分析記事 制度・ルール

低炭素鋼材の公共調達 — グリーン購入法などの調達基準に入ると、建設・インフラの鋼材選びは何が変わるか

(本稿の情報は2026年11月時点)

この記事の結論

  • 低炭素鋼材が公共工事で売れるかを決めるのは調達基準に「低炭素」と書かれることではなく、予定価格への増分コスト織り込みと総合評価落札方式の加点配分に数字が入ることである。
  • 基準の定義がマスバランス方式か製品別の実排出原単位かで有利な供給者が入れ替わるため、鋼材商社・建設会社は基準確定後ではなく定義議論の段階で品揃えを決めるのが合理的だ。
  • 公共調達の機能は需要量の確保ではなく、MRVの標準化とプレミアム価格の可視化にある。高炉転換投資を支える量は公共工事だけでは出ない。

低炭素鋼材は「作れるが売れない」状態が続いてきた。日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼所はいずれも低炭素プロセスによる鋼材のブランドを立ち上げ、供給能力の一部を確保している。しかし買い手が付かない。理由は単純で、建設・インフラの発注構造が最低価格を選ぶように設計されているからだ。

ここで公共調達が持ち出される。公共工事の発注者は、価格決定の制約が民間とは異質な主体群である。民間デベロッパーはテナント賃料や分譲価格に転嫁できない限りプレミアムを払えないが、公共側は予定価格に増分コストを織り込むという経路を持つ。転嫁先が市場価格ではなく予算であるという違いが、初期需要の受け皿としての期待につながっている。

ただし期待のかけ方にズレがある。公共調達は「高いものを買う」制度ではない。会計法第29条の3、地方自治法第234条第2項は一般競争入札を原則とし、予定価格の制限の範囲内で最低の価格をもって申込みをした者と契約することを基本に置く。価格以外の要素を評価する総合評価落札方式は、地方自治法施行令第167条の10の2などで法定された例外として後から整備された仕組みだ。環境配慮は、この例外の枠の中に接ぎ木されてきたに過ぎない。したがって低炭素鋼材が公共調達で売れるかどうかは、「環境に良い」という評価が入札制度のどこに、どの重みで配置されるかという、きわめて技術的な条文設計の問題になる。

低炭素鋼材のコスト増分と、工事費への影響の計算

まず、埋めるべき価格差の大きさを確認する。下表は粗鋼トンあたりの増分コストと、それが工事費に与える影響を、計算式を公開した上で示したものである。

計算式は単純だ。工事費影響率 =(増分コスト ÷ 鋼材価格)×(鋼材費が工事費に占める比率)。鋼材価格はトン10万円、鋼材費比率は鋼構造・鉄筋コンクリート造で15%(10〜20%のレンジの中位)を置いた。この前提で計算すると、増分コストが鋼材価格に対して何割かという比率が、そのまま工事費に対しては15分の数%として現れる。

プロセス 排出原単位の目安(t-CO2/t-steel) 増分コストの推計(円/t-steel) 鋼材価格比(%) 工事費影響の推計(%、鋼材費比率15%) マスバランス方式での提供
高炉・転炉(従来) 約1.8〜2.0 基準(0) 0 0 —
高炉での還元材比率調整・スクラップ多配合 約1.5〜1.8 5,000〜15,000 5〜15 0.8〜2.3 可(主要3社のブランドが該当)
電炉(再エネ電力・高級鋼対応) 約0.2〜0.4 10,000〜30,000 10〜30 1.5〜4.5 不要(物理的に低原単位)
水素直接還元+電炉 約0.1〜0.5 30,000〜80,000 30〜80 4.5〜12.0 商用段階では不要
高炉+CCUS 約0.5〜1.0 20,000〜60,000 20〜60 3.0〜9.0 可(回収分の割当)

出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)

増分コストの推計は、水素価格を2030年前後に想定される1Nm3あたり30円前後、再エネ電力を1kWhあたり10円台前半、CCUSコストをt-CO2あたり1万円台という前提を置いた場合の幅である。排出原単位は国内外の鉄鋼業の公表レンジと、IEAが示す技術別の水準(2020年の鉄鋼ロードマップ以降、各年の技術見通しで更新されている)に基づく中位値を用いた。どれも商用実装前の技術については不確実性が大きく、水素価格が想定の2倍になれば水素還元の増分コストはトン10万円を超える。

