分析記事 GX技術・イノベーション

電炉鋼材を買うと自社の排出はどれだけ減るか — スクラップ比率と電源構成で変わる需要家側の削減量

(本稿の情報は2026年10月時点)

この記事の結論

  • 電炉鋼材への切り替えで需要家が計上できる削減量は、同じ「電炉材」でもスクラップ配合率と工場の電力排出係数によって鋼材1トンあたり約0.85〜1.69t-CO2の幅で動く(本稿の推計、カットオフ法・日本系統)。
  • 産業平均原単位(二次データ)で算定している限り、調達を電炉材に切り替えてもScope 3カテゴリ1の数値は動かない。削減量を決めるのは製法ではなく算定方式とデータ源である。
  • 調達仕様に書くべきは製法の指定ではなく、算定境界・配分方法・電力の基準・データ年度・第三者検証の有無を特定した製品単位の排出量データの提出義務だ。

購入した鋼材の排出量は、製鉄所の設備だけでは決まらない。同じ電炉メーカーの同じラインから出た鋼材でも、投入した冷鉄源の構成と、その工場が使う電力の排出係数が違えば、製品1トンあたりの排出量は数倍変わる。それを需要家が知らないまま「電炉材に切り替えたのでScope 3を削減した」と報告すれば、根拠のない削減量を開示していることになる。

調達部門にとって鋼材の切り替えは、設備投資を伴わないScope 3対策として最も着手しやすい。だがその容易さは、削減量が自動的に計上できることを意味しない。削減の源泉がどこにあり、どのデータがそれを証明し、どの算定ルールが需要家側への帰属を認めるのか。この3つが揃わなければ、切り替えはコスト増だけを残して終わる。

本稿の試算の前提

以下の表はすべて同一の計算前提から導出した推計である。実測値ではない。前提は次のとおり。

算定境界は cradle-to-gate(原料採掘から製鉄所出荷まで)とし、熱間圧延までを含む。冷間圧延・表面処理は含まない。電力消費は粗鋼溶解・精錬・熱間圧延を合わせて電炉法で500kWh/t、高炉—転炉法で購入電力換算250kWh/tと置く(高炉一貫製鉄所は副生ガス発電で自家消費分の相当部分を賄うため、購入電力由来の排出は燃料燃焼項に計上される分と重複しない範囲で計上)。配分方法はカットオフ法、すなわちスクラップはゼロ負荷の投入物として扱う。電力排出係数は、日本系統を0.45kg-CO2/kWh、低炭素系統を0.05kg-CO2/kWh、高炭素系統を0.80kg-CO2/kWhと置く。高炉材の基準値は2.00t-CO2/tで固定する。

これらの前提のうち、電力消費原単位と各構成要素の内訳は、公表されている製法別原単位の報告範囲と整合する水準に置いた仮定値であり、特定の事業所の実績ではない。読者が自社の条件で検算できるよう前提を明示しているのは、推計の数値そのものより計算の構造に意味があるからだ。

需要家の排出は「鋼材をどこから買うか」でどこまで動くか

自動車・建設・機械の各業種で、購入した素材はScope 3カテゴリ1(購入した製品・サービス)の中核を占める。乗用車のライフサイクル排出に占める製造段階の比率は、走行時に使う電力の系統が脱炭素化するほど相対的に上昇する。系統が低炭素化した地域の電気自動車では、素材製造の排出がライフサイクル全体で最大の項目になりうる一方、石炭火力比率の高い系統では走行段階が依然として最大項目である。鋼材は素材の中で質量比が最も大きい。

建設業では構造材としての鋼材と、セメント・コンクリートが上流排出の二大項目になる。機械メーカーは製品の鋼材比率が高く、かつ加工度が低い部材を多く使うため、素材の排出原単位が製品の排出に直接響く。

