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CBAMの品目別炭素コスト試算:鉄鋼・アルミ・セメント・化学のEU輸出への財務インパクト

CBAMの品目別炭素コスト試算:鉄鋼・アルミ・セメントのEU輸出への財務インパクト

2026年1月1日、CBAM(炭素国境調整メカニズム)の完全実施フェーズが始動した。2027年9月30日が最初の年次申告期限となり、EU委員会が公表した2026年Q1の公式CBAM証書価格は€75.36/tCO₂e。鉄鋼・アルミ・セメント・肥料・電力・水素の6品目が対象となる中、日本企業への最大の影響は鉄鋼だ。EU向けに年間約136万tを輸出する日本の鉄鋼業にとって、高炉・転炉(BF/BOF)工程ベースで試算すれば最大€1億超の潜在的CBAM費用が浮かび上がる。ただし、2026年は「CBAMファクター2.5%」のため実際の証書購入は翌年から。本記事では確定ベンチマークが公表されている鉄鋼・アルミ・セメントについて品目別の€/t試算を示し、あわせて日本のGX-ETSとの相殺可能性や、Omnibus I による50トンの免除拡大、2027年に追加予定の化学品の備えなど、実務で押さえるべきポイントを解説する。

CBAMの完全実施タイムライン

CBAMは移行期(2023年10月〜2025年12月、報告のみ)を終え、2026年1月1日から完全実施フェーズに入った。日本輸出企業に影響するキーデートは以下の通り。

日付 イベント
2026年1月1日 完全実施フェーズ開始
2026年4月7日 2026年Q1の公式CBAM証書価格を公表:€75.36/tCO₂e(1〜3月EUAオークション平均)
2027年2月1日 CBAM証書の販売開始(共通プラットフォーム)
2027年9月30日 最初の年次申告(Annual Declaration)期限と証書引渡し
2027年10月31日 余剰証書の買戻し請求期限
2027年11月1日 未使用証書の失効・キャンセル(補償なし)

重要:2026年中は証書の保有・引渡し義務はなし(販売が2027年2月から)。2026年の実質的な義務は排出量データの測定・記録と、EU輸入業者(授権申告者)へのデータ提供。

また、2026年の本格施行においては「CBAMファクター」により証明書義務量が段階的に増加する制度設計となっている。2026年のCBAMファクターは2.5%で、以降毎年増加して2034年に100%に到達する。CBAMファクターの裏返しとして、EU ETS無償割当相当分(ベンチマーク × 97.5%)が2026年は控除される。したがって、申告義務・証書引渡し義務の量的負担は当初は限定的だが、年を追うごとに本格化していく点に留意が必要だ。

CBAM費用の計算式

CBAM費用の基本計算式は2パターンある。控除されるのは「無償割当相当分」であり、その量は ベンチマーク ×(1 − CBAMファクター)で求める。

鉄鋼・アルミ・水素(直接排出のみ対象):CBAM費用(€/t)= EUA価格(€/tCO₂e)× [実測直接EF(tCO₂e/t)− ベンチマーク ×(1 − CBAMファクター)] − 第三国支払炭素価格(€/t)

セメント・肥料(直接+間接排出が対象):CBAM費用(€/t)= EUA価格 × [(直接EF+間接EF)− ベンチマーク ×(1 − CBAMファクター)] − 第三国支払炭素価格(€/t)

2026年のCBAMファクターは2.5%、すなわち控除率は97.5%。これはEU ETS無償割当がCBAM対象セクターで段階的に削減される比率を示しており、実測EFがベンチマークと同水準であれば、2026年はBF/BOFのような排出集約的工程でも証書義務は排出量×2.5%相当にとどまる。ただし実測EFがベンチマークを上回る場合、その超過分は控除されずに全量が課金対象となる点に注意が必要だ。証書の実際の購入・引渡しは2027年以降(タイムライン表参照)であり、2026年中の実務は排出量計測・記録が中心となる。CBAMファクターは毎年上昇し2034年に100%到達(EU ETS無償割当ゼロ、すなわち控除ゼロ)する設計だ。

品目別ベンチマーク値と試算

EU委員会は2025年に品目別・国別デフォルト値を規定した実施規則を公表した。主要品目の確定ベンチマーク:

品目・製法 ベンチマーク(tCO₂e/t) 試算(EUA€75.36/t、CBAMファクター100%時)
鉄鋼:BF/BOF(高炉・転炉) 1.370 €103.2/t
鉄鋼:DRI/EAF(直接還元鉄・電炉) 0.481 €36.2/t
鉄鋼:スクラップEAF 0.072 €5.4/t
一次アルミ 1.423 €107.2/t
二次アルミ(スクラップ50%超) 0.091 €6.9/t
セメント(クリンカー) 約0.83〜0.89 €63〜67/t

日本鉄鋼の試算(BF/BOF、EUA €75.36/t前提、実測EFはベンチマーク並みと仮定):

