(本稿の情報は2026年09月時点)
この記事の結論
- 蓄電池・V2G の削減は「充電時 MEF ÷ 往復効率 < 放電時 MEF」を満たすときだけ成立し、放電量×平均係数の従来式では成否を判定できない。
- 往復効率 85% なら 18% 以上、V2G の 70% なら 43% 以上の係数差が要り、夜間に石炭火力が入るエリアでは深夜充電から朝の放電は排出を増やす。平均係数は過小にも 43 倍の過大にも振れる。
- 削減量はエリアと季節で符号まで変わり、物理的な削減の多くは Scope 2 で計上できないため、全国一律の削減量を前提にした事業計画は成立しない。
蓄電池と V2G の導入提案書に並ぶ CO2 削減量の大半は、物理的な削減量ではない。放電量に系統平均の排出係数を掛けた数字である。この計算は充電したときの排出を計上せず、往復効率の損失で失われた電力量も無視する。結果として、実際には系統の排出を増やしている運用に対しても「年間 ○○ t-CO2 削減」という数字が付く。
この差は事業判断を直接揺らす。補助金の申請書に書いた削減量が実測と乖離すれば、成果報告の段階で問題になる。顧客への提案でも、顧客が Scope 2 の実績値と突き合わせた時点で数字が合わない。削減量の計上方法を先に決めておくことが、収益モデルの前提条件になっている。
提案書のCO2削減量はどう作られているか
現場で使われている試算式は、ほぼ一つに収束している。放電量(kWh)に電気事業者別の排出係数(kg-CO2/kWh)を掛けるだけの式である。環境省・経済産業省が温対法の算定用に公表する電気事業者別排出係数には基礎排出係数と調整後排出係数の二種類があり、提案書の実務で使われるのは通常、基礎排出係数のほうだ。全国平均の代替値は 0.4 kg-CO2/kWh 台で推移してきたが、年度ごとに改定されるため、提案に使う際は公表年度と係数の種類を必ず併記するのが筋になる。仮に 0.43 kg-CO2/kWh を置いて日次 100 kWh を放電する蓄電池を年間 365 日稼働させれば、約 15.7 t-CO2 の削減という数字が出る。算術自体は正しい。問題は、この式が何を計上していないかである。
計上されていないのは三つある。充電時に系統から電力を引いたことによる排出、往復効率の損失で消えた電力量に対応する排出、そして充電時と放電時で系統の電源構成が違うという事実である。蓄電池はエネルギーを作らない。系統から取って、時間をずらして戻すだけの装置だ。取る量は戻す量より必ず多い。
| 試算方式 | 充電時の排出 | RTE 損失 | 時間帯差 | 用途で見られる場面 |
|---|---|---|---|---|
| 放電量 × 平均係数 | 計上しない | 無視 | 無視 | 顧客提案、社内稟議の初期検討 |
| (放電量 − 充電量)× 平均係数(=放電量×平均係数 − 充電量×平均係数。両式は同値) | 計上する | 反映(値は必ず負になる) | 無視 | 一部の補助金申請。結果が負になるため提案には使われにくい |
| 放電量 × 放電時 MEF − 充電量 × 充電時 MEF | 計上する | 反映 | 反映 | 学術研究、一部の海外事業者 |
事業性判断に使えるのは最下段だけである。第 2 段の二つの書き方は数学的に同一で、平均係数を使う限り充電量が放電量より多い以上、正味削減は必ず負になる。つまり平均係数を前提にすると、蓄電池は定義上排出を増やす装置になる。この結論を避けるために第 1 段の式が広く使われている、というのが実態に近い。時間帯差を入れて初めて、削減が成立する余地が生まれる。
限界排出係数(MEF)とは何を測っているか
平均排出係数(AEF)は、ある系統・ある期間の総排出量を総発電量で割った値である。年間値や月間値として公表され、開示制度で使われる。一方、限界排出係数(MEF, Marginal Emissions Factor)は、その瞬間に需要が 1 kWh 増減したときに出力を変える電源の排出係数を指す。蓄電池が系統に与える影響を評価するなら、後者が正しい。蓄電池の充電は需要の増加であり、それに応答するのは平均的な電源ではなく、その時点で出力調整の最前線にいる電源だからだ。
