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紙・パルプ産業の脱炭素 — 森林資源の供給者とバイオマス利用者という二重の立場

製紙業は国内製造業のなかで唯一、エネルギーの半分近くをすでに非化石に置き換え、しかも自ら森林を保有する産業である。それにもかかわらず、この二重の立場はそのままでは二重の収益にならない。黒液由来の削減は制度上「過去の前提」として扱われてクレジット化できず、社有林の吸収量は方法論の要件と価格構造に阻まれて量が出ない。収益に変わるのは、残存する化石燃料の削減、除去系クレジットの希少性、そして製品側のグリーンプレミアムという三つの断層の上に立つ部分だけだ。(本稿の情報は2026年09月時点)

製紙業のCO2構造 — 「既に半分はカーボンニュートラル」という出発点の罠

クラフトパルプ工程では、木材チップから繊維を取り出した残りのリグニン成分が黒液として回収され、回収ボイラーで燃やされて蒸気と電力になる。日本製紙連合会「紙パルプ産業のエネルギー需要及びCO2排出の動向 2025年度版(2023年度実績)」によれば、業界のエネルギー消費に占める黒液・木質バイオマス・廃棄物由来エネルギーの比率は5割前後で推移しており、鉄鋼や化学と比べれば異例の水準だ。ただし残る5割は石炭ボイラー、石灰キルンの重油・ガス、購入電力に分かれ、業界のCO2排出は2013年度比で28.8%減(2023年度実績、同資料)にとどまる。半分が非化石でも、残り半分の削減は道半ばである。

問題は黒液の扱いにある。黒液燃焼のCO2はGHGプロトコルでもJ-クレジット制度でもバイオジェニック排出として計上対象外になるが、それは「削減実績」ではなく「ベースラインの前提」に過ぎない。追加性の観点からは、黒液を燃やすことは製紙業が戦後のクラフトパルプ法普及以来当然に行ってきた操業であり、何かを新たに減らしたわけではない。したがって「当社は既に半分カーボンニュートラルだ」という主張はマーケティングとしては成立しても、クレジットにも排出枠余剰にもならない。収益化の議論は、常に残りの化石由来排出とその外側にある森林吸収から始めることになる。

表1 製紙業のエネルギー源別CO2排出構造と収益化可能性(業界全体の筆者イメージ、推計)

エネルギー源 主な用途 エネルギー比率(推計) 化石CO2の有無 収益化可能性
黒液 回収ボイラー(蒸気・自家発) 30〜35% なし(バイオジェニック) 不可(ベースライン扱い)。BECCS化で将来除去系候補
木質バイオマス・廃棄物燃料 補助ボイラー 15〜20% 廃プラ分のみあり 新規転換分のみ削減系クレジット可
石炭 自家発ボイラー 20〜25% 大 転換・廃止で削減系クレジット/GX-ETS余剰
都市ガス・重油 石灰キルン・乾燥工程 10〜15% 中 燃料転換・電化で削減系クレジット
購入電力 抄紙機・動力 10〜15% 間接(Scope2) 再エネ証書調達によるコスト管理が中心。GX-ETSは直接排出のみ対象

(比率は日本製紙連合会「紙パルプ産業のエネルギー需要及びCO2排出の動向 2025年度版(2023年度実績)」の一次エネルギー構成を参考に筆者が置いた推計イメージであり、工場ごとの構成差は大きい)

表1が示す通り、金になりうるのは石炭とガスの2行に集中する。購入電力の行はScope2であり、直接排出のみを対象とするGX-ETSでは余剰枠に変わらない。黒液の行は「クレジット化できない過去」であり、この行が大きいほど「既に達成した」という言葉が経営を油断させる。石炭比率が高い工場を抱える企業ほど、逆説的に削減系クレジットとGX-ETSの余剰枠という収益機会が大きい。

供給者側の収益化 — 社有林・調達林の吸収量をどうクレジット化するか

J-クレジット制度の森林管理方法論(FO-001 森林経営活動)は、森林経営計画の策定を前提に、間伐や主伐後の再造林による吸収量の増分を認証する。認証対象期間は原則8年で、延長すれば最長16年に達する一方、認証後も森林を維持する永続性の担保が求められ、伐採して製紙原料に回すという製紙業の本業と構造的に緊張する。2022年以降の方法論改定で主伐・再造林の吸収量が計上しやすくなったとはいえ(J-クレジット制度事務局)、社有林の大半をチップ供給源として回転させている企業が、そのままクレジット対象にできる面積は限られる。