調達判断の自由度は業種で大きく異なる。性能要求が緩い部材は代替が容易だが、安全性に直結する部材は材料認証の変更に複数年を要する。

表1: 需要家業種別・購入鋼材の上流排出における位置づけと調達判断の自由度

業種・用途 購入鋼材が上流排出で占める位置 主要な鋼種 切り替えの技術的制約 調達の自由度
自動車(車体・外板) 素材が製造段階排出の最大項目。鋼材は質量比で最大 高張力鋼板、冷延薄板、表面処理鋼板 深絞り性・表面品位・溶接性の材料認証が必要。変更に複数年 低〜中
自動車(部品・足回り) 鍛造・機械加工部品で素材排出が支配的 棒鋼、線材、特殊鋼 疲労強度・介在物管理。電炉材が既に主流の領域もある 中〜高
建設(鉄筋・中小形鋼) 鋼材とセメントで上流排出の大半 異形棒鋼、中小形鋼 JIS認証品であれば製法指定の制約は小さい 高
建設(厚板・大形H形鋼・鋼管) 同上 厚板、大形H形鋼、鋼管 板厚・靭性保証の範囲で高炉材が相当量を占める 中
産業機械 製品質量の大部分が鋼材。加工度が低く素材排出が直結 厚板、形鋼、鋳鍛造品 溶接構造用鋼の認証範囲内なら代替可能 中〜高

鉄筋・中小形鋼は国内でもすでに電炉材が大半を占め、「電炉材への切り替え」という選択肢自体が存在しない。削減の余地は製法の切り替えではなく、既存電炉材の排出量を把握して低い方を選ぶことにある。一方で自動車の薄板は高炉材が中心で切り替え余地は大きいが、材料認証の壁が高く、かつ後述するスクラップ配合率の制約を最も強く受ける。自由度が高い領域では削減幅が小さく、削減幅が大きい領域では自由度が低い。この逆相関が問題の核にある。

高炉材と電炉材で排出構造がどう違うか

高炉—転炉法の排出は還元反応そのものに固定されている。鉄鉱石(酸化鉄)からコークスの炭素で酸素を奪う反応は、化学量論的にCO2を生成する。鉄1トンあたりの理論最小発生量は約1.4t-CO2である。化石炭素を還元剤に使う限り、燃料効率の改善ではこの排出は消えない。還元剤をバイオ炭素や水素に置換すればこの床は下がるが、それはプロセスそのものの置換であり、商用化の時間軸が長い。生産者側の転換パスは既報の記事で扱っているため、ここでは需要家の算定に効く差だけを押さえる。

電炉法では鉄スクラップが既に還元された金属鉄であるため、還元反応が不要になる。排出の主項目は、溶解のための電力と、精錬用の炭素・酸素、炭素電極、補助燃料に移る。排出が「プロセス由来」から「電力由来」に移るということは、削減の手段が製鉄所の外部(系統の脱炭素と再エネ調達)に開かれるということでもある。

製法別の排出原単位は、高炉—転炉法と電炉法で大きく異なる。worldsteel が公表する Sustainability Indicators の CO2 intensity は参加企業ベース・粗鋼トンあたりで報告されており、製法混在の世界平均であるため個別製鉄所の数値としては使えない。ここでは年度の確定した公表値を単一の代表値として引くことは避け、構成要素の分解で構造を示す。

表2: 製法別排出原単位の構成要素分解(鋼材1トンあたり、推計・単位 t-CO2/t、算定境界は熱間圧延まで)

構成要素 高炉—転炉法 電炉法(スクラップ95%以上・低炭素系統0.05) 電炉法(スクラップ95%以上・日本系統0.45) 電炉法(スクラップ95%以上・高炭素系統0.80) 電炉法(DRI配合・天然ガス・日本系統0.45)
還元反応由来(プロセス) 1.35〜1.55 0 0 0 0.55〜0.75
燃料燃焼(焼結・加熱炉等) 0.25〜0.40 0.05〜0.12 0.05〜0.12 0.05〜0.12 0.10〜0.20
電力由来(電炉500kWh/t、高炉法250kWh/t) 0.11 0.03 0.23 0.40 0.23
上流(原料採掘・輸送、電極等) 0.10〜0.20 0.03〜0.08 0.03〜0.08 0.03〜0.08 0.08〜0.15
合計(レンジ) 1.81〜2.26 0.11〜0.23 0.31〜0.43 0.48〜0.60 0.96〜1.33

