分析記事 GX技術・イノベーション

V2G(電気自動車から電力網への放電)は収益になるか — 日本の需給調整市場と双方向充電の条件

(本稿の情報は2026年10月時点)

この記事の結論

  • V2Gの売り物は放電した電力量(kWh)ではなく、指令を待って待機している容量(ΔkW)であり、収益設計は「できるだけ放電しない」方向に最適化される。
  • 双方向充電器の設備費年換算(本稿試算で1基27〜58万円)に対し、容量対価の手取りは条件次第で届かず、デマンド料金削減を重ねないと黒字化しない。
  • 採算が成立するのは停車時間が長く台数がまとまる業務用フリートであり、機器価格と電池保証の条項が普及速度を決めている。

V2Gは「EVに貯めた安い電気を高く売る」ビジネスとして語られてきた。この理解のままでは投資判断を誤る。日本の需給調整市場で実際に値がつくのは、放電した電力量ではなく、指令が来たら動ける状態で待機しているという事実そのものだ。売り物が違えば、採算の計算式も、必要な車両も、まったく別のものになる。

V2G(Vehicle to Grid)は、EVの駆動用電池から電力系統へ逆潮流させ、系統側の需給調整に使う仕組みを指す。建物内でのみ使うV2H、用途を限定しない総称のV2Xと区別される。系統連系と逆潮流を伴う点が、V2GをV2H・V2Xから分ける決定的な違いであり、同時に手続きとコストを跳ね上げる要因でもある。以下は「何が売り物で、いくらで売れ、いくらかかるか」の1点に絞った分析である。

「EVの電気を売る」ではなく「停車中の容量を貸す」

V2Gの売上は二階建てになっている。一階が容量対価、つまり「ΔkWの調整余力を確保しておきます」という約束に対する支払い(需給調整市場のΔkW価格、容量市場の容量確保契約金額)だ。二階が電力量対価で、実際に指令を受けて放電した分(ΔkWh)に対する支払いである。

この二階建てのうち、発動頻度の低い商品区分では一階が収益の大半を占める構造になる。調整力は「確保されるが使われない」ことが多いからだ。三次調整力②のような区分では落札しても実際の発動量は限定的で、年間の放電スループットが電池容量の数十サイクル分に届かないことも起こりうる。逆に言えば、放電しなくても容量対価だけが積み上がる。なお、ΔkW対価とΔkWh対価の収入比率は区分・エリア・年度で変動するため、特定の比率を前提に事業計画を組むのは危険だ。

この構造を見落として「卸市場の時間差裁定(蓄電池アービトラージ)をEVで行う」と設計すると、採算は厳しくなる。JEPXのスポット価格は日中安・夕方高の形が定着しているが、1サイクル(充電→放電)で取れる価格差は多くの日で数円〜十数円/kWh台にとどまる。往復効率を85%と見れば、取得電力の15%が消える。さらに後述する電池劣化費用が同じ桁で差し引かれる。粗利が劣化コストを安定して上回る日は、年間のごく一部だ。EVは「電気の倉庫」としては高価すぎる。

V2Gが生む物理的インパクトはCO2削減か、系統容量の節約か

物理的インパクトの段階で正確に押さえておくべきは、V2Gの一次効果がCO2の直接削減ではないという点だ。EVが放電した電力は、その瞬間に他の調整力が担うはずだった役割を置き換える。置き換えられる相手は火力の部分負荷運転、揚水発電、あるいは需給調整のための待機運転である。火力の部分負荷運転は効率が落ちるため、これを回避できればCO2は減る。だが減る量は、置き換えた電源の限界排出係数に依存する。

追加的なCO2削減として主張できるのは、再エネの出力制御を吸収した分だ。九州エリアに加え東北・中国エリアでも太陽光の出力制御が日常的に発生しており、各一般送配電事業者が出力制御の実績を公表している。抑制されるはずだった太陽光をEVが吸い込み、夕方に放電すれば、その分の火力燃料が減る。ここで平均排出係数を使うと過大評価になる。評価すべきは限界排出源(マージナル電源)であり、実務上はLNG火力の0.4〜0.5kg-CO2/kWh前後を当てるのが保守的だ。