主要各社の森林保有は国内外に分かれる。王子ホールディングスは国内18.8万ha、海外44.7万ha、計63.5万haの森林を保有・管理し(王子ホールディングス公表値)、日本製紙は国内約9万haの社有林に加え、ブラジル・豪州を中心に海外約8万haの植林地を持つ(日本製紙グループ公表値)。この配置が意味するのは市場アクセスの二重性である。国内社有林はJ-クレジット、海外植林地はVerraのVCS(ARR方法論VM0047)を通じた自主市場という、方法論も買い手も価格も異なる二つの窓口を同時に持つ産業は国内にほかにない。

もう一つの論点が木材製品の炭素貯蔵(HWP)である。IPCCの2006年ガイドラインおよび2013年京都議定書補足方法は、伐採木材製品に固定された炭素を国別インベントリで計上する枠組みを持ち、日本も国のインベントリではHWPを算定している。だがJ-クレジット制度にHWPを企業単位で計上する方法論はなく、GHGプロトコルが2026年1月に公表した土地部門・除去基準(Land Sector and Removals Standard、2027年1月発効)でも、製品内炭素貯蔵は排出量とは別枠の任意報告にとどまる。決定的なのは紙の寿命の短さだ。IPCCのデフォルト半減期は製材35年、木質パネル25年に対し紙は2年に過ぎず、HWPで収益を得られるのは製材・建材向けが主であって、製紙業が直接享受できる余地は小さい。

表2 森林由来クレジットの制度別比較(2026年9月時点)

項目 J-クレジット(FO-001) Verra VCS ARR(VM0047) JCM(二国間クレジット)
対象地 国内森林(森林経営計画必須) 海外植林地 パートナー国(森林は一部国のみ)
追加性判定 制度上簡略化(計画策定を要件) パフォーマンス・ベンチマーク法 プロジェクト単位審査
永続性担保 認証期間+維持義務、バッファ控除 バッファ最低10%、リスク評価に応じて上乗せ(Non-Permanence Risk Tool v4.1) 方法論依存
認証期間 原則8年、最長16年 20〜100年(更新制) 案件ごと
単価目安 取引所5,000円台、相対取引1万〜1.5万円/t(J-クレジット制度事務局データ集2026年3月ほか) 自主市場平均を上回る水準、CCPラベル付きで更に上振れ(Ecosystem Marketplace集計) 政府主導、市場価格形成は限定的
主な買い手 国内企業(GX-ETS適格、利用上限あり) グローバル企業(SBTi・CORSIA対応) 日本政府・参画企業

表2から読めるのは、相対取引の単価ではJ-クレジット森林が優位、量と流動性では海外ARRが優位という非対称だ。国内社有林は永続性要件と小面積ゆえに年間数千t規模にとどまりやすく、単価の高さが事業インパクトに変換されにくい。しかも取引所に流せば5,000円台に落ちるため、1万円超を取るには自社で買い手を探す相対営業が前提になる。海外植林はドル建てで買い手が広いが、バッファ控除とレピュテーションリスクの管理コストがのしかかる。収益の絶対額を狙うなら海外ARR、国内GX-ETSでの自社使用や国内顧客への訴求を狙うならJ-クレジット、という使い分けが合理的だ。

利用者側の収益化 — 石炭離脱・燃料転換・省エネのクレジットとコスト回避

製紙業の削減余地で最も大きいのは石炭ボイラーである。木質バイオマスや廃棄物固形燃料(RPF)への転換、LNG化、乾燥工程のヒートポンプ電化は、いずれもJ-クレジットの排出削減系方法論で申請できる。ただしJ-クレジットの単価は省エネ由来で2,000〜3,000円台、再エネ電力由来でも約5,000円/t(2026年8月の取引所平均4,933円/t、新電力ネット集計)であり、数十億円規模のボイラー更新投資をクレジット収入で回収するモデルは成立しない。クレジットはあくまで補助金・省エネ効果に上乗せする副収入に過ぎない。