なお、鉄筋や一般形鋼では電炉材が標準品であり、高炉材を基準に「増分」を測る枠組み自体が当てはまらない。スクラップ市況によって電炉材が高炉材より安い局面も恒常的に生じる。系統電力による通常の電炉材を低炭素鋼材のプレミアム商品として売る戦略は、建築用鋼材の実勢価格の前では成立しにくい。

この計算が示すのは、従来の整理で想定されてきたより価格インパクトが大きいという事実だ。鋼材費比率15%の前提では、還元材比率調整のレベルでも工事費は0.8〜2.3%上がる。水素還元に至れば4.5〜12.0%だ。工事費1%未満で済むという想定は、鋼材費比率を5%以下に見積もるか、増分コストをトン数千円に抑える場合にしか成り立たない。つまり「電炉材なら民間でも呑める、革新プロセスだけが公共調達を要する」という二段構えの整理は粗すぎる。低炭素鋼材のプレミアムは、どのプロセスであっても民間発注者の採算に対して無視できない大きさで効く。公共調達に求められるのは革新プロセスの初期需要だけではなく、プレミアムという価格概念そのものを市場に定着させる役割である。

グリーン購入法の構造 — 鋼材は特定調達品目のどこにいるか

グリーン購入法(国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律)は、国と独立行政法人等に環境物品等の調達を義務付け、地方公共団体には努力義務を課す。実際の基準は「環境物品等の調達の推進に関する基本方針」に定められ、例年2月前後の閣議決定で見直される。公共工事分野は独立した分野として立っており、資材・建設機械・工法・目的物という区分で品目が規定されている。

鋼材に関係する品目の性格を整理する。以下は2025年度基本方針の品目体系に基づく整理であり、2026年度の改定内容は原文の確認が前提になる点に留意されたい。

品目の例 分野区分 判断基準の性格 低炭素プロセスの評価
鉄鋼スラグ製品(高炉スラグ骨材・製鋼スラグ路盤材等) 公共工事・資材 副産物の有効利用 製鉄プロセスのCO2は対象外
鋼製仮設材・鋼製型枠等の再使用 公共工事・工法/資材 繰り返し使用 製造時排出の低減は副次的
構造用鋼材そのもの(H形鋼・鉄筋等) 品目としての独立性は弱い — 排出原単位による基準は未確立

出典:Climate tech news(CTJPN)整理(グリーン購入法基本方針の品目体系に基づく)

ここから読める制度的事実は二つある。第一に、グリーン購入法の鋼材関連基準は歴史的に「リサイクル」の文脈で組み立てられてきた。スラグの有効利用、繰り返し使用といった基準は、製鉄プロセスそのもののCO2を測る設計になっていない。排出原単位(t-CO2/t-steel)でしきい値を引く基準は、構造用鋼材については確立していない。物品分野では再生材比率による基準が品目ごとに精緻に整備されているのに、公共工事の構造用鋼材では製造時排出を測る基準自体がないという非対称が残っている。

第二に、公共工事分野の扱いが物品調達より弱い。物品であれば国の機関は基本方針の判断基準を満たすものを調達する義務を負うが、公共工事については目的物・工法・資材の選択が設計と現場条件に強く依存するため、基本方針も「可能な範囲で」という性格の規定にとどまる部分が残る。鋼材営業がグリーン購入法を頼りにしすぎて空振りするのは、ここを読み違えるからだ。品目として載ることは受注の必要条件ですらなく、実際の回路は別にある。

「低炭素」の定義が勝者を決める — 三つの分岐点

調達基準に低炭素鋼材を書き込むとき、定義の仕方には大きく三つの分岐がある。どれを採るかで、同じ「グリーンスチール優遇策」が全く別の産業政策になる。

分岐の第一はマスバランス方式を認めるかどうかである。マスバランス方式は、製鉄所全体に投入した低炭素還元材やスクラップによる削減効果を、特定の製品ロットに割り当てて販売する考え方だ。日本製鉄のNSCarbolex Neutral、JFEスチールのJGreeX、神戸製鋼所のKobenable Steelはいずれもこの系統に属し、各社が公表資料でマスバランス法の採用を明示している。これを認めると、既存の高炉設備から即座に供給可能な「低炭素鋼材」が生まれ、高級鋼・厚板・大型形鋼まで含めて供給量が一気に立ち上がる。一方で、物理的には同じ鉄に別のラベルを貼っているだけという批判を避けられない。公共調達に使う場合、住民や議会に対して「税金で割り増しを払った対価は何か」を説明する負担が発生する。