BF/BOF工程の場合、2026年の課金対象排出量は 1.370 − 1.370 × 97.5% = 0.034 tCO₂e/t。これに証書価格を乗じると 0.034 × €75.36 ≒ €2.58/t が2026年排出分の証書義務額となる(実際の証書購入・引渡しは2027年9月申告)。一方、将来CBAMファクター100%時には控除がゼロとなり、1.370 × €75.36 = 約€103.2/t(EUA価格の約1.37倍)となる。日本のEU向け鉄鋼輸出(2024年約136万t)を全量BF/BOF想定で計算:136万t × €103.2 = 約€1.40億/年(CBAMファクター100%時)。

なお、2025年9月EUは日本・エジプト・ベトナム産HRC(熱延コイル)に確定反ダンピング税を賦課(日本製鉄・その他:30.0%、JFE・大同特殊鋼:29.8%、東京製鉄:6.9%)。CBAM費用に加え、この二重コスト圧力が日本鉄鋼メーカーのEU市場戦略に影響する。

化学分野(水素・肥料)の適用ルールと2027年の品目拡大

化学分野でCBAM対象となっているのは、現時点では水素と肥料(アンモニア系窒素肥料)の2品目である。適用される計算式は上記のとおりで、水素は直接排出のみ、肥料は直接排出+間接排出(電力由来)の双方が課金対象となる。したがって、天然ガス改質による水素(グレー水素)やアンモニアのように製造工程の排出原単位が高い製品ほど、CBAMファクターの上昇に比例して費用負担が急拡大する構造だ。日本からEUへの水素・アンモニアの直接輸出量は現状小さいが、肥料・アンモニアを中間投入する化学品を経由した間接的な影響は無視できない。

一方、有機化学品・ポリマーはまだCBAM対象品目に含まれておらず、2027年からの追加が予定されている段階だ。品目別ベンチマークを含む適用ルールは今後の実施規則で確定するため、本記事で品目別の€/t試算を示したのは確定ベンチマークが公表済みの鉄鋼・アルミ・セメントに限られる。化学品セクターについては、対象化学品のCNコードとベンチマークが確定し次第、鉄鋼・セメントと同一の計算式(EUA価格 × [実測EF − ベンチマーク ×(1 − CBAMファクター)] − 第三国支払炭素価格)に自社の実測EFを代入すれば同じ精度で試算できる。実務上は、その日に備えて製品単位の排出量データ整備を先行させておくことが求められる。

GX-ETSとCBAM:「Triple Lock」問題

CBAM Article 9(旧5条)に基づき、原産国で支払済みの炭素価格相当分をCBAM証書義務から控除できる。しかし日本のGX-ETSによる控除は構造的な問題(TerawattTimesが「Triple Lock問題」と命名)により実質的に限定的だ。

  • コークス炭への炭素税免除:製鉄プロセスに不可欠なコークス炭への課税が2029年3月まで免除される。
  • GX-ETSの高い無償割当率:義務化Phase 2でも無償割当率が約90%のため、企業が実際に支払う炭素価格(有償分)は低い。
  • 申告カレンダーのミスマッチ:GX-ETSの申告タイミングとCBAM申告期限がずれており、日本で支払った炭素費用の証明書類をCBAM申告に間に合わせることが困難。

ここで注意すべきは、Article 9で控除できるのは「実際に支払った炭素価格」であって、価格回廊の水準そのものではないという点だ。GX-ETSのFY2026価格回廊は下限1,700円(≈€10.6/t)・上限4,300円(≈€27/t)だが、無償割当率が約90%であれば有償対象は排出量の約1割にとどまる。この前提で控除額を計算すると、

控除額 = 回廊価格 × 有償割合(約10%)= 170〜430円/tCO₂e ≒ €1.1〜€2.7/tCO₂e

となる。CBAMファクター100%・EUA €75.36/tCO₂e時の純追加CBAM費用は約€72.7〜€74.3/tCO₂eとなり、控除前の水準とほとんど変わらない。仮に回廊価格の満額(€10.6〜€27/tCO₂e)が控除対象として認められた場合の純追加費用は約€48〜€65/tCO₂eだが、これは控除が最大限に認められた場合の下限ケースであり、Triple Lock問題を踏まえれば実現可能性は高くない。

すなわち、投資判断で用いるべき現実的なレンジは約€72.7〜€74.3/tCO₂e、最も楽観的なケースでも約€48〜€65/tCO₂eという二段構えで見ておくのが妥当だ。控除対象が「支払額」か「価格水準」かの解釈を含め、EU委員会は第三国炭素価格控除のデフォルト計算方法を規定した委任規則(Delegated Acts)を2026年前半に公表予定で、日本GX-ETSの具体的控除可能額はその後に明確化される。

Omnibus I(2025年10月発効):50トン免除で約90%の企業が対象外に

Omnibus I(Regulation EU 2025/2083)の主要変更点:

