分析記事 GX技術・イノベーション

自社の排出を技術で減らせるものと減らせないものに仕分ける — 熱の温度帯・電力・プロセス排出の3分類

(本稿の情報は2026年09月時点)

この記事の結論

  • 削減策は技術カタログから選ぶのではなく、排出を熱(温度帯別)・電力・プロセス排出の3つに仕分けてから選ぶものである。熱は温度帯ごとに使える技術と削減単価、実現年が変わる。
  • プロセス排出は燃料転換では1トンも減らず、原料転換・工程転換・CCSしか手札がない。この残余量の確定が、クレジット調達予算と第3段階「証明可能性」・第5段階「価格形成」への入口になる。
  • 仕分けに必要なデータは温対法の算定・報告書、省エネ法の定期報告書、設備台帳の3点で大半がそろい、新規の計測投資はほぼ不要で、産出物は投資順序と最終的に買うクレジット量の2つの数字だ。

削減ロードマップが「省エネ・再エネ・燃料転換・クレジット」の技術カタログの羅列になっていないか。同じ1万トンでも、160度の蒸気と1,400度の炉と石灰石の脱炭酸では、使える技術・単価・実現年が桁で違う。仕分けを先にやると、投資順序と最終的に買うクレジット量が数字で見えてくる。これはGX実装の7ステップの第1段階「物理的インパクト」にあたる作業で、ここでの仕分けの解像度が、第3段階の証明可能性(何をクレジットとして証明する必要があるか)と第5・6段階の価格形成・収益化(その量をいくらで調達するか)をそのまま規定する。

技術カタログから入ると投資順序を間違える — 仕分けが先である理由

多くの企業の削減ロードマップは「対策メニュー × 削減量 × 投資額」の三列の表になっている。省エネで何%、再エネで何%、燃料転換で何%、残りをクレジットで。表としては整っている。しかしこの表には、排出を出している側の物理的性質が書かれていない。何を、何度で、どういう化学反応で燃やしているのか。それが抜けている。

結果として何が起きるか。燃料転換では1トンも減らない排出に、燃料転換の予算が割り当てられる。セメントのクリンカ焼成で出るCO2のうち、石灰石の脱炭酸(CaCO3 → CaO + CO2)に由来する部分は、燃料を石炭から天然ガスに替えても、アンモニアに替えても減らない。化学反応そのものから出ているからだ。この区別をせずに「燃料転換で30%削減」と書いた計画は、実行段階で必ず未達になる。

仕分けの実務上の出力は3つに整理できる。(a)既存技術で今から減らせる量、(b)技術は存在するが商用実績が薄く2030年代の商用化を待つ量、(c)技術では減らない量である。この(c)がクレジットまたはCCSの対象量であり、その大きさが目標設定の前提と、将来10年から20年にわたるクレジット調達予算を決める。Science Based Targets initiativeのCorporate Net-Zero Standardは、削減目標そのものへのカーボンクレジットの充当を認めず、ネットゼロ達成時点の残余排出の中和にのみ除去系クレジットを位置づける枠組みを採ってきた。ただし同基準はScope 3における環境属性証書・クレジットの扱いを含む改訂作業が続いており、適用にあたっては認定申請時点で有効な版番号と発効日をSBTiの公表文書で確認するのが前提になる。いずれの版でも、(c)が全体の40%を占める企業と5%の企業では、目標設定の作業そのものが別物になるという構造は変わらない。

ここで実務の落とし穴になるのがScope 1/2/3の区分である。この区分は温室効果ガス排出の帰属を会計的に整理するための枠組みであり、削減技術の選択には使えない。Scope 1の内側に、燃料燃焼由来の熱と、化学反応由来のプロセス排出という、技術的な手札がまったく違う二つが同居している。逆にScope 2は技術的にはほぼ単一の問題(電力の低炭素化)に還元できる。開示のための区分と、投資判断のための区分は別に持つべきだ。