差は小さくない。太陽光の出力が高い春の昼間、需要が 1 kWh 増えたときに応答するのは、出力抑制されていた太陽光の抑制解除か、最低出力付近の火力である。前者なら MEF はほぼゼロ。後者でも LNG コンバインドサイクルなら 0.35 kg-CO2/kWh 程度だが、最低出力付近の運転は熱効率が落ちるため実際の係数はこれより高く出る。逆に夕方のピーク時、応答するのは石炭火力か石油火力、あるいは揚水の追加放水で、電源別の排出原単位から見て 0.7〜0.9 kg-CO2/kWh の帯に入る。同じ系統で、時間帯によって 2 倍以上の幅がある。
| 項目 | 平均排出係数(AEF) | 限界排出係数(MEF) |
|---|---|---|
| 定義 | 総排出量 ÷ 総発電量 | 需要 1 kWh 増減時に応答する電源の排出係数 |
| 時間解像度 | 年間・月間 | 30 分値または 1 時間値 |
| 国内のデータ源 | 環境省・経済産業省の電気事業者別排出係数 | 公式な公表はない |
| 代替の推計手法 | — | エリア別 30 分値の電源構成(各一般送配電事業者)、JEPX スポット価格との回帰、需給調整市場の約定電源 |
| 使いどころ | Scope 2 の開示、法定報告 | 設備投資判断、運用最適化、物理的削減量の評価 |
| 数値の性質 | 実績の事後集計 | 推計値(手法依存で幅が出る) |
国内で MEF の公式値は公表されていない。ここが実務上の最大の障壁である。米国では WattTime が系統運用データから限界電源を推計して時間別の MEF を提供している。基礎となるのは各 ISO・RTO が公開する時間別の発電実績データで、EPA の eGRID は年間平均の排出係数データベースであり MEF の直接のデータ源ではない。この区別は重要で、eGRID を時間別評価に転用すると平均係数を使うのと同じ誤りに戻る。日本への適用は技術的には可能だが、各一般送配電事業者が公表するエリア別需給実績(30 分値、電源種別の出力)を組み合わせた自前推計になる。公表データの粒度は電源種別までで、個別ユニットの起動停止までは追えない。推計には幅が残る。
実務では、代替指標として JEPX のスポット価格を使う方法が現実的である。価格が低い時間帯は余剰供給、つまり限界電源が再エネか原子力に近く MEF が低い。価格が高い時間帯は調整余力の乏しい火力が限界電源で MEF が高い。相関は完全ではないが、方向は合っている。しかも価格データは 30 分値で公開されており、収益計算にそのまま使える。削減量の評価と収益の評価を同じデータで回せるという点で、実装コストが低い。
往復効率の損失は「追加の発電」である
蓄電池に 1 kWh 充電しても、取り出せるのは 1 kWh より少ない。この損失は、系統側から見れば追加の発電要求である。削減量の計算では必ず引き算になる。
定置用リチウムイオン蓄電池システムの往復効率(RTE, Round-Trip Efficiency)は、PCS(パワーコンディショナ)を含めたシステム全体で 85〜90% が実務で用いられるレンジである。セル単体では 95% を超えるが、PCS の交直変換損失、空調・制御系の待機電力、そして経年劣化による内部抵抗の上昇が積み上がる。長期運用では効率が低下するため、メーカーが保証する容量維持率(10 年で 60〜70% 程度が一般的な水準)とあわせて、期末側の効率を保守的に置くのが妥当だ。
