カテゴリ10・13・14:なぜ対応が遅れがちか
Scope 3の15カテゴリのうち、Cat.10(販売した製品の加工)・Cat.13(下流リース資産)・Cat.14(フランチャイズ)は、多くの企業で「重要性が低い」または「算定困難」として後回しにされてきた。しかし、SBTiのScope 3目標設定基準の強化やCDPのスコアリング厳格化により、これらカテゴリの適切な算定・開示が求められるケースが増えている。
📋 この記事の目次
カテゴリ10:販売した製品の加工(Downstream Processing)
対象範囲
報告企業が販売した中間財(原材料・部品・半製品)を、購入企業(第三者)がさらに加工・製造する際に発生するGHG排出量。最終製品メーカー・素材メーカー・部品メーカーに特に重要なカテゴリ。
対象になる例:鉄鋼メーカーが販売した鋼材を自動車メーカーが加工するときの排出量、化学メーカーが販売した原料を食品メーカーが加工するときの排出量
算定方法
- サイト固有データ法:顧客の加工プロセスのエネルギー使用量を直接取得(最も精度高いが入手困難)
- 業種平均データ法:顧客業種の平均的なエネルギー消費量・排出原単位を使用
- 排出原単位法:産業連関表ベースの原単位×販売量(最も実用的)
算定式:排出量 = 販売した中間財の数量 × 加工工程の排出原単位(t-CO₂e/t 等)
重要性評価
素材・化学・電子部品メーカーでは、Cat.10が全Scope 3の10〜30%を占める可能性がある。SBTiの「上位67%カテゴリ」に該当する場合は目標設定必須。
カテゴリ13:下流リース資産(Downstream Leased Assets)
対象範囲
報告企業が所有し、他者にリース・賃貸した資産の使用中のGHG排出量。不動産業・リース業・自動車リース・機器レンタル会社に特に重要。
Cat.8(上流リース:報告企業が借りている資産)との違いに注意。Cat.13は「報告企業が貸している資産」。
算定方法
- 直接データ法:リース先から実際のエネルギー使用データを収集(大規模不動産会社等)
- 平均データ法:資産タイプ別の平均エネルギー消費量×資産数量
- 実績ベース法:光熱費・燃料費請求実績から逆算
不動産の場合:排出量 = 賃貸面積(m²)× 建物タイプ別排出原単位(kg-CO₂e/m²/年)
不動産会社・REITへの適用
不動産会社では保有・賃貸するビル・マンションの運用時排出量がCat.13の主要素。GHGプロトコルおよびGRESB(不動産サステナビリティベンチマーク)は、テナントスペースのエネルギー消費量把握を義務とする方向にあり、テナントとのデータ共有協定の締結が実務上の課題となっている。
カテゴリ14:フランチャイズ(Franchises)
対象範囲
フランチャイザー(本部)がフランチャイジー(加盟店)に対して運営させる店舗・事業から発生するGHG排出量。コンビニチェーン・外食チェーン・小売チェーンのフランチャイズ本部に特に重要。
算定方法
- フランチャイジーデータ法:各加盟店からエネルギー使用データを収集
- 直営店外挿法:直営店の排出量データを店舗面積・売上比で加盟店に外挿
- 業種平均法:同業種の平均的な店舗エネルギー消費量を使用
算定式:Cat.14排出量 = 加盟店数 × 1店舗あたり平均排出量(t-CO₂e/店舗/年)
大手チェーンの事例
コンビニ大手では冷蔵・冷凍ケースの電力がCat.14の大半を占める。本部からの省エネ機器標準化(LED・高効率冷蔵ケース)や再エネ電力調達の加盟店展開が削減レバーとして活用されている。外食チェーンでは厨房機器・空調・照明の効率化が主な対策。
3カテゴリの共通算定ポイント
| 項目 | Cat.10 | Cat.13 | Cat.14 |
|---|---|---|---|
| 報告主体 | 中間財サプライヤー | 資産オーナー | フランチャイズ本部 |
| データ収集先 | 顧客(加工業者) | テナント・借主 | フランチャイジー |
| 最大の課題 | 顧客の工程データ入手 | テナントのエネルギーデータ | 加盟店数が多い場合のデータ量 |
| 代替手法 | 業種平均原単位 | 建物タイプ別原単位 | 直営店比例外挿 |
SBTi・CDP対応における位置づけ
SBTiのScope 3目標では「上位67%の排出カテゴリ」が目標設定義務の対象。Cat.10・13・14が上位に入る業種では、これらカテゴリの削減計画が必要になる。CDPのサプライチェーン質問書(SC)では、下流カテゴリのデータ品質・収集手法についての回答が求められる。
下流カテゴリが制度側から要求されるようになった背景
