分析記事 測定・MRV

炭素除去(CDR)とCO2回収・利用の最前線:DAC・鉱化・海洋アルカリ化とMRV/クレジット市場の見極め方

(本稿の情報は2026年10月時点)

この記事の結論

  • 炭素除去(CDR)市場は単一の買い手への依存を解消できず、2026年のマイクロソフトの購入縮小で供給側の資金計画は一斉に組み替えになった。
  • 技術の序列はコストではなく引き渡し実績で決まり、累計46.4百万トンの契約に対して実際に引き渡された量はごく一部に過ぎない。
  • GX-ETSの参考上限取引価格4,300円/t-CO2と除去クレジットの実勢価格は一桁違うため、日本企業の除去購入は規制対応ではなく差別化投資になる。

炭素除去を事業として評価するときの最初の問いは、どの技術が優れているかではない。誰が買うのか、である。cdr.fyi が集計した2026年4月13日時点の開示ベースで、永続性のある炭素除去の契約量は累計46.4百万トン。うちマイクロソフト1社が3,643万トンで全体の78.5%を占め、Frontier に連なる買い手が4.0%、それ以外のすべての企業を合わせて17.5%に留まる。供給側は259社が売り上げを立てているのに、需要側は実質1社だった。

その1社が2026年に手を引きかけた。BloombergNEF の集計では、マイクロソフトの2026年7月中旬までの購入は855万トンで、前年同期から約8割減。同社の最高サステナビリティ責任者は購入停止を否定し、調達の「ペースと量」の調整だと説明している。背景は明快だ。データセンター拡張で2025会計年度の総排出量が25%増え、AI投資が資本配分の優先順位を書き換えた。買い手の本業の設備投資サイクルが、炭素除去スタートアップの資金計画を直撃する構造になっている。これが、この分野で最も過小評価されているリスクである。

契約量と引き渡し量は別の指標である

市場統計を読むときは、契約(purchase)と引き渡し(delivery)を分けるほかない。マイクロソフトはBECCS(バイオマス発電+CO2回収貯留)で約27百万トンを契約しているが、引き渡しの実績はゼロである。逆に、マイクロソフトとFrontier を除く買い手が、引き渡し済み量の90%、無効化(retire)済み量の94%を占める。巨大な契約は将来の生産能力への前払いであり、いま動いている炭素除去はもっと小さく、もっと地味だ。

2025年の購入量の96%、引き渡し量の91%はバイオマス由来(BiCRS)の経路が占め、引き渡しの主役はバイオ炭だった。トン当たり125〜200ドルで、既存の農業・林業の副産物を使い、設備が小さい。技術的な派手さと、実際に証書が発行される速さは、ほぼ逆相関している。

象徴的なのがクライムワークスのアイスランド「Mammoth」だ。設計能力は年36,000トンだが、稼働開始後の累計除去は805トン、建設・運転に伴う排出を差し引くと121トンという報道がある。同社は2025年5月に106人、全社の2割超を削減した。共同創業者は「財務資源は限られている」と述べている。DACの物理は成立しても、稼働率と資本コストで事業は死ぬ。