むしろ大きいのはGX-ETSである。2025年5月に成立し2026年4月に施行された改正GX推進法により、直接排出10万t-CO2以上の事業者は2026年度から算定・参加が義務化された。初回の排出枠割当と償却は2027年度、GX推進機構による排出枠取引市場の開設は2027年秋の予定である(経済産業省・GX推進機構)。製紙大手は工場単位でこの閾値を超えるとみられ、対象事業者リストはGX推進機構が公表する。割当を下回る実績を出せれば2027年度以降に余剰枠を売却でき、逆に超過すればクレジットや他社枠の購入が必要になる。J-クレジットやJCMは適格クレジットとして充当できるが、排出量の一定割合という利用上限がある(GXリーグ事務局ガイドライン)。2028年度には化石燃料輸入業者等に炭素賦課金が課される予定で、燃料価格への転嫁を通じて石炭コストが上昇する。石炭離脱の価値はクレジット単価ではなく「賦課金と排出枠購入の回避額」で測るべきであり、この計算では投資回収年数が大幅に短くなる。

黒液についてはBECCSという別の出口がある。回収ボイラーの排ガスはバイオジェニックCO2の濃度が高く、分離回収して貯留すればネガティブエミッションとして除去系クレジットの候補になる。スウェーデンではStockholm ExergiのVärtan BECCSプラントからの除去についてMicrosoftが2024年5月に10年間約333万tの購入契約を結び、2025年には508万t(年50万t、納入開始2028年)へ拡大した。契約単価は非公表だが、CDR.fyiが集計する公表取引ではBECCS由来の技術的除去は概ね100ドル/t超の水準で成立しており、削減系とは桁の異なる市場が実在する。国内では貯留地の確保が最大の壁だが、製紙業は「CO2源を最初から持っている」点でBECCS適地としての希少性を持つ。

表3 製紙業の削減施策別 収益化ルート・単価レンジ・回収年数(筆者試算)

施策 主な収益化ルート 削減コスト(円/t、試算) クレジット/回避価値(円/t) 単純回収年数(試算)
石炭→木質バイオマス転換 GX-ETS余剰枠+J-クレジット削減系+賦課金回避 5,000〜15,000 2,000〜5,000(クレジット)+排出枠・賦課金回避 8〜15年(補助金なし)
石炭→RPF・廃棄物燃料 同上+廃棄物処理収入 3,000〜8,000 同上 5〜10年
石灰キルンの燃料転換・電化 J-クレジット削減系 10,000〜20,000 2,000〜5,000 15年超
乾燥工程ヒートポンプ化 省エネ効果+J-クレジット 8,000〜15,000 2,000〜5,000 10〜15年
黒液BECCS 除去系クレジット(自主市場) 15,000〜30,000 100ドル/t超の海外公表取引が目安 貯留インフラ次第で未確定

(削減コスト・回収年数は既往の設備投資事例をもとに筆者が置いた試算値。前提として石炭価格は2024〜2025年度の一般炭輸入価格水準、排出枠価格と炭素賦課金の回避価値は合計で数千円/tを仮置きし、補助金は見込んでいない。クレジット単価は省エネ由来2,000〜3,000円台、再エネ電力由来約5,000円のレンジを採用。補助金・炭素賦課金・排出枠価格の水準により大きく変動する)

表3が示す構図は明確で、削減系クレジットの単価2,000〜5,000円/tは石炭転換の削減コスト下限にかろうじて届く程度であり、中央値では下回るため単独では投資判断を動かさない。動かすのはGX-ETSの排出枠価格と賦課金回避であり、この二つの水準次第でRPF転換の回収年数5〜10年は現実的な射程に入る。黒液BECCSだけが除去系として桁違いの単価をつけうるが、国内貯留地とパイプラインが整わない限り回収年数を確定できないというリスクを抱える。

価格ギャップの分析 — 森林クレジットは高く、削減クレジットは安いのはなぜか

J-クレジットの相対取引では、森林由来の吸収系クレジット(1万〜1.5万円/t)が省エネ由来の削減系(2,000〜3,000円台)に対して5倍前後の価格で取引されている(J-クレジット制度事務局データ集2026年3月ほか)。自主市場でも同じ構造が見られ、ICVCMのCore Carbon Principles(CCP)ラベルを取得した除去系クレジットは、削減・回避系に対して明確なプレミアムをつけている。背景にあるのは需要側の制度設計だ。SBTiが2026年6月に公表したCorporate Net-Zero Standard Version 2.0は残余排出の中和に除去を位置づけたうえで除去目標の扱いを改め、GHGプロトコルの土地部門・除去基準(2026年1月公表)は除去の計上枠を整備し、CORSIAは適格クレジットの要件を厳格化している(ICAO)。企業が「オフセットとして買っても叩かれないもの」を探した結果、供給の少ない除去系に需要が集中している。