区分 会計上の位置(GHGプロトコル) 技術区分 主な削減手札 技術での削減可否
燃料燃焼(熱利用) Scope 1 熱 省エネ・ヒートポンプ・電気ボイラ・バイオマス・水素/アンモニア 温度帯により可(低温は容易、高温は困難)
燃料燃焼(自家発電) Scope 1 電力 系統電力への切替+再エネ調達、または燃料転換 可
プロセス排出 Scope 1 プロセス 原料転換・工程転換・CCS 原則不可(CCSまたは工程転換のみ)
購入電力 Scope 2 電力 PPA・再エネメニュー・非化石証書 可(調達コストの問題)
購入原材料 Scope 3 カテゴリ1 上流の熱・電力・プロセス サプライヤー転換・低炭素材料調達 サプライヤー側の3分類に依存

この対応表が示すのは、Scope 1を一括で「自社の直接排出」と扱った瞬間に、減らせるものと減らせないものが混ざるという点である。削減計画の最小単位はScopeではなく、この右側の技術区分でなければならない。

3分類の定義と、境界線の引き方

定義を明確にしておく。第一の区分である熱は、燃料を燃焼させて得た熱エネルギーをプロセスに投入している排出である。これは温度帯でさらに細分する意味があり、その理由は後述する。第二の電力は、購入電力(Scope 2)と、自家発電のうち電力供給を目的とする分を合わせたものである。第三のプロセス排出は、化学反応または原料に由来し、エネルギー利用を目的としない排出である。GHGプロトコルのCorporate StandardはScope 1を固定燃焼・移動体燃焼・プロセス排出・漏出に分けて記述しており、日本の温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)に基づく算定・報告・公表制度でも、燃料の使用と工業プロセスは別の活動区分として算定される。セメントの脱炭酸、石灰の焼成、アンモニア製造の改質工程、鉄鋼の石灰石使用などが該当する。

境界線が曖昧になる典型例は3つある。一つ目は製鉄のコークスである。高炉でコークスは還元剤として鉄鉱石から酸素を奪う役割を担い、同時に反応熱を供給する。燃料か原料かという問いに単一の答えはない。二つ目は製油所や製鉄所の副生ガスによる自家発電で、熱として使うか電力として使うかが設備構成で変わる。三つ目は廃棄物由来燃料で、バイオマス起源分の扱いが算定方法によって異なる。

これらに対して自社で独自の線を引くのは避けたほうがよい。温対法の算定方法および業界団体のガイドラインが定める区分に合わせる。理由は単純で、独自定義にすると開示数値と内部計画の数値が一致せず、SBTi認定申請や有価証券報告書のサステナビリティ情報開示で説明コストが跳ね上がるからだ。有価証券報告書のサステナビリティ情報の記載欄は2023年3月期から義務化されており、加えてSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が公表した国内のサステナビリティ開示基準の段階的な適用が進む局面にある。適用対象と開始時期は金融庁・SSBJの公表資料で確認することになるが、方向としては開示数値の粒度と検証可能性への要求が上がる。内部の技術区分と開示区分がずれていると、その説明コストは毎期発生する。技術判断のための再整理は、算定区分を壊さずにその上に一段のタグを載せる形で行うのが合理的だ。

そして押さえておきたいのは、仕分けに必要なデータがすでに社内にあることである。温対法の算定・報告書には燃料種別の使用量と排出量、工業プロセスに由来する排出の内訳が入っている。省エネ法の定期報告書にはエネルギー使用量とエネルギー消費原単位が入っている。設備台帳には各設備の定格と用途があり、そこから温度帯が推定できる。本稿の整理では、この3点セットで排出の大半は仕分けられる。細かい温度帯の特定のために新規の計測器を入れるところから始める必要はない。仕分けは測定プロジェクトではなく、既存書類の再整理の作業だ。

分類 判定基準 主なデータソース 典型的な対象設備・工程
熱 燃料の燃焼熱をプロセスに投入。産出物の化学組成に炭素が移行しない 温対法の算定・報告書(燃料種別使用量)、省エネ法の定期報告書 ボイラ、加熱炉、乾燥炉、焼成炉(燃焼分)
電力 電気エネルギーとして消費。購入分と自家発電分を合算 電力購入契約、受電記録、自家発電設備の発電量 モーター、圧縮機、電解、照明、空調
プロセス 化学反応または原料由来。燃料使用量とは独立に発生 温対法の算定・報告書(工業プロセスの算定項目)、原料受入量 セメント焼成(脱炭酸分)、石灰焼成、アンモニア改質、高炉

