はじめに:なぜSAFは難しいのか
民間航空は2023年時点でグローバルのCO₂排出量の約2.5〜3%を占め、電動化(EVシフト)による削減が技術的に極めて困難な分野の一つである。高温・高エネルギー密度が必要なジェットエンジンでは、電池式・水素式航空機の大型化が2030年代以降の実用化目標となっており、現実的な近〜中期の脱炭素手段はSAF(Sustainable Aviation Fuel)が中心とならざるを得ない。
しかし、SAFのビジネス化には独特の収益化の難しさがある。従来型のジェット燃料(ジェット燃料A)の市場価格に対し、SAFの製造コストは現時点で2〜5倍という構造的なコスト格差が存在し、この「プレミアム」を誰がどのように負担するかが収益化の核心的問題である。本稿では、CORSIA・EU ETS・日本の政策動向の3軸から収益化ロードマップを体系的に整理する。
SAF製造技術と現実的なコスト構造
SAFは製造原料・製法によって複数の経路(Pathway)があり、それぞれコスト・規制上の扱いが異なる。
| 製造経路 | 主な原料 | SAF製造コスト($/ガロン) | 現在の商業規模 |
|---|---|---|---|
| HEFA(水素化処理エステル・脂肪酸) | 廃食油・動物性油脂 | $3.5〜$5.5 | 最大量産、商業化済み |
| ATJ(アルコール-ジェット) | バイオエタノール・廃棄物 | $4.0〜$7.0 | 小規模商業段階 |
| FT(フィッシャー・トロプシュ) | 木質バイオマス・廃棄物 | $4.5〜$9.0 | パイロット〜商業前期 |
| e-SAF(Power-to-Liquid) | CO₂+再エネ電力 | $8.0〜$20.0 | 研究〜パイロット段階 |
| MSW(都市固形廃棄物) | 都市ごみ | $4.0〜$6.0 | 小規模商業段階 |
従来のジェット燃料A価格が$1.5〜$2.5/ガロン程度(2024年水準)であることを踏まえると、現状最も低コストなHEFAでも1.5〜3倍のプレミアムが発生する。このプレミアムを吸収する仕組みとして、①義務的な炭素費用(CORSIA・ETS)、②供給目標・補助金等の国内制度、③SAFクレジット市場(自主的買取)の3つが機能する必要がある。
CORSIA:国際航空の炭素オフセット義務
ICAO(国際民間航空機関)が2021年に試行フェーズを開始し、2027年から義務フェーズに入るCORSIA(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)は、2024年以降のフェーズにおいて2019年排出量の85%を基準(ベースライン)とし、これを超過する排出分のオフセットを義務付ける制度である。
CORSIAにおけるSAFの扱い:CORSIAでは、認定を受けたSAFを使用した場合、そのライフサイクル排出削減量に応じてオフセット義務量を減らすことができる「CORSIA適格燃料(CEF:CORSIA Eligible Fuels)」の仕組みがある。CEFは特定の認証機関(ISCC CORSIA・RSB-CORSIA等)が認定したSAFに適用され、ライフサイクル排出量(LCA)削減率に基づいてオフセット義務の削減量として計上できる。
収益化への影響:2027年の義務フェーズ開始後、国際線を運航する航空会社はCORSIAコンプライアンスコストを回避するためSAFまたはオフセットクレジット購入が必要となる。SAF価格($3.5〜$5.5/ガロン)とカーボンオフセット価格を比較した際に、SAFが相対的に競争力を持つ水準まで炭素価格が上昇するかどうかが、CORSIAを通じたSAF収益化の分岐点となる。
EU ETSとReFuelEU AviationのSAF関連規制
EU ETS(排出権取引制度)は欧州経済領域(EEA)内の航空便を対象に排出量の一定割合の無償割当と有償購入を義務付けている。これとは別に、2023年に成立したReFuelEU Aviation規則(Regulation 2023/2405)により、2025年以降、EUの空港に航空燃料を供給する燃料供給者に対してSAF混合義務が課されることが確定した。EU ETSが排出量に応じた炭素費用を航空機運航者に課す制度であるのに対し、SAF混合義務は燃料供給者側に課される点で制度の性格が異なる。
ReFuelEU Aviation SAF義務化のロードマップ:
- 2025年:2%
- 2030年:6%(うちe-SAF 1.2%)
- 2035年:20%
- 2040年:34%
