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CCUSの政策支援を日米で比較する — 排出源別の回収コストと45Qクレジットとの差

CCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)は「GX移行後半の切り札技術」として日本政府が重点支援しているが、現状のCO₂回収コスト($50〜150/t)は日本の実質的な炭素価格(¥2,000〜3,000/t ≒ $15〜20/t)の数倍〜10倍程度の水準にある。本記事では、CCUS/CCSの技術別コスト構造・収益化条件・日本の政策支援・北米45Qクレジット等との比較を通じ、「2030年に日本でCCUSが採算に乗る条件」を定量的に分析する。


CCUSの全体像

技術 概要 現状コスト 商業化段階
CCS(地中貯留) CO₂を回収して地下に永久貯留 $50〜150/t 一部商業稼働
CCU(利用) CO₂を原料として利用(合成燃料・化学品等) コスト高 実証段階〜一部商業
BECCS バイオマス発電 + CCS。大気からCO₂を除去 $100〜200/t 実証段階
DAC(直接空気回収) 大気中CO₂を直接回収 $315〜730/t 極初期商業

コスト構造と技術成熟度の比較

排出源別のCCS回収コスト

排出源 CO₂濃度 回収コスト 圧縮・輸送・貯留コスト 合計
天然ガス発電(排ガス) 4〜8% $40〜70/t $15〜30/t $55〜100/t
石炭火力(排ガス) 12〜15% $30〜60/t $15〜30/t $45〜90/t
製鉄(高炉ガス) 20〜30% $25〜50/t $15〜25/t $40〜75/t
セメント(排ガス) 15〜25% $30〜55/t $15〜25/t $45〜80/t
天然ガス処理(高濃度) 40〜70% $10〜25/t $10〜20/t $20〜45/t
DAC(大気) 0.04% $300〜700/t $15〜30/t $315〜730/t

日本の課題: 日本は既存のCO₂地中貯留に適した地質構造が限定的(沿岸・海底貯留が主要候補)。輸送・貯留コストが北米・ノルウェー等より高い可能性。


シナリオ分析:採算性の条件

3-1. 2030年の採算分岐点シナリオ

シナリオ 炭素価格 補助金 CO₂利用収益 採算の可否
A(現状継続) ¥3,000/t ≈ $20/t 現行補助 なし 採算×(コスト$60〜90/t)
B(GX-ETS強化) ¥15,000/t ≈ $100/t 現行補助 なし 製鉄・セメントで採算△
C(GI基金継続 + 炭素価格上昇) ¥8,000/t ≈ $55/t GI基金50%補助 合成燃料収益 一部プロジェクトで採算○
D(米国型税額控除45Q相当導入) ¥3,000/t $85/t税額控除(日本版) なし 採算○(全排出源で)

結論: 日本での採算化には「炭素価格の大幅引き上げ(¥10,000/t以上)」または「米国45Q型の直接税額控除導入」のいずれかが必要。2030年の実現可能性は炭素価格シナリオ次第。

3-2. 用途別採算見通し(2030年)

用途 回収コスト目安 採算見込み 主要ドライバー
製鉄(高炉CCS) $40〜75/t △〜○(排出枠価格次第) GX-ETS遵守コストの回避
セメントCCS $45〜80/t GI基金補助
化学プラントCCS $40〜70/t △〜○ 輸出製品炭素コスト
合成メタン(CCU) CO₂利用コスト = $100〜200/t 再エネ電力価格次第
e-fuel(航空燃料) CO₂利用コスト = $200〜400/t × 2035年以降

日本のCCUS政策と支援制度

GX-ETSの制度タイムライン(確定事項)

2025年のGX推進法改正により、GX-ETS(排出量取引制度)は自主参加型から法定制度へ移行し、以下のスケジュールが確定している。CCUS投資の判断はこのタイムラインを前提に組み立てる必要がある。

時期 制度上の変化 CCUS投資への示唆
2026年度 大排出事業者(年間CO₂排出10万t以上)へのGX-ETS参加義務化 排出枠の過不足が財務インパクトとして顕在化。CCS適用可能性の評価が実務課題に
2028年度 化石燃料賦課金(炭素賦課金)の導入 燃料調達コスト経由で炭素コストが全事業者に波及
2033年度 発電事業者向け排出枠の有償オークション開始 電力・産業の炭素コストが段階的に上昇し、CCSとの比較優位が変化