Cat.10・13・14が「重要性が低い」として扱われてきた時期が長かった理由の一つは、算定基準そのものが上流に厚く、下流に薄かったことにある。GHGプロトコルのScope 3基準(Corporate Value Chain (Scope 3) Accounting and Reporting Standard)は、15カテゴリのうちCat.1(購入した製品・サービス)やCat.4(輸送・配送)については調達データや輸送実績から比較的たどりやすい算定手順を示す一方、下流カテゴリについては「第三者の活動をどう推計するか」という本質的な難しさを残したままになっている。基準が求めるのは「重要であれば算定する」という原則であり、裏を返せば重要性が低いと判断すれば除外の説明が成り立つ構造だった。
しかしこの余地は、開示制度の側から段階的に狭められている。ISSBのIFRS S2(気候関連開示)はScope 3の開示を原則として求め、除外する場合にはその根拠の説明を要求する方向にある。日本でもSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が2025年3月に公表した基準において、Scope 3の各カテゴリごとの開示が枠組みに組み込まれており、プライム市場の時価総額上位企業から段階的に適用が進むとされる。ここで効いてくるのは、「算定していない」という事実そのものではなく、「なぜ算定していないのか」を説明する責任が企業側に移る点である。重要性が低いという主張には、少なくとも概算による裏付けが必要になる。
CDPのスコアリングも同じ方向に動いている。Scope 3の各カテゴリについて「算定した」「関連するが算定していない」「関連しない」のいずれかを選択し、後者二つには理由の記述が求められる。ここで「関連するが算定していない」を選び続けることは、データ品質スコアの面で不利に働くとされる。つまり下流カテゴリへの対応は、精緻な数値を出すことよりも、まず「概算でも数字を置いて重要性を判断した」という痕跡を残すことから始まる。
粗い推計でも説明可能にするための実務設計
下流3カテゴリに共通するのは、精度と労力が比例しないという性質である。Cat.10で顧客の加工工程データを一社ずつ集めれば精度は上がるが、同業種の平均原単位による推計との差が全Scope 3の数%に収まるのであれば、その労力は他のカテゴリに振り向けたほうが削減計画の実効性は高い。したがって実務上は、最初に「どの程度の桁で効いているか」を確認するスクリーニング算定を行い、そこから精緻化の対象を絞るという順序が合理的である。
| 段階 | 目的 | 使うデータ | 想定される工数 |
|---|---|---|---|
| 第1段階(スクリーニング) | 桁の把握・重要性判断 | 産業連関表ベース原単位、販売量・店舗数などの既存管理データ | 数日〜数週間 |
| 第2段階(絞り込み) | 上位カテゴリの精度向上 | 業種平均原単位、建物タイプ別原単位、直営店実績 | 1〜3か月 |
| 第3段階(一次データ化) | 削減目標の管理に使える水準へ | 主要顧客・テナント・加盟店からの実測値 | 1年以上の継続取組 |
この段階設計で重要なのは、第1段階の算定結果を社内で「暫定値」として明示的に記録しておくことである。スクリーニングの数値をそのまま開示に使う場合でも、算定手法と前提を併記すれば、基準上の要請には応えられる。逆に、前提を記録せずに数値だけが残ると、翌年度に手法を変えた際の増減が削減努力の結果なのか手法変更の影響なのか区別できなくなる。GHGプロトコルは算定手法の変更時には基準年の再計算を求めており、手法変更の履歴管理そのものが開示の信頼性を左右する。
Cat.10には、もう一つ固有の論点がある。販売した中間財の用途が複数ある場合、どの加工経路を想定するかで排出量が大きく変わる。鋼材や樹脂のような汎用素材では、同じ製品が自動車部品にも建材にも加工されうるため、販売先業種別の構成比を推定したうえで加重平均する手順が必要になる。この構成比は販売管理データから得られることが多く、追加の外部データを要さずに精度を一段上げられる余地がある。
日本企業の業種別に見た対応の優先順位
3カテゴリの重みは業種構造に強く依存する。日本の産業構成を踏まえると、対応の優先順位はおおむね次のように整理できる。
| 業種 | 重くなるカテゴリ | 実務上の最初の一手 |
|---|---|---|
| 鉄鋼・化学・非鉄・電子部品 | Cat.10 | 販売先業種別の出荷構成比の整理 |
| 不動産・REIT・リース | Cat.13 | 保有物件のタイプ別・用途別面積の集計 |
| コンビニ・外食・小売チェーン本部 | Cat.14 | 直営店の実績原単位と店舗属性の紐づけ |
| 機械・設備メーカー(販売+リース併営) | Cat.10/Cat.13の切り分け | 販売契約とリース契約の区分整理 |