判定に迷った場合の実務的な原則は、「燃料の投入をゼロにしたときにその排出が残るか」を問うことである。残るならプロセス排出だ。セメントキルンで燃料をすべて電化しても、石灰石から出るCO2は残る。だからプロセス排出である。この一問で境界のほとんどは決着する。

熱を温度帯で割る — 温度帯と、それぞれの技術的な手札

熱を一括で「熱」と扱うと、技術判断ができない。100度の温水と1,400度の焼成炉は、使える技術が完全に別だからだ。温度帯を4つに割ると、手札と実現年が見えてくる。

100度未満の低温帯では、産業用ヒートポンプが成立する。COP(成績係数)が3であれば、投入した電力の3倍の熱が得られる。系統電力の排出係数が現在の水準でも燃料ボイラより排出が下がるケースが多く、再エネ電力を組み合わせれば大幅な削減になる。ここは今日から投資判断できる領域だ。100度から200度の中温帯には高温ヒートポンプと蒸気再圧縮(MVR)があり、技術としては存在するが、日本国内の産業設備への導入実績は低温帯に比べて薄い。機器選定と運転実績の確認に時間がかかり、実質的な普及は2020年代末から2030年前後にかけてと見るのが妥当だ。200度から500度は電気ボイラ・電気加熱とバイオマス燃焼が候補で、技術的な障壁は低いが、経済性が電力単価に強く依存する。判断は熱量あたりの単価(円/GJ)同士の比較で行う。燃料ボイラの熱効率を90%、電気ボイラを100%と置けば、熱量あたりの電力単価が燃料単価のおよそ1.1倍(1÷0.9)を超えた時点で運転費が逆転する。電気ボイラは熱1に対して電力1をそのまま消費し、低温帯のヒートポンプのような増幅がないためだ。電力単価が燃料単価の3倍でも運転費が成立しうるのは、COP 3級のヒートポンプが使える温度帯に限られる。500度を超える高温帯は、水素・アンモニア燃焼か電気炉への転換であり、供給インフラと機器の商用化の両方を待つことになる。IEAの技術見通しでも、これら高温プロセスの脱炭素技術の本格的な商用展開は2030年代に位置づけられている。

IEAの産業部門分析では、産業用の熱需要のうち最大のシェアを占めるのは400度を超える高温帯である。鉄鋼・セメント・化学の基礎素材が高温プロセスを持つためだ。日本側も構図は同じで、資源エネルギー庁の総合エネルギー統計における産業部門の最終エネルギー消費は、電力より熱利用(燃料の直接消費)の側に大きく偏っている。ここから導かれるのは、「産業用熱は電化できる」という一般論が、自社の温度帯分布を見ないと成立しないという点である。食品・紙・繊維のように低中温が主体の業種と、素材系のように高温が主体の業種では、熱の電化可能比率が桁で違う。業種別の脱炭素パスが必要とされる根本の理由はここにある。

温度帯別に削減単価と技術の成熟度を置くと、投資順序が数字で示せる。次の表は本稿の試算であり、公表された統計値ではない。

温度帯別の削減単価と技術成熟度(本稿の試算)

温度帯 主な技術 削減単価レンジ(本稿の試算・円/t-CO2) 技術の成熟度・実績 判断のポイント
〜100度 産業用ヒートポンプ、排熱回収 0〜10,000 実装可能・国内実績多 COPと稼働率。既存ボイラの更新期に合わせれば追加投資が小さい
100〜200度 高温ヒートポンプ、蒸気再圧縮 5,000〜20,000 実装可能・国内実績少 機器選定と実証に時間を要する。2020年代末から2030年前後の普及
200〜500度 電気ボイラ、バイオマス燃焼 10,000〜30,000 実装可能・実績あり 熱量あたり単価で電力が燃料の約1.1倍を超えると運転費で不利。ヒートポンプのような増幅がない
500度〜 水素・アンモニア燃焼、電気炉 20,000〜50,000超 2030年代の商用化 燃料供給インフラと機器の商用化の両方が前提

