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洋上風力入札制度の変遷 — ラウンド別の価格・評価基準と地域経済への波及

日本の洋上風力で事業者と地域が手にする金額は、風況でも設備利用率でもなく、公募占用計画の評価ルールで先に決まる。第1ラウンドで最安値総取りを許した配点は、第2・第3ラウンドで「価格は下限に張り付き、非価格点で競う」構造へ組み替えられ、2025年8月の三菱商事連合の3海域撤退を経て、2026年6月5日の「一般海域における占用公募制度の運用指針」改訂で、応札価格に実質的な下限を設ける「想定供給価格幅」の導入、迅速性配点の10点への引き下げ、数百項目のチェックリストを積み上げる採点方式への転換が確定した(本稿の情報は2026年09月時点)。ラウンドごとの価格形成ルールの変化は、誰がリスクを負い、地域に幾ら残るかを決めてきた。なお「第4ラウンド」は公式呼称ではないため、秋田・銚子3海域の再公募と北海道海域の公募をあわせて「次回公募」と呼ぶ。

入札制度は「価格形成装置」である — 分析の枠組み

再エネ海域利用法(2019年4月施行)の下で、洋上風力の収益は三段階で確定する。国が促進区域を指定し、公募で事業者を選び、選ばれた事業者が最大30年の海域占用権と、FIT(第1ラウンド)またはFIP(第2ラウンド以降)の供給価格を同時に手にする。価値変換の7段階で言えば、物理的な発電量が非化石価値に変わり、占用権とFIP基準価格という「制度接続」を通って価格が形成され、売電収入と地域波及に落ちる流れだ。

この流れの中で、価格形成ステージの支配変数は入札価格そのものではない。評価基準の配点、落札上限、運転開始時期の扱い、そして落札後にコスト変動を転嫁できるかどうかの4点が、事業IRRと地域の取り分を同時に決める。ラウンド別にこの4点がどう動いたかを追う。

第1ラウンド(2021年12月結果)— 最安値総取りが生んだ制度の反省

第1ラウンドは秋田県能代市・三種町・男鹿市沖(478.8MW)、秋田県由利本荘市沖(819MW)、千葉県銚子市沖(390.6MW)の3海域で実施され、三菱商事エナジーソリューションズを中心とする連合が13.26円、11.99円、16.49円/kWh(いずれもFIT)で全海域を落札した。配点は価格点120点・非価格点120点の計240点で、非価格点は事業実施能力80点と地域との調整・波及効果40点に分かれていた。上限価格29円/kWhに対し、公表された評価結果では三菱商事連合が価格点で競合に大差をつけており、10円台前半の価格点が決定打になった。

表1:ラウンド別の選定結果(経済産業省・国土交通省公表資料より作成)

ラウンド 海域 規模 落札者 落札価格(円/kWh) 制度 結果公表
第1 秋田・能代三種男鹿 478.8MW 三菱商事連合 13.26 FIT 2021年12月
第1 秋田・由利本荘 819MW 三菱商事連合 11.99 FIT 2021年12月
第1 千葉・銚子 390.6MW 三菱商事連合 16.49 FIT 2021年12月
別公募(浮体) 長崎・五島 16.8MW 戸田建設連合 36.00 FIT 2021年6月
第2 秋田・男鹿潟上秋田 315MW JERA・J-POWER・伊藤忠・東北電力 3.00 FIP 2023年12月
第2 新潟・村上胎内 684MW RWE・三井物産・大阪ガス 3.00 FIP 2023年12月
第2 長崎・西海江島 420MW 住友商事・東京電力RP 22.00 FIP 2023年12月
第2 秋田・八峰能代 375MW JRE・イベルドローラ・東北電力 3.00 FIP 2024年3月
第3 青森・日本海南側 615MW JERA・グリーンパワーインベストメント・東北電力 3.00 FIP 2024年12月
第3 山形・遊佐 450MW 丸紅・関西電力・bp・東京ガス・丸高 3.00 FIP 2024年12月

※五島市沖は第1ラウンド(3海域)とは別枠の公募(2020年6月開始)。八峰能代沖は第2ラウンドの他3海域(2023年12月13日公表)から選定が分離され、2024年3月22日に公表された。

表1を通して見ると、第1ラウンドの11.99〜16.49円は当時の国内想定コストに対して明らかに攻撃的な水準であり、第2ラウンド以降の3円は「価格では差がつかない」ことを宣言する数字だ。もっとも有利だったのは第1ラウンドの落札者ではなく、第2・第3ラウンドで3円を出せる資本力とサプライチェーンを持った電力・商社連合である。リスクが最も集中したのは第1ラウンドの3海域であり、それが2025年に顕在化した。