第二は製品あたりの実排出原単位でしきい値を引く方式である。この場合、電炉材と再生鋼材が構造的に有利になる。スクラップ主体の電炉は原単位が高炉の数分の一であり、再エネ電力を組み合わせればさらに下がる。高炉系は水素還元やCCUSの商用実装まで基準を満たせない。国内の電炉メーカー、とりわけ建築用鋼材を主力とする各社にとっては追い風だが、電炉では作りにくい品種を使う橋梁・大断面の鋼構造では供給制約が生じる。

第三は削減率ベースか絶対水準ベースかという分岐だ。自社ベースラインからの改善率で評価すると、もともと排出が多い事業者が有利になり、すでに低排出の電炉メーカーは評価されにくい。業界共通の絶対しきい値を使えばこの歪みは消えるが、品種ごとにしきい値を設定する作業負荷が重く、しきい値の水準そのものが政治的な交渉対象になる。

定義の方式 有利になる供給者 必要なMRV水準 供給量の立ち上がり 説明責任の重さ
マスバランス方式を認める 高炉系大手(全品種) 第三者検証付きの割当ルール+台帳 速い(既存設備で即日) 重い(物理削減との乖離)
実排出原単位のしきい値 電炉・再生鋼材 製品別EPD/ISO 14067相当のLCA 中(品種に制約) 軽い(物理量で説明可)
削減率ベース 高排出事業者 事業者別ベースラインの検証 速い 重い(相対評価の恣意性)
絶対水準ベース 低原単位の事業者全般 品種別しきい値+製品別LCA 遅い(基準策定に時間) 軽い

出典:Climate tech news(CTJPN)整理

有利不利は明確だ。マスバランス方式が採用されれば高炉系が勝ち、実排出原単位が採用されれば電炉系が勝つ。日本の鉄鋼業は高炉系大手が生産量の大半を占めるため、供給量を早く立ち上げたい政策側はマスバランス方式に傾きやすい。他方、公共調達は税金の使途として物理的な削減量を示す圧力を受けるため、実排出原単位に傾く力も働く。現実的な着地点は、公共工事の仕様書レベルでは実排出原単位による裾切り、総合評価の加点レベルではマスバランス方式も含めて認めるという二層構造になる可能性が高い。鋼材商社は自社の扱い品がこの二層のどちらで戦えるかを先に判定しておかないと、基準確定後に在庫と調達網を組み替える羽目になる。

プレミアムを公共側に負担させる四つの回路

公共調達でプレミアムを回収する経路は四つある。負担者もリスク構造も違う。

回路 実質的な負担者 プレミアムの参照水準 必要書類 不成立・不調リスク
仕様書への最低基準書き込み 発注者(予定価格に織り込み) 前掲表の増分コスト全額(鋼材価格比5〜80%) 材料証明・EPD・検証報告 高(供給者が限られる)
総合評価落札方式の加点 落札者(価格競争で部分的に吸収) 発注者ごとの配点次第で換算額は桁で変わる 技術提案書・LCA算定根拠 低
設計段階での材料指定とLCA算定要求 発注者+設計者 設計変更余地次第 設計計算書・材料ライフサイクル評価 中
需要創出型の支援(差額補填・長期契約) 国(予算) 増分コストの大部分 排出量の事前・事後検証 低(ただし予算制約)

出典:Climate tech news(CTJPN)整理(プレミアム水準は前掲の増分コスト表を参照)

仕様書への書き込みは最も確実だ。全入札者に同じ条件が課されるため競争の土俵が揃い、増分コストは予定価格に反映される。ここが成立すれば低炭素鋼材は「選ばれる商品」から「使わなければ応札できない部材」に変わる。ただし供給者が数社に限られる品種で最低基準を課せば、入札不成立や特定社への実質的な指名に近い状態が生じる。だから発注者は供給能力の裏付けがない限り仕様書に書けない。鶏と卵の関係がここで最も鋭く出る。

