CORSIA(国際航空炭素オフセット削減スキーム)フェーズ1完全解説:対象基準・義務量計算・クレジット要件
2024年1月、CORSIAが任意のパイロット段階から有償・義務的な「Phase 1」へと移行した。126カ国以上が参加し、航空会社は2024年の国際線CO₂排出量のうち約15.4%相当のオフセット義務を負う——つまり2024年1年分だけで全世界で約5,800万tCO₂のクレジット償却が必要だ。JALは2025年、商業航空会社として世界で初めてGold Standard由来のCEEUを大規模に償却(無効化)した。ANAは世界初の直接空気回収(DAC)クレジット購入契約を締結している。2028年初頭の第一フェーズ精算期限に向け、日本の航空会社が今すぐとるべき行動を体系的に解説する。
CORSIAの3フェーズ構造:何がどう義務か
CORSIAは段階的に義務を強化する3フェーズで構成される。
| フェーズ | 期間 | 参加形態 | オフセット義務 | 主な特徴 |
|---|---|---|---|---|
| パイロット期 | 2021〜2023年 | 国家・航空会社ともに任意 | なし | COVID-19で全年度がベースライン以下となりSGFは0 |
| Phase 1 | 2024〜2026年 | 参加国間を飛ぶ航空会社に義務発生 | あり | 2024年SGFは約0.154(約15.4%)、精算期限は2028年初頭 |
| Phase 2 | 2027〜2035年 | LDC・SIDS・LLDC・RTK0.5%未満を除き強制参加 | あり | 2033〜2035年から個別成長係数15%を段階的に加算 |
Phase 1では「参加国間のフライト(ステートペア)を運航するすべての航空会社」に義務が課される。参加国数は2024年1月時点で126カ国以上(2026年1月時点で130カ国以上)。中国・ロシア・インドは不参加のため、これらの国との路線はCORSIA対象外となる。日本は自発的にPhase 1に参加しており、航空法施行規則に基づき最大離陸重量5,700kg超の国際線航空会社に対してMRV義務が課される。
SGF(セクター成長係数)の計算方法:2024年の数字
Phase 1のオフセット義務量はSGF(セクター成長係数)で決まる。計算式:
SGF = (当年の対象ステートペア総排出量 − ベースライン排出量) ÷ 当年の対象ステートペア総排出量
ベースラインは2019年の国際航空CO₂排出量の85%と定められており、当年の対象ステートペア排出量がこれをどれだけ上回ったかの比率がSGFとなる。2024年のSGFはICAO事務局が公表した値で約0.154(15.4%)であり、初回の公表は2025年後半、改訂版が2025年12月12日に公表された。分子・分母となる総排出量およびベースライン排出量の確定値は、ICAO事務局が公表するSGF関連文書に記載された数値を参照する必要がある。ICAO技術諮問機関(TAB)は適格排出ユニット(CEEU)の認証を担当する機関であり、SGFの算出・公表とは役割が異なる。
各航空会社のオフセット義務量の計算式:個別義務量 = 個別航空会社の当年CORSIA対象フライト排出量 × SGF。仮に年間100万tCO₂排出する航空会社であれば、2024年のオフセット義務量は100万 × 0.154 = 約154,000 tCO₂となる。
重要な精算タイミング:Phase 1のオフセット義務量の実際の提出(クレジットの償却)は2024〜2026年の3年間合計を、2028年初頭に一括精算する。毎年の精算ではないため、3年間の累積義務量を把握した戦略的調達が重要だ。
CORSIA適格排出ユニット(CEEU):Phase 1承認の8プログラム
Phase 1(2024〜2026年)でCEEUとして使用できる排出削減クレジットは、ICAO理事会が承認した以下8プログラムから発行されたものに限られる:
- American Carbon Registry (ACR)
- Architecture for REDD+ Transactions (ART)
- Climate Action Reserve (CAR)
- Global Carbon Council (GCC)
- Gold Standard
- Isometric
- Premium Thailand Voluntary Emission Reduction Program (T-VER)
- Verified Carbon Standard (VCS / Verra)
Gold Standard・VCS(Verra)・CAR・GCCの4つは2024年10月にフルアプルーバルを新規取得した。Voluntary Carbon Market(VCM)の主力プログラムが多数含まれているが、同一クレジットをCORSIAとその他規制(EU ETS等)に重複申告することは禁止されている。
CEEU市場価格と需給見通し
Phase 1のCEEU価格は過去のVCM価格より高水準で形成されている。実績値:2024年末初競売$21.70/tCO₂e、2025年Q1取引$22.25/t、2025年Q3取引$22.55/t、2025年12月ICE先物(DEC-25)$18〜20/t。
需給の見通し:Phase 1の3年間累積オフセット需要はIATA推計で1.46〜2.36億ユニット(2025年8月更新)、Abatable試算では約1.05〜1.50億ユニット。2024年単年の義務量は約5,800万tCO₂。2027年以降に向けては$25〜36/t、供給逼迫シナリオでは$60超の可能性も指摘される。
