(本稿の情報は2026年10月時点)
この記事の結論
- 省エネ法・温対法SHK制度・GHGプロトコル準拠系の開示で排出量がずれるのは制度設計上の正常な結果であり、数字を一致させる作業はどれかの制度の趣旨を壊す。
- 社内で基準値を1つ決め、各制度値への換算表と差異理由を文書で残せば、保証対応の往復回数と開示訂正リスクが同時に下がる。
- 保証対象が有価証券報告書のScope1・2になる企業では、GHGプロトコル準拠の連結値を基準値に置く型が整合コストの面で有利だ。
開示レビューの最初の15分で、ほぼ必ず同じ質問が出る。「この数字は、どの制度のものですか」。
有価証券報告書のサステナビリティ情報に載るScope1・2、統合報告書のグラフ、CDP回答の排出量設問、省エネ法の定期報告書に書いたエネルギー使用量、温対法に基づく温室効果ガス算定排出量報告書——同じ年度、同じ事業所群から出てきた数字が、揃っていない。経理の数字なら不一致は事故だ。だが排出量では、不一致そのものは事故ではない。事故になるのは、なぜ違うのかを社内で誰も説明できないときである。
ここで「3つ」と数えるのは、算定の土台で分類したときの数である。有価証券報告書のサステナビリティ情報は法定開示、統合報告書とCDPは任意開示という性質の違いがあるが、算定の土台はいずれもGHGプロトコルのコーポレート基準に揃う。以降はこの3者をまとめて「GHGプロトコル準拠系」と呼び、省エネ法の定期報告、温対法SHK制度の報告と並べて3系統として扱う。論点は「どの制度が正しいか」ではない。3系統あることを前提に、社内でどれを正とし、残りをどう派生させ、差分をどう残すかという設計の問題だ。
ずれの発生源を4層に分解する — 境界・活動量・係数・時間軸
差異を「なんとなく違う」で済ませている限り、保証機関からの質問は毎年同じ場所で止まる。発生源は4つの層にきれいに分かれる。
組織境界が第1の層である。省エネ法はエネルギー使用の合理化を見る法律で、特定事業者が事業者単位でエネルギー使用量を把握し、定期報告書の中で工場・事業場ごとの内訳を記載する(2008年改正で工場単位から事業者単位の規制に再編された)。温対法のSHK(算定・報告・公表)制度は特定排出者を対象に、事業所ごとの報告と事業者単位の集計を併存させる。GHGプロトコル準拠系はコーポレート基準に従い、支配力基準または出資比率基準で連結範囲を決める。持分法適用会社、賃借しているテナント区画、共同出資の発電設備——この3つの境界定義は、そもそも一致するように作られていない。
活動量の定義が第2の層になる。省エネ法は燃料・熱・電気を熱量(GJ)に換算し、原油換算キロリットル(1kl=38.2GJ)に統一するため、熱量換算係数が入る。SHK制度は燃料種別の使用量に排出係数を乗じる。GHGプロトコル準拠系では、リース設備の帰属が判定の分かれ目になりやすい。GHGプロトコルのリース区分(finance/capital lease と operating lease)は会計基準の区分とは独立した体系であり、日本では2027年4月1日以後開始する事業年度から新リース会計基準が適用され、従来のオペレーティングリースも原則オンバランス化される。会計上の処理が変わってもGHGプロトコル上の帰属判定が自動的に変わるわけではなく、帰属は組織境界の基準(支配力基準か出資比率基準か)と運営上の支配の有無を合わせて判断することになる。会計とGHGで判定根拠を別に文書化しておかないと、同じ車両や建物がScope1なのかScope3カテゴリ8なのかで毎年議論が再発する。
排出係数が第3の層で、実務上いちばん大きい。電力の排出係数ひとつで、SHK制度の電気事業者別の基礎排出係数、同じく調整後排出係数、全国平均係数、マーケット基準(契約証書に基づく係数、非化石証書やJ-クレジットの反映後)、ロケーション基準(系統平均)が並立する。SHK制度では調整後排出係数に非化石証書等の効果が反映される一方、GHGプロトコルのScope2ガイダンスはロケーション基準とマーケット基準の両方の報告を求めている。同じ電力使用量から3つ以上の数字が機械的に生まれる構造だ。
時間軸が第4の層である。排出係数の確定公表と各制度の提出期限はずれる。前年度係数が間に合わず暫定値で提出し、後から確定値で開示値を更新する——この更新を記録していない企業が、翌年の時系列比較で説明に詰まる。
| 層 | 差異の要因 | 省エネ法 | 温対法SHK | GHGプロトコル準拠系 | 差異への寄与度(試算) |
|---|---|---|---|---|---|
| ①組織境界 | 連結・持分・リースの扱い | 事業者単位(エネルギー使用に着目) | 特定排出者の事業所/事業者単位 | 支配力基準または出資比率基準の連結 | 45〜50% |