総合評価落札方式の加点は、最も現実的な第一歩である。技術評価点に低炭素材料の使用を加えると「CO2 1トン削減あたり何点」という交換レートが生まれ、それが事実上の炭素価格として機能する。ただし換算額の水準は一般化できない。加算方式か除算方式か、技術点の配点と価格点の配分がどうかによって、評価点1点に相当する入札価格は桁で変わる。逆にいえば、発注機関ごとの配点表を読めば、受注者が払える上限プレミアムが逆算できる。鋼材営業がゼネコンに提案するとき、持っていくべき資料は環境パンフレットではなく、その発注機関の配点を使った逆算の計算書だ。

設計段階の材料指定とライフサイクル排出算定の要求は、効き始めるまで時間がかかるが効果が持続する。設計基準や標準仕様書にライフサイクル排出の算定義務が入れば、材料選択の判断材料として排出原単位が常に卓上に乗る。国土交通省では建築物のライフサイクルカーボン算定に関する検討が進んでいるが、公共建築工事標準仕様書への算定義務の明記は2026年11月時点で確認できていない。

第四の回路、需要創出型の支援は規模が最も大きい。増分コストの大部分を国が負担する契約型支援は、長期脱炭素電源オークションが電源で実現した構造の鋼材版にあたる。経済産業省の産業構造審議会の関連部会では、GX製品の需要創出策として公共調達での優遇やグリーン鋼材の市場形成が検討課題に挙がってきた。ただし鋼材向けの差額補填型(CfD型)の需要側支援が2026年11月時点で予算措置として成立しているかは確認できていない。グリーンイノベーション基金による水素還元製鉄の技術開発支援は供給側の支援であり、需要側の価格差を埋める仕組みは別の設計を要する。ここが入れば工事費影響が数%に及ぶプロセスにも道が開く。

海外の先行例 — Buy Clean California が示した運用コスト

米国カリフォルニア州のBuy Clean California Actは、州の公共事業で使用する構造用鋼材(carbon steel rebar、structural steel)、フラットガラス、ミネラルウール断熱材の4カテゴリについて、製品別のEPD(環境製品宣言)の提出と、州が設定した最大許容GWP(地球温暖化係数)の遵守を求める。州法として運用が定着しており、制度設計の分析対象として参照価値が高い。

この先行例から日本が学べるのは、制度の形ではなく運用コストの大きさである。EPDベースのしきい値方式は、製品ごとの第三者検証済みLCAを前提とする。日本では建設材料分野のEPD発行数が限られており、しきい値方式をそのまま導入すれば検証体制の不足がボトルネックになる。しきい値の水準設定も難しい。業界平均値を基準にすると半数が自動的に適合して削減効果が薄まる一方、厳しくしすぎると適合品が消える。カリフォルニアは業界平均値を出発点として段階的に引き下げる運用を採った。

もう一つの示唆は、しきい値方式が実質的にマスバランス方式を排除する点だ。EPDは製品の物理的なライフサイクル排出を示す文書であり、現行の多くのEPDプログラムの算定ルールでは、帳簿上の割当によって数値が下がらない。米国型の制度を輸入すると、高炉系のマスバランス製品は公共調達の対象外になる。日本の供給構造を考えると、この帰結を無自覚に受け入れることはできない。制度の設計思想として、EPDベースのしきい値とマスバランス方式は両立しないという点は、米国の政策環境の変動とは無関係に成り立つ論理である。

課題・反論・代替視点

公共調達が低炭素鋼材の最初の市場になるという見立てには、いくつかの反論が成り立つ。

最大の反論は規模である。国内向け普通鋼鋼材需要のうち建設用(建築+土木)が占める比率は概ね3割前後で推移しており、そのうち公共工事が占める部分の鋼材消費量を公表統計から直接把握することは難しい。国土交通省の建設投資見通しでは建設投資のうち政府投資は概ね4割前後だが、土木と建築で鋼材原単位が異なるため、投資額比率をそのまま鋼材消費比率に置き換えることはできない。確実に言えるのは、製鉄所の高炉一基を水素還元に転換する投資判断を支えるには、公共調達の需要量が小さすぎるということだ。公共調達の役割は量の確保ではなく、価格のベンチマークとMRVの標準を作ることにある。この区別を曖昧にしたまま「公共調達が需要を作る」と言うと、政策の効果を過大評価する。