表の数値は冒頭に示した前提から組み立てた推計であり、個別事業所の実測値ではない。読み取るべきは絶対値ではなく構造だ。高炉法では還元反応由来の約1.4t-CO2が、化石炭素を還元剤に使う限りの削減不能な床として残る。電炉法ではその床が消える代わりに、電力由来の0.03〜0.40t-CO2が主変数になる。そしてDRIを配合した電炉法は還元反応由来の排出が復活するため、同じ日本系統でもスクラップ主体の電炉法(0.31〜0.43)の約3倍(合計レンジ中央値で0.37対1.15、約3.1倍)になる。「電炉だから低炭素」という前提が崩れるのはこの列である。スクラップ主体・低炭素系統の下限0.11からDRI配合の上限1.33まで、電炉材の中だけで約12倍の幅がある(下限と上限の比)。平均値を自社の削減計算に使うことの危険性はここにある。

削減量を決める第1の変数 — スクラップ比率

電炉は必ずしもスクラップ100%で操業しない。スクラップには除去困難な元素が混入する。銅・錫は製鋼工程の酸化精錬では除去できず、希釈以外の手段がない。銅は熱間加工時の表面割れを引き起こし、薄板の表面品位を損なう。ニッケル・クロムはステンレス系では有価元素だが、炭素鋼では成分規格を外す不純物になる。性質は銅・錫とは異なるが、配合管理の制約になる点は共通している。

希釈材は、直接還元鉄(DRI)、銑鉄、高炉由来の冷鉄源である。希釈材を入れた瞬間に、還元反応由来の排出が製品に戻ってくる。深絞り性を要求する自動車用薄板、表面品位を要求する外板、介在物管理を要求する軸受鋼では、この希釈が避けられない。需要家が出す品質要求が、そのまま配合を規定し、排出量を規定する。品質要求が削減量を削るという構造だ。

表3: スクラップ配合率別・鋼材1トンあたり排出量と削減量(推計、日本系統0.45・算定境界は表2と同一)

スクラップ配合率 残りの冷鉄源 排出量レンジ(t-CO2/t) 対応する製品グレード帯 高炉材2.00t-CO2/t固定比の削減量(t-CO2/t)
95〜100% — 0.31〜0.43 鉄筋、中小形鋼、一般構造用厚板 1.57〜1.69
80〜95% 銑鉄・冷銑少量 0.44〜0.61 溶接構造用鋼、一般棒鋼・線材 1.39〜1.56
60〜80% DRI・銑鉄 0.57〜0.79 特殊鋼棒鋼、熱延薄板(一般グレード) 1.21〜1.43
40〜60% DRI主体 0.70〜0.97 冷延薄板、高強度鋼板 1.03〜1.30
20〜40% DRI・銑鉄主体 0.83〜1.15 深絞り用薄板、表面処理原板、軸受鋼 0.85〜1.17

このレンジは、表2のスクラップ主体・日本系統の列(0.31〜0.43)とDRI配合・日本系統の列(0.96〜1.33)を配合比で線形内挿した試算である。削減量の列は高炉材を単一値2.00t-CO2/tに固定して差を取ったもので、高炉材側のレンジ(1.81〜2.26)の不確実性は反映していない。高炉材側の幅を織り込めば、削減量の幅は各行でさらに上下約0.2t-CO2/t広がる。

傾向は明確だ。鉄筋・形鋼を電炉材で買う場合の削減量(1.57〜1.69)と、深絞り用薄板を電炉材で買う場合の削減量(0.85〜1.17)には、中央値比で約1.6倍(1.63対1.01)の差がある。調達部門が「電炉材比率を何%に上げる」というKPIを置くと、削減量が小さい領域で最も高いプレミアムを払う結果になりうる。排出削減量あたりのコストで並べれば、優先順位は逆になることが多い。

実務的な含意として、調達仕様に品質要求を書き込む段階で排出量の上限も同時に議論するのが合理的だ。要求を1グレード緩めれば配合制約が外れ、同じコストで削減量が増える部材は少なくない。