| ②活動量 | 熱量換算・実測・テナント按分 | 原油換算klに統一 | 燃料種別使用量 | GHGプロトコルの活動量定義 | 10〜15% |
| ③排出係数 | 公表係数/調整後/市場基準 | エネルギー量が主 | 基礎・調整後排出係数 | ロケーション基準+マーケット基準の併記 | 35〜40% |
| ④時間軸 | 係数確定と提出期限のずれ | 年度区切り・定期報告期限 | 年度区切り・報告期限 | 決算期・保証スケジュール | 3〜5% |
出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)
寄与度は、差異の絶対値の合計を100%としたときの内訳として試算した値である。前提は、電力使用比率が高い非製造業で、連結子会社を複数持ち、うち一部が海外拠点であるという企業像だ。この前提では、差異の8割前後が組織境界と排出係数の2層に集中する。業種を変えても、この2層が上位を占める構造は大きく動かない。逆に言えば、境界と係数の2点を言語化した文書があれば、保証対応の質問リストはほぼ埋まる。活動量と時間軸は、そこが固まった後の微調整に過ぎない。
3系統が要求している「正しさ」は別物である
数字を一致させようとする前に、各制度が何を測ろうとしているかを確認したい。目的が違えば、最適な算定も違う。
省エネ法(経済産業省・資源エネルギー庁)の軸はエネルギー使用の合理化である。中長期計画と定期報告を通じて、エネルギー消費原単位の改善と非化石エネルギーへの転換の進捗を見る設計だ。工場等判断基準(経済産業省告示)では、中長期的にエネルギー消費原単位を年平均1%以上低減することが事業者の努力目標として置かれている。罰則付きの絶対義務ではなく、判断基準としての目標である点が実務上の性格を決めている。ここで問われているのはCO2総量ではなく、エネルギー効率と燃料構成だ。だから省エネ法の数字は、連結子会社の海外拠点を含まない。国内のエネルギー使用を国として管理する仕組みである。
温対法のSHK制度(環境省・経済産業省)は、国の温室効果ガス排出量の集計と公表、政策評価を目的とする。算定方法が法令と関連告示で固定されているのは、事業者間の比較可能性と集計の整合性を担保するためだ。企業が「当社の実態をより正確に表す係数」を自由に使える余地は小さい。固定されていることが制度の価値である。
GHGプロトコル準拠系は、投資家の意思決定情報としての比較可能性を求める。サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2025年3月に公表したサステナビリティ開示基準(適用基準、一般開示基準、気候関連開示基準)は、IFRS S2と整合する形でGHGプロトコルのコーポレート基準に従ったScope1・2・3の開示を定めている。ただしScope3については、IFRS S2と同様に適用初年度の開示を要しないなどの経過措置が置かれており、初年度からScope3が全カテゴリ出てくる前提で設計すると実務が合わない。連結財務諸表の範囲と整合した組織境界が前提になるのは、財務情報との接続を重視するからだ。CDPも回答ガイダンスでGHGプロトコル整合を前提に、Scope2のロケーション基準・マーケット基準の双方を尋ねる構成になっている。
| 項目 | 省エネ法 定期報告 | 温対法 SHK報告 | GHGプロトコル準拠系(有報・CDP等) |
|---|---|---|---|
| 主目的 | エネルギー使用の合理化・非化石転換 | 国の排出量集計と公表 | 投資家向け比較可能性 |
| 組織境界 | 国内の事業者単位 | 国内の特定排出者 | 連結(支配力または出資比率) |
| 対象 | エネルギー使用量が中心 | エネルギー起源CO2+非エネ起源+その他ガス | Scope1・2・3(CO2e) |
| 電力係数 | エネルギー量ベース | 基礎・調整後排出係数 | ロケーション基準+マーケット基準 |
| 海外拠点 | 含まない | 含まない | 含む |
| 第三者保証 | 法令上の要求なし | 法令上の要求なし | 有報開示に伴う保証の対象になり得る |
| 提出先 | 主務大臣(経済産業省等) | 事業所管大臣・環境省 | 金融庁(有報)/CDP等 |
この表を一度作れば、「なぜ数字が3つあるのか」という質問には答えられる。制度値を無理に一致させる作業は、どれかの制度の趣旨を壊す。海外拠点を省エネ法の数字に足し込めば、報告様式が想定していない値になり報告として成立しない。SHKの調整後排出係数をマーケット基準の開示にそのまま流用すれば、個別の証書購入の効果が見えなくなる。一致させないことが正解である。