技術経路の比較

経路 2026年までに確認できる到達点 価格帯(US$/t、推計) 永続性 引き渡し実績 除去以外の収入源
DACCS(吸収液) 1PointFive「STRATOS」は年50万トン設計。DAC由来CO2の地中貯留で初のClass VI許可を取得。2026年第2四半期の商業運転を目標としたが試運転の不具合で遅延 500〜1,200(2026年ビンテージの売り出し例は580) 1,000年以上 ごく小規模 EOR・税額控除
電気化学DAC RepAir Carbon。2025年4月にシリーズA延長1,500万ドル、7月にEIC資金1,250万ユーロ。$70/tを目標に掲げる 目標70(実勢未成立) 1,000年以上 実証段階 なし
DAC+化学品・水 Greenlyte は2026年にChempark Marlへ年500トン規模モジュール。Avnos は2025年11月にシェルと三菱商事(米州)から最大1,700万ドル、年約3,000トン回収と清水6,000トン超 非開示 利用型は数年〜 実証段階 eメタノール・清水・SAF原料
点源回収(除去ではない) Carbon Clean「CycloneCC」はFertiglobe のアブダビ肥料工場で約4,000時間運転しTRL7。MODECとFPSO向けに商用で最大年10万トン 回避コストとして評価 貯留次第 商用手前 排出回避
コンクリート鉱化 CarbonCure は2025年11月に累計1,000万台分の生コンを達成、固定・回避は累計69万トン超、20カ国以上 非公開(セメント削減分で回収) 恒久 分野最大 コンクリート性能・セメント削減
鉱山廃棄物の鉱化 Travertine は2025年10月にニューヨーク州ウェイン郡でデモ稼働。NYSERDAが320万ドル助成、2024年6月の850万ドル調達はホルシム主導 非開示 恒久 デモ 硫酸・金属
風化促進(ERW) InPlanet は2025年12月にマイクロソフトと28,500トン(2026〜2028年)を契約、ブラジルで12,000ha超 200〜500 1万年以上 小規模だが増加 土壌改良
廃水アルカリ化 CREW Carbon は2026年8月にマイクロソフトと最大23,602クレジットを契約 ERWに準じる 長期 小規模 下水処理の効率化
海洋アルカリ化(電解) Equatic はシンガポール実証機で年3,650トン設計、商用機は年109,500トンと水素3,600トン。2025年8月にシリーズA1,160万ドル 2030年前に100未満を目標 1万年以上 実証段階 グリーン水素
海洋アルカリ化(鉱物散布) Vesta は2024年にノースカロライナ州Duck沖へカンラン石砂8,200トンを投入、除去見込みは約5,000トン。Hourglass Climate が3年の監視 非開示 1万年以上 パイロット 海岸防護
BiCRS・バイオ炭 Arbor はマイクロソフトと25,000トン(2027年開始、年5,000トン+5MW)。バイオ炭はNasdaq/Puro 指数が2026年5月に130.28ユーロ バイオ炭125〜200/BECCS200〜600 100年〜1,000年以上 分野最大の供給源 電力・土壌改良

投資回収が読めるのは、除去以外に売れるものを持つ経路である。コンクリート、硫酸と金属、水素、清水、電力、肥料、ジェット燃料。いずれも買い手が炭素価格と無関係に払う市場が先にあり、除去クレジットは上乗せの収益になる。逆に、クレジット収入だけで設備費を回収する設計のDACCSは、買い手1社の資本配分と税制に事業の生死を預けている。リスクの所在は技術ではなく、収益の単線化にある。ERWと廃水アルカリ化は設備投資が軽い反面、測定の不確実性に応じた控除(割引)を受けるため、MRVの精度向上がそのまま単価の改善になる。海洋系は環境影響評価と許認可が律速で、Vesta が3年の監視計画を外部機関に委ねている事実が、そのコストの重さを示している。

資金はどこに向かっているか

2025年から2026年にかけてのラウンドは、1,000万〜5,000万ドル台に収束した。RepAir のシリーズA延長1,500万ドル、Equatic のシリーズA1,160万ドル、Avnos のプロジェクト資金最大1,700万ドル、Travertine の850万ドル。2021年前後の「ギガトン」話法に見合う規模の資本は、スタートアップには入っていない。

例外は二つある。ひとつは本業が別にある企業だ。Nitricity は2025年9月に5,000万ドルのシリーズBを調達したが、売っているのはアーモンド殻由来の有機肥料で、カリフォルニア州デルヒーに建設する工場の生産量は2028年までのオフテイク契約で売り切れている。炭素除去はそこに付随する。もうひとつは認証側だ。Isometric は2026年6月に4,000万ドル、9月にICEの参加で総額5,000万ドルのシリーズAを完了した。除去そのものより、除去を数えて証明する層に資金が集まっている。

撤退・買収が示す出口の形

カーボン・エンジニアリングは2023年8月にオクシデンタル・ペトロリアムが11億ドルで買収すると発表し、同年11月3日に完了、対価は3回の分割払いとされた。DACの技術は、貯留層とパイプラインと税額控除を持つ石油会社の中に移った。この取引は敗北ではなく、この分野の自然な出口を示している。回収だけを持つ会社は、貯留と制度を持つ事業者に吸収される。