- 2050年:70%(うちe-SAF 35%)
この義務化によって、EUの空港で供給される航空燃料にはSAFが混合され、EU路線を運航する日本の航空会社(JAL・ANAともEU路線を運航)にもコスト増として波及する。一方、SAF供給者にとっては安定した需要が確保されることになる。
なお、日本もエネルギー供給構造高度化法に基づく判断基準(告示)の改正により、燃料供給事業者側にSAF供給の目標を設定する方式を採用しており、需要創出の起点を燃料供給事業者に置く点でEUのReFuelEU Aviationと発想を共有する(後述)。ただしEUが規則による混合義務と罰則を伴う制度であるのに対し、日本は告示に基づく判断基準として運用され、履行確保の手段は指導・助言や事業者名の公表等にとどまる点で強度が異なる。
日本のSAF政策と収益化構造
2030年10%目標の制度化:高度化法に基づく告示改正
2023年に経済産業省・国土交通省が策定した「SAFの導入促進に関するロードマップ」では、2030年までに日本発着国際線の燃料の10%をSAFで賄う目標が設定されていた。この目標は当初は誘導的な政策目標にとどまっていたが、2024年にエネルギー供給構造高度化法(エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律)に基づく判断基準の告示が改正され、燃料供給事業者に対する制度上の供給目標として位置づけられた点が、2025年時点の日本のSAF政策における大きな変化である。ここで新たな法律が制定されたわけではなく、既存の高度化法の枠組みの下で判断基準(告示)が改められたという整理が正確である。
告示改正で設定された目標は、2030年度に、供給するジェット燃料に係るGHG排出量を2019年度比で5%以上削減するというものであり、これはSAF10%相当の導入に対応する。対象は年間10万kL以上のジェット燃料を供給する事業者であり、判断基準に照らして取組が著しく不十分と認められる場合には、指導・助言、報告徴収、勧告および事業者名の公表等の措置が高度化法の枠組みに基づいて講じられうる。罰則を伴う法的義務ではないが、対象事業者が特定され、達成年度と削減率が明示されたことで、日本のSAF需要は「航空会社の自主的なコミットメント」から「制度上の目標として対象事業者に紐づく需要」へと性格を変え、SAF製造プロジェクトにとって需要の予見可能性は改善した。
この転換は収益化構造にも直接影響する。SAF製造者にとっての主たる顧客は、航空会社であると同時に、目標達成を求められる元売り・燃料供給事業者となる。対象事業者は、自社製造・国内調達・輸入のいずれかで必要量を確保する必要があり、国内SAF製造能力が不足する局面では調達プレミアムが発生しうる一方、供給が過剰となれば価格は下押しされる。他方で、履行確保の手段が公表等にとどまることは、需要の下限を法的に固定できないという意味で、事業計画上のリスク要因として認識しておく必要がある。
GX(グリーントランスフォーメーション)投資支援:GX経済移行債(2023〜2032年で20兆円規模)の用途の一つとしてSAF製造設備への投資支援が含まれており、2024年度予算でSAF製造拠点への補助が具体化した。補助率は公募ごとに設定され、事業ごとに異なるため、投資判断にあたっては当該年度の公募要領で確認する必要がある。供給目標(需要側の下支え)と設備補助(供給側の初期投資支援)を組み合わせる構造は、国内SAFプロジェクトの投資判断における前提条件となる。
燃料税制の位置づけ:航空機燃料税は、本則税率が26,000円/kLである一方、「当分の間」の措置として軽減税率18,000円/kLが適用されており、これが実務上の適用税率である(沖縄路線・特定離島路線はさらに軽減される。また国際線に積み込まれる燃料は課税対象外)。したがって、税制を論じる際に本則26,000円/kLを実効負担として扱うのは誤りである。SAF固有の税率軽減措置は2025年時点で導入されておらず、日本におけるSAFのコスト差を埋める政策手段は、税制優遇よりも供給目標と設備補助・生産支援を中心に構成されている。
価格差支援の位置づけ:再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)に相当する価格保証型のSAF差額支援は、業界団体からの要望項目として残るものの、日本が先に制度化したのは供給事業者に対する目標設定方式であり、「FIT相当制度の成立待ち」を前提とした事業計画は前提を見直す必要がある。フランスや英国が導入している義務化と価格支援を併用する制度設計は、引き続き参考になる。日本でも、目標達成コストの転嫁ルールと長期契約の設計が、価格保証に代わるリスク配分手段となる。