三菱商事は2025年8月、資材費・建設費の高騰、金利上昇、円安を理由に3海域からの撤退を発表し、経産省・国交省は「総合資源エネルギー調査会 洋上風力促進ワーキンググループ/交通政策審議会 洋上風力促進小委員会 合同会議」(以下、合同会議)で再公募の検討を始めた。落札から4年弱で事業が成立しなくなった事実は、安すぎる価格が「事業リスクの地域転嫁」に他ならないことを示している。秋田・銚子の自治体と地元企業は、落札を前提に港湾整備や雇用の計画を進めていた。価格が事業を壊した瞬間、地域波及の前提も崩れた。

第2・第3ラウンド(2023〜2024年)— 評価基準の組み替えと「3円入札」の意味

第2ラウンドでは制度が4点で変わった。FITからFIPへの移行、1事業者当たり合計1GW程度の落札制限、運転開始時期を事業実現性評価の中で明示的に重み付けする方式、そして価格点を「最高評価点価格」以下なら一律満点とする閾値方式だ。これにより、価格を最低水準まで下げることは「勝つ条件」から「土俵に上がる条件」に変わった。

表2:ラウンド別の評価基準の変遷(公募占用指針・運用指針より作成)

項目 第1ラウンド 第2ラウンド 第3ラウンド 次回公募(2026年6月5日改訂 運用指針)
支援制度 FIT FIP FIP FIP
価格点の付け方 最安値に満点、以下按分 最高評価点価格以下は満点 同左 想定供給価格幅を設定し、幅の下限を下回る応札は評価上認められない(実質的な価格下限)
非価格点の採点方式 項目ごとの定性評価 同左(項目を細分化) 同左 数百項目のチェックリストを積み上げる採点へ転換
落札上限 なし 1GW程度/事業者 1GW程度/事業者 各海域の公募占用指針で規定
運転開始時期(迅速性) 事業実現性の一要素 早期運転開始を明示的に評価、同点時の決定要素 同左 配点を10点に引き下げ
地域調整の配点 40点 40点相当(内容を細分化) 同左 チェックリストの細目ごとに採点
実質的な競争軸 価格 非価格点+運転開始時期 非価格点+運転開始時期 非価格点の積上げ(価格は下限設定により差が付きにくい)

表2の変更で第2・第3ラウンドに最も効いたのは価格点の閾値方式と1GW上限の組み合わせである。価格点が最高評価点価格で頭打ちになる以上、どの連合も3円/kWhを出すのが合理的になり、実際に第2ラウンドの秋田2海域・新潟、第3ラウンドの青森・山形がすべて3円で落札された。長崎・西海江島だけが22円だったのは、応札が限られ競争が限定的だったためだ。なお八峰能代沖は、防衛省レーダーへの影響確認のため選定が他海域から分離され、2024年3月まで遅れたが、落札価格は同じく3円だった。

3円FIPの経済的な意味は、プレミアムをほぼ放棄する点にある。FIPの収入は市場売電価格に、基準価格から参照価格を引いたプレミアム(負なら0)と非化石価値を加えたものであり、基準価格3円は売電収入に「加算」されるわけではない。参照価格が3円を上回る局面ではプレミアムは実質ゼロになるから、収入は「市場売電価格+非化石証書+コーポレートPPAのグリーンプレミアム」で決まる。事業者から見れば、これは20年間の固定売価を捨てて市場価格リスクとインフレリスクの両方を引き受ける選択だ。3円を出せるのは、自社小売部門でオフテイクを内部化できる電力会社と、長期PPAを組成できる商社が組んだ連合に限られる。第2・第3ラウンドの落札者がほぼ全てJERA、東北電力、関西電力、東京ガスなど需要側を持つ連合で構成されたのは偶然ではない。

非価格点の中身も連合の組み方を変えた。「地域との調整・共生」「サプライチェーン形成」「運転開始の早さ」の3項目が競争軸になったことで、地元企業の参画、国内での製造・据付・O&M体制の提示、基地港湾の確保が落札の必要条件となり、地域側の交渉力は第1ラウンドより明確に上がった。ただし、このうち「運転開始の早さ」は後述の運用指針改訂で配点が10点まで引き下げられ、競争軸としては後退している。