本表のレンジは、一般的な技術特性と標準的な設備費・稼働率・電力単価の想定を置いた本稿の試算であり、個別企業の条件で大きく変動する。

この表の読み方は明確だ。低温帯から順に手を付けるのが合理的である。削減単価が1桁小さく、国内の導入実績が厚く、技術リスクが小さい。同じ「実装可能」でも低温帯と200〜500度帯で削減単価が3倍違うのは、電化の経済性が電力単価に直撃される帯とそうでない帯の差である。高温帯に早期から予算を張るのは、自社の高温帯排出が全体の過半を占め、かつ業界内で技術開発の主導権を取る戦略的意図がある場合に限られる。逆に、低温帯を放置したまま高温帯の水素実証に投資する計画は、経営会議で投資順序の説明ができない。

同時に、高温帯の削減単価がどこまで許容されるかは、この表の内側では決まらない。判断の基準は外にある。CCSの国内事業コストやDACをはじめとする除去系クレジットの調達価格と直接比較して、どちらが安いかで決まる。技術で減らせることと、技術で減らすのが経済的に合理的であることは別の話だ。

電力は「最も簡単で最も高くつく」枠

電力由来の排出は、技術的にはすでに解決済みの問題である。再生可能エネルギーの調達手段は複数あり、どれも実装できる。コーポレートPPA、小売電気事業者の再エネメニュー、非化石証書の購入、自家消費型の太陽光発電。技術的な不確実性は熱やプロセスに比べて著しく小さい。

だから電力枠の論点は「削減できるか」ではない。「いくらのプレミアムを払って、何年間価格を固定するか」である。ここが電力枠の本質だ。非化石証書の購入は単価が最も低いが、価格固定の効果がなく、追加性の主張も弱い。コーポレートPPAは単価のプレミアムが乗るが、10年から20年の長期固定になるため、将来の系統電力価格の上昇に対する保険としての価値を持つ。GX推進法の枠組みの下では化石燃料賦課金と発電事業者への有償オークションの導入が法定されており、燃料費に炭素コストが乗れば系統電力の卸価格に転嫁される。固定価格のPPAを持つ企業は、その局面で相対的にコスト優位に立つ。導入時期と水準は経済産業省・GXリーグの公表資料で確認したうえで自社の価格前提に織り込むことになるが、これは7ステップの第6段階「収益化」における調達コスト削減に直結する論点である。

選択肢 価格プレミアムの性質 価格固定年限 追加性の主張 向いている局面
非化石証書(市場調達) 小。市場価格に連動 なし(毎年調達) 弱い 短期の削減量の穴埋め、報告期限への対応
小売の再エネメニュー 中。契約単価に上乗せ 1〜3年 電源による 移行期のつなぎ。契約更新時に見直す
フィジカルPPA 中〜大。ただし長期固定 10〜20年 強い 需要が安定した基幹拠点。系統価格上昇への保険
バーチャルPPA 中。差金決済で価格変動リスクを引き受ける 10〜20年 強い 複数拠点の分散需要。金融的な処理が必要
自家消費型太陽光 初期投資。運転費はほぼゼロ 設備寿命(20年程度) 最も強い 屋根・遊休地があり日中負荷が大きい拠点

有利なのは、需要が安定した基幹拠点に対するフィジカルPPAである。単価プレミアムを払う代わりに、10年から20年の価格固定と強い追加性の主張の両方が得られる。リスクは需要側にある。コーポレートPPAでは需要家に最低引取義務や差額精算義務が課されるのが一般的で、拠点の生産量が想定を下回ったとき、あるいは拠点を閉鎖したとき、契約された電力を引き取り続ける義務が残る。だから長期PPAは事業計画の確度が高い拠点に限定するのが合理的だ。逆に非化石証書は、削減報告の期限に間に合わせるための手段として使えるが、これに依存した計画は毎年の市場価格変動に晒され続ける。

そして電力枠には重大な落とし穴がある。熱の電化を進めると電力需要が増え、電力枠が膨らむ。低温帯の熱をヒートポンプで電化すれば、その熱に対応する燃料燃焼の排出は消えるが、代わりに電力消費が増える。COP 3のヒートポンプなら必要な電力は熱の3分の1で済むが、電気ボイラは熱1に対して電力1をそのまま消費する。200〜500度帯を電気ボイラで置き換えた場合、電力需要の増分は無視できない規模になる。