国内SAFクレジット市場の現状
SAFクレジット(Book & Claim方式)は、SAF使用と物理的な航空燃料の取引を分離し、SAFを直接使用せずに「排出削減相当量」を購入できる仕組みである。Book & Claim方式では、SAFを製造・購入した事業者がクレジット(SAFクレジット)を登録し、航空会社・荷主・旅行会社が自発的にクレジットを購入することで排出削減を主張できる。
2024年時点で日本に標準化されたSAFクレジット登録プラットフォームは存在せず、RSB(Roundtable on Sustainable Biomaterials)、SABA(Sustainable Aviation Buyers Alliance)、Avelia(Shell・Amex GBTが主導)等の国際的なBook & Claimの枠組みへの接続が課題となっている。国内でもJAL・ANAが関与するBook & Claimの取り組みが進められているが、価格形成・発行量に関する公開情報は限られている。
供給目標の制度化により、今後は「目標達成に充当されたSAFの環境価値」と「自主的クレジットとして販売される環境価値」の二重計上をどう防ぐかが実務上の論点となる。対象事業者が目標達成に用いたSAFの削減価値を、同時にBook & Claimクレジットとして荷主に販売できるかどうかは、クレジット市場の成立可能性を左右する。
収益化シナリオの比較
以下に、SAFプロジェクトの4つの収益化モデルを示す。想定IRRは、本稿の前提条件(契約期間・価格水準・制度運用)を置いた場合の目安であり、個別案件の事業性を保証するものではない。
| 収益化モデル | 前提条件 | 想定IRR(内部収益率) | リスク |
|---|---|---|---|
| EU SAF義務混合への供給 | EU空港での長期購入契約(5〜10年) | 8〜12% | EU規制変更、SAF供給過多による価格下落 |
| CORSIA CEF(適格燃料)活用 | ICAO認定SAF(CEF)の登録 | 5〜9% | CORSIA対象クレジット価格の低迷 |
| 国内供給目標(高度化法告示)への供給+Book&Claim | 対象事業者との長期供給契約、環境価値の帰属整理 | 10〜15% | 判断基準の運用・報告基準等の詳細設計、履行確保が公表等にとどまること、環境価値の二重計上規制 |
| 荷主・企業の自主的SAFクレジット購入 | Scope3カテゴリ4(上流輸送・配送)削減ニーズ | 6〜10% | 需要の不確実性、クレジット価格の不安定性 |
供給目標モデルのIRRが相対的に高いのは、達成年度・削減率・対象事業者が告示で明示されており、長期固定価格契約の相手方が特定しやすいためである。ただしその前提は、判断基準の運用が実効的に機能すること、および対象事業者がコストを航空会社・旅客へ転嫁できる環境が整うことであり、履行確保が公表等にとどまる制度である以上、需要の下限が法的に保証されるわけではない点に留意が必要である。
批判的検討:SAFは本当に脱炭素に貢献するか
LCA(ライフサイクル分析)の課題
SAFの脱炭素効果は原料・製法によって大きく異なる。最も普及しているHEFA(廃食油由来)は、ライフサイクルで従来燃料比60〜80%のCO₂削減を主張するが、この数値には以下の議論がある。
第一に、廃食油の希少性問題である。廃食油は全世界的に食品産業・バイオディーゼル・飼料等との競合需要があり、「追加性」(SAF製造がなければ廃棄されていたか否か)の確保が困難である。需要拡大に伴い廃食油の輸入依存度が上がれば、原料調達の真正性(本当に廃棄物由来か、新油の混入がないか)の検証コストも増大する。
第二に、直接土地利用変化(dLUC)・間接土地利用変化(iLUC)である。植物由来SAFは農地拡大を通じた間接的な炭素放出リスクがあり、EU RED(再生可能エネルギー指令)ではiLUCのリスクが高い作物(パーム油等)の扱いに制約が設けられている。iLUC排出量の推計はモデル依存性が高く、同じ原料でも採用するモデルによって削減率の評価が変動する点は、LCA数値を比較する際の基本的な留意点である。
第三に、非CO₂効果(Non-CO₂ Effects)である。航空機の排気による高高度での凝結水(コントレイル)・NOₓは、CO₂を上回る温暖化影響を持つとの研究があるが、その推計幅は大きく、またSAFによる非CO₂効果の改善度合いは製品によって一定しない。芳香族分の少ないSAFは煤の生成が減りコントレイル形成が抑制されるとの知見がある一方、気象条件・飛行高度への依存が大きく、削減量として制度的に計上できる段階には達していない。