V2G はさらに条件が厳しい。車載充電器(OBC)を経由する場合、放電側は外部の双方向充電器を通るが、充電側は OBC の効率が乗る。加えて、車両側の高電圧システムを起動・維持するための補機電力が充放電中ずっと発生する。国内外の実証事業や査読論文で報告される V2G のシステム全体 RTE は、補機電力・SOC 帯・充放電レートへの依存が強く、おおむね 50% 台から 80% 台までの極めて広い幅に散らばる。本稿では中央付近の 70〜80% を計算の前提に置くが、この前提自体が機器仕様で動く点は結論を読むうえで外せない。1 回の充放電サイクルが短く、放電量が小さいユースケースでは、補機電力の比率が上がって実効 RTE はさらに落ちる。
以下の表では、RTE の逆数を小数 2 桁(1/0.85 = 1.18 など)に丸めた値を、本稿の全計算で一貫して用いる。
| RTE | 放電 1 kWh に必要な充電量 | 損失分 | 充電時 MEF 0.45 kg/kWh での排出増分 |
|---|---|---|---|
| 95% | 1.05 kWh | 0.05 kWh | 0.023 kg-CO2 |
| 90% | 1.11 kWh | 0.11 kWh | 0.050 kg-CO2 |
| 85% | 1.18 kWh | 0.18 kWh | 0.081 kg-CO2 |
| 80% | 1.25 kWh | 0.25 kWh | 0.113 kg-CO2 |
| 75% | 1.33 kWh | 0.33 kWh | 0.149 kg-CO2 |
| 70% | 1.43 kWh | 0.43 kWh | 0.194 kg-CO2 |
RTE 85% なら放電 1 kWh あたり 1.18 kWh の充電が必要で、損失 0.18 kWh 分の排出が上乗せされる。充電時の MEF を 0.45 kg-CO2/kWh とすれば 0.081 kg-CO2。V2G の RTE 70% では 0.194 kg-CO2 まで膨らむ。この数字を、放電時の MEF との差で回収できるかどうかが勝負の分かれ目である。放電時 MEF が 0.80 kg-CO2/kWh で充電時が 0.45 kg-CO2/kWh なら、RTE 85% の正味削減は 0.80 − 0.45 × 1.18 = 0.269 kg-CO2/kWh。削減は成立する。だが充電時 MEF が 0.65 kg-CO2/kWh に上がると、0.80 − 0.65 × 1.18 = 0.033 kg-CO2/kWh まで縮む。ほぼゼロだ。
削減がゼロ・マイナスになる運用パターンの計算
成立条件は一本の不等式に書ける。
充電時 MEF ÷ RTE < 放電時 MEF
左辺は放電 1 kWh を作るために発生する排出、右辺はその放電が回避した排出である。RTE 85% なら、放電時 MEF が充電時 MEF の 1.18 倍を超えないと削減にならない。つまり充電と放電の限界排出係数に 18% 以上の差が必要になる。V2G の RTE 70% では 43% 以上の差が要る。この閾値を頭に置くと、どの運用が削減になり、どれがならないかがすぐ判別できる。
| 運用パターン | 充電時間帯/想定限界電源 | 放電時間帯/想定限界電源 | 充電時 MEF | 放電時 MEF | 正味削減(RTE 85%) |
|---|---|---|---|---|---|
| ① 太陽光余剰(春秋の昼)→ 夕方ピーク | 11-14時/抑制対象の太陽光 | 17-20時/石炭火力 | 0.05 | 0.80 | +0.741 kg/kWh |
| ② 太陽光余剰(夏の昼)→ 夕方ピーク | 11-14時/LNG 最低出力付近 | 17-20時/石炭火力 | 0.35 | 0.80 | +0.387 kg/kWh |
| ③ 深夜充電 → 朝ピーク放電 | 1-5時/石炭火力 | 7-9時/LNG コンバインド | 0.80 | 0.40 | −0.544 kg/kWh |
| ④ 深夜充電 → 夕方ピーク放電 | 1-5時/石炭火力 | 17-20時/石油火力 | 0.80 | 0.73 | −0.214 kg/kWh |
| ⑤ 価格裁定のみ(年間平均) | 価格下位/混在 | 価格上位/混在 | 0.50 | 0.60 | +0.010 kg/kWh |