制度再設計(2025〜2026年)— 撤退後に何が変わったか

三菱商事の撤退を受け、合同会議では大きく4つの論点が扱われてきた。落札から運転開始までの物価・為替変動を供給価格に反映する調整措置、撤退海域の再公募の要件(保証金・違約金の扱いと再公募時の価格上限)、系統接続と基地港湾の整備リードタイムを踏まえた運転開始時期評価の見直し、そしてEEZへの展開を可能にする再エネ海域利用法の改正(2025年6月成立・公布、内閣府・経産省・国交省共管)だ。

この議論の結論が、2026年6月5日に経産省・国交省が改訂した「一般海域における占用公募制度の運用指針」である。改訂の柱は3つある。第一に「想定供給価格幅」の導入で、応札価格は当局が示す幅の内側に収まることが求められ、実質的な下限が設けられた。第二に迅速性(運転開始の早さ)の配点を10点へ引き下げ、工期を前倒しして見せる競争を抑えた。第三に非価格点を数百項目のチェックリストの積上げで採点する方式へ転換し、定性的な計画提示の巧拙よりも、個々の履行事項をどこまで具体的に詰めているかで差がつく構造にした。

制度の方向としては、第2・第3ラウンドで生まれた「価格は最低水準に張り付き、非価格点と工期の早さで競う」構造を、正面から否定する内容である。3円のような超低価格入札は価格幅の下限に阻まれて成立せず、工期の早さで挽回する余地も10点分に縮む。競争は、チェックリストの各項目をどれだけ具体的に埋められるか——すなわち事業実施体制と地域調整の詰めの深さ——へ移る。

表3:制度見直し論点の収益・地域インパクト

見直し論点 事業者への収益インパクト 自治体・地域への影響 2026年09月時点の状況
想定供給価格幅(価格下限) 採算を割る水準での応札が制度上できなくなり、落札後の破綻リスクが縮小 事業中断リスクが下がる一方、売電コストは下限に支えられる 2026年6月5日改訂の運用指針で導入確定
迅速性配点の引き下げ(10点) 非現実的な工期前倒しの誘因が消え、工程計画が保守化 運転開始時期が現実的になるが、地域収入の発生は後ろ倒しになりやすい 同改訂で確定
チェックリスト積上げ採点 提案書作成の実務負荷が大幅増。体制の厚い連合が有利 地域調整・共生の履行事項が細目化され、約束の検証がしやすくなる 同改訂で確定
物価・為替連動の価格調整 インフレ局面でIRRの下振れを抑制 事業の継続性が上がり、港湾・雇用計画の前提が安定 合同会議で導入を決定済み。適用条件は各海域の公募占用指針に規定
再公募の要件 上限価格の引き上げ余地。既存の環境アセス資産の扱いが争点 秋田・銚子で運転開始が当初予定の2028〜2030年から後ろ倒し 合同会議で基本方針を確定済み。公募占用指針に反映
EEZ展開(法改正) 浮体式の大規模案件で規模の経済が働く 陸地から遠く、直接的な地域波及は港湾・O&M拠点に限定される可能性が高い 2025年6月成立・公布、段階施行中。募集区域指定の準備段階

表3で事業者の収益構造を最も大きく変えるのは、想定供給価格幅と価格調整措置の組み合わせである。下限が入札価格の暴落を止め、調整措置が落札後のコスト変動を吸収する。第1ラウンドから第3ラウンドまで事業者が一手に引き受けてきた価格リスクは、この二段構えで制度側に部分的に戻された。逆に自治体側に最もリスクが残るのは再公募の遅延だ。秋田・銚子では運転開始が当初予定から後ろ倒しになる公算が高く、地域側のキャッシュフロー(港湾使用料、固定資産税、O&M雇用)は落札時の見込みから遅れる。英国のCfDがインフレ連動のストライクプライスを採用しているのに対し、日本のFIP基準価格は名目固定で運用されてきた。この差が三菱商事撤退の制度的背景であり、再設計の核心である。

再公募と北海道海域の公募(石狩市沖、岩宇・南後志地区沖など複数海域が促進区域指定・公募準備の段階にある)を読む際に参入企業が確認すべきは、各海域で示される想定供給価格幅の下限・上限が実際のCAPEX水準と整合しているか、コスト上昇分の転嫁ルールが落札時点で確定しているか、数百項目のチェックリストのうち地域裨益に関わる細目がどこまで定量的に採点されるかの3点である。価格で差がつかない以上、勝敗はチェックリストの埋め方で決まり、地元企業・港湾・O&M体制の具体性が落札の実質的な条件になる。