第四に、制度上のLCA値と実測値の乖離である。CORSIAやEU制度では、認証スキームに基づくデフォルト値または実績値によりライフサイクル削減率が算定されるが、算定境界(原料収集・輸送・水素製造に用いる電力の排出係数等)の置き方によって結果は大きく変わる。SAFの環境価値を購入・訴求する側は、削減率の数値だけでなく、どの認証スキーム・どの算定境界に基づく値かを確認する必要がある。とりわけ水素を用いるHEFAでは、水素製造が化石由来か否かが削減率を左右する。
以上を踏まえると、「SAF=一律に60〜80%削減」という単純化は実務上避けるべきであり、原料・製法・認証スキーム単位でLCA値を確認することが、SAF調達・クレジット購入の最低限のデューデリジェンスとなる。
コスト転嫁の課題
SAFのプレミアムを航空券価格に転嫁する場合、渡航者1人あたりの追加コストは、現在のSAFブレンド率と路線距離に依存し、短距離路線では小幅、長距離路線かつ高ブレンド率では相応の負担となる。日本ではANA・JALがSAFの調達コストを反映した仕組みの導入を進めているが、消費者の受容性と航空会社のコンプライアンスコストの間でのバランスが成立するかは不透明である。供給目標が燃料供給事業者に設定される構造では、目標達成コストが燃料価格を通じて航空会社に転嫁され、最終的に運賃へ波及する経路が想定されるため、転嫁の可否は制度の実効性そのものに関わる。
反論:電動化・水素航空機はSAFを不要にするか
一部では水素や電動航空機の早期実用化によってSAFが不要になるとの見方もある。しかし、長距離・大型機(エアバスA330・B777クラス)の水素化は少なくとも2040年代まで実現が困難とみられており、SAFは航空脱炭素の「橋渡し技術」として2030〜2040年代の主力手段となる。また、ショートホール(短距離便)の電動化が進んでも、ロングホール(長距離国際線)のSAF需要は維持される。
日本企業・投資家への影響
日本の航空会社への影響
ANAグループ・JALグループはともに2050年ネット・ゼロ目標を掲げており、CORSIA義務化(2027年)とReFuelEU AviationのSAF混合義務(2025年)への対応が急務である。両社は廃食油やバイオ由来SAFの長期供給契約を国内外のサプライヤーと確保する取り組みを進めているが、2024年時点では日本国内の安定的なSAF供給源が限定的であり、海外(米国・EU)からのSAF調達に依存している部分が大きい。国内の供給目標が2030年度に向けて立ち上がることで、国内調達と輸入調達のポートフォリオ設計が経営課題となる。
国内SAF供給者の収益機会
ユーグレナ・コスモエネルギー・ENEOSらがHEFA方式のSAF製造・供給への取り組みを進めている。これらの企業にとっての収益化は、目標対象事業者およびJAL・ANAとの10年単位の固定価格購入契約(PPA的スキーム)の締結が最も安定的な出口であり、判断基準の運用・報告制度の詳細設計が事業性の鍵を握る。元売り各社自身が目標対象となるため、自社製造による達成と外部調達の経済性比較が、国内SAF市場の価格形成を左右する。
荷主・商社の自主的SAFクレジット購入
Scope3カテゴリ4(上流の輸送および配送)の削減を目指すグローバル企業(製造業・小売業)は、航空輸送依存度が高い国際サプライチェーンにおいてSAFクレジットの自主購入を増加させている。総合商社各社も、国際SAFクレジットプラットフォームへの参加を通じた顧客企業向けのSAFクレジット提供事業の構築を進めている。購入側は、対象SAFが供給目標の達成に充当されていないか(環境価値の二重計上がないか)を契約上で確認することが求められる。
CORSIAのフェーズ構成と成長係数による義務量の算定
CORSIAは3つのフェーズで構成される。パイロットフェーズ(2021〜2023年)、Phase 1(2024〜2026年)、Phase 2(2027〜2035年)である。パイロットフェーズはCOVID-19による需要の大幅減少によって実質的な義務がほぼ発生しなかった。Phase 1はICAO公表で120カ国以上が参加し、Phase 2では全ICAO加盟国への適用が拡大して義務の性格がより強制的になる。日本は国際航空のGHG削減において「ネットゼロ2050」目標(ICAO決議A41-21)を支持しており、国内主要キャリアのCORSIA参加は事実上不可避である。