※ MEF の単位は kg-CO2/kWh。いずれも限界電源の想定に基づく試算であり、公表された実測値ではない。石炭火力は設備の熱効率により 0.79〜0.95 程度の幅があるため本稿では 0.80 で統一し、石油火力は 0.73、LNG コンバインドは 0.40 を置いた。RTE 係数は 1.18 に統一している。
表が示す構造は明確だ。削減が成立するのは太陽光余剰を吸収する運用で、深夜に充電して昼間から夕方に放電する運用は削減にならない。パターン③は削減量が大きくマイナスになる。深夜の限界電源が石炭火力で、朝のピークが LNG である場合、蓄電池は排出係数の高い電力を貯めて低い時間に放出しているからだ。ただしこの構造は全エリア一律ではない。原子力の再稼働が進んだ九州・関西では、夜間の限界電源が原子力や LNG になる時間帯があり、深夜充電が必ず高排出になるとは言えない。パターン③④は、夜間ベースロードに石炭火力が入るエリアに限定して読むべき数字である。
注目すべきは逆方向の乖離だ。パターン①の正味削減 0.741 kg-CO2/kWh は、平均係数ベースの試算値(0.43 kg-CO2/kWh 前後)を大きく上回る。出力制御中の太陽光を吸収する運用では、従来式はむしろ削減を過小評価している。平均係数を使うことは一律に過大評価を生むのではなく、運用によって過大にも過小にも振れる。方向が読めないという点こそが、この指標の本質的な欠陥である。
パターン⑤が最も注意を要する。価格裁定のみを目的にした運用は、年間を通すと充電時と放電時の MEF 差が小さく、正味削減は +0.010 kg/kWh とほぼゼロになる。年間 3 万 kWh 放電しても 300 kg-CO2。同じ設備を 0.43 kg-CO2/kWh の従来式で試算すれば 12.9 t-CO2 だ。43 倍の乖離である。価格裁定は収益を生むが、CO2 削減という価値は生まない。この二つを同じ設備の便益として並べて足すことはできない。
出力制御の有無が計算を変える
パターン①と②の差は、出力制御の有無だけから生じている。抑制対象の太陽光を吸収する充電は、系統に追加の発電を要求しない。捨てられる電力を拾うだけだから、限界排出係数は実質ゼロに近づく。九州エリアでは 2018 年 10 月に離島以外で初の太陽光出力制御が実施され、以降は春と秋の晴天休日を中心に常態化した。その後は 2022 年 4 月に東北・中国・四国、5 月に北海道、2023 年 1 月に沖縄、2023 年 4 月に中部・北陸、同年 6 月に関西と初実施エリアが広がり、東京エリアでは 2026 年 3 月 1 日に初めて実施された。現在は全エリアが実施経験を持つ段階にある。出力制御の実施エリア・時間数・制御率は資源エネルギー庁と各一般送配電事業者が公表しており、自社設備の設置エリアについては公表値で確認できる。
逆が問題である。出力制御が発生していない季節・時間帯では、昼間の充電も火力の増出力を引き起こす。夏のピーク期の昼間は、太陽光が出ていても需要が大きく、限界電源は LNG である。同じ設備、同じ運用スケジュールで、削減量が季節によって大きく動く。
| エリア・季節 | 出力制御の発生 | 昼間充電の想定 MEF | 昼間充電→夕方放電の正味削減(RTE 85%) |
|---|---|---|---|
| 九州・春(晴天休日) | 頻繁 | 0.00〜0.10 | +0.68〜+0.80 kg/kWh |
| 九州・夏(平日) | 稀 | 0.30〜0.40 | +0.33〜+0.45 kg/kWh |
| 四国・春(晴天休日) | 頻繁 | 0.00〜0.15 | +0.62〜+0.80 kg/kWh |
| 東京・春(軽負荷期) | 発生実績あり | 0.20〜0.45 | +0.27〜+0.56 kg/kWh |
| 東京・夏(平日ピーク) | 稀 | 0.45〜0.55 | +0.15〜+0.27 kg/kWh |
| 北海道・冬 | 無し | 0.55〜0.70 | −0.03〜+0.15 kg/kWh |
