(本稿の情報は2026年10月時点)
この記事の結論
- 低炭素セメントで商用化に届いたのはクリンカを置き換える経路であり、年産能力あたりの投資額が桁で小さいことがその理由だ。
- 2025年5月に米エネルギー省が37億ドルの支援を取り消し、普通ポルトランドセメントを作り替える技術は技術ではなく資本で止まった。
- 日本の分水嶺は素材技術の輸入ではなく、2026年3月のJIS改正で広がった置換枠を埋める混合材を確保できるかである。
素材と資源循環の分野は、2026年に設計図を書き換えた。新しい素材を自社の新しい工場で量産しようとした会社が次々に設備を手放し、既存のキルン・既存の粉砕設備・既存の包装ラインに入り込んだ会社が売上を立てている。入れ替えを起こしたのは技術の優劣ではない。資本コストと、プレミアムを払う買い手を契約で確保できているかどうかである。
低炭素セメント — 置き換える経路が先に商用化した
セメントのCO2は、燃料よりも原料に由来する。石灰石を焼いて脱炭酸する工程そのものが排出源だから、削減の道は三つに分かれる。クリンカの量を減らすか、クリンカを別の原料・別のプロセスで作るか、固まったコンクリートにCO2を固定するか。
| 技術経路 | 代表例 | 原料 | CO2削減の根拠 | 2026年10月の段階 | 年産1トンあたり投資 |
|---|---|---|---|---|---|
| クリンカ置換(活性化剤併用) | Ecocem(アイルランド) | 石灰岩+現地の混合材 | クリンカ量を最大70%削減 | ダンケルクに年30万トンの専用ライン、2026年後半から出荷 | 約170ユーロ |
| 非スラグ系の置換材 | Terra CO2(米国) | 既存採石場のケイ酸塩岩 | 置換した1トンあたり70%削減、置換率は最大50% | ダラス・フォートワースに年24万トンの初号機 | 非公表 |
| 普通ポルトランドセメントを別プロセスで製造 | Brimstone(米国) | ケイ酸カルシウム岩 | 石灰石の脱炭酸工程を持たない | 第三者試験でASTM C150適合、商用プラントは未着工 | 非公表 |
| 焼成炉を使わない電気化学プロセス | Sublime Systems(米国) | 非炭酸塩の岩石 | 高温焼成とそれに伴う原料由来CO2を回避 | 年3万トンの初号機は建設を一時停止 | 約5,800ドル(試算) |
| CO2固定コンクリート | CarbiCrete(カナダ) | 製鋼スラグ+回収CO2 | コンクリート1トンあたり150kgのCO2を固定 | 日産500ブロック、2,500ブロックへ増強中 | 非公表 |
| 合成骨材 | Blue Planet(米国) | 排ガスCO2+廃材 | 骨材の75%置換で実質ゼロのスラブを実証 | 実証段階(2025年2月) | 非公表 |
有利なのは上の二行だ。Sublimeの初号機は年3万トンで、工場費用の5割を賄うはずだった連邦支援が8,690万ドルだった。総額を約1.74億ドルと置けば年産1トンあたり約5,800ドルになる(試算)。Ecocemのダンケルクは5,000万ユーロで年30万トン、1トンあたり約170ユーロである。通貨をそろえなくても桁が違う。差を生んでいるのは化学ではなく、既存の粉砕設備と既存の原料流通に乗るかどうかだ。リスクの所在も表のとおりで、下の四行は「性能は実証したが商用設備がまだない」段階に集まっている。実証と商用の間に落ちる資金の谷が、この分野の最大の失点である。
Terra CO2は2025年7月2日に1億2,450万ドルを調達した。共同リードにBreakthrough Energy VenturesとGenZero、Just Climateが並び、米セメント大手のEagle Materialsが同じ列に入り、CemexとPrologis、Siemens Financial Servicesも参加している。置換材の買い手と出資者が同一であることが、この経路の強さを説明する。Ecocemは2025年8月12日に性能規定の米国規格ASTM C1157を取得し、2025年1月に発表したダンケルクの年30万トン設備に加えて、同年5月にフランス国内4ラインへ1億7,000万ユーロを投じる計画を公表した。
補助金が消えた場所と、需要契約が残った場所
2025年5月30日、米エネルギー省はクリーンエネルギー実証局の24件・37億ドルの支援を取り消した。セメント関連ではHeidelberg Materials US(5億ドル)、National Cement(5億ドル)、Brimstone(1億8,900万ドル)が含まれる。
