で動かせない場合、選択肢は電気ボイラーか燃料継続しかない。電力排出係数が0.10kg-CO2/kWh水準の実質再エネ調達であれば、電気ボイラーでも都市ガス比で約50%の削減になる。COPの最大化と削減量の最大化は同じ方向を向かないことがある。
もう一つの代替視点は、要求温度の棚卸しが本当に自由にできるのかという点だ。食品や医薬の製造では温度条件が品質規格や許認可に紐づいており、プロセス温度を下げる変更には検証工程が伴う。技術的に下げられる温度と、規格上下げてよい温度は別である。棚卸しの感度が大きいという分析は正しいが、実行可能性は業種で大きく異なり、化学や金属加工のユーティリティ系統から着手するほうが現実的な場面が多い。
日本市場・日本企業への示唆
日本の産業用熱の脱炭素で効くのは、海外で語られる高温ヒートポンプの技術進歩よりも、自社が調達する電力の排出係数と熱源の立地条件である。対比軸を国ではなく係数で置くと見通しがよくなる。フランスや北欧のように系統係数が0.1kg-CO2/kWh前後の地域では損益分岐COPが1を切り、電化はほぼ無条件に削減側へ出る。だがドイツのように0.3kg-CO2/kWh台の地域では損益分岐は1.9前後で、日本の0.44kg-CO2/kWh水準での約2.2と大きくは違わない。欧州の導入事例をそのまま持ち込めない理由は「欧州だから」ではなく、その事例が前提にしている電力係数が自社の調達係数と違うからだ。事例を読むときは、記載されたCOPよりも係数の前提を先に見るのが実務的だ。
制度面では、温対法のSHK制度と排出量取引制度上の報告が、公表される排出係数に紐づいて運用されている。省エネ法(エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律)の定期報告はエネルギー使用量の原油換算が基礎で、電気は一次エネルギー換算係数を用いるため、CO2排出係数は使わない。この二つを混同すると、同じ設備更新の効果が報告書ごとに食い違う。SHK制度では基礎排出係数と調整後排出係数の両方を算定・報告し、再エネ証書等の反映は調整後に現れる。再エネメニューへの切り替えとヒートポンプ導入を同時に進めると、調整後で見た削減量は機器性能の寄与を超えて動く。両者を分離して記録しておかないと、次の投資判断で機器の実効COPを過大評価する。
日本の工場で削減量の確度を最も上げるのは、排熱や冷却水を熱源に取れるかどうかの調査である。敷地が狭く既設配管が複雑な国内工場では、熱源水の引き回し工事が機器費と同等以上になる場面が少なくないが、表で示したとおり熱源を外気から排熱に替えるだけで実効COPの振れ幅は2.0〜3.5から3.2〜4.5に縮む。工事費を払って削減量の分散を下げる判断が、補助金の費用対効果審査でも説明しやすい形になる。
まとめ
カタログの定格COPは、固定された単一運転点の値である。そこから正味削減量に至るまでに、出湯温度によるリフトの拡大、冬季の入熱温度低下と除霜損失、補機電力、残置ボイラーの待機損失という四段の目減りが入る。しかも目減りは線形ではない。削減量は燃料側排出と電力側排出の差であるため、COPが4割落ちる条件で削減量は7割以上落ちる。四段を通した結果が損益分岐システムCOP約2.2を下回れば、削減量は符号ごと反転する。提案書の「削減60%」を検算するとは、この四段のどこが織り込まれ、どこが抜けているかを特定する作業に他ならない。
検算の結果として入れ替わるのは、機種の優劣よりも案件の優先順位である。低温域の洗浄・給湯需要を排熱熱源で剥がす案件は、実効COP3.2〜4.5と小さい分散を両立し、削減量あたりの不確実性が最も低い。安定していても水準が低い案件、たとえば井水熱源で出湯80℃を狙う構成は実効COP2.4〜2.6にとどまり、分散は小さいが削減量そのものが薄い。蒸気系統を残したまま高温ヒートポンプを並列化する案件は、表示COPが高くても正味削減量の下限が損益分岐に近づく。同じ投資予算なら、分散が小さく水準も高い案件を先に通すほうが、確定した削減量は大きくなる。
温度要求の棚卸しと熱源調査は、設備を買う前に自社で実行できる唯一の感度項目だ。ここを飛ばした案件は、機器の性能向上ではもう挽回できない。高温出湯専用機の期間成績係数に相当する共通指標が規格として整うまでには時間がかかる見通しで、それまでの間は各社が自前の計測で負荷時間分布と実測システムCOPを持てるかどうかが、熱源更新の投資判断の精度を分ける分水嶺となる。更新案件を数件通すたびに実測データが蓄積する企業と、提案書の定格COPを毎回そのまま稟議に載せる企業の差は、次の電力係数改定を挟んだ時点で円/t-CO2の桁に現れる。
主要出典
- 環境省・経済産業省「温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度(SHK制度)」算定方法・排出係数一覧(燃料の単位発熱量および排出係数、電気事業者別排出係数) https://www.env.go.jp/
- 経済産業省「エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律(省エネ法)関連資料・定期報告書作成要領」 https://www.meti.go.jp/
- 資源エネルギー庁「工場等におけるエネルギー管理・省エネルギー関連資料」 https://www.enecho.meti.go.jp/
- 日本産業規格 JIS B 8613「ウォーターチリングユニット」(性能試験条件および成績係数の表示方法)/日本産業標準調査会
- 一般財団法人 省エネルギーセンター「省エネ事例データベース・産業用ヒートポンプ導入事例」 https://www.eccj.or.jp/
- 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「産業用高温ヒートポンプに関する技術開発・実証事業 成果報告」 https://www.nedo.go.jp/
- 国際エネルギー機関(IEA)”The Future of Heat Pumps”(2022年)および産業部門の熱利用に関する後続分析 https://www.iea.org/
- GXリーグ/GX-ETS「排出量の算定・報告に関する実施ガイド」 https://gx-league.go.jp/
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