規模感を数字で確認する。搭載電池60kWhのEVを放電可能深度40%(SOC70%→30%)で運用すると、1日に動かせるのは24kWhである。これが置き換える発電出力は、2時間の放電なら12kW相当。家庭用エアコン数台分だ。1台では何も起きない。100台をアグリゲートして初めて1.2MW、系統から見て意味のあるリソースになる。V2Gが「台数の事業」である理由はここにある。

分類 物理量の実体 定量化のしやすさ 収益への接続
CO2直接削減 置き換えた限界電源の排出分(LNG火力なら0.4〜0.5kg-CO2/kWh) 低(マージナル電源の特定が困難) 2026年10月時点でクレジット化の方法論が未整備
系統容量の節約 配電設備増強の先送り(kW単位) 中(一般送配電事業者の計画に依存) ノンファーム型接続・系統負担金の軽減
再エネ吸収 出力制御量の削減(kWh) 中(エリア別の抑制実績から推計可) 安価な電力の取得=調達コスト削減
燃料費削減 火力の部分負荷運転の回避 高(需給調整市場の価格に内包) ΔkW・ΔkWh対価として受領

4分類のうち、2026年10月時点で確実に収益へ接続するのは最下段の燃料費削減である。これは需給調整市場の価格に織り込まれているため、市場参加すれば受け取れる。逆に最上段のCO2直接削減は、J-クレジット制度の方法論一覧を2026年10月時点で確認した限りV2Gを対象とする方法論は見当たらず、環境価値として売れる段階にない。V2Gを「CO2削減の収益化」として設計するのは、現時点では筋が悪い。売るべきは容量であって、環境価値ではない。

日本の需給調整市場でV2Gが入れる窓はどこか

需給調整市場は商品区分ごとに要件が違う。EVの物理特性は「応答が極めて速い一方、継続時間と計画の確実性が弱い」という偏りを持つ。この偏りが、どの区分と噛み合うかを見る。

商品区分 応答時間の性格 継続時間の要件 EV適合度 収益化のボトルネック
一次調整力 秒オーダーの即時応答 短時間(分オーダー) △ 専用計測・制御装置と周波数応答の実証が重い
二次調整力① 周波数制御用で指令周期が最も短い 中時間 △ 短周期の通信・制御要件が機器コストを押し上げる
二次調整力② 経済負荷配分系の指令 中時間 ○ 指令への追従精度と計画提出の運用負荷
三次調整力① 十数分オーダー 長時間(時間オーダー) △ 長時間の継続放電が車両のSOC制約と衝突
三次調整力② 45分以内 長時間(時間オーダー) ○ 実質的な主戦場。ΔkW価格水準が採算を決める
容量市場(発動指令電源) 事前通告ベース — ◎ 最小単位1,000kW。年間発動が限定的で待機のみでも成立

継続時間と応答時間の具体値、および最低入札量は、商品区分と一般送配電事業者のエリアによって異なり、一律ではない。三次調整力②の応答時間45分以内と、容量市場の発動指令電源の最小単位1,000kWは確定した要件だが、他の区分の数値要件は電力広域的運営推進機関および一般送配電事業者が公表する最新の商品要件で確認するのが前提になる。EV適合度の判定はClimate tech news(CTJPN)による。

表が示すのは、EVが入れる窓は三次調整力②と容量市場(発動指令電源)に偏るということだ。応答の速さというEVの最大の長所は、一次・二次調整力①で求められる専用計測装置や短周期通信のコストに食われて、収益に変換しにくい。逆に発動がほとんど無い商品ほど、EVの弱点(継続時間とSOC制約)が露呈しない。

もう一つの構造的制約が最低入札量だ。需給調整市場の最低入札量は区分とエリアで異なるが、容量市場の発動指令電源でも1,000kWが下限になる。60kWh車両を6kWで放電させる前提なら、1,000kWには167台、5,000kWなら833台が必要になる。単独の事業会社でこの台数を揃えられるのは大手物流・リース・自治体に限られ、現実にはリソースアグリゲーターや特定卸供給事業者を介した束ね方が前提になる。ここでアグリゲーターの取り分が差し引かれるため、車両保有者の手取りは市場価格そのままではない。