止まったのは資金であって、製品でも需要でもない。Brimstoneの普通ポルトランドセメントは第三者試験でASTM C150に適合し、Amazonは2025年7月28日に初号プラントからの年間数量を予約する商業契約を結んだ。同社は2025年12月、セメントとアルミナに加えて鉄・チタン・マグネシウムを同じ岩石から併産する構想を公表している。Sublimeも2024年にCRHとHolcimから合計7,500万ドルを受け、2025年5月にはMicrosoftと最大62万2,500トンの拘束力ある購入契約を結んだ。それでも支援取消の後にホリヨーク工場の建設を止め、人員の10%を削減した。エクイティがあり、オフテイクがあり、設備投資を埋める主体だけがいない。これが2026年の空白である。
撤退の形も一つではない。Solidia Technologiesは2024年7月、米国西部向けの特許をCalPortlandにライセンスし、研究所とプラントの資産の一部を同社へ売却した。300件を超える特許群を他のライセンス先へ広げる方針も示している。自社で設備を持つ会社から、技術を貸す会社へ移ったと読むのが正確だ。
バイオ素材は「自社量産」で折れ、「他社の設備」で生き残った
MycoWorksは2025年10月22日、2023年9月に稼働した13万6,000平方フィートのサウスカロライナ工場を閉鎖した。CEOは、数年前は資本が潤沢で安かったが状況が変わったと述べ、工場の資本コストが見合わないこと、より安い菌糸体の供給源が存在することを理由に挙げた。同社は菌糸体の自社培養をやめ、外部から調達した菌糸体をRei-Tanでなめす工程に事業を絞った。引張強度を約4MPaから18MPaへ引き上げる後工程だけを残し、エルメスなどとの取引関係は維持している。技術が否定されたのではなく、垂直統合が否定された。
対照的に、英Xamplaは2025年9月5日にEmerald Technology Venturesが主導する1,400万ドルを調達した。植物タンパク由来のMorroは既存の製造工程にそのまま差し替えられる設計で、紙容器の内面コーティングなどに入る。英Econic Technologiesは量産設備を持たず、2025年4月にSaudi Aramco Technologiesと世界ライセンス契約を結んで触媒技術の相互利用に踏み込んだ。素材スタートアップの出口は、工場ではなくライセンスと後工程に寄っている。
廃棄物は「処理」から「回収」へ値付けが移った
Allonniaは2025年12月11日、2,000万ドル超を追加調達し累計1億ドルを超えた。投資家にはViking Global InvestorsとGeneral Atlantic、そしてBHP Venturesが並ぶ。主力は廃棄物処理ではなく、鉱石から不要鉱物を選択的に溶解除去するD-Solveで、北米のEagle Mineに移動式ユニットを投入し、マグネシウム不純物の40%減とニッケル品位の18%向上を示した。PFASの泡沫分離SAFFも併売している。廃棄物を無害化する仕事より、廃棄物から金属を取り出す仕事に高い価格が付く、という単純な事実が資金の向きを決めている。
日本では、資源循環プラットフォーム「pool」のレコテックが2026年2月27日にシリーズAを公表した。マーキュリアインベストメントが主導し、かんぽNEXTパートナーズ、三菱UFJキャピタル、みずほキャピタルらが参加、横浜市での1,200拠点展開を進めている。回収量の情報を押さえる側が素材の取引で優位に立つ、という賭けである。
課題・反論・代替視点
置換型の商用化を技術の勝利と読むのは早い。Terra CO2のOPUSは最大50%の置換で、残る50%のクリンカから出るCO2は消えない。Ecocemのクリンカ削減も最大70%にとどまる。2050年に実質ゼロを求めるなら、石灰石の脱炭酸そのものを捨てるBrimstone型か、焼成を捨てるSublime型が要る。その二つに設備資金が届かない状態が続けば、2040年代に使える選択肢を今のうちに削ることになる。支援取消を「筋の悪い技術の淘汰」と読むなら、経済性を理由とした政府側の説明をそのまま受け取ることになり、同じ技術がAmazonやMicrosoftの購入契約を獲得している事実と整合しない。
撤退事例の読み方にも幅がある。MycoWorksとSolidiaが折れたのは、菌糸体の培養やカーボネーション化学が機能しなかったからではない。金利が上がり、素材のプレミアムを払う買い手が想定より薄かったからだ。資本コストが下がれば、同じ技術が別の資本構成で戻ってくる。MycoWorksが培養を捨てて後工程を残したのは、その復帰に備えた選択とも読める。
上の試算にも限界がある。年産1トンあたりの金額は各社の公表額から機械的に割った数字で、用地・系統接続・運転資本の扱いが企業間でそろっていない。桁の違いは意味を持つが、2倍の違いは意味を持たない。
日本市場・日本企業への示唆