義務量の算定は、自社の国際線排出量に成長係数(セクター成長因子)を乗じる方式で行われる。2024〜2026年の成長係数はICAO CORSIA Technical Advisory Bodyの算出でおよそ0.154(ICAO公式文書掲載値は0.15405257)であり、Phase 1全体の推定総需要はIATAの推計で約5,800万トンCO2相当とされる。なお2024年以降のベースラインが2019年排出量の85%に引き下げられたのは、2022年のICAO第41回総会での改定による。義務量の過小評価は後年のバックペイメントリスクを生むため、算定は最新のICAO公式文書に基づいて確認する必要がある。
CORSIA適格排出ユニット(CEEU)との比較で見たSAFの位置
CORSIA義務の履行手段は、CORSIA適格排出ユニット(CEEU)の購入と、CORSIA認定SAFの使用の2つに整理される。CEEUはICAOが認定したカーボンクレジット(Verra VCS、Gold Standard等の特定プログラム発行分)で構成され、2025年Q1時点の市場価格はBloombergNEFの推計で1CEEUあたり約20〜22ドルである。
単純なコスト比較ではクレジット調達がSAF利用より安価となる。日本の大手2社合計のPhase 1義務量(推定200〜300万トンCO2)をCEEU価格21.70ドルで試算すると約4,300〜6,500万ドルとなり、SAFプレミアムによる負担と比較しうる水準に収まる。
ただし両者は会計上の性格が異なる。SAFは実排出削減としてScope 1の削減実績やSBTi目標に直接貢献する一方、CEEUは「相殺」であり排出量自体は変わらない。ESG評価・投資家対応の観点からはSAF調達が評価されやすく、履行手段の選択はコストだけでなく自社の開示戦略と一体で判断すべき論点となる。なお、CEEUとして使用できるクレジットは認定プログラム発行分に限定されるため、認定外クレジットの誤購入は避ける必要がある。SAFをCORSIAに充当する場合も、ICAO公認のLCA計算手法(ICAO CORSIA SAF methodology)に基づく認証が前提となる。
国内SAF製造の立ち上がりとグリーンプレミアムの実額
2025年4月、日本初のISCC認定SAF国内製造拠点が稼働した。コスモ石油・JGC・REVOインターナショナルの3社が設立したSAFFAIRE SKY ENERGY(サフェア スカイ エナジー)で、製造能力は年間3万kL(約2.4万トン)、主原料は廃食用油(UCO)であり、コスモ石油・堺製油所(大阪府堺市)の既存設備を転用したHEFAパスウェイを採用している。
この3万kLは、2030年に見込まれる年間ジェット燃料消費量約1,700万kLの約0.18%にすぎない。経済産業省・国土交通省の官民協議会の前提では、2030年10%目標は約171万kL相当に当たるため、国内供給は目標に対して大幅に不足している。出光興産・ENEOSも製造ルートを検討中であり、2030年に向けた設備投資競争が始まっている。
グリーンプレミアムをトン当たりで見ると、従来型ジェット燃料(Jet A-1)のスポット価格が2025年時点で約850〜950ドル/トンで推移するのに対し、HEFA-UCOの製造コストは1,700〜2,300ドル/トンであり、差額は約800〜1,400ドル/トンとなる。年間燃料消費の10%(国際線分で約7万トン相当)をSAFに切り替えた場合のプレミアムコストは単純計算で約5,600万〜9,800万ドル(約80〜140億円)、運航コスト全体の1〜2%程度に相当する。路線距離やブレンド率ではなく、トン当たり差額と切替量から負担を把握できる点が、調達計画の出発点となる。
パスウェイ別のコストとGHG削減率、原料競合の制約
製造経路の比較をトン当たりコストとライフサイクルGHG削減率で整理すると、原料競合の構造が見えやすくなる。
| パスウェイ | 主原料 | 製造コスト($/t) | GHG削減率 | 商業化状況 |
|---|---|---|---|---|
| HEFA-UCO | 廃食用油(UCO) | 1,700〜2,300 | 70〜80% | 商業規模稼働中 |
| HEFA-タロー | 動物油脂 | 2,000〜2,500 | 60〜70% | 商業規模稼働中 |
| AtJ(アルコール-to-ジェット) | 廃材・農業残渣 | 3,000〜4,000 | 40〜80% | 初期商業化段階 |