  • デミニミス免除:年間輸入総量50トン以下のインポーターは全CBAM義務(報告・申告・証書)を免除。約18万2千社(約90%の小規模インポーター)が免除対象。総埋め込み排出量の99%超は引き続きカバー。
  • 証書保有要件の緩和:四半期末の最低保有率を従来の80%から50%に引き下げ。
  • デフォルト値マークアップ:2026年+10%、2027年+20%、2028年以降+30%。マークアップはEU ETSの無償割当段階的廃止に連動。

日本の輸出企業への実務的影響:日本の鉄鋼メーカーは年間136万tをEUに輸出しており、50トンの免除には全く該当しない(1社で数十万t規模の取引)。免除恩恵を受けるのは少量の試験的輸出を行う中小企業のみ。

日本輸出企業の実務コンプライアンス:6ステップ

  1. CNコードで対象品目を確認:鉄鋼・アルミ・セメント・肥料・電力・水素の対象CNコードを照合。鉄鋼は最多CNコードが対象。
  2. 施設排出量データの整備:EU方法論(IR EU 2023/1773)に従い製品単位・施設単位の直接排出量を測定・記録。鉄鋼・アルミ・水素は直接排出のみ、セメント・肥料は直接+間接(電力由来)の両方が対象。
  3. 第三者検証の確保:2026年分データは2027年9月30日の申告前にEU認定検証機関による検証が必要。
  4. CBAMレジストリポータルでのデータ共有:日本側製造企業はEU輸入業者(授権申告者)に排出量データを提供。申告義務者はEU側インポーター。
  5. EU側授権申告者との関係確認:EU内の取引先が授権申告者として有効なEORI番号を保有し、CBAM登録が完了しているか確認。
  6. GX-ETS支払炭素価格の証拠書類準備:Article 9控除を申請する場合、実際に支払った炭素費用の証拠書類をGX-ETSから取得。

2030年以降のCBAMセクター拡大

EUは化学品・ポリマーを2027年から追加し、2030年までにEU ETSカバー品目のほぼ全セクター(ガラス・セラミック・紙パルプ・鉱油製品・有機化学品を含む)をCBAM対象とする方針だ。下流製品(完成鋼材・アルミ製品)への拡大も2025年3月の鉄鋼・金属行動計画で提案済み。現在は鉄鋼・アルミの半製品(スラブ・ビレット等)が主な対象だが、自動車用鋼板・アルミ押し出し部品まで対象が拡大した場合、日本の製造業への影響は格段に広がる。

まとめ:2026〜2027年が日本鉄鋼業の分水嶺

日本企業に最も直接的なインパクトをもたらすのは鉄鋼だ。BF/BOF工程の日本製鉄鋼はCBAMファクターが上昇するにつれ競争力を圧迫されるが、DRI/EAFやスクラップEAFへの転換によりCBAM費用を大幅に削減できる(BF/BOFの€103/tに対し、スクラップEAFは€5/t程度)。日本の鉄鋼業が進める電炉転換や水素還元製鉄の投資は、単なる脱炭素戦略を超え、EU市場へのアクセス維持のための競争力基盤となっている。実務担当者が優先すべきポイントは以下の通り。

  • 計算式の理解を徹底する:控除されるのは「ベンチマーク ×(1 − CBAMファクター)」であり、2026年はベンチマークの97.5%が控除される。実測EFがベンチマークを超過した分は全量が課金対象となる。
  • 2026年の実務は証書購入ではなくデータ整備:証書販売開始は2027年2月、最初の引渡しは2027年9月30日。2026年中は製品単位の排出量測定・記録とEU輸入業者への提供が中心となる。
  • 第三者検証のリードタイムを確保する:2026年分データはEU認定検証機関の検証が必須。検証機関の確保と社内データ様式の整合を前倒しで進める。
  • GX-ETS控除を過大評価しない:控除できるのは実際に支払った炭素価格であり、無償割当率約90%を前提とすれば控除額は€1.1〜€2.7/tCO₂e規模にとどまる。投資判断では純追加費用を約€72.7〜€74.3/tCO₂eで置き、回廊満額控除(純追加€48〜€65/tCO₂e)は上振れケースとして扱う。あわせてArticle 9控除の証拠書類を、CBAM申告カレンダーに間に合う形で取得できる体制を構築する。
  • 化学品・下流製品の拡大に備える:有機化学品・ポリマーは2027年追加予定、下流製品も拡大が提案済み。対象化学品のCNコード確定と同時に試算できるよう、製品単位の排出原単位を今から把握しておく。

【主要参照資料】EU委員会「CBAM Q1 2026証書価格€75.36」公表(2026年4月7日)、Implementing Regulation EU 2025/2621(品目別ベンチマーク)、Omnibus I(Regulation EU 2025/2083、2025年10月発効)、TerawattTimes「Japan CBAM 2026 Triple Lock Analysis」、EUROMETAL「EUが日本産HRCに確定反ダンピング税賦課」(2025年9月)

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