価格が決める収益構造 — CAPEXインフレとLCOEの分岐点

事業採算をLCOE(均等化発電原価)で見ると、制度の変化がどこで効くかが明確になる。表4は500MW級の着床式を想定した簡易試算で、設備利用率35%、運転維持費1.2万円/kW/年、事業期間25年を共通前提に、資本回収係数(CRF)法で算出した。系統接続費・撤去費・税は含まない。シナリオAのCAPEX30万円/kWは国内の制度上の想定より低い例示水準であり、産業ビジョンが掲げる目標コストに近い前提として置いたものだ。事業期間をFIT・FIPの売価期間に合わせて20年に短縮すると、LCOEは上振れし、シナリオBは15円台になる(試算)。

表4:CAPEX・WACC別のLCOE試算

シナリオ(試算) CAPEX(万円/kW) WACC LCOE(円/kWh) 第1ラウンドFIT(11.99〜16.49円)との関係 3円FIP+市場(実現売価10〜13円想定)との関係
A 例示的な低コスト水準 30 5% 10.9 全海域で成立 上限側なら成立
B 資材・為替インフレ後 45 5% 14.3 銚子のみ成立 不成立
C インフレ+金利上昇 45 7% 16.5 銚子で辛うじて均衡 不成立
D 更なる高騰 60 7% 20.7 全海域で不成立 不成立

試算Bの時点で由利本荘の11.99円と能代の13.26円はLCOE14.3円を下回り、事業は成立しない。三菱商事の撤退は、シナリオAからB〜Cへの移行と重なる構図だ。3円FIPの事業はより厳しく、実現売価の上限13円を置いてもシナリオB以降で採算を割る。ここから読めるのは、第2・第3ラウンドの落札者が想定しているのは表4の実現売価ではなく、自社小売やコーポレートPPAで15円超のオフテイク価格を内部化する構造だということである。落札価格は収益の起点に過ぎない。

想定供給価格幅の導入は、この構図に制度側から線を引く措置と読める。下限が実勢のCAPEX・資本コストとどの程度整合する水準に置かれるかで、次回公募の応札実務は大きく変わる。下限が表4のB〜Cの領域に近ければ応札は現実的な採算計画に収束し、そこから大きく離れれば、価格幅は形式的な制約にとどまる。

海外の動きも同じ方向を指している。英国はCfD AR5(2023年)で洋上風力の上限価格44ポンド/MWh(2012年価格)に対し応札がゼロになり、AR6(2024年)で上限を73ポンド/MWhに引き上げて約5GWを確保した。AR6の洋上風力の約定価格は58.87ポンド/MWh(2012年価格)で上限を下回っている。続くAR7ではDESNZが洋上風力の契約期間を15年から20年へ延長した。米国北東部では2023年にØrstedがOcean Wind 1・2を中止し、2025年にはEmpire Windが4月に連邦政府の建設停止命令を受けて5月に解除、Revolution Windは8月に停止命令を受けて9月に裁判所が差し止めるなど、政策リスクが司法判断に持ち込まれている。ドイツとオランダはゼロ補助・負入札で進めてきたが、2025年8月にはドイツの大型区画N-9.4(2.5GW)で応札がなく(BNetzA)、オランダも入札延期に踏み切った。「価格形成を市場に丸投げすると、インフレ局面で事業が消える」という経験を各国が同時にしており、日本の運用指針改訂はその流れの中にある。

地域経済への波及 — ルールが決める「地域の取り分」

地域に落ちる金額は、非価格点の設計と事業の継続性の2つで決まる。第1ラウンドでは地域との調整・波及効果40点が配点上は存在したが、価格点の差が大きすぎて地域裨益の中身は落札結果に影響しなかった。第2ラウンド以降は非価格点が実質的な競争軸となり、地元企業の参画率、共生基金の規模、O&M拠点の立地が連合の設計に組み込まれた。改訂運用指針のチェックリスト積上げ方式は、この流れをさらに押し進め、地域調整の約束を細目単位で書かせて採点する構造にした。地域側から見れば、落札後に検証できる形で履行事項が残る点が実務上の変化になる。

政府の洋上風力産業ビジョン(第1次、2020年12月)は2040年に国内調達比率60%、着床式の発電コスト8〜9円/kWh(2030〜2035年)を目標に掲げている。3円入札とCAPEXインフレの組み合わせは、この国内調達目標と正面から衝突していた。国内工場からの調達は当面は海外調達より高くつくため、価格を最低水準に張り付けた事業者ほど国内調達を絞るインセンティブを持つからだ。想定供給価格幅による下限設定と価格調整措置は、この圧力を弱め、非価格点のチェックリストでサプライチェーン形成を細目採点する方式と合わせて、国内調達の余地を広げる方向に働く。