社内で「正」を1つ決める — 基準値の選び方と3つの型
ここが本題だ。3系統あることを認めた上で、社内の意思決定と外部説明の起点になる値を1つ決める。これを基準値(マスター値)と呼ぶ。基準値がないまま各制度の担当者が別々にデータを集めると、集計ロジックが部署ごとに分岐し、差異が説明不能になる。
GHGプロトコル準拠の連結値を基準値に置く型(a型)は、開示側の数字を上流に据え、省エネ法値・SHK値をそこからの派生として算出する。連結財務諸表の範囲と揃うため、有価証券報告書のサステナビリティ情報と財務情報の接続が自然になる。連結範囲の前提を財務情報と共有できるぶん、保証人への説明が財務側の説明と重複しにくいという運用上の利点もある。保証業務と財務諸表監査は基準も独立性要件も別物であり、手続そのものが共用されるわけではないが、境界の説明コストは下がる。
温対法SHK値を基準値に置く型(b型)は、法令で算定方法が固定されている値を起点にする。製造業で国内拠点が売上の大半を占め、エネルギー管理と排出管理が同一部署にある企業では、データ収集の二重化が起きにくい。ただし海外拠点と関連会社を上乗せする調整が開示側に積み上がる。
内部管理用の独自境界値を基準値に置く型(c型)は、内部カーボンプライシング(ICP)や投資判断に使う管理会計上の境界(事業部別、設備別など)を起点に、全制度値を派生とする。経営管理との接続は最も強いが、外部の誰も検証できない値が上流に来るため、保証では独自境界から制度境界への橋渡しを毎回説明することになる。
| 型 | 基準値 | 向く企業像 | 整合コスト | 保証適合性 | 主な弱点 |
|---|---|---|---|---|---|
| a型 | GHGプロトコル準拠の連結値 | 海外比率が高い/有報で保証を受ける | 低 | 高 | 国内制度値の派生計算が別途必要 |
| b型 | 温対法SHK算定値 | 国内製造拠点中心/エネ管理と排出管理が同一部署 | 中 | 中 | 海外・関連会社の上乗せが開示側に集中 |
| c型 | 内部管理用の独自境界値 | ICPを運用/事業部別P/L管理が強い | 高 | 低〜中 | 上流の値が外部検証不能で説明負荷が重い |
出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文。整合コストと保証適合性は定性評価)
判断軸は3つに絞れる。保証を受ける範囲、ICPや投資判断に使う値、開示の継続性だ。CTJPNの整理では、保証対象が有価証券報告書のScope1・2になる企業ではa型の整合コストが最も低い。保証人が検証する値そのものが上流にあるため、差異説明の方向が「基準値→制度値」の一方向に揃うからである。b型は国内単一事業の企業では運用負荷が軽いが、海外M&Aを一度実行すると調整行が急増し、a型への移行コストを後から払うことになる。c型を上流に置くのは、ICPによる投資判断が実際に稟議を動かしている企業に限るのが現実的だ。
換算表(ブリッジテーブル)の実装 — 差異理由を残す様式
基準値を決めたら、各制度値への橋渡しを加減算の行として残す。財務の連結精算表と同じ発想である。行ごとにtCO2e(またはt-CO2)と根拠文書の参照を置き、金額は置かない。
| 行 | 調整内容 | 数値(tCO2e) | 根拠文書 |
|---|---|---|---|
| 1 | 基準値(連結Scope1+2、マーケット基準。出資比率基準で関連会社の持分相当を含む) | 100,000 | 集計システム出力 |
| 2 | − 海外拠点分 | △18,000 | 拠点別集計表 |
| 3 | − 関連会社の持分按分分 | △4,000 | 連結範囲一覧 |
| 4 | + 賃借テナント区画(SHK上は算定対象) | +2,500 | 賃貸借契約・按分根拠 |
| 5 | + 係数差(マーケット基準→SHK調整後排出係数) | +6,500 | 電気事業者別排出係数・証書購入明細 |
| 6 | + 非エネルギー起源CO2・その他ガス | +3,000 | 工程排出算定シート |
| 7 | 温対法SHK報告値(行1〜6の合計) | 90,000 | 算定排出量報告書 |
出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)
数値は様式を示すための架空の例である。基準値を出資比率基準で組む前提にしたため、行3で関連会社の持分相当を控除する構成になっている。支配力基準を採る企業ではこの行自体が不要になり、代わりに非支配株主持分の扱いを注記する形になる。どちらの基準を採ったかを行1に書いておかないと、翌年の担当者が控除の意味を読み取れない。