次に、プレミアムを公共側に負担させることの正当性への反論がある。前掲の試算では還元材比率調整でも工事費が0.8〜2.3%、水素還元では4.5〜12.0%上がる。同じ予算で整備できるインフラ量はその分減る。舗装延長や橋梁の更新本数が減ることの社会的損失と、削減されるCO2の価値を比べる計算は、現状ほとんど行われていない。ここで比較の基準になるべき炭素価格だが、GX-ETSにおける参照可能な市場価格水準や有償オークションの落札価格を、公共調達の削減コスト評価に直接使える形で参照することは2026年11月時点では難しい。参照値が確立していないため、「削減コストが炭素価格を上回るか」という比較自体が成立しにくい。この比較基準の不在こそが、公共調達の経済合理性を議会や住民に説明するときの最大の弱点になる。

マスバランス方式への批判も、単純に退けられない。帳簿上の割当は、特定の顧客に削減効果を売ると他の顧客の製品の排出が相対的に上がる。全体の排出量は変わらない。公共が税金でこれを買う場合、「追加的な削減が生じたか」という問いに答える必要が出る。マスバランス方式の擁護論は、プレミアム収入が設備転換の投資回収を助けるという動的な効果に依拠するが、その因果を事後に検証する仕組みはまだ弱い。

代替視点として、鋼材そのものの低炭素化より、使用量の削減を評価する設計のほうが費用対効果が高い可能性がある。構造最適化、高強度鋼の採用、既存構造物の長寿命化は、鋼材トン数を減らすことで排出を下げる。総合評価で材料の原単位だけを加点すると、鋼材を多く使う設計が不利にならない。評価の単位を「t-CO2/t-steel」ではなく「構造物あたりの総排出量」に置き直すと、勝つ提案の中身が変わる。工事費影響が数%に達する増分コストを前提にすれば、使用量を10%減らすほうが安く確実な削減になる場面は少なくない。

日本市場・日本企業への示唆

日本で米国型のしきい値方式をそのまま導入できない理由は三つある。供給構造が高炉系に偏っていること、建設用鋼材のEPD整備が遅れていること、そして公共工事の発注が国・都道府県・市町村に分散し、基準を揃える主体がいないことだ。グリーン購入法の基本方針は国の機関を拘束するが、地方公共団体には努力義務にとどまる。鋼材需要の多い自治体発注工事に基準を及ばせるには、国の基本方針以外の経路を使うしかない。

したがって日本での現実的な進み方は、国土交通省の総合評価落札方式の評価項目に低炭素材料の加点を入れ、その設計を自治体が参照するという順序になる。環境配慮やCO2削減を評価項目に含む試行は一部の発注機関で始まっており、焦点は試行の存在ではなく、標準的な評価項目として配点が定着するかである。鋼材営業が張るべき先は、グリーン購入法の品目追加ではなく、発注機関ごとの総合評価の評価項目表と加点配分だ。ここに項目が入った瞬間から、ゼネコンの技術提案担当は加点を取るための材料を探し始める。その時点で材料証明と排出量算定根拠を揃えて提示できる商社だけが指名される。

鋼材商社と建設会社に推奨されるのは、定義の三分岐それぞれに対応する品揃えを持つことだ。マスバランス方式が通る案件では高炉系のブランド鋼材、実排出原単位が問われる案件では電炉材と再エネ電力由来の製品、構造物あたりの総排出で評価される案件では高強度鋼による使用量削減の提案。この三つを別々の商品として整理し、案件ごとに出し分けられる体制が、加点競争での勝率を決める。

自治体の調達担当には、仕様書に低炭素要件を書き込む前に、地域の供給者が何社あるかを確認する作業が要る。供給者が一社しかない要件を書けば、競争性を欠く調達として監査の対象になりうる。総合評価の加点から始め、供給者が複数確保できた品種から段階的に仕様書へ移す運用が現実的だ。