基地港湾(2020年9月指定の能代港、秋田港、鹿島港、北九州港に加え、以降に指定された港湾)の使用料、O&M拠点の常用雇用、固定資産税、共生基金が地域収入の主要項目であり、いずれも運転開始が遅れれば発生が後ろ倒しになる。迅速性の配点が10点に下がったことで、事業者が工期を前倒しして提案する誘因は弱まり、地域収入の立ち上がりは従来想定より遅くなりやすい。秋田・銚子の再公募が示すのは、地域にとって最大のリスクが落札価格の高低ではなく、事業の中断そのものだという事実だ。

課題・反論・代替視点

価格下限と価格調整措置の導入には明確な反論がある。インフレを事業者に転嫁させないルールも、応札価格に下限を設けるルールも、最終的に電力消費者か国庫がコスト上昇を負担することを意味し、再エネ賦課金の増加は電力多消費産業の競争力を削る。英国のインフレ連動CfDでも、AR6の上限引き上げは消費者負担が増える余地を生んだ。「価格が事業を壊さない」制度は、「価格が需要家を圧迫しない」制度と両立しない局面がある。数百項目のチェックリスト採点も、提案書作成の実務負荷を押し上げ、体力のある大手連合にさらに有利に働くという副作用を持つ。

3円入札を「非合理な低価格」と見る解釈にも限界がある。落札者の多くは自社小売・PPAでオフテイクを内部化しており、3円は補助金放棄というより「市場価格に賭ける」表明だ。卸電力市場価格が長期にわたり10円を超えて推移すれば、3円FIP事業はFIT13円事業より高収益になり得る。制度が壊れたのではなく、電力市場価格の見通しが事業者ごとに異なるだけだという見方は成り立つ。その意味で、価格下限の導入は市場価格に賭ける選択肢そのものを制度が閉じたとも読める。

第1ラウンドの評価も一面的になりがちだ。最安値総取りは確かに問題を生んだが、11.99円という価格が国内の洋上風力コスト認識を一気に引き下げ、以降のラウンドで3円入札を可能にした側面は否定できない。三菱商事の撤退を「制度の失敗」とだけ総括すると、価格発見機能として第1ラウンドが果たした役割を見落とす。制度再設計の課題は、価格発見を維持しながら事業中断リスクを下げるという、相反する要請の間で配点を置くことにあり、想定供給価格幅は前者を犠牲にして後者を取った選択である。表4の試算にも限界がある。系統接続費や撤去費を含まない簡易法であり、CAPEX30万円/kWは例示に過ぎないから、撤退の原因をコスト上昇だけに帰する読み方は過剰だ。

日本市場・日本企業への示唆

海外の事例をそのまま持ち込めない理由は3つある。日本の卸電力市場は欧州に比べ流動性が低く、長期先物で価格をヘッジする手段が乏しいため、FIP事業の市場価格リスクを金融的に切り離しにくい。系統接続と基地港湾の整備が国の計画に依存し、事業者側で運転開始時期を制御できる範囲が英国・オランダより狭い。そして地域調整が法定手続きの中核にあり、漁業補償と共生基金の交渉が落札後も収益に影響する。英国型CfDのインフレ連動をそのまま移植しても、市場流動性と系統リードタイムの差が埋まらない限り、事業リスクの構造は変わらない。迅速性配点の引き下げは、このうち二点目——事業者が制御できない工期を競わせてきた歪み——への直接の対応だと読める。

サプライチェーンへの参入企業にとって最も現実的な収益源は、非価格点の「サプライチェーン形成」評価に直接結びつく国内製造・据付・O&Mの領域である。チェックリスト積上げ方式では、体制の概要提示ではなく、拠点・人員・調達品目を細目単位で書き切れるかが採点に直結する。連合への参画を狙う企業は、自社の供給範囲を指針の細目に対応づけた形で提示できるかどうかで立ち位置が決まる。逆に、価格調整措置の適用条件や想定供給価格幅の水準を確認しないまま長期の設備投資を先行させると、再公募の遅延や制度運用の変更で回収が遅れる。