※ 放電時 MEF を 0.80 kg-CO2/kWh、RTE 係数を 1.18 と固定した試算。MEF は限界電源の想定に基づく推計であり、公表された実測値ではない。出力制御の発生欄は資源エネルギー庁および各一般送配電事業者の公表する実施状況の傾向を要約したもので、年度により変動する。
北海道の冬が示すのは、削減がゼロを割る可能性である。冬季の北海道は日照が短く需要が高い。昼間でも限界電源は石炭・LNG で、夕方との差が RTE 損失を埋められない。同じ機器を全国に展開する事業者が、削減量を全国一律で計上できない理由がここにある。エリアと季節で符号が変わる指標を、一本の数字で事業計画に載せることは技術的に不可能だ。
事業計画への影響は二つある。一つは設置エリアの選定である。出力制御が常態化したエリアに集中させれば削減量は稼げる。裁定収益は価格の水準ではなく充電時と放電時の値差で決まるため、制御時間帯に昼間の価格が下限に張り付くエリアほど夕方との値差は大きく、削減価値と裁定収益はこの時間帯では同じ方向に働く。JEPX 価格を MEF の代替指標として使う前提とも、ここは整合する。問題は水準ではなく頻度である。制御が出るのは春と秋の晴天休日などに偏り、その日数だけでは年間の稼働を埋められない。もう一つは、その残りの日をどう回すかで生じる KPI の衝突である。稼働率を上げるために価格の値差だけを狙う運用に寄せると、パターン⑤のように収益は出ても削減はほぼゼロになる。価格は限界電源の方向を示す指標としては使えるが、値差の大きさが限界排出係数の差の大きさと比例するわけではないからだ。削減量を KPI にした補助金と、収益を KPI にした投資家の要求は、この残りの日の運用スケジュールでぶつかる。この衝突を事前に設計しないと、運用開始後に片方の約束を破ることになる。
GHGプロトコル Scope 2 での計上はどうなるか
物理的な削減と、制度上の削減は別のものである。ここを混同した提案が多い。
GHG プロトコルの Scope 2 ガイダンス(2015 年発行)は、ロケーション基準(系統平均の排出係数を使う)とマーケット基準(購入した電力証書等を反映する)の二重報告を求めている。どちらも年間の平均値を前提にした枠組みで、時間帯の解像度を持たない。蓄電池で夕方の系統排出を回避しても、ロケーション基準では年間平均係数が使われるため、その効果は実質的に見えない。マーケット基準でも、証書の時間帯マッチングが要求されていない限り、蓄電池の貢献は計上されない。
時間帯マッチング(24/7 カーボンフリー電力、24/7 CFE)は、電力消費を同じ時間・同じ系統の無炭素電源と突き合わせる考え方である。Google は 2030 年までの 24/7 CFE 達成を目標として掲げてきたが、データセンター需要の急増を受けて達成可能性を疑問視する報道も出ており、進捗は同社の年次報告で確認するのが確実だ。規格面では EnergyTag が時間別証書(グラニュラー証書)のスキーム標準を策定し、バージョンを重ねて公表している。GHG プロトコルは Scope 2 ガイダンスを含むコーポレート基準の改定作業を進めてきたが、時間別・地理的マッチングをどこまで要件化するかは改定版の確定内容次第である。最終文書の発効時期と要求水準は GHG プロトコル(World Resources Institute および WBCSD)の公表で確認するのが前提で、未確定の要件を確定事項として事業計画に織り込むのは早い。
| 制度上(Scope 2)で計上できる | 制度上は計上できない | |
|---|---|---|
| 物理的に削減している | 時間別証書を併用した昼間余剰吸収運用。理想形だが、国内では時間別証書の流通が限定的で実装できる事業者は少ない | 出力制御時の太陽光余剰を吸収する運用。物理的削減は最大だが、年間平均係数では効果が見えない。現状の国内事業の多数がここ |