CFOの視点では、低炭素鋼材のプレミアムは公共案件での受注確率として回収される。加点1点の価格換算額が分かれば、プレミアムを払って加点を取る行為の期待値を計算できる。この計算を社内の見積ルールに組み込めるかどうかが、グリーンプレミアムを損失ではなく投資として扱えるかの分かれ目になる。

まとめ

低炭素鋼材の公共調達は、制度文書に「低炭素」という語が入ったときに動き出すのではない。動き出すのは、予定価格に増分コストが織り込まれ、総合評価の加点表に点数が書かれ、その点数が入札価格に換算できるようになったときである。グリーン購入法は鋼材についてリサイクルの文脈で作られた基準体系を持ち、製鉄プロセスの排出を評価する設計になっていない。公共工事分野の規定が努力義務的な性格を残すことも合わせると、品目追加を待つ戦略は時間を失う。

価格インパクトの大きさは、従来想定されてきたより大きい。鋼材価格トン10万円、鋼材費比率15%という前提の試算では、高炉での還元材比率調整でも工事費影響は0.8〜2.3%、水素還元では4.5〜12.0%に達する。この水準は民間発注者の採算にとって無視できず、同時に公共側にとっても整備量の減少という形で跳ね返る。にもかかわらず削減コストと比較すべき炭素価格の参照値が確立していないため、公共調達の経済合理性を説明する枠組みが未整備のまま残っている。ここを埋めない限り、議会や住民への説明は「環境に良いから」という水準を超えられない。

定義の設計が勝者を決めるという構図は、鋼材業界の誰にとっても他人事ではない。マスバランス方式が認められれば高炉系の既存設備から供給が立ち上がり、実排出原単位でしきい値が引かれれば電炉材と再生鋼材が市場を取る。公共調達は税金の使途としての説明責任を負うため物理的な削減量に傾きやすく、他方で供給量の確保を優先する政策判断はマスバランス方式を許容しやすい。二つの力が働く結果、仕様書レベルでは原単位による裾切り、加点レベルではマスバランス方式も認める二層構造に落ち着く可能性が高い。公共調達の本当の機能は、MRVの標準を作り、プレミアムの価格を社会に見せることにある。価格が見えれば民間の発注者も交渉できるようになり、削減コストの相場が形成される。2027年から2028年にかけて、国土交通省の総合評価における低炭素材料の評価が試行から標準的な配点項目へ移るか、そして経済産業省の需要創出策が差額補填型の長期契約として予算化されるかが、グリーンスチールが商品として成立するかどうかの分水嶺になる。


主要出典

  • 環境省「国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律(グリーン購入法)」および「環境物品等の調達の推進に関する基本方針」(公共工事分野・資材の特定調達品目および判断基準) — https://www.env.go.jp/
  • 経済産業省 産業構造審議会 関連部会資料(鉄鋼分野の脱炭素化、GX製品の需要創出策および公共調達での優遇に関する検討) — https://www.meti.go.jp/
  • 国土交通省「公共工事における総合評価落札方式の運用に関するガイドライン」および建設分野の脱炭素化・建築物のライフサイクルカーボンに関する施策資料、「建設投資見通し」 — https://www.mlit.go.jp/
  • IEA「Iron and Steel Technology Roadmap」(2020年公表)および各年次の技術見通し(技術別の排出原単位およびコスト推計) — https://www.iea.org/
  • GXリーグ事務局「GX-ETS」関連資料(排出量取引制度の枠組みと価格形成に関する公表情報) — https://gx-league.go.jp/
  • 一般社団法人日本鉄鋼連盟 公表資料(鉄鋼需給の推移、用途別出荷構成、カーボンニュートラル行動計画) — https://www.jisf.or.jp/
  • California Department of General Services「Buy Clean California Act」実施要領および Eligible Materials の最大許容GWP一覧 — https://www.dgs.ca.gov/
  • 日本製鉄「NSCarbolex Neutral」、JFEスチール「JGreeX」、神戸製鋼所「Kobenable Steel」各社公表資料(マスバランス法による低炭素鋼材の提供スキーム)

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