つまり熱と電力は独立に計画できない。電化計画と再エネ調達計画を別々の表で管理すると、熱の削減が進んだ年に再エネ調達が足りず、Scope 2が増えるという事態が起きる。この2つは同じ表で、年度ごとの電力需要見通しと再エネ調達量を並べて管理する。削減ロードマップの管理単位を「技術メニュー」から「エネルギー種別のバランス」に変えることが、仕分けの最終的な実務上の帰結である。

プロセス排出という残余 — CCSとクレジットの比較になる領域

プロセス排出は、3分類の中で唯一、燃料転換でも電化でも減らない枠である。手札は原料転換、工程転換、CCSの3つしかない。

原料転換は、そもそもCO2を出す原料の使用量を減らす方向だ。セメントであれば混合材の比率を上げてクリンカ比率を下げる。これは既存技術で今日から実行できるが、製品規格と強度要件が上限を決める。工程転換は、化学反応そのものを別のルートに替えることで、鉄鋼の水素直接還元がその代表例だ。削減幅は大きいが、設備の全面更新を伴い、投資規模は既存高炉の建設費に匹敵する水準になる。実現時期は2030年代以降である。CCSは排出を回収して貯留する。プロセス排出は濃度が比較的高い排ガスを持つケースがあり、燃焼排ガスより回収コストが低くなりうるが、日本国内では貯留サイトの確保と輸送インフラが前提条件になる。

ここで効いてくるのは、プロセス排出の残余量が確定した時点で、クレジット調達の予算が計算できることである。除去系クレジットの価格は手法によって大きく異なる。DAC(直接空気回収)は最も高価な部類で、国際的な取引事例では1トンあたり数百ドル規模とされ、為替水準次第で数万円から十数万円/t-CO2に相当する。一方でバイオ炭や森林由来の除去系クレジットはこれより1桁安い水準で取引されることが多い。仮にプロセス排出の残余が年間10万トンで、バイオ炭・森林由来を主体としDACを一部に組み合わせた構成を想定し、加重平均で2万円/t-CO2の除去系クレジットを調達するなら、年間20億円の恒久的なコストになる(本稿の試算)。DACのみで賄えばこの数倍に膨らむ。この数字が出れば、工程転換への設備投資が高すぎるのか安いのかを比較できる。仕分けをやらないと、この比較の土台そのものが作れない。国内で調達可能な手段としてはJ-クレジット制度の森林吸収系の方法論があるが、創出量には上限があり、必要量を国内クレジットだけで満たせる企業は限られる。残余量を早期に確定させることは、7ステップの第3段階「証明可能性」と第5段階「価格形成」への入口でもある。何をクレジットで証明する必要があり、その価格がどう決まるかは、この残余量が確定して初めて具体的な問いになる。

課題・反論・代替視点

この3分類のアプローチに対する最も強い反論は、仕分けの精度を上げること自体が目的化しやすいという点である。温度帯を4つに割り、設備ごとにタグを付け、表計算で整合を取る作業は、担当者の工数を確実に消費する。しかもその作業の産出物は削減量ではなく、計画の精度だ。経営から見れば「まだ何も減っていない」期間が数か月伸びる。低温帯の明らかな省エネ案件を先に実行しながら並行して仕分けを進めるのが現実的な運用で、仕分けの完成を実行の前提条件にするべきではない。

第二の反論は、温度帯という軸が業種によって意味を持たないケースがあることだ。データセンターやオフィス主体の事業では熱需要そのものが小さく、排出のほぼ全量が電力枠に入る。この場合、3分類をやっても得られる情報は「電力です」の一行で終わる。逆に高炉一貫製鉄のように、熱・電力・プロセスが物理的に不可分に結合している場合も、分類の境界が実態を反映しない。副生ガスを自家発電に回し、その電力を圧延に使い、コークスが還元剤と燃料を兼ねる。ここでは3分類は近似にすぎず、工程全体のマスバランスとエネルギーバランスを解くことになる。3分類が有効なのは、複数の独立した設備・工程を持つ中規模から大規模の製造業という中間領域だ。