| 物理的に削減していない | 非化石証書を購入した深夜充電運用。マーケット基準では排出ゼロの電力として報告できるが、限界電源は石炭火力。制度と物理が最も乖離する象限 | 非化石証書なしの深夜充電・価格裁定運用。削減を訴求する根拠がない |
右上の象限に国内事業の多数が入っているという事実は、事業者にとって不利にも有利にも働く。不利なのは、顧客の Scope 2 開示に数字として貢献できない点である。顧客が求めるのは開示できる削減だから、物理的削減だけでは契約に結びつきにくい。有利なのは、時間別証書の制度が整った時点で、既存設備がそのまま計上可能になる点だ。追加投資なしに計上できる削減が発生する。制度の先回りには価値がある。
左下の象限は逆に危うい。非化石証書を買った深夜充電は、制度上は排出ゼロの電力を貯めたことになる。マーケット基準の報告では削減として通る。だが物理的には石炭火力の電力を貯めて、RTE 損失の分だけ追加の石炭発電を起こしている。制度の抜け穴として使える構造だが、時間別マッチングが要件化されればこの計上は成立しなくなる。この象限を前提に組んだビジネスモデルは制度改定リスクを抱えている。
収益化への接続 — 削減量の精緻化が事業に効く経路
削減量を正確に計算することが、なぜ収益に効くのか。経路は三つある。
一つは補助金の成果報告リスクの低減だ。過大な削減量で採択を受けた事業は、実績報告の段階で乖離が露呈する。事前に保守的な数字を出しておけば、報告時の説明コストが下がる。次に顧客提案の信頼性がある。CFO や GX 担当者が Scope 2 の実績と突き合わせた瞬間、平均係数ベースの試算は破綻する。その場で信頼を失う。時間帯別の計算を出せる事業者は、この場面で差がつく。そして運用最適化の指針になる点が大きい。MEF を見て充放電を決めれば、価格裁定だけの運用より削減量が大きくなる。削減量に値付けできる顧客、つまり SBT 認定を取得済みで Scope 2 の削減余地が乏しい企業に対しては、それが価格に乗る。
ただし、削減量に値付けできる市場は国内でまだ薄い。J-クレジット制度の方法論一覧には、蓄電池の時間帯シフトによる削減を直接扱う方法論が見当たらない。方法論は随時追加・改定されるため、提案に用いる前に最新版を確認するのが前提になる。GX-ETS の対象企業が自社の削減として計上する経路も、時間帯別の排出係数が公式に存在しないため使いにくい。当面の収益源は調達コスト削減と系統サービスの対価であり、削減量は付随価値として扱うのが現実的だ。
課題・反論・代替視点
最も強い反論は、MEF ベースの評価が長期の設備投資判断には不適切だという指摘である。MEF は現在の系統構成を前提にした短期の指標だ。再エネ比率が上がれば限界電源も変わる。20 年使う蓄電池を、現在の MEF で評価するのは近視眼的だという論理は成り立つ。長期の評価には、系統の将来構成をモデル化した長期限界排出係数(LRMEF)を使うべきだという主張があり、これは妥当である。ただし LRMEF の推計には電源構成の将来シナリオが必要で、前提次第で結果が大きく動く。短期 MEF の推計の幅より、さらに広い幅を持つ。どちらも幅があるなら、検証可能な短期 MEF から始めるほうが実務的だ。
第二の反論は、蓄電池の価値を CO2 削減で測ること自体が的を外しているというものである。蓄電池は再エネの系統統合を可能にする設備で、その価値は蓄電池自身の削減量ではなく、それによって追加導入できた再エネの削減量にある。この視点は説得力があり、特に出力制御が制約になっているエリアでは無視できない。ただしこの論理は帰属の問題を抱える。再エネの削減量を蓄電池に帰属させれば、再エネ事業者と蓄電池事業者で二重計上になる。制度設計として扱いが難しい。
第三に、MEF の推計精度への疑問がある。国内では個別ユニットの起動停止データが公開されておらず、電源種別の 30 分値からの推計には誤差が残る。本稿で示した MEF の数値も限界電源の想定に基づく試算で、実測値ではない。誤差が 0.1 kg-CO2/kWh あれば、パターン⑤のような限界的なケースでは符号が反転する。精度が担保できない指標で事業判断を下すことへの慎重論は正当だ。ただし、平均係数を使うことは誤差ゼロを意味しない。時間帯差を無視するという既知の系統誤差を持ち込むだけである。既知のバイアスがある指標より、幅のある不偏推定のほうが判断には使える。