需給調整市場以外の受け皿も比較に入れておく価値がある。自家消費側のピークカット(契約電力の低減)は市場参加の手続きが不要で、デマンド料金の削減額がそのまま効く。FIP電源との併設は再エネ側の収益改善に寄与するが、EVの移動という前提と相性が悪い。収益化の入口としては、ピークカットが最も確実で、需給調整市場が最も上限が高い。

コスト側を先に固める — 双方向充電器と系統連系の隠れコスト

V2Gの採算判断は、収益の上限より先にコストの下限を固めたほうが早く答えが出る。双方向充電器は片方向の普通充電器とは設備の性格が違う。

費用項目 1基あたり金額(推計) 7年年換算 備考
双方向充電器本体(CHAdeMO系V2X、6〜10kW級) 150〜300万円 21〜43万円 普通充電器(5〜20万円)の7〜10倍以上
設置工事 30〜80万円 4〜11万円 配線距離・基礎工事に依存
受変電設備・契約電力見直し 0〜200万円 0〜29万円 キュービクル増設が必要な場合に発生
通信・制御(ゲートウェイ、通信規格対応等) 10〜30万円+月額 2〜4万円+運用費 アグリゲーター指定機器の場合あり
系統連系協議 実費+人件費 — 逆潮流を伴うため協議に数か月を要する
合計(受変電なし前提) 190〜410万円 27〜58万円 —

出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)

年換算は、充電設備の実務上の更新サイクルを7年と置いた単純割り(割引率ゼロ)である。想定耐用年数を10年に伸ばせば年換算は3割下がり、合計は19〜41万円になる。この感度は結論の幅に直接効くため、自社の減価償却方針とメーカー保証期間のどちらを採るかを先に決めるのが実務の順序になる。機器本体と普通充電器の価格比は、本体150万円対普通充電器20万円で7.5倍、本体300万円対普通充電器20万円で15倍、本体150万円対普通充電器5万円で30倍と幅が大きい。

合計の年換算27〜58万円が、1台(1基)あたりで回収すべき金額になる。収益側を試算する。三次調整力②のΔkW価格を3円/kW/30分と仮定し、1日8時間(30分コマで16コマ)の待機で6kWを提供できるとすると、年間の粗収入は6kW×3円×16コマ×365日=約10.5万円。アグリゲーターの取り分を3割とすれば手取りは約7.4万円である。設備費の年換算27万円には届かない。

ここで重要なのは、3円/kW/30分が仮定値だという点だ。読者が自社の条件で判断できるよう、損益分岐のΔkW価格を逆算する。設備費年換算27万円を容量対価の手取りだけで回収するには、粗収入ベースで38.6万円(手取り率7割)が必要になり、6kW×16コマ×365日=35,040kW・コマで割ると約11円/kW/30分。年換算58万円のケースなら約24円/kW/30分が分岐点になる。つまり需給調整市場のΔkW約定価格が概ね10円/kW/30分台に定着しない限り、容量対価単独での回収は成立しない。実際の約定価格は電力広域的運営推進機関が公表する需給調整市場の取引結果で確認でき、区分・エリア・時間帯で大きく振れる。

項目 低位ケース 高位ケース
設備費年換算(受変電なし・7年) 27万円 58万円
容量対価の手取り(3円/kW/30分・6kW・8時間待機) 7.4万円 7.4万円
損益分岐ΔkW価格(容量対価単独) 約11円/kW/30分 約24円/kW/30分
デマンド料金削減(6kW×1.2〜2.4万円/kW・年) 7.2万円 14.4万円
容量対価+デマンド削減の合計 14.6万円 21.8万円

出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)

この表が示すのは、容量対価とデマンド料金削減を足し上げても、低位ケースの設備費年換算27万円に届かないということだ。差を埋める条件は三つに絞られる。既存の受変電設備に余裕があって受変電投資がゼロであること。1基の充電器を複数台で共用して基数あたりの稼働を上げること。そして機器価格そのものが下がることだ。

デマンド料金の前提にも留保が要る。高圧の基本料金単価は1,000〜2,000円/kW/月程度、年額では1.2〜2.4万円/kWのレンジで、6kWのピークカットが成功した場合の削減額は年7.2〜14.4万円になる。上記の「14.4万円」は上限ケースだ。しかもデマンド料金は年間(または直近12か月)の最大需要電力で決まるため、年に一度の制御失敗で効果が丸ごと消える。V2Gによるピークカットを稟議の前提に置くなら、確実に放電できる車両の最低台数を冗長に確保しておく設計が合理的だ。