削減量を決める第2の変数 — 電源構成

スクラップ主体の電炉材では、排出の最大項目が電力由来になる。本稿が置いた電力消費500kWh/t(溶解・精錬・熱間圧延の合計)という前提のもとでは、電力に掛かる排出係数が製品排出量を直接動かす。

日本の系統平均排出係数は、環境省・経済産業省が「電気事業者別排出係数」として毎年度公表しており、全国平均は再エネ比率の上昇に伴い低下傾向にある。本稿は0.45kg-CO2/kWhを代表値として置いているが、これは計算用の仮定値であり、実務では自社が参照する年度の公表値を使うのが前提になる。欧州ではフランス・スウェーデン・ノルウェーのように原子力・水力比率が高く日本の10分の1前後の水準にある国があり、逆に石炭火力比率の高い国では日本の2倍近い水準になる。国別の係数はIEAのEmissions Factorsなどで年度ごとに公表されており、国名と年度を特定せずに使えるものではない。

表4: 電力排出係数シナリオ別の製品排出量(スクラップ95%以上・電力500kWh/t想定、推計、非電力項目は0.08〜0.20)

電力の供給形態 排出係数(kg-CO2/kWh) 電力由来排出(t-CO2/t) 製品排出量合計(t-CO2/t) 需要家の計上根拠
低炭素系統(原子力・水力主体の国) 0.05 0.03 0.11〜0.23 ロケーション基準で主張可能
日本系統平均(本稿の仮定値) 0.45 0.23 0.31〜0.43 ロケーション基準の既定値
高炭素系統(石炭火力主体の国) 0.80 0.40 0.48〜0.60 ロケーション基準で高位
日本・再エネPPA(追加性あり) マーケット基準0.00/ロケーション基準0.45 0.00/0.23 マーケット基準0.08〜0.20/ロケーション基準0.31〜0.43 両基準の併記が前提
日本・非化石証書購入(追加性の立証なし) マーケット基準0.00/ロケーション基準0.45 0.00/0.23 マーケット基準の主張が否認されればロケーション基準0.31〜0.43 追加性を立証できない場合、マーケット基準値は開示に使えない

表4の合計は、表2のスクラップ主体列と同一の非電力項目(燃料燃焼0.05〜0.12、上流0.03〜0.08、合計0.08〜0.20)に電力由来排出を加えたものである。表2・表3・表4の同一条件のセルは同じ値になる。

同じ鋼材が、電力の基準の選び方だけで0.08t-CO2/tとも0.43t-CO2/tとも表示される。再エネPPAと非化石証書を数値上は同じマーケット基準0.00で計算しても、両者の質は違う。追加性を立証できない証書の場合、マーケット基準の主張自体が開示で否認されるリスクがあり、その場合に残るのはロケーション基準の0.31〜0.43である。この併記を求めないまま一方の数字だけを受け取れば、需要家は自社の開示に未検証の主張を取り込むことになる。

GHGプロトコルのScope 2ガイダンス(2015年公表)は、ロケーション基準とマーケット基準の両方の開示を求めている。だがサプライヤーの製品カーボンフットプリントがマーケット基準で算出されている場合、それを需要家のScope 3カテゴリ1に取り込んでよいかは別論点だ。GHGプロトコルは基準群の見直しプロセスを進めており、Scope 2における市場手段の扱いは改訂論点の一つである。需要家側の実務としては、サプライヤーに両基準の併記を義務づけ、自社の開示でどちらを採ったかを明示する以外に、現時点で安全な処理は見当たらない。

需要家側に削減が「残る」条件 — 算定ルールと計上方法

ここが最も見落とされる論点だ。多くの企業のScope 3カテゴリ1は、支出額または調達質量に産業平均原単位を掛けて算定されている。この方法では、サプライヤーを電炉メーカーに替えても、購入した鋼材の質量が同じなら算定結果は1gも変わらない。平均原単位は製法を区別しないからだ。

つまり二次データで算定している限り、電炉材への切り替えはコストだけ増えて削減は計上されない。削減が自社インベントリに残る前提条件は、一次データ(サプライヤーの製品単位実測値)への切り替えである。これは調達の話ではなく、算定方法の設計の話だ。