もう一つの限界は、V2G の RTE 前提である。本稿では 70〜80% を使ったが、報告値は 50% 台から 80% 台まで散らばり、双方向充電器の性能と車種で幅が大きい。高効率の機器と大容量の放電なら 85% に近づく可能性もあり、その場合は成立条件の閾値が下がる。V2G を一律に不利と結論づけるのは早い。機器仕様ごとの実測が要る。あわせて、本稿のパターン表が前提にした「夜間ベースロード=石炭火力」という構造も、原子力の再稼働や石炭火力のフェードアウトが進むエリアでは成り立たなくなる。エリア別・年度別に前提を置き直すことが、この計算を使い続ける条件になる。
日本市場・日本企業への示唆
海外の MEF 活用事例を国内にそのまま持ち込めない理由は三つある。
一つは、公式な時間別排出係数の不在である。米国では各 ISO・RTO が時間別の発電実績を公開し、WattTime のような事業者がそれを基礎に MEF を商用提供している。欧州でも ENTSO-E の透明性プラットフォームが時間別の電源種別発電量を公開している。日本では各一般送配電事業者がエリア別の需給実績を公表しているが、電源種別の粒度で、MEF の推計は各事業者の自前作業になる。推計手法が標準化されていないため、事業者間で数字が揃わない。顧客に説明するときに「当社の推計では」と付けることになり、説得力が落ちる。
二つ目は、系統のメリットオーダーの違いである。米国では PJM や ERCOT など多くの地域で深夜の限界電源が天然ガスで、昼間のピークもガスであるため時間帯差は相対的に小さい。ただし MISO や SPP など中西部では夜間の限界電源が石炭または風力になり、地域差は大きい。日本では夜間に石炭火力がベースロードとして動き、朝夕の調整に LNG・石油が入るエリアが残る一方、原子力が稼働する西日本のエリアでは構造が異なる。「深夜充電は概ね中立」という海外の一般論をそのまま持ち込むと判断を誤る。
三つ目は、制度側の受け皿である。海外では時間別の電力属性証書の発行・取引が一部の登録簿で始まり、24/7 CFE を掲げる需要家が調達している。国内では非化石証書が年度単位の制度で、時間帯の情報を持たない。物理的削減を制度上の削減に変換する経路が、現状では存在しない。
国内事業者が取れる現実的な手は限られている。まず、自社の設備について JEPX の 30 分値スポット価格と各エリアの需給実績から MEF を推計し、時間帯別の削減量を内部で算出する仕組みを持つことだ。これは既存の公開データだけで組める。次に、削減量を訴求する提案では従来式と時間帯別の両方を並べ、差分の理由を説明することが推奨される。従来式を隠すと顧客が他社提案と比較できなくなり、かえって不利になる。差分を説明できる事業者が、結果的に信頼を得る。
制度側への働きかけも合理的だ。時間別排出係数の公式化と時間別証書の制度化は、蓄電池・V2G 事業者にとって市場を作る施策である。GX リーグや業界団体を通じた要望は、自社の事業環境を直接改善する。海外で先に制度が整えば、国内企業は海外事業者の推計手法を輸入する立場になる。
まとめ
蓄電池と V2G の CO2 削減量は、放電量と平均排出係数の積では測れない。充電時の排出を引き、往復効率の損失を追加の発電として計上すると、削減が成立する条件は「充電時 MEF ÷ RTE < 放電時 MEF」という一本の不等式に収まる。RTE 85% なら充電時と放電時の限界排出係数に 18% 以上の差が要り、V2G の RTE 70% では 43% 以上が要る。この閾値を満たすのは主に太陽光余剰を吸収する運用で、夜間ベースロードに石炭火力が入るエリアでは、深夜充電から朝の放電へという従来のスケジュールが排出を増やす方向に働く。平均係数による試算は、出力制御時の充電では削減を過小評価し、価格裁定のみの運用では 43 倍に過大評価する。誤差の方向が運用によって反転するため、補正係数を掛けて済ませることもできない。