第三に、削減単価のレンジそのものへの批判がありうる。本稿の表に置いた数値は一般的な技術特性に基づく試算であり、個別企業の設備更新タイミング、既存設備の残存簿価、電力調達条件、補助金の有無で桁が変わる。既存ボイラが更新期を迎えている拠点では、ヒートポンプへの転換の追加投資は小さく、削減単価はマイナスにもなりうる。一方、稼働から5年の高効率ボイラを廃棄して電化するなら、除却損を含めた実質単価は表の上端を超える。設備更新サイクルと削減計画を重ねた拠点別の試算に置き換えるのが正しい使い方で、本稿の表はその前の相対的な順序を示すものに過ぎない。

代替的な整理の軸としては、「削減単価順に一列に並べるMACカーブ(限界削減費用曲線)」がある。これは投資の優先順位を直接示すため、意思決定には使いやすい。しかしMACカーブは技術の実現年と技術リスクを潰してしまう欠点がある。単価が同じ2万円/t-CO2でも、今日実行できる案件と2030年代の商用化を待つ案件は、計画上の扱いがまったく違う。3分類は単価の情報量を落とす代わりに、この時間軸と技術リスクを保持する。両方を並べて使うのが実務的だ。

日本市場・日本企業への示唆

日本の製造業にとって、この仕分けが特に効くのは3つの制度的な理由がある。

第一に、仕分けに必要なデータがすでに法定の報告書として存在する。温対法に基づく算定・報告・公表制度と省エネ法の定期報告は、欧米企業が任意で構築するデータ基盤を、日本企業には制度として持たせてきた。工業プロセスと燃料燃焼の区分も算定方法に組み込まれている。海外企業がまず測定基盤の整備から始めるのに対し、日本企業は既存書類の再整理から始められる。この初期コストの差は小さくない。

第二に、GXリーグの下で運用されてきた排出量取引制度(GX-ETS)は、2023年度からの自主的な第1フェーズを経て、GX推進法の改正により一定規模以上の排出事業者を対象とする制度へと段階的に移行する設計が法定されている。参加義務の対象基準、超過削減枠と適格カーボンクレジットの取扱いは制度文書で確定しており、企業側の作業は「制度がどうなるかを待つ」ことではなく、「自社のどの排出が取引で調整可能な枠に入るか」を確定させることに移っている。取引で調整できる量と、設備投資で減らすべき量の境界が、そのまま制度対応のコスト構造になる。この境界は3分類のプロセス排出枠の大きさで決まる。

第三に、日本固有の条件として系統電力の排出係数と電力価格の水準がある。海外の事例で「熱の電化が経済的に成立した」という報告をそのまま持ち込めないのは、熱量あたりで見た電力単価と燃料単価の比が国によって違うためだ。北欧のように水力由来の安価な低炭素電力がある地域では、200〜500度帯の電気ボイラ転換が経済的に成立する。日本では産業用電力の単価が相対的に高く、この温度帯の電化は運転費で不利になりやすい。自社の判断にあたっては、資源エネルギー庁のエネルギー価格統計や電力・ガス取引監視等委員会の公表値から、円/GJ換算での電力単価と燃料単価の比を実数で1つ置き、前述の電気ボイラの分岐点である約1.1倍と照らすのが最短の検証になる。日本ではこの比が1.1倍を上回る拠点が多く、使えるのは低温帯のヒートポンプ(COP 3ならCOPによる増幅の分だけ分岐点が約3倍まで上がる)と、電力単価の低い時間帯を狙った運用に限られる、という結論が出る企業が多いはずだ。海外事例の技術的な実現可能性は輸入できるが、経済性の結論は輸入できない。

さらに日本企業に特有の論点として、設備の平均年齢が高い拠点が多いことがある。これは負債でもあり資産でもある。更新期が近い設備が多ければ、電化への転換を更新投資に重ねられるため、削減の実質単価が下がる。仕分けの出力に「設備の残存年数」を一列足すだけで、どの拠点のどの設備から手を付けるべきかが決まる。この一列を持っている企業は少ない。