もう一つの論点が配分方法である。鉄鋼のライフサイクル算定では、スクラップの扱いが結論を左右する。カットオフ法ではスクラップはゼロ負荷の投入物として扱われ、電炉材の排出は低く出る。本稿の試算はすべてこの方法に立っている。一方でシステム拡張や循環配分(リサイクルのクレジットを一次製造側と再生利用側で分け合う方法)を採ると、高炉材に将来のリサイクル便益が加算され、電炉材にはスクラップ生成時の負荷の一部が配分される。両者の差は縮まり、場合によっては結論が反転する。worldsteel は鉄鋼製品のLCI(ライフサイクルインベントリ)手法を公表しており、スクラップについてはゼロ負荷のカットオフではなく、製品寿命末期の回収量を考慮したスクラップクレジット方式の考え方を示している。したがって同じ「worldsteel 準拠」を名乗る数値でも、カットオフ法で算出したPCFとは直接比較できない。

ISO 14067(製品のカーボンフットプリント)は、ISO 14040/14044の原則に従って配分を行うことを求める構造で、リサイクルの扱いについて複数の方法を認めている。単一の方法を強制しないため、算定者が選んだ方法を開示することが要件になる。

表5: 算定方式別に見た需要家の計上可能削減量(鉄筋・形鋼を高炉材から電炉材へ切り替えた場合、推計)

算定方式 データ源 スクラップの配分 計上可能な削減量(t-CO2/t) 実務上の難度
支出額ベース二次データ 産業平均原単位 区別なし 0(製法を区別しない) 低
質量ベース二次データ 業種平均原単位 区別なし 0(同一原単位を適用) 低
質量ベース二次データ(製法別) 製法別平均原単位 カットオフ 1.2〜1.4(平均値どうしの差) 中
一次データ・カットオフ法 サプライヤー実測PCF ゼロ負荷 1.57〜1.69 中〜高
一次データ・循環配分 サプライヤー実測PCF 一次製造側と分担 0.6〜1.1 高
一次データ・第三者検証付き 検証済みPCF 開示方法に準拠 上記のいずれか(検証済み) 高

削減量が最大に出るのは一次データ・カットオフ法(1.57〜1.69)で、循環配分を採ると0.6〜1.1に縮む。中央値で比べれば1.63対0.85で約1.9倍、同じ物理的な切り替えが算定方式だけで約2倍の差になる。二次データのままなら削減量はゼロだ。需要家が最初に決めるべきは調達先ではなく、どの算定方式で自社のインベントリを組むかである。方式を決めずにサプライヤーからPCFを集めると、配分方法の異なる数値が混在し、合算も比較もできないデータの山が残る。

調達条件への落とし込み — 仕様書に何を書くか

「電炉材を指定する」仕様は機能しない。表2と表3が示すとおり電炉材の排出量は0.11〜1.33t-CO2/tの幅を持ち、製法の指定は排出量を何も保証しない。書くべきは、製品単位の排出量データとその算定根拠の提出義務である。

要求項目は5つに整理できる。算定境界(cradle-to-gate か cradle-to-customer gate か、圧延・表面処理を含むか)、配分方法(カットオフか循環配分か、副生物の扱い)、電力の基準(ロケーション基準とマーケット基準の両方、証書の種別と追加性の説明)、データ年度(直近実績年度か設計値か)、第三者検証の有無(検証機関名と検証水準)。この5項目が揃わない数値は、自社の開示に使えない。

複数社購買では比較可能性の確保が課題になる。サプライヤーごとに算定境界と配分方法が違えば、提出されたPCFは比較できない。実務的には、調達仕様で算定条件を発注者側が指定し、その条件下での数値提出を求める設計が有効だ。サプライヤー評価指標への組み込みでは、排出量の絶対値ではなく、品質グレードを揃えた上での同一グレード内比較にする。深絞り用薄板のサプライヤーと鉄筋のサプライヤーを排出量で並べれば、必ず鉄筋側が勝つ。それは調達判断として意味を持たない。

価格交渉の論点も変わる。グリーン鋼材のプレミアムは製法ではなく削減量に対して払うべきもので、削減1トンあたりの単価に換算すれば銘柄間の比較ができる。プレミアムが削減量に見合わない銘柄は、同じ予算を別の削減策に回した方が効率が高い。