電池劣化をいくらと見積もるか — 保証条項が事業の成否を決める

電池の劣化は、時間とともに進むカレンダー劣化と、充放電の回数で進むサイクル劣化に分かれる。V2Gが追加するのは後者だけだ。しかもSOCを中域(30〜70%)に保つ運用はカレンダー劣化を抑える方向に働くため、適切に制御されたV2Gであれば劣化の加速は限定的だとする見方がある。理屈としては筋が通る。

それでも事業計画でこれを前提にできない理由が二つある。ひとつは車両保証だ。多くの車種の容量保証(例えば8年16万kmで一定の容量維持を保証する条項)は、メーカーが想定しない外部放電での使用を保証対象外とする余地を残している。保証が切れた瞬間に、電池交換費用がフリート側の自己負担に移る。もうひとつは残価である。リースや残価設定ローンの前提となる残存価値は、走行距離とバッテリー健全性(SOH)で評価される。V2Gによるスループットは走行距離に表れないため、SOHだけが説明なく下がった車両として査定される可能性がある。

劣化費用の換算は「電池交換費用 ÷ 総スループット」で行う。ここでサイクル寿命の定義が結果を大きく動かす。

前提 想定スループット 劣化費用(交換費用120万円前提) 性格
NMC・部分サイクル2,000回で打ち切り(保守) 24kWh×2,000=48,000kWh 25円/kWh 契約リスクを織り込んだ上限値
NMC・等価フルサイクル2,000回換算 60kWh×2,000=120,000kWh 10円/kWh 物理的な劣化に近い中位値
LFP・等価フルサイクル4,000回換算 60kWh×4,000=240,000kWh 5円/kWh 化学種が有利な下限値

出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)

サイクル寿命は通常100%DOD基準で定義されるため、DOD40%運用なら等価フルサイクル換算で回数が伸びる。したがって25円/kWhという数字は、物理的な劣化実測ではなく、保証対象外リスクと残価下落リスクを金額化した上限値として読むのが正確だ。電池交換費用120万円(約2万円/kWh)も工賃込みの実勢としては低めの想定であり、高い交換費用を置けば劣化費用は上がる。

この感度は結論の一部を書き換える。劣化費用が5〜10円/kWhの水準なら、スポット価格差が十数円/kWh出る日の卸市場アービトラージは粗利が立つ。往復効率85%の損失を加味しても、価格差が20円/kWhを超える日なら黒字になりうる。ただし年間でそうした日が何日あるかが問題で、JEPXの価格形成を見る限り、設備費年換算27万円を価格差だけで回収できる日数は確保しにくい。アービトラージ単独では成立しないが、「前提をどう置いても成立しない」とまでは言えない。結論の正確な形はこうだ。アービトラージは劣化費用の前提に極端に敏感で、保証と残価のリスクを織り込むと消える。

運用モデル 年間スループット(推計) 劣化費用(25円/kWh前提/10円/kWh前提) 主な収入 粗採算
卸市場アービトラージ 24kWh×250日=6,000kWh 15.0万円/6.0万円 価格差10円/kWhで6万円 25円前提で赤字、10円前提で均衡
三次調整力②(容量中心) 発動のみ、1,000kWh程度 2.5万円/1.0万円 容量対価7.4万円(手取り、粗10.5万円) 設備費を回収できず
ピークカット併用 1,500kWh程度 3.8万円/1.5万円 容量対価7.4万円+デマンド削減7.2〜14.4万円 受変電投資ゼロ・機器安価なら黒字

出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)。ΔkWh(電力量対価)は約定価格が確定しないため本試算では保守的にゼロと置いた。実際には発動時のΔkWh対価が劣化費用を上回る時間帯もあり、その分は上振れ要因になる。

三つのモデルで最も有利なのは最下段のピークカット併用型で、設備費年換算の低位ケース27万円に最も近づく。ただし到達はしない。V2Gを収益事業として設計するなら、自家消費側のコスト削減を主、市場収入を従とする順序以外に現実的な解は見当たらない。