測定側でも同じことが起きた。Pachama は2025年11月10日にCarbon Direct に買収された。衛星データと機械学習で森林クレジットを検証する技術は評価されたが、助言・会計・調達を併せ持つ事業に統合された。MRVの単独販売は、市場規模に対して成立しにくい。

失敗も記録しておくに値する。海洋での炭素除去を手がけたRunning Tide は2024年に事業を停止した。5,000万ドル超を調達しながら、船の傭船料だけで日額2万〜5万ドルかかり、自主的市場の需要が追いつかなかった。クレジット市場のNori、DACのNoya、産業副産物を使うAlkali Earth も停止している。共通点は、買い手が現れる前に運転費が発生する構造だ。

測定可能性から証明可能性へ

2022年設立のIsometric は、これまでに1,600万トン超の認証を受託し、200件超の産業プロジェクトを扱い、クレジットを月次で発行している。顧客にはマイクロソフト、アングロ・アメリカン、JPモルガン・チェース、ボーイングが並ぶ。Living Carbon が2025年4月にマイクロソフトと結んだ140万トンの契約も、旧炭鉱跡地25,000エーカーの植林をIsometric の植林プロトコルで検証する設計だった。民間レジストリが事実上の標準を作り、そこに大口買い手が乗る順序になっている。

公的枠組みは後から接続しつつある。EUは炭素除去・カーボンファーミング認証枠組み規則(規則(EU)2024/3012)のもとで、2025年11月に認証制度と監査に関する実施規則(EU)2025/2358を採択し、2026年2月3日にDACCS、BioCCS、バイオ炭を対象とする最初の委任規則を採択した。この委任規則は2026年5月7日に発効し、認証スキームの承認手続はすでに始まっている。複数のスキームが承認を申請し、技術評価の段階にある。クレジットの価格差は、いまのところ技術差よりもMRVの厳格さと制度適格性の差で説明できる部分が大きい。

課題・反論・限界

最大の反論は「コストは学習曲線で下がる」という予測に向く。DACのトン当たり費用は装置価格より稼働率と資本コストで決まり、Mammoth の実績がそれを裏づけた。STRATOS は年50万トンの設計で、DAC由来CO2の貯留について初のClass VI許可まで取得したのに、フェーズ1の試運転では中核技術以外の設備で不具合が出て起動が遅れた。巨大な第1号機が計画どおり動かない以上、100プラント構想の経済性は検証されていない。

「永続性が高いほど価値が高い」という前提も、市場の行動と合っていない。1万年級の貯留を謳う経路の引き渡しは小さく、実際に資金が流れたのは100年級のバイオ炭である。買い手が払っているのは物理的な永続性ではなく、監査に耐える主張の安全性と、今期中に受け取れる確実性だ。この乖離が続く限り、永続性の高い経路は「研究開発への補助」に近い性格を帯びる。

海洋系には別種の限界がある。アルカリ化は理論上の容量が巨大だが、生態系への影響の立証責任は事業者側にあり、Vesta の投入量8,200トンに対する除去見込みが約5,000トンという比率は、物流コストが単価に重くのることを意味する。Running Tide の停止は、海上作業が本質的に高い固定費を伴うという警告である。

代替視点として、除去は削減の代替物ではないという立場も成り立つ。GX-ETSがボランタリークレジットを義務履行に使わせない設計は、この立場を制度として表明したものだ。残余排出の相殺に除去を使う企業は、自社の削減計画が止まっていないことを別途示す側に立たされる。

日本市場・日本企業への示唆

2026年4月1日に改正GX推進法が施行され、GX-ETSへの参加が義務になった。対象は直接排出が過去3年平均で年10万トン以上の事業者で、300〜400社が想定される。産業構造審議会の排出量取引制度小委員会が2025年12月に示した中間整理では、2026年度の参考上限取引価格が4,300円、調整基準取引価格が1,700円/t-CO2とされ、クレジットの利用は実排出量の10%を上限としてJ-クレジットとJCMに限定された。ボランタリークレジットは使えない。