| FT-バイオマス | 固形バイオマス | 3,500〜5,000 | 80〜90% | 実証・初期商業 |
| e-SAF(Power-to-Liquid) | グリーン水素+CO2 | 5,900〜6,200 | 85〜95% | 実証段階 |
現在のSAF市場の約75%をHEFAが占める。主原料であるUCOはバイオディーゼル・道路輸送向けとの原料競合が深刻化しており、UCO価格は2023年比で約15〜20%上昇している。原料制約はHEFA拡大の最大のボトルネックであり、価格と数量の双方で交渉力を失わないためには、HEFAのみに依存しないポートフォリオ構築、すなわちFT合成・AtJへの事前契約や共同投資によるパスウェイ分散が調達リスク管理の要諦となる。
2035年以降はこの原料制約からe-SAFへのシフトが不可避と見られる。IRENA等の予測では、グリーン水素コストの低下と再生可能電力価格の下落により、e-SAFの製造コストは2035〜2040年に4,000〜5,000ドル/トン台まで低下しうる。日本にとってe-SAFは、再生可能電力と水電解の国内製造インフラが整えばUCOのような原料競合に依存せず安定供給が可能になるという点で、エネルギー安全保障と脱炭素の交差点に位置する。NEDOを中心とした国産e-SAF実証プロジェクトは2025〜2027年に評価段階を迎える見込みで、その成果が2030年代の日本の航空脱炭素戦略と調達戦略の前提を左右する。
ReFuelEU AviationのRFNBO要件とBook-and-Claimの実務
ReFuelEU Aviation規則(EU 2023/2405)では、SAF混合義務とは別に、2030年以降は給油量の一定割合をRFNBO(再生可能非生物由来燃料)とする要件が設けられている(Annex I:2030年0.7%、2032年1.2%)。義務の対象はEU加盟国の空港から出発するすべての便の給油量である。
Book-and-Claimについては、2024年からCORSIAがこの方式を正式に認めた点が実務上大きい。SAFの物理的な移送と証書を切り離す仕組みであるため、空港でSAFを実際に給油しなくても、SAF生産者から証書を購入することでCORSIA義務への充当が可能になる。国内SAF供給が限られる日本の航空会社にとって、海外SAF証書の調達が現実的な対応経路となる。JALは2021年よりSAFフライトプログラムを本格化し、フィンランドのNesteやシンガポールの供給拠点からBook-and-Claim方式でSAF証書を調達して国内外路線のCORSIA対応を進めている。ANAも欧州・北米のSAF生産者との中長期購入契約(LTPA)交渉を進めているが、価格と供給量の折り合いが課題となっている。
調達実務としては、物理的なSAF給油インフラが整備されるまでの暫定策としてISCC認定SAF生産者からの証書調達が最速の対応策であり、Sustainable Aviation Buyers Alliance(SABA)のBook-and-Claimプラットフォームの利用も選択肢となる。
荷主企業から見たBook-and-Claimの会計区分
Book-and-Claimを荷主企業の側から見ると、フィジカルSAF(物理的調達)との会計上の役割分担が論点となる。
| 方式 | 仕組み | SAFの物理的移動 | 認証・会計 | 適合する企業・状況 |
|---|---|---|---|---|
| フィジカルSAF(物理的調達) | 航空会社・空港が実際にSAFを物理購入し、燃料として搭載する | あり(実際のSAF分子が搭乗便に使用される) | GHGプロトコルのScope 1削減として計上可。EU ETSやCORSIAの規制コンプライアンスに有効 | 航空会社(自社排出削減義務がある場合) |
| Book-and-Claim(帳簿上の請求権移転) | SAFの物理的燃焼と削減効果の帰属を分離し、企業がSAF証書を購入して自社のScope 3削減として計上する | なし(SAFは別の場所で使用され、購入者は削減効果のみを取得) | RSB Book & ClaimおよびSBTiが推奨する手法。Scope 3削減として計上可(二重計上防止ルールは整備中) | SAFを直接搭載できない荷主企業(製造業・EC事業者等)が航空輸送の排出削減に用いる |