自治体にとって示唆となるのは、地域裨益を金額ではなく「事業継続性」で評価する視点だ。第1ラウンドの教訓は、高い共生基金の約束より、インフレ耐性のある事業計画を持つ連合を選ぶ方が最終的に地域の取り分を増やすということである。次回公募で自治体が協議会の場で問うべきは、コスト上昇時にどの段階で誰が負担するかであり、これはチェックリストの細目採点でも見えにくい。

まとめ

日本の洋上風力入札は、第1ラウンドの「最安値総取り」から第2・第3ラウンドの「3円張り付き+非価格点競争」へと移り、三菱商事連合の撤退を経て、2026年6月5日の運用指針改訂で「価格に下限を置き、数百項目のチェックリストで積み上げて採点する」制度へ組み替えられた。迅速性の配点が10点まで下がったことで、工期の早さを競う構造も終わった。試算で示したように、CAPEXが30万円/kWから45万円/kWに上がるだけでLCOEは10.9円から14.3円に跳ね、第1ラウンドの11.99〜13.26円は成立しなくなる。落札価格は収益の起点に過ぎず、事業を支えるのはオフテイクの内部化とインフレ転嫁ルールである。

地域経済にとっての教訓は、取り分を決めるのが落札価格の高低ではなく事業の継続性だということだ。非価格点で地域裨益を競わせる方式はチェックリスト化によって検証可能性を増したが、価格幅の下限と価格調整措置が実効的に機能しなければ、次のインフレ局面で同じ撤退が起きる。英国AR5の応札ゼロからAR6の上限引き上げ、AR7の契約期間延長までの経験を、日本は再公募と北海道海域の公募設計で追体験しようとしている。

2027年から2028年にかけて、秋田・銚子の再公募と北海道海域の公募で、改訂運用指針が示す想定供給価格幅の下限が実勢コストと整合する水準に置かれるか、物価・為替連動の価格調整が落札後の実際のコスト変動に対して機能するかどうかが分水嶺となる。両者が噛み合えば、応札価格は採算に裏打ちされた水準へ収束し、国内サプライチェーンへの投資が再び動く。噛み合わなければ、形式的な下限の下で再び採算の取れない計画が選ばれ、地域の取り分は次の撤退まで先送りされる。


主要出典

  1. 経済産業省・国土交通省「秋田県能代市、三種町及び男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖(北側・南側)、千葉県銚子市沖における選定事業者の選定結果」(2021年12月24日公表)
  2. 経済産業省・国土交通省「秋田県男鹿市、潟上市及び秋田市沖、新潟県村上市及び胎内市沖、長崎県西海市江島沖における選定事業者の選定結果」(2023年12月13日公表)、「秋田県八峰町及び能代市沖における選定事業者の選定結果」(2024年3月22日公表)
  3. 経済産業省・国土交通省「青森県沖日本海(南側)、山形県遊佐町沖における選定事業者の選定結果」(2024年12月24日公表)
  4. 経済産業省・国土交通省「一般海域における占用公募制度の運用指針」改訂(2026年6月5日、想定供給価格幅の導入、迅速性配点の引き下げ、チェックリスト方式による非価格点採点)
  5. 総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会 洋上風力促進ワーキンググループ/交通政策審議会 港湾分科会 環境部会 洋上風力促進小委員会 合同会議 資料(公募制度の見直し・再公募に関する議論、2025〜2026年)https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/yojo_furyo/index.html
  6. 三菱商事株式会社 プレスリリース(秋田県・千葉県沖の洋上風力発電事業からの撤退、2025年8月27日公表)https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/pr/
  7. 洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会「洋上風力産業ビジョン(第1次)」(2020年12月)https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/yojo_furyoku/index.html
  8. 内閣府・経済産業省・国土交通省「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律の一部を改正する法律」(EEZ展開、2025年6月4日成立・6月11日公布)
  9. UK Department for Energy Security and Net Zero, “Contracts for Difference (CfD) Allocation Round 5 results” (2023) https://www.gov.uk/government/publications/contracts-for-difference-cfd-allocation-round-5-results / “Contracts for Difference (CfD) Allocation Round 6 results” (2024) https://www.gov.uk/government/publications/contracts-for-difference-cfd-allocation-round-6-results / Allocation Round 7 results (2026)
  10. 経済産業省 調達価格等算定委員会「令和8年度以降の調達価格等に関する意見」(2026年2月、着床式洋上風力の資本費・運転維持費の想定)https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/
  11. Bundesnetzagentur, Ergebnisse der Ausschreibung für Offshore-Windenergie, Fläche N-9.4(2025年8月)

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