この数字が日本企業の判断を規定する。4,300円は30ドル弱であり、DACCSの500〜1,200ドルとは一桁以上違う。除去クレジットはGX-ETSの義務履行に使えず、価格も国内の炭素価格と接続していない。したがって除去の購入は規制コストの最適化ではなく、顧客要求と開示に応えるための差別化投資として設計するのが合理的だ。海運・航空・金融のように、取引先から残余排出の扱いを問われる業種でこそ採算の説明が立つ。

海外の事業計画をそのまま持ち込めない理由も、制度の順序にある。米国には45Qの税額控除と州の低炭素燃料基準があり、回収したCO2に複数の収益源が立つ。EUはCRCFで公的な認証の受け皿を用意し始めた。日本で先に整ったのは貯留側で、CCS事業法が2026年5月22日に全面施行され、JOGMECの先進的CCS事業は9案件(3件がパイプライン輸送、6件が液化CO2の船舶輸送)が走っている。除去クレジットの制度的な出口は、まだ設計途上にある。国内のJ-クレジット制度にはバイオ炭の農地施用の方法論が置かれているが、工学的な除去を国内で収益化する経路は細い。

実際の日本勢の動きは、買い手としての参加から始まっている。日本郵船は2025年5月7日、クライムワークスから2026年度から3年間、バイオ炭・BECCS・風化促進を組み合わせたポートフォリオ形式でCDRクレジットを購入する契約を結び、スコープ1を含む残余排出に充てるとした。同社にとって日本企業初のポートフォリオ顧客である。商船三井は2023年4月26日に三菱商事とSouth Pole が運営するNextGen CDR Facility を通じて3案件で約20万トンの長期購入契約を公表し、みずほフィナンシャルグループは2025年3月28日に6社目のバイヤーとして参画、邦銀初の技術系CDRクレジットの長期購入となった。事業側では三菱商事(米州)がシェルとともにAvnos へ出資し、MODECはCarbon Clean とFPSO向けの回収技術の大型化で組んでいる。

読み取れる実務的な示唆は三つある。副産物が売れる経路に出資すれば、炭素価格が動かなくても投資判断が崩れない。ポートフォリオ購入は、自社で技術を選別する前に目利きを獲得する安い授業料になる。そして価格は当面下がらない前提で、長期契約を小分けにして複数ビンテージに分散させるほうが、単価の下振れを待つより期待値が高い。

まとめ

2026年の炭素除去市場は、技術の競争ではなく需要構造の試験に入っている。累計46.4百万トンの契約のうち78.5%を1社が占める市場で、その1社が購入ペースを8割落とした。それでも市場が崩れていないのは、マイクロソフト以外の買い手の契約量が2025年に3.2百万トンへ達し、2022年以降ほぼ毎年倍増してきたからだ。この第二の需要層が伸び続けるかどうかが、供給側の生存条件を決める。

技術側では、収益の単線化を避けた企業が残っている。CarbonCure はコンクリートの性能で、Travertine は硫酸と金属で、Equatic は水素で、Arbor は電力で、Twelve は2026年6月10日に稼働したモーゼスレイクのAirPlant One でASTM D7566 Annex A1適合のジェット燃料として、Synhelion はTRL7のDAWNと2027年生産開始を狙うスペインのRISEで、それぞれクレジット以外の売り先を持っている。カーボン・エンジニアリングが石油会社に、Pachama が炭素管理会社に吸収されたのも同じ力学の帰結だ。回収や測定の単機能は、出口を持つ事業体に統合される。

日本の事業会社と金融機関にとって、当面の論点は「どの技術を選ぶか」ではなく「どの制度に接続した証明を買うか」である。GX-ETSの参考上限取引価格4,300円/t-CO2と、除去クレジットの実勢価格の一桁の差は、少なくとも2030年代初頭まで埋まらない。2027年から2028年にかけて、STRATOSが設計能力に近い稼働率を示せるか、EUのCRCFで承認された認証スキームが実際にクレジットを発行し始めるか、GX-ETS第2フェーズで除去系クレジットの扱いが見直されるか。この三つが同時に動くかどうかが、炭素除去を研究開発投資から資産に変える分水嶺となる。

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