主要支援制度

制度 所管 概要 規模
GI基金(CCUS分野) NEDO/経産省 CO₂回収・輸送・貯留の実証事業 総額2兆円のうちCCUS向け数千億円
先進的CCS事業 経産省 北海道・苫小牧・東海地区の商業規模CCS 個別プロジェクト支援
GX-ETS連携 経産省 CCS由来の排出削減をGX-ETS上の削減として算入 算定ルールの詳細化が進行中
洋上CCS調査 経産省 日本沿岸海底貯留の地質調査 複数海域で調査中

苫小牧CCS実証プロジェクト(代表事例)

JCCS(日本CCS調査株式会社)が運営する北海道苫小牧のCCS実証プロジェクトは、2016年4月から2019年11月までの圧入期間に累計30万t-CO₂を地中貯留し、目標圧入量を達成した。圧入終了後はモニタリング期間に移行し、貯留されたCO₂の挙動と漏出の有無を継続的に監視している。この実証により、日本の地質条件下でも商業規模CCSが技術的に成立しうることが確認された。次フェーズでは年間100万t級の商業規模への拡大が検討されている。


北米45Qクレジットとの比較

米国IRAの45Q税額控除(2022年〜、拡充版)は:
– 地中貯留CCS: $85/t-CO₂の税額控除(12年間)
– EOR(石油増進回収)向けCCS: $60/t
– DAC + 地中貯留: $180/t

この45Qにより、米国では現在のコストで多くのCCSプロジェクトが採算に乗る。日本で同等の税制措置がないことが、日本CCS展開の最大の障壁。

日本版45Q的措置への議論: 日本ではGX-ETSの法定化・炭素賦課金という「炭素価格を課す」側の制度設計が先行し、CCUSに対する米国45Q型の直接的な税額控除は導入されていない。CCUS投資の経済性は当面、GX-ETSの排出枠価格とGI基金等の補助金の組み合わせで決まる構造にある。


CO₂利用(CCU)の商業化機会

合成メタン(e-methane)

水素 + CO₂ → CH₄(メタン)。都市ガスのグリーン化に活用可能。

採算条件: CO₂コスト$30/t + 電解水素コスト$3/kg以下でないと合成メタンがLNG天然ガスと競合できない。2030年代以降が現実的。

コンクリート養生CO₂注入

CO₂をコンクリート製造時に注入し、炭酸カルシウムとして固定。コンクリート強度向上 + CO₂固定の二重メリット。

市場規模: カーボンキュア(CarbonCure)等の企業が商業稼働。コンクリート1m³あたり約5〜10kgのCO₂固定。スケールは限定的(年数千万t規模)。

グリーン化学品(CO₂由来ポリカーボネート等)

CO₂から高付加価値化学品(ポリカーボネート・ポリオール等)を合成するルートが実証段階。化学品価値が高いため、将来的なCCUの最有力候補。


「CCSは時間稼ぎに過ぎない」

「CCSに投資する資金で再エネを増やせば良い」

再エネで電化できないセクター(製鉄・セメント・航空燃料・化学品)は世界の排出量の約20〜30%を占め、「電化だけでは解決できない」。これら「Hard-to-Abate」セクターではCCS/CCUSが事実上唯一の実用的な脱炭素手段。再エネ vs CCSは二択ではなく、両方が必要。

「CCSは貯留した炭素が漏れるリスクがある」

商業規模のCCSプロジェクト(ノルウェーSleipner・苫小牧等)の長期モニタリングでは、今のところ有意な漏出は検出されていない。適切な地質構造選定と長期モニタリングが前提だが、技術的には制御可能なリスク。

「CCSがあると化石燃料の延命につながる」

この批判には一定の妥当性がある。だからこそCCSの適用対象を「電化・再エネで代替可能な用途」と「代替手段が存在しない用途」に切り分ける規律が要る。発電部門のように再エネ・蓄電池でコスト競争力のある代替が成立しつつある領域でCCSに依存すると、化石燃料設備の延命という批判は避けられない。逆に製鉄の還元工程やセメントの脱炭酸反応のように、プロセス由来のCO₂が原理的に発生する用途では代替手段が乏しく、CCSの正当性は高い。企業側の実務としては、CCS投資の稟議において「なぜ電化・燃料転換ではなくCCSなのか」を明示的に説明できるかどうかが、対外的な説明責任の分岐点になる。