重要なのは構造だ。基準値10万tCO2eとSHK報告値9万tCO2eの差1万tCO2eが、行2から行6の5行の加減算で説明されている。保証対応で問われるのは最終値の正確さだけではない。「なぜ違うのか」に即答できるかどうかが、質問の往復回数を決める。この表があれば、第5行の係数差6,500tCO2eについて証書購入明細を出すだけで済む。なければ、担当者が記憶を頼りに再現作業を始める。
運用で効くのは3点ある。第一に、行の構成を年度間で固定することだ。行が毎年変わると時系列比較ができず、保証機関は前年の作業を流用できない。各行に責任部署を紐づけることも効く。海外拠点行は経営企画、係数差行は調達、工程排出行は生産技術という形で担当が明示されていれば、差異の問い合わせが総務部門で滞留しない。暫定係数で提出した年度の更新履歴を同じ表に残すことも外せない。確定係数への差し替えを注記せずに開示値だけ変えると、翌年の時系列整合で訂正扱いになる危険がある。
換算表の整備は経済的にも報われる。保証の工数が読めるようになれば保証報酬の見積りが安定し、CDP質問書で問われる第三者検証関連の設問にも、回答根拠を探し直さずに答えられる。資本コストへの直接的な効果を数値で示すのは難しいが、開示訂正を一度出した企業が投資家説明に費やす時間を考えれば、換算表の整備コストは安い。
課題・反論・代替視点
この設計には弱点がある。
最大の反論は「基準値を1つに決めると、制度ごとの最適化ができなくなる」というものだ。たしかにa型を採った企業では、省エネ法の原単位改善を見るためのデータが基準値から直接取れず、別系統の集計を維持することになる。省エネ法はエネルギー量(原油換算kl)で管理する制度で、CO2換算の連結値からは逆算できない。基準値を1つにしても、データの収集点は複数残る。基準値の統一は「集計の統一」ではなく「説明の起点の統一」だという理解が前提になる。
換算表の整備コストが中堅企業には重いという批判も成り立つ。連結子会社が3社程度で海外拠点がない企業なら、差異は電力係数とテナント按分にほぼ集約され、換算表は2〜3行で済む。この場合は専用の様式を作るより、既存の算定シートに差異メモ欄を足すほうが合理的だ。ここで示した枠組みが効くのは、連結範囲が複雑か、有報で保証を受けるか、どちらかの条件を満たす企業である。
制度側が収束していくという見方も検討に値する。SSBJ基準の適用により開示の算定基盤がGHGプロトコルに揃えば、開示系の数字が事実上の社内標準になり、制度値との差異が整理されていく方向はありうる。ただし省エネ法と温対法は国内のエネルギー政策・排出政策の執行手段であって、投資家向け開示に歩み寄る動機が制度側に乏しい。収束を待つ前提で設計するのは危うい。
基準値をマーケット基準に置くことへの異論もある。証書や再エネ契約の効果を上流に織り込むと、物理的な排出実態が基準値から見えなくなる。実務的には、基準値をマーケット基準とロケーション基準の両建てで持ち、削減施策の評価にはロケーション基準を使う運用が妥当だ。GHGプロトコルのScope2ガイダンスが両方の報告を求めているのは、この問題を基準側も認識しているからである。
寄与度の試算そのものにも限界がある。組織境界と排出係数に8割前後が集中するという整理は、電力使用比率が高く海外子会社を持つ企業像を置いた試算であって、工程排出が支配的な素材産業では非エネルギー起源の算定方法が差異の主因になりうる。自社の実データで一度分解してみることが、他社の内訳をそのまま信じるより確実だ。
日本市場・日本企業への示唆
日本企業の固有条件は、省エネ法と温対法という2つの国内制度が、投資家向け開示とは別系統で長く運用されてきたことにある。欧州企業がCSRD対応で開示基準に一元化していく過程をそのまま持ち込めない理由はここにある。EUではESRS E1が開示要求の中心に座り、加盟国の既存報告制度との二重化が相対的に小さい。日本では省エネ法が1979年の法制定以来の実務の積み上げを持ち、工場のエネルギー管理者が現場の主体になっている。この蓄積を開示部門の都合で組み替えるのは現実的ではない。
したがって日本企業に合うのは、制度値を温存したまま基準値を1つ立て、換算表で接続する二層構造である。開示部門が省エネ法の様式に介入しようとすると、現場の協力を失う。逆に、現場のエネルギー管理データを開示の基準値に据えると、海外拠点が抜け落ちる。