課題・反論・代替視点

最大の反論は、スクラップの総量が有限だという点だ。世界の鉄鋼蓄積量から発生するスクラップの量は、鋼材需要の伸びに対して追いつかない。需要家が一斉に電炉材を求めれば、スクラップ需給が逼迫して価格が上がり、DRI配合比率が上昇して排出量が増える。個々の需要家の切り替えは合理的でも、全体としては削減が実現しない構成の誤謬が成立する。この視点に立てば、需要家が本当に支援すべきは水素還元やCCUSによる高炉側のプロセス転換であり、電炉材の囲い込みは削減の見かけを買う行為に過ぎないという批判が成り立つ。この批判は部分的に正しい。需要家にとっての実務的な帰結は、既存の電炉材の中での選別(排出量データに基づく銘柄の選択)と、高炉側のプロセス転換に対する長期購入コミットメントの併走であり、電炉材比率の引き上げを単独のKPIに据えるのは誤りである。

次に、カットオフ法への批判がある。スクラップをゼロ負荷として扱うのは、過去の一次製造で発生した排出を誰にも帰属させない処理だ。この方法を採る限り、電炉材は構造的に有利に出る。循環配分を採れば表5のとおり削減量は0.6〜1.1t-CO2/tに縮み、調達の投資効率の評価が変わる。どちらが「正しい」かは科学ではなく政策判断の領域にあり、算定方式の選択が結論を決めるという事実そのものが、この削減量の脆弱さを示している。

品質制約の側からの反論も重い。表3が示す削減量の大きい領域(スクラップ95%以上)は、すでに電炉材が主流の鉄筋・中小形鋼である。切り替え余地が大きい自動車用薄板は削減量が最も小さい。つまり「切り替えで大きな削減が得られる領域」と「切り替え可能な領域」はほとんど重なっていない。調達部門が手をつけられる範囲で得られる削減量は、本稿の表が示すレンジの下限側に偏る可能性が高い。

最後に、表2から表5までの数値はすべて「本稿の試算の前提」に示した仮定から組み立てた推計であり、個別の製鉄所の実測値ではない。実際の調達判断には、サプライヤーから取得した一次データを使うほかない。推計レンジは意思決定の構造を理解するための道具であって、開示に使う数値ではない。

日本市場・日本企業への示唆

日本の鋼材市場は高炉材の比率が高く、電炉材への切り替え余地は海外より構造的に小さい。かつ日本の系統排出係数は、原子力・水力比率の高い欧州諸国より明確に高い。表4のとおり、同じスクラップ95%以上の電炉材でも日本国内生産なら0.31〜0.43t-CO2/t、低炭素系統の国で生産されたものなら0.11〜0.23t-CO2/tになる。海外の低排出の電炉材の数値をそのまま国内調達の前提に持ち込めないのは、設備の違いではなく電源構成の違いによる。

国内で削減量を押し下げる現実的な手段は、電炉メーカー側の再エネ調達である。だがそれはマーケット基準の数値であり、ロケーション基準では系統平均が適用される。GXリーグの排出量取引や各社の開示でどちらの基準が採用されるかによって、同じ鋼材の評価が変わる。需要家としては、サプライヤーに両基準の併記を求め、自社の開示方針と整合させる設計が合理的だ。

もう一つの日本固有の条件は、系列取引と長期契約の構造である。鋼材の調達が長期の相対取引で固定されている場合、製法の切り替えよりも、既存サプライヤーに一次データの提出と排出低減を求める方が実効的だ。調達先の変更を交渉カードにできない関係では、データ提出と低減ロードマップの提示を取引条件に織り込む設計が現実的な選択になる。

欧州向けに鋼材を含む製品を輸出する日本企業には、もう一段の駆動力が働く。EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)は鉄鋼を対象品目に含み、輸入品の内包排出量の報告を輸入者に求める構造になっている。報告に必要な製品単位の排出量データは、欧州の輸入者から日本のサプライチェーンに遡って要求される。つまり製品単位のカーボンフットプリントの整備は、自主的な開示の話ではなく取引継続の条件になりつつある。