定置型蓄電池と比べてV2Gを選ぶ理由はあるか

EVは純粋な調整力の供給者として、定置型蓄電池と同じ市場で競争することになる。ここを比較しないと「V2Gを選ぶ理由」が成立しない。

項目 V2G(6kW級双方向充電器+EV) 定置型蓄電池(10kW/20kWh級)
専用設備費(推計) 190〜410万円(充電器+工事。EV本体は別目的で購入済み) 300〜600万円(電池+PCS一体)
7年年換算(単純割り) 27〜58万円 43〜86万円
利用可能電力量 24kWh(60kWh×DOD40%)だが車両不在時はゼロ 20kWh前後、常時利用可
稼働の確実性 運行計画に依存。不在リスクあり 高い
SOH査定・残価リスク 車両残価に跳ね返る 事業資産として償却済み扱い
追加の電池費用 なし(車両購入済みが前提) 設備費に含む

出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)

年換算だけを見ればV2Gが安い。しかし利用可能電力量と稼働の確実性で定置型が勝ち、残価リスクも負わない。V2Gの優位は「電池がすでに別目的で買われている」ことに尽きるが、双方向充電器という固有の追加設備費がその優位を半分削る。したがってV2Gが定置型に勝てるのは、車両購入が走行目的で既に決まっており、かつ受変電設備に余裕があって追加投資が不要な場合に限られる。両方の条件を満たさない事業所では、定置型蓄電池を置くほうが合理的だ。

課題・反論・代替視点

ここまでの試算は、双方向充電器の価格が下がらないことを前提にしている。この前提には反論の余地がある。CHAdeMO系V2X機器は累計出荷台数がまだ小さく、量産効果が働いていない。欧州や中国で普及が進む双方向対応の普通充電器(AC V2G)が国内に入れば、本体価格は一桁下がる可能性がある。本体価格が30万円台になれば年換算は4万円台まで落ち、容量対価とデマンド削減の合計14.6〜21.8万円で十分に回収できる。本稿の結論は「2026年10月時点の機器価格では成立しにくい」という時点付きの判断であって、構造的な不可能性の証明ではない。

需給調整市場の価格水準も固定ではない。再エネ比率の上昇に伴って調整力の必要量は増える方向にあり、ΔkW価格が上がれば採算ラインは移動する。本稿が示した損益分岐価格(低位ケース約11円/kW/30分)は、読者が自社の条件で入れ替えて判断するための目安として置いたものだ。一方で定置型蓄電池の設備費低下が同時に進んでいるため、前節で見た比較の構図自体が数年で変わりうる。

劣化費用を25円/kWhと置いた点にも異論が出るだろう。等価フルサイクル換算やLFP搭載車を前提にすれば5〜10円/kWhまで下がる。本稿が25円を上限ケースとして併記したのは、事業計画で使う数字が物理的な劣化実測ではなく、保証と残価という契約上のリスクを金額化したものだからだ。メーカーがV2G利用を明示的に保証対象に含める車種が増えれば、採用すべき数字は下限側に寄る。保証条項の文面が、V2G事業の採算を左右する最大の変数になっている。

もう一つの限界は、本稿の試算が1基1台という最小単位を基準にしていることだ。1基の充電器を複数台で時間帯をずらして共用すれば、基数あたりの設備費は変わらないまま提供できる待機時間が延び、容量対価は増える。営業所に夜間停泊する配送車のように入出庫時刻が固まっている車両群なら、この共用設計が採算の主要な改善手段になる。逆に車両の出入りが不規則な事業所では共用が組めず、本稿の試算どおりの厳しい数字がそのまま当てはまる。

日本市場・日本企業への示唆

海外のV2G事業をそのまま持ち込めない理由は三つある。第一に、日本の需給調整市場・容量市場は最低入札量が大きく、小規模なパイロットが単独で市場収入を得られる設計になっていない。英国やオランダでは数百kW規模から周波数制御市場に入れるため、数十台のフリートで実証と収益化を同時に進められる。日本では百数十台から八百台規模を自前で集めるか、アグリゲーターに乗るかの二択になり、後者を選べば手取りが削られる。