購入側の需要の源泉は、航空出張(Scope 3カテゴリー6)と航空貨物(同カテゴリー4)の削減である。SBTiやネット・ゼロ目標を持つ企業は、SAF付き航空券・輸送サービスへの割増料金支払いの意向を示しており、「SAFを誰かが使う」ことへの需要が証書市場を形成している。ただしBook-and-Claimの方法論と報告フレームワークへの適合性については、GHGプロトコル・CDP・SBTiの最新ガイダンスを確認する必要がある。IATAは2050年ネット・ゼロに向けてSAFが65%以上の削減に貢献するとの試算を公表しており、証書市場の拡大余地はこの前提に支えられている。
まとめ
SAFの収益化は、単一のメカニズムでは成立しない。CORSIA義務、EU ETSとReFuelEU Aviation、国内の供給目標と設備補助、そして自主的クレジット市場という「多重構造」に支えられて初めて事業性が確保される。需要の前提となるのは、エネルギー供給構造高度化法に基づく判断基準(告示)の2024年改正であり、年間10万kL以上を供給する事業者に対して、2030年度にジェット燃料由来GHG排出量を2019年度比5%以上削減(SAF10%相当)する目標が設定された。ただしこれは新法による罰則付きの義務ではなく、指導・助言や事業者名の公表等による履行確保であり、その性格まで織り込んで需要を読む必要がある。その上で最優先に押さえるべきは長期購入契約であり、国内SAF製造者と目標対象事業者・航空会社の間で10年以上の固定価格購入契約(PPAモデル)を早期に締結し、価格変動リスクを配分することが事業の土台となる。
税制の前提を誤らないことも収益計算の出発点である。航空機燃料税は本則の26,000円/kLではなく、当分の間の軽減税率18,000円/kLが適用され、国際線は課税対象外となっている。SAF固有の税制優遇は現時点で措置されておらず、コスト差の埋め合わせは供給目標と補助金が中心とならざるを得ない。契約面では環境価値の帰属を明示することが不可欠で、Book & ClaimによるSAFクレジットを扱う場合には、目標達成に充当された環境価値との二重計上を避ける条項を盛り込み、RSBやSABAといった国際的な枠組みへの接続を前提に設計する。削減効果の評価では「60〜80%削減」を一律に受け入れず、原料の追加性、iLUCの扱い、水素製造の排出係数、非CO₂効果の未計上といった前提を認証スキーム単位で検証する。原料面では、廃食油・都市廃棄物等の国内原料調達政策への関与を通じて、輸入廃食油への依存を低減する調達戦略を構築しておきたい。
2030年10%目標の達成可否は、判断基準(告示)の運用と報告制度の設計速度、そして国内サプライチェーンの整備に大きく依存する。2025〜2026年に決まる制度詳細が分水嶺となり、今後は長期契約による価格リスク配分と環境価値の帰属設計を、動き続ける制度の細部にどこまで先回りして組み込めるかが、各事業者の実行力として試されることになる。
主要出典
- ICAO CORSIA 制度概要(2023年版) https://www.icao.int/environmental-protection/CORSIA/Pages/default.aspx
- EU 持続可能な航空燃料規則(ReFuelEU Aviation, Regulation 2023/2405) https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:32023R2405
- 経済産業省・国土交通省「SAF導入促進ロードマップ」(2023年) https://www.meti.go.jp/press/2023/03/20230327009/20230327009.html
- IATA SAF Tracker(2024年版) https://www.iata.org/en/programs/environment/sustainable-aviation-fuels/
- ANAグループ サステナビリティレポート 2024年 https://www.ana.co.jp/group/sustainability/
- Rocky Mountain Institute「SAF Scale-Up Pathways」(2024年) https://rmi.org/insight/sustainable-aviation-fuel/
- Transport & Environment「SAF cost analysis 2030」(2023年) https://www.transportenvironment.org/discover/sustainable-aviation-fuels/
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