有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の記載欄は2023年3月期から全上場企業に義務化されており、ここにScope1・2を記載する企業も増えている。そのうえでSSBJ基準に基づく開示の適用対象と開始年度、および保証の導入時期・水準は、金融庁における企業開示制度の整備の中で定まる部分が残る。実務上は、Scope1・2が最初の保証対象になる想定で準備するのが合理的である。その際に保証人から求められるのは最終値の根拠だけではなく、社内の複数の数字がどう関係しているかの説明だ。基準値と換算表を持たない企業は、保証初年度にこの説明の構築を短期間で行うことになる。
GXリーグやGX-ETSに参加する企業は、さらに1つ数字が増える。排出量取引制度での対象排出量は、SHK制度と整合する部分が多いが、対象範囲と検証の水準は独立に定まる。換算表の行に「GX-ETS対象値への調整」をあらかじめ加えておくと、参加フェーズが進んでも様式を作り直さずに済む。
まとめ
同じ排出量が3つの数字になるのは、制度設計の必然である。省エネ法はエネルギー効率を、温対法は国の排出量集計を、GHGプロトコル準拠系の開示は投資家の比較可能性を測ろうとしている。測る目的が違えば境界も係数も変わる。一致しないことを欠陥とみなし、数字を揃えようとする作業は、どれかの制度の趣旨を壊すだけで、保証上の評価も上がらない。
実務の分かれ目は、ずれの有無ではなく説明の有無にある。基準値を1つ決め、そこから各制度値への加減算を換算表として残し、各行に根拠文書と責任部署を紐づける。CTJPNの試算では、差異の8割前後が組織境界と排出係数の2層に集中するため、この2層を言語化した文書があれば保証対応の質問リストは実質的に埋まる。保証対象が有価証券報告書のScope1・2になる企業では、GHGプロトコル準拠の連結値を基準値に置く型が整合コストの面で有利だ。国内製造拠点中心の企業ではSHK値を基準値にする運用も成立するが、海外M&Aを実行した時点で調整行が増え、移行コストを後から払うことになる点は見込んでおきたい。
この整備が経済価値に変わる経路は地味だが確実である。保証工数が読めれば報酬見積りが安定し、開示訂正のリスクが下がれば投資家説明に費やす時間が減る。CDP質問書の検証関連設問にも、根拠を探し直さずに答えられる。保証が有報サステナビリティ開示に本格的に入ってくる局面では、排出量の絶対値の大小ではなく、社内の数字の関係を説明できるかどうかが、保証コストと開示信頼性の分水嶺となる。
主要出典
- 経済産業省・資源エネルギー庁「エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律(省エネ法)/定期報告書・中長期計画書」 https://www.enecho.meti.go.jp/
- 経済産業省「工場等におけるエネルギーの使用の合理化に関する事業者の判断の基準(告示)」 https://www.meti.go.jp/
- 環境省・経済産業省「温室効果ガス排出量 算定・報告・公表制度(SHK制度)」 https://www.env.go.jp/
- 環境省「電気事業者別排出係数(基礎排出係数・調整後排出係数)の公表」 https://www.env.go.jp/
- サステナビリティ基準委員会(SSBJ)「サステナビリティ開示基準(適用基準・一般開示基準・気候関連開示基準、2025年3月公表)」 https://www.ssb-j.jp/
- IFRS財団「IFRS S2 気候関連開示」 https://www.ifrs.org/
- GHG Protocol「Corporate Accounting and Reporting Standard」「Scope 2 Guidance」 https://ghgprotocol.org/
- CDP「気候変動質問書および回答ガイダンス」 https://www.cdp.net/
- 金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令/サステナビリティ情報の開示・保証に関する制度整備」 https://www.fsa.go.jp/
- GXリーグ事務局「GXリーグ基本構想・GX-ETSにおける排出量の算定・報告・検証」 https://gx-league.go.jp/
- EFRAG「European Sustainability Reporting Standards(ESRS E1 Climate change)」 https://www.efrag.org/ /欧州委員会(ESRSを採択する委任規則) https://commission.europa.eu/
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