このうち見落とされやすいのが最後の類型である。建設機械・産業機械・医療機器などでは、同一製品を販売する場合とリースする場合が併存する。販売した製品であればCat.11(販売した製品の使用)、自社が所有してリースしたものであればCat.13に入り、どちらに分類するかは契約上の所有権と会計処理に従う。ファイナンスリースとオペレーティングリースの区分、および連結範囲との関係で判定が変わるため、算定担当者が経理部門と判定基準を共有していないと、年度間で分類がぶれる。二重計上と計上漏れのいずれも生じうる領域であり、算定開始時に区分ルールを文書化しておく価値は大きい。
Cat.14については、フランチャイズ本部が加盟店の排出量を自社のScope 3として算定するという構造自体が、削減施策の設計に影響する。加盟店の設備投資は加盟店の負担であることが多く、本部が省エネ機器の導入を推奨しても、投資回収期間が加盟店の経営判断と合わなければ普及しない。このため本部側の施策は、推奨から一歩進んで、標準仕様への組み込み、本部による一括調達、改装時の機器指定、再エネ電力の共同購入といった形で、加盟店の意思決定コストを下げる方向に向かうとされる。算定が削減につながるかどうかは、本部と加盟店の契約関係をどう使うかに左右される。
データ収集を取引先との関係に組み込む
下流カテゴリのデータ収集は、単発の依頼では回らない。テナントや加盟店にとって、エネルギー使用量の提出は直接の利益を生まない作業であり、継続的な協力を得るには依頼の側に設計が要る。実務で機能しやすいのは、既存の契約・業務フローのなかに提出を埋め込む方法である。不動産であれば賃貸借契約の更新時にデータ共有条項(グリーンリース条項)を追加する、フランチャイズであれば加盟店向けの既存の月次報告フォーマットに電力使用量の欄を加える、といった形である。新しい報告業務を増やすのではなく、すでに動いている報告経路に項目を一つ足すほうが定着率は高い。
もう一つの方向は、データ提供の見返りを提供側に返すことである。テナントや加盟店にエネルギー使用量の同業比較やコスト削減余地を還元すれば、提出は自社の光熱費管理につながる。グリーンリースの文脈では、省エネ投資の費用と便益をオーナーとテナントで分担する枠組みが整理されてきており、国土交通省もグリーンリースの考え方を示している。排出量算定を目的とした依頼を、コスト管理の共同作業として設計し直せるかどうかが、収集率を左右する。
Cat.10のように相手が事業上の顧客である場合には、さらに注意が要る。顧客の工程データはエネルギー原単位そのものが競争力に直結する情報であり、開示を求めれば機微情報の提供依頼になる。この場合は、個社の実測値ではなく、業界団体を通じた平均原単位の整備や、第三者機関を介した集計といった経路のほうが現実的である。鉄鋼・化学などでは業界団体が製品別の原単位を整備する動きがあり、個別交渉より業界共通の基盤を使うほうが、算定の継続性と比較可能性の両面で有利に働く。
結局のところ、下流3カテゴリの算定は技術的な計算問題ではなく、社外の相手から継続的に情報を受け取る仕組みをどう作るかという問題である。初年度は粗い推計で全体の構造を押さえ、重要性の高い部分について相手方との報告経路を一つずつ整えていく。この積み上げの履歴そのものが、開示における算定手法の説明の裏付けになる。
まとめ
Cat.10・13・14の重要性は業種によって大きく異なり、どの企業にとっても等しく重い論点というわけではない。しかし共通しているのは、いずれのカテゴリも自社の制御が及ばない第三者の活動を算定対象としている点である。販売した製品をさらに加工する取引先、リース資産を実際に使用するテナント、そして自らの裁量で店舗を運営する加盟店——いずれも自社が直接オペレーションを握っているわけではないため、排出量の実態を把握しようとすれば、必然的に相手方の協力が前提となる。
したがって、これら3カテゴリの算定において最大の関門となるのはデータ収集であり、その成否はサプライヤー・テナント・加盟店との協働をどこまで築けるかにかかっている。もっとも、最初からすべての取引先に一次データを求めるのは現実的ではない。まずは業種平均データを用いて全体像を把握し、そのうえで重要性の高い部分に絞ってサイト固有データへと精緻化していく段階的なアプローチが、実務上は有効に機能する。粗い解像度で全体を押さえてから、効果の大きい領域に労力を集中させるという順序である。
今後は、こうした段階的な精緻化をどこまで進められるかが、下流領域の排出量開示の信頼性を左右することになる。自社の外側にあるデータをいかに引き出し、取引先との関係のなかで継続的な報告の仕組みへと育てていけるか——企業のサプライチェーン・マネジメントの成熟度が、まさにこの点で試されることになるだろう。