制度の扉は2026年に開いた。3月23日に官報公示されたセメントJIS改正で、普通ポルトランドセメントの少量混合成分の合量が0%以上5%以下から0%以上10%以下に、混合セメントも5%以下から10%以下に引き上げられた。セメント協会はクリンカ/セメント比の低減を掲げ、この範囲の増量なら同一配合で同水準の品質と性能のコンクリートを製造できるとしている。つまり日本で先に動くのは、スタートアップの置換材を買う市場ではなく、セメント会社が自社内でクリンカ比率を下げる余地である。
価格の裏付けはまだ弱い。GX-ETSは2026年度に第2フェーズへ入り、直近3年度平均で直接排出が年10万トン以上の事業者が排出枠の保有を義務づけられた。ただし第2フェーズは無償割当が中心で、有償オークションの本格化は2033年度からだ。無償割当が続く間、炭素価格は置換材のプレミアムの原資になりにくい。需要側が環境価値を自腹で買うAmazon・Microsoft型の契約が日本で現れにくい理由は、技術への理解不足ではなく、この制度設計にある。
海外の型をそのまま持ち込めない理由は、規格の作りと原料の二点にある。米国にはASTM C1157という性能規定があり、Ecocemはこれを取得して新しい配合で市場に入った。日本のJISは仕様規定が中心で、新配合が入るには規格改正そのものを待つ。原料の制約はさらに重い。国内の混合材は高炉スラグとフライアッシュに依存しており、高炉の休止や石炭火力の縮小が進めば供給は細る。スラグ前提の配合を持ち込めば原料で詰まる。採石場のケイ酸塩岩を使うTerra CO2型のほうが、日本の地質と既存の採石権に合う。
資源循環側では、2026年5月29日に太陽電池廃棄物の再資源化等の推進に関する法律が成立した。多量の事業用パネルを廃棄する者に廃棄実施計画の届出を義務づける一方、リサイクル自体は努力義務にとどまり、費用負担型の拡大生産者責任は採用されなかった。使用済みパネルの排出は2030年代に急増し、2040年ごろに年40万トン規模へ達するとの推計がある。費用を誰も負担しない制度では、回収事業の収益はガラス・銀・銅・アルミの回収価値だけで決まる。Allonniaが処理から回収へ軸足を移したのと同じ力学が、ここでも効く。
まとめ
2026年に残ったのは、既存の設備・規格・販路に入り込む技術だった。Ecocemは粉砕設備と石灰岩で、Terra CO2は既存採石場の岩石で、Xamplaは容器メーカーの製造ラインで売上を作っている。自社で新しい生産方式の工場を建てた側は、MycoWorksのように閉鎖し、Sublimeのように建設を止めた。素材の新規性ではなく、既存資産にどれだけ深く寄生できるかが生存率を決めている。
資金の流れは補助金から需要契約へ移ったのではない。両方が要るという事実が露出しただけだ。購入契約は数量を保証するが建設費を埋めず、ベンチャー資本は設備投資の規模に届かない。この谷に入れる主体は、原料と現場を持つ事業会社と、長期の設備資金を出せる金融機関である。スラグや採石権、使用済みパネルの回収網を持つ側が出資と引取を同時に出せば、技術を選ぶ立場に回れる。待てば、国内に残るのは海外で商用化した配合をライセンス料付きで買う選択だけになる。
2027年から2030年にかけて、GX-ETSの無償割当が絞られる速度と、JIS改正後に確保できる混合材の量が、日本で低炭素素材が商材になるかどうかの分水嶺となる。
主要出典
- 一般社団法人セメント協会「カーボンニュートラル実現に向けたセメントのJIS改正」 https://www.jcassoc.or.jp/jis-revision.html
- 経済産業省(GX-ETS第2フェーズの制度設計に関する審議会資料) https://www.meti.go.jp/ /GXリーグ https://gx-league.go.jp/
- 国際環境NGOグリーンピース・ジャパン「太陽光パネルリサイクル法が成立! 今後の課題『拡大生産者責任(EPR)』とは?」 https://www.greenpeace.org/japan/news/renewable_panel-recycling-law/
- Engineering News-Record「US Energy Dept. Cancels $3.7B in Previous Awards for Decarbonization Projects」 https://www.enr.com/articles/60826-us-energy-dept-cancels-37b-in-previous-awards-for-decarbonization-projects
- Ecocem「Ecocem Achieves ASTM C1157 Certification, Signaling U.S. Market Readiness for Breakthrough Low-Carbon Cement」(2025年8月12日) https://www.globenewswire.com/news-release/2025/08/12/3131652/0/en/Ecocem-Achieves-ASTM-C1157-Certification-Signaling-U-S-Market-Readiness-for-Breakthrough-Low-Carbon-Cement.html