国内の制度面では、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)のサステナビリティ開示基準が2025年3月に公表され、金融庁の開示制度における適用対象と時期が段階的に定められている。開示される数値の算定根拠が問われる局面では、「電炉材に切り替えた」という定性的な説明は通らない。算定方式を明示し、一次データの比率を示し、配分方法を開示することが、Scope 3削減の主張を支える最低条件になる。国内の鋼材サプライチェーンでこの水準のデータ整備が進むかどうかが、需要家側の削減主張の信頼性を分ける。

まとめ

電炉鋼材への切り替えが需要家にもたらす削減量は、製法の選択ではなく3つの変数で決まる。スクラップ配合率、工場が使う電力の排出係数、そして需要家が採用する算定方式だ。このうち最初の2つはサプライヤー側の条件だが、3つ目は需要家が自分で決める。そして3つ目を決めないまま調達を動かすと、削減量はゼロで計上される。二次データで算定している企業がいくら電炉材を買っても、インベントリの数値は動かない。この「算定方式が削減量を決める」という構造は、調達の現場では製法の議論に埋もれて見えなくなる。

削減量の実質的な大きさは、品質要求と逆相関する。本稿の試算では、鉄筋・中小形鋼で高炉材比1.57〜1.69t-CO2/tの削減が見込めるが、その領域はすでに電炉材が主流で切り替え余地がない。深絞り用薄板では切り替え余地があるが削減量は0.85〜1.17t-CO2/tに縮む。さらにスクラップ総量の制約を踏まえれば、需要家が一斉に電炉材へ向かうこと自体が削減を生まない可能性がある。合理的な立ち位置は、既存の電炉材の中から排出量データに基づいて銘柄を選別することと、高炉側のプロセス転換に長期購入でコミットすることの併走であり、電炉材比率を単独のKPIに据える設計ではない。

調達仕様に書くべき内容は明確だ。製法の指定ではなく、算定境界・配分方法・電力の基準・データ年度・第三者検証の有無を特定した製品単位の排出量データの提出である。この5項目が揃った数値だけが自社の開示に使える。CBAMの報告要求とSSBJ基準の適用が同時に進む中で、今後2〜3年のうちに鉄鋼サプライヤーが製品単位の検証済みカーボンフットプリントを標準的に提供できるかどうかが、需要家側のScope 3削減が開示に耐える主張になるか、根拠のない定性説明に留まるかの分水嶺となる。


主要出典

  • World Steel Association(worldsteel)「Sustainability Indicators」および鉄鋼製品のライフサイクルインベントリ(LCI)手法に関する公表資料 — https://worldsteel.org/
  • GHG Protocol「Corporate Value Chain (Scope 3) Accounting and Reporting Standard」「Scope 2 Guidance」(2015年)および基準改訂プロセス関連文書 — https://ghgprotocol.org/
  • ISO 14067:2018「Greenhouse gases — Carbon footprint of products — Requirements and guidelines for quantification」(国際標準化機構)、およびISO 14040/14044(ライフサイクルアセスメント — 原則及び枠組み/要求事項及び指針)
  • 環境省「電気事業者別排出係数」および温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度の関連資料 — https://www.env.go.jp/
  • 経済産業省「GXリーグ」および鉄鋼業の構造転換に関する審議会資料 — https://www.meti.go.jp/ /GXリーグ — https://gx-league.go.jp/
  • サステナビリティ基準委員会(SSBJ)「サステナビリティ開示基準」(2025年3月公表)および適用に関する公表資料 — https://www.ssb-j.jp/
  • 金融庁 サステナビリティ情報の開示制度に関する公表資料 — https://www.fsa.go.jp/
  • 欧州委員会 炭素国境調整メカニズム(CBAM)に関する公表資料 — https://commission.europa.eu/
  • International Energy Agency「Iron and Steel Technology Roadmap」および「Emissions Factors」(国別電力排出係数) — https://www.iea.org/
  • 日本鉄鋼連盟の環境・地球温暖化対策に関する公表資料 — https://www.jisf.or.jp/

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