削減価値と裁定収益は、特定の時間帯では同じ方向に働く。出力制御が常態化した九州や四国の昼間は、限界排出係数が実質ゼロに近く、同時に卸価格も下限に張り付くため、夕方との値差も係数差も大きい。裁定収益は価格の水準ではなく値差で決まるので、この時間帯では収益と削減を同時に取れる。制約は頻度のほうにある。制御が出る日は春と秋の晴天休日などに偏り、年間の稼働をこの時間帯だけで埋めることはできない。残りの日を価格の値差だけで回せば、パターン⑤のように収益は出ても削減はほぼゼロになる。北海道の冬のように削減がゼロを割るケースもある。エリアと季節で符号が変わる指標を、全国一律の削減量として事業計画に載せることはできない。設置エリアの選定と運用スケジュールの設計が、収益と削減の両方を同時に決めている。
制度と物理のずれは、当面続く。GHG プロトコルの Scope 2 ガイダンスは年間平均を前提にした枠組みで、時間別・地理的マッチングをどこまで要件化するかは改定版の確定内容を待つ段階にある。国内の非化石証書も年度単位で、物理的削減を制度上の削減に変換する経路がない。物理的に削減している運用の多くが制度上は計上できず、非化石証書を併用した深夜充電のように制度上は通るが物理的には削減していない運用が成立する。この乖離が解消される方向に制度が動くことは、時間別証書の議論を見れば読み取れる。今後数年のうちに時間別排出係数の公式化と時間別証書の制度化が進むかどうかが、蓄電池・V2G の削減価値を収益に変換できるかの分水嶺となる。それまでの期間に自社設備の時間帯別削減量を算出できる体制を作った事業者が、制度が整った瞬間に計上できる資産を持つことになる。
主要出典
- GHG プロトコル(World Resources Institute / WBCSD)「GHG Protocol Scope 2 Guidance」(2015 年発行)およびコーポレート基準の改定作業に関する公表資料 — https://ghgprotocol.org/
- 環境省・経済産業省「電気事業者別排出係数(特定排出者の温室効果ガス排出量算定用)」(基礎排出係数・調整後排出係数、年度ごとに公表) — https://www.env.go.jp/
- 資源エネルギー庁「再生可能エネルギーの出力制御の実施状況」および電力・ガス基本政策小委員会の配布資料 — https://www.enecho.meti.go.jp/
- 一般社団法人 日本卸電力取引所(JEPX)「スポット市場取引結果(30 分値)」 — https://www.jepx.jp/
- 経済産業省「GX リーグ/GX-ETS の制度設計に関する公表資料」 — https://gx-league.go.jp/
- J-クレジット制度事務局「J-クレジット制度 方法論一覧」 — https://japancredit.go.jp/
- 国際エネルギー機関(IEA)「Batteries and Secure Energy Transitions」(2024 年 4 月、蓄電池システムの効率・用途別評価) — https://www.iea.org/
- ENTSO-E「Transparency Platform(時間別の電源種別発電量の公開データ)」 — https://www.entsoe.eu/
- WattTime「Marginal Emissions Methodology」(米国の限界排出係数推計手法に関する公開解説。手法の詳細は同機関の公開文書による)
- EnergyTag「Granular Certificate Scheme Standard」(時間別証書のスキーム標準)
- 米国環境保護庁(EPA)「eGRID(年間平均排出係数データベース)」 — https://www.epa.gov/