- Global Cement「Ecocem to build EUR 50m low-carbon cement facility」 https://www.globalcement.com/news/18985-ecocem-to-build-50m-low-carbon-cement-facility
- ESG Today「Low Carbon Building Materials Provider Terra CO2 Raises $124 Million」 https://www.esgtoday.com/low-carbon-building-materials-provider-terra-co2-raises-124-million/
- Construction Dive「Cement producer pauses factory construction after funding pullback」 https://www.constructiondive.com/news/sublime-pauses-factory-construction-funding-pullback/807835/
- Brimstone「News」(Amazonとの商業契約、2025年12月の併産構想) https://www.brimstone.com/media
- World Cement「Solidia Technologies licenses low carbon cement technology」 https://www.worldcement.com/the-americas/01072024/solidia-technologies-licenses-low-carbon-cement-technology/
- texfash「Scaling Down to Scale Up: MycoWorks Announces Closure of US Plant to Refocus on Processing」 https://texfash.com/update/scaling-down-to-scale-up-mycoworks-announces-closure-of-us-plant-to-refocus-on-processing
- ESG Today「Xampla Raises $14 Million to Replace Single-Use Plastics with Plant-Based Materials」 https://www.esgtoday.com/xampla-raises-14-million-to-replace-single-use-plastics-with-plant-based-materials/
- Global Mining Review「Allonnia raises more than $20 million to accelerate deployment of critical materials biotechnology」 https://www.globalminingreview.com/mining/11122025/allonnia-raises-more-than-20-million-to-accelerate-deployment-of-critical-materials-biotechnology/
- レコテック株式会社「RECOTECH、シリーズA資金調達。『大消費地を大供給地へ』」(PR TIMES、2026年2月27日) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000040.000046448.html
- Indian Chemical News「Econic, Saudi Aramco Technologies sign strategic global license agreement for CO2 Polyols」 https://www.indianchemicalnews.com/technology/econic-saudi-aramco-technologies-sign-strategic-global-license-agreement-for-co2-polyols-25775
- CarbiCrete(NGen支援と商用生産の進捗) https://carbicrete.com/ /Blue Planet Systems https://www.blueplanetsystems.com/