まとめ

削減ロードマップの精度を決めるのは、技術メニューの網羅性ではなく、排出側の仕分けの解像度である。熱を温度帯で4つに割り、電力と分け、プロセス排出を独立の枠として切り出す。この作業の産出物は削減量ではないが、投資順序と、最終的に買うクレジット量という2つの数字を生む。前者は経営会議での説明の根拠になり、後者は10年以上にわたる恒久的なコストの見積もりになる。

3分類のうち、最も扱いやすいのは電力枠だ。技術はそろっており、論点は調達単価と契約年限に絞られる。最も投資順序の判断が効くのが熱枠で、低温帯から順に手を付ける合理性が削減単価と国内の導入実績の両方から裏付けられる。そして最も厄介なのがプロセス排出で、ここは燃料転換では1トンも減らず、原料転換・工程転換・CCSという限られた手札とクレジット購入の比較になる。この3つを同じ「削減対策」の表に並べて管理してきたことが、多くの計画の実行段階での未達の原因である。熱と電力が独立に計画できない点も見落とされやすく、電化計画と再エネ調達計画は同じ表で年度ごとに管理するのが現実的だ。

2030年に向けて分水嶺となるのは、プロセス排出の残余量を数字で確定させた企業と、していない企業の差である。確定させた企業は、工程転換への設備投資とクレジット調達の長期契約を、比較可能な単価で並べて判断できる。していない企業は、需給の逼迫で除去系クレジットの価格が上昇する局面が来た場合に、価格交渉力のない状態から調達を始めることになる。ボランタリー市場の価格は過去に下落した局面もあり単調な上昇は前提にできないが、確定させていない企業は価格が上がっても下がっても交渉の材料を持たない点は変わらない。仕分けは削減量を生まない地味な作業だが、その数年後の調達コストの差として結果が出る。


主要出典

  1. 環境省・経済産業省「温室効果ガス排出量 算定・報告・公表制度」算定方法・排出係数一覧(燃料の使用と工業プロセスの活動区分、プロセス排出の算定方法。参照する際は最新年度版の排出係数一覧を確認) — 環境省 https://www.env.go.jp/
  2. 経済産業省 資源エネルギー庁「総合エネルギー統計(エネルギーバランス表)」(産業部門の最終エネルギー消費のエネルギー種別構成。年度版を確認のうえ引用) — 資源エネルギー庁 https://www.enecho.meti.go.jp/
  3. 経済産業省「エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律(省エネ法)」定期報告書 記入要領(エネルギー使用量・エネルギー消費原単位の報告様式。2023年4月1日施行の改正により法律名が現行名称に変更) — 経済産業省 https://www.meti.go.jp/
  4. GHG Protocol「A Corporate Accounting and Reporting Standard(Revised Edition)」(Scope 1 を固定燃焼・移動体燃焼・プロセス排出・漏出に区分する定義) — GHG Protocol https://ghgprotocol.org/
  5. GHG Protocol「Scope 2 Guidance」(購入電力の算定におけるロケーション基準・マーケット基準、証書類の取扱い) — GHG Protocol https://ghgprotocol.org/
  6. IEA「Energy Technology Perspectives」および産業部門分析(産業用熱需要の温度帯別構成、高温プロセスの脱炭素技術の商用化時期。参照時は刊行年版と該当章を確認) — IEA https://www.iea.org/
  7. Science Based Targets initiative「Corporate Net-Zero Standard」(残余排出の中和と除去系クレジットの位置づけ。適用にあたっては有効な版番号と発効日を確認) — SBTi https://sciencebasedtargets.org/
  8. GXリーグ/経済産業省「GX-ETS 制度文書」および GX 推進法関連資料(排出量取引制度のフェーズ構成、超過削減枠と適格カーボンクレジットの取扱い、化石燃料賦課金・有償オークションの制度設計) — GXリーグ https://gx-league.go.jp/
  9. J-クレジット制度 制度文書・方法論(国内における森林吸収系を含むクレジットの創出・移転の枠組み) — J-クレジット制度 https://japancredit.go.jp/
  10. 金融庁・サステナビリティ基準委員会(SSBJ)公表資料(有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の記載、国内サステナビリティ開示基準の適用対象と時期) — SSBJ https://www.ssb-j.jp/ /金融庁 https://www.fsa.go.jp/

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