日本企業への示唆

製鉄・セメント・化学業種:CCSが「2030年前後の実質的な必須投資」になる可能性

2026年度からGX-ETSへの参加が義務化された大排出事業者は、排出量削減か排出枠購入かの選択を毎年度の実績として迫られる。さらに2028年度の炭素賦課金導入、2033年度の有償オークション開始と炭素コストは段階的に重くなる。製鉄・セメントのような「技術的に削減が難しい工程」ではCCSが最終手段となりうるため、遅くとも2020年代後半のうちにCCS適用可能性評価(CCS Ready設計)を実施することが将来の選択肢を残す。

エンジニアリング・素材企業:CCS設備サプライヤーとしての機会

CO₂回収設備(アミン吸収塔・膜分離装置・圧縮機等)のサプライヤーとして、グローバルCCS市場(IEAは2030年に年間処理量5〜10億t規模と予測)への参入機会がある。回収技術そのものよりも、圧縮機・パイプライン・船舶輸送・貯留サイト管理といった「CO₂バリューチェーンの中間工程」に日本企業の既存技術が生かせる余地が大きい。

電力・ガス事業者:CCUを含む燃料転換の選択肢設計

都市ガス事業者にとっての合成メタン、電力事業者にとってのCCS付き火力は、いずれも2030年代の選択肢であり2030年時点で主力にはなりにくい。一方で2033年度の有償オークション開始を見据えると、既存設備の残存簿価と炭素コストを重ね合わせた設備別の撤退・改修判断が2020年代後半の経営課題になる。


まとめ

現状のCCUSは単独では採算に乗らない。CO₂回収から貯留までの合計コストは排出源により$20〜100/t、DACに至っては$315〜730/tに達する一方、日本の炭素価格は¥2,000〜3,000/t(約$15〜20/t)にとどまっており、コストギャップは数倍から10倍程度に開いている。このギャップを埋める条件は二つに集約される。炭素価格を¥10,000/t以上へ引き上げるか、米国45Q型の直接税額控除(地中貯留$85/t相当)を導入するかであり、どちらか一方が実現すれば、製鉄・セメント・化学など高濃度排出源から順に採算圏へ入っていく。

実務として狙うべきは、CO₂濃度が高い工程である。製鉄の高炉ガス(20〜30%)や天然ガス処理(40〜70%)のような高濃度の排出源ほど回収コストは低く、$20〜75/tと採算ラインに近い水準にある。したがって最初に着手すべきは、自社の排出源を濃度順に整理する作業だ。制度のタイムラインはすでに確定しており、2026年度のGX-ETS参加義務化、2028年度の炭素賦課金導入、2033年度の有償オークション開始という順序で炭素コストは上昇していく。「排出枠購入」と「CCS投資」のコスト比較は先送りできる論点ではなく、2020年代後半のうちにCCS Ready設計の可否を評価しておくことが、将来の選択肢を確保する手立てとなる。

他方で、制度の枠組みが固まってもなお不確実性は残る。排出枠価格の実勢水準、CCS由来削減量の算定ルール、CCUS向け税制優遇の有無は、いずれも投資判断を大きく左右する変数である。GI基金・先進的CCS事業・GX-ETS連携の制度設計動向を継続的にモニタリングする体制を持てるかどうか、そして炭素コストが段階的に上昇する2020年代後半をどう使うかが、2030年の採算到達に向けて各社の判断力を試すことになる。

主要出典

  1. IEA (2024)CCUS in Clean Energy Transitions: Momentum behind Carbon Capture. https://www.iea.org/reports/ccus-in-clean-energy-transitions
  2. 経済産業省 (2024)CCS長期ロードマップ検討会(最終報告). https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs/index.html
  3. JCCS (2023)苫小牧CCS大規模実証試験 最終報告書. https://www.meti.go.jp/press/2023/03/20230323004/20230323004.html
  4. US IRS (2022)Section 45Q Carbon Oxide Sequestration Credit. https://www.irs.gov/credits-deductions/businesses/section-45q-carbon-oxide-sequestration-credit
  5. IPCC (2022)Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change (AR6 WGIII) — Chapter 11 CCS. https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg3/
  6. BloombergNEF (2024)Carbon Capture and Storage Market Outlook 2024. https://about.bnef.com/carbon-capture-and-storage/
  7. Global CCS Institute (2023)Global Status of CCS 2023. https://www.globalccsinstitute.com/resources/global-status-of-ccs-2023/
  8. NEDO (2024)GI基金CCUS分野採択プロジェクト一覧. https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100196.html

本記事のコスト数値はIEA・学術文献に基づく参考値です。実際のプロジェクトコストは設計・立地・規模により大きく異なります。

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