SAFによるCORSIA義務削減:LCA計算とBook-and-Claim
SAF(持続可能な航空燃料)の使用量はCEEU代替として義務削減に充当できる。LCA(ライフサイクル評価)の計算式:SAF削減量 = (従来燃料LCA値 − SAF LCA値)× 使用量(MJ)。比較基準となる従来ジェット燃料のLCA値は約89 gCO₂e/MJ。代表的なSAFデフォルト値:森林残渣由来FT-SAF(8.3 gCO₂e/MJ)、短伐期木材作物FT-SAF(12.2 gCO₂e/MJ)。排出削減率は最大で90%以上に達する。
Book-and-Claimとは、SAFを物理的に搭載した航空会社以外でも、SAFの環境価値(排出削減証書)を購入・申告できる仕組みだ。現状のCORSIAでは、SAF環境価値の移転にはサプライヤーとのチェーン・オブ・カストディが必要であり、スタンドアローンのBook-and-Claimによる義務削減は公式には認められていない。ICAO内でSAFのChain-of-Custody基準の整備が進んでおり、将来的なBook-and-Claim容認に向けた議論が継続中だ。
JALとANAの対応実績:日本航空会社の先行事例
JAL(日本航空):2025年にGold Standard CEEUを計18万クレジット償却(マラウイ薪炭節約13万+タンザニア家庭用クリーン調理5万)。商業航空会社によるGold Standard CEEUの大規模償却としては世界初であり、注目を集めた。また2024年排出量に係るSAF使用によるCO₂削減量を国土交通省経由でICAOに報告——日本として初めてのSAF排出削減申告。木材系SAF開発では2025年3月にAirbus・日本製紙・住友商事・GEIとMoU締結。2025年目標:SAF使用比率を総燃料積載量の1%、2030年目標:10%。
ANA(全日本空輸):2023年8月に世界初の航空会社として米国1PointFive社との直接空気回収(DAC)CDRクレジット購入契約を締結(供給開始は2025年から)。DACクレジットのICAO CEEUとしての正式承認は審査中であり、CORSIA義務削減への活用には承認完了が条件となる。
MRV(測定・報告・検証):提出期限と手順
MRVは航空会社が年次で実施し、各フライトの燃料消費量・CO₂排出量・SAF使用量・排出削減量を報告する。CORSIA承認の5種類の燃料監視方法のいずれかで測定する。日本のMRV担当機関は国土交通省(MLIT)航空局。主要スケジュール:2024年度排出量報告は2025年5月31日締切。Phase 1の最終オフセット精算期限は2028年初頭。
不遵守ペナルティと執行体制
ICAOは直接的な罰則権限を持たず、執行は各国政府に委ねられる。現行のペナルティ例:英国£100/tCO₂、ブラジルBRL 50/tCO₂、EU ETS(CORSIA並行)€100/tCO₂。ペナルティを支払っても不足分のクレジット償却義務は消滅しない(二重コスト)。統一的な国際執行枠組みの欠如はCORSIAの構造的弱点として批判されている。
NGO・学術界からの批判と2035年後の展望
主な批判点:①2019年排出量の85%というベースライン設定では国際排出量の約22%しかカバーされない(Transport & Environment)、②航空の気候影響のうちCO₂は約3分の1に過ぎず、NOx・水蒸気・凝結雲などの非CO₂効果が対象外、③2050年ネットゼロへの中間マイルストーンがない、④化石燃料由来の低炭素航空燃料(LCAF)の抜け穴問題。
CORSIAは2035年で終了予定。ICAO第41回総会(2022年)で「2050年国際航空ネットゼロ」の集団的長期目標が採択された。2035年以降の枠組みはまだ策定中だが、ATAGのWaypoint 2050では2050年達成に年間4.5〜8億tのCDRが必要と試算されており、SAFの大量利用とDAC等のCDRが組み合わされる方向性が示されている。
まとめ
- 2024年のSGFは約15.4%。自社のオフセット義務量は「CORSIA対象フライト排出量 × SGF」で算定でき、まず自社の対象ステートペア排出量を正確に把握することが出発点となる。SGFはICAO事務局が公表するものであり、初回は2025年後半、改訂版は2025年12月12日に公表された最新値を確認して用いる。
- Phase 1(2024〜2026年)の義務は毎年ではなく2028年初頭に3年分を一括精算する。累積義務量を見据えたクレジット調達計画を早期に策定したい。
- 使用できるクレジットはICAO承認8プログラム発行のCEEUに限られ、EU ETS等との重複申告は禁止。価格は上昇シナリオも指摘されており、調達タイミングの検討が重要だ。
- SAF使用はLCAベースで義務削減に充当できるが、スタンドアローンのBook-and-Claimは現状公式には認められていない点に注意が必要。
- MRV報告(2024年度分は2025年5月31日締切)の遵守は大前提。ペナルティを支払っても不足分の償却義務は消滅しないため、不遵守の二重コストを避ける体制整備が求められる。
【主要参照資料】ICAO事務局 SGF公表(初回2025年後半/改訂版2025年12月12日)、IATA CORSIA Fact Sheet(2025年12月)、IATA SGF Forecast(2025年8月)、JAL/ANA各社プレスリリース(2025年)、ICAO「CORSIA Eligible Emissions Units」、Transport & Environment CORSIA評価レポート(2021年)