第二に、日本の商業施設・事業所の電気料金はデマンド料金(契約電力に対する基本料金)の比重が大きい。これは市場収入が薄いことの裏返しの機会でもある。ピークカットによる契約電力の低減が、海外より相対的に大きな収益源になる。V2Gを「電力を売る事業」ではなく「電気料金を下げる設備投資」として社内の投資稟議に乗せたほうが、承認は得やすく、実際の経済性にも合致する。

第三に、CHAdeMOという独自規格の存在が機器コストの構造を規定している。双方向通信の仕様が成熟している強みはあるが、世界市場の量産ラインから切り離されているため、機器価格の下落が国外より遅れる。資源エネルギー庁の充電インフラ整備に関する検討でもV2X機器の普及が論点に上がっているが、補助金で初期費用を圧縮しても、補助が切れた後の更新投資は同じ価格で来る。補助金依存の採算計算は、更新時期に破綻する。

日本企業にとって現実的な狙いどころは、停車時間が長く台数がまとまり運行計画が固い車両群だ。自治体の公用車、スクールバスや送迎バス、営業所に夜間停泊する配送車、工場内の構内車両である。逆に、稼働率を上げることが収益の源泉であるタクシーやラストワンマイル配送の車両は、停車させることに機会費用が発生するため、V2Gの対象として筋が通らない。V2Gの採算は車両の種類ではなく「動いていない時間の長さ」で決まる。

まとめ

V2Gの収益構造を分解すると、売り物は電力量ではなく待機容量だという結論に行き着く。放電すれば電池が減り、減った分は契約リスクを織り込めば25円/kWh、物理的な劣化に近い前提でも5〜10円/kWhの費用として跳ね返る。卸市場の価格差でこれを安定して回収できる日数は限られる。だからV2Gの事業設計は「指令が来たら動ける状態を維持し、実際にはできるだけ放電しない」方向に最適化される。直感に反するが、需給調整市場の商品設計と電池の物理が合わさった帰結である。

採算の境界線は、双方向充電器の設備費年換算27〜58万円と、容量対価の手取り年7.4万円+デマンド料金削減7.2〜14.4万円の間に引かれている。合計14.6〜21.8万円では低位ケースの27万円にも届かない。差を埋める手段は、受変電投資をゼロにできる立地、1基を複数台で共用する運用、そして機器価格の下落に限られる。ΔkW価格の側から見れば、低位ケースで約11円/kW/30分が損益分岐になる。V2Gの投資判断でまず確認すべきは市場価格の見通しではなく、自社の受変電設備に余裕があるかという地味な一行だ。

今後2〜3年の分水嶺は、双方向充電器の本体価格が100万円を割るかどうか、そして自動車メーカーが容量保証にV2G利用を明示的に含める車種を出すかどうかに絞られる。この二つが動けば、採算ラインは業務用フリートから一般の事業所用車両へ広がり、定置型蓄電池との比較でもV2Gが選ばれる場面が増える。動かなければ、V2Gは停車時間の長い公用車とバスの世界に留まる。技術の成熟ではなく、機器価格と保証条項という契約の問題が、日本のV2Gの普及速度を決めている。


主要出典

  • 電力広域的運営推進機関「需給調整市場」関連資料(商品要件、取引結果・約定価格の公表データ) https://www.occto.or.jp/
  • 電力広域的運営推進機関「容量市場」関連資料(発動指令電源の要件・容量確保契約金額) https://www.occto.or.jp/
  • 経済産業省 資源エネルギー庁(充電インフラ整備・V2X関連の審議会資料、エネルギー基本計画) https://www.enecho.meti.go.jp/
  • 経済産業省(次世代自動車・蓄電池に関する政策資料、電力・ガス基本政策小委員会資料) https://www.meti.go.jp/
  • 一般社団法人日本卸電力取引所(JEPX)スポット市場の取引結果データ https://www.jepx.jp/
  • 環境省「電気事業者別排出係数」(算定・報告・公表制度の公表値) https://www.env.go.jp/
  • J-クレジット制度 方法論一覧(2026年10月時点でV2Gを対象とする方法論の有無を確認) https://japancredit.go.jp/
  • 国際エネルギー機関(IEA)”Global EV Outlook”(EVと電力系統の相互作用、双方向充電に関する分析) https://www.iea.org/
  • 各一般送配電事業者が公表する再生可能エネルギー出力制御の実績(九州・東北・中国各エリア)

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