製紙業はこの構造のなかで「除去系の供給者」になれる数少ない国内産業である。森林吸収、将来のBECCS、そして製品内炭素貯蔵という三つの除去経路を本業の延長線上に持つ。ただし高単価には裏がある。森林クレジットは永続性のバッファ控除、リーケージ(自社林を保全して他所の伐採を増やす効果)の減額、山火事や病虫害の反転リスクで実効単価が下がり、しかも一つの林地から出る量は少ない。相対単価1万円/tで年間5,000tなら5,000万円であり、売上高数千億〜1兆円規模の企業にとって損益を動かす額ではない。除去系プレミアムは「単価は高いが量が出ない」という形で製紙業の期待を裏切る。

図1(構成イメージ) クレジットの種類別価格帯と製紙業のポジション(2026年9月時点)

クレジット種別 価格帯の目安 製紙業の供給可能性 量の見通し
削減系(省エネ由来) 2,000〜3,000円台/t 高い(石炭離脱) 大(数十万t/年)
再エネ電力由来 約5,000円/t(2026年8月取引所平均4,933円) 中(バイオマス発電) 中
森林吸収系(J-クレジット) 取引所5,000円台、相対1万〜1.5万円/t 高い(社有林) 小(数千t/年)
海外ARR(CCPラベル) 自主市場平均を上回る水準 中(海外植林) 中
技術的除去(BECCS等) 100ドル/t超(公表取引の目安) 将来的に高い(黒液CO2) 未確定

(価格はJ-クレジット制度事務局データ集2026年3月、新電力ネットの取引所集計、CDR.fyiおよびEcosystem Marketplaceの公表取引を参考にした目安)

製品側の収益化 — 低炭素紙・CFP表示・グリーンプレミアムは取れるのか

クレジット以外の第2の収益化ルートは製品価格である。経済産業省と環境省が2023年3月に公表したカーボンフットプリント(CFP)ガイドラインを受けて、印刷・包装・飲料メーカーはサプライヤーに製品単位の排出量提示を求め始めた。この要請はScope3の削減義務が顧客側に発生していることの表れであり、製紙業にとっては「顧客が自らの目標達成のために低炭素紙を必要とする」という交渉上の優位に変わる。CFP値が低い紙を提示できれば、顧客は自社Scope3を減らせるのだから、その価値の一部を価格に乗せる余地が生じる。

ただしプレミアムの取りやすさはセグメントで根本的に異なる。段ボール・包装紙はプラスチック代替需要に支えられて数量が安定し、飲料・食品メーカーという脱炭素目標の明確な買い手を持つ。対して印刷用紙・新聞用紙は国内需要が構造的に縮小しており、価格交渉力は顧客側にある。低炭素という属性が「売れる理由」になるのは前者だけで、後者では「切られない理由」にとどまる。

インセットとオフセットの選択も収益判断の一部だ。自社の削減をクレジット化して市場で売れば現金になるが、その削減量は自社と買い手の帳簿から二重計上できない。クレジット化せずに顧客のScope3削減として帰属させれば現金は得られないが、顧客との関係資本と価格交渉力が残る。数量の大きい包装向け取引ではインセットを選び、印刷用紙のように顧客との関係が薄い領域ではクレジット化して現金を取る、という使い分けが現実的である。

表4 製品セグメント別 グリーンプレミアム獲得可能性の評価

セグメント 国内需要の趨勢 主な買い手のScope3圧力 プレミアム獲得可能性 推奨する収益化の型
段ボール・板紙 横ばい〜微増 強(食品・EC・飲料) 中〜高 インセット+CFP開示
包装紙・紙容器 増加(脱プラ) 強(飲料・日用品) 高 製品プレミアム
印刷・情報用紙 減少 弱〜中(出版・印刷) 低 削減分はクレジット化
新聞用紙 急減 弱 ほぼなし クレジット化・工場再編
家庭紙 横ばい 中(小売PB) 低〜中 CFP開示による差別化

表4の通り、グリーンプレミアムが取れるのは包装・容器の1行と段ボールの一部に限られる。印刷・新聞用紙で低炭素を訴求しても数量減を止める力はなく、ここでは削減分をクレジットとして切り出して現金化する方が合理的だ。プレミアム戦略を全社一律で掲げると、取れないセグメントでコストだけが積み上がる。

バイオマス製品 — 化石由来素材の代替で「第3の収益化」を狙う

黒液のカーボンニュートラル性は燃料としてはクレジット化できないが、素材としては別の価値を持つ。黒液中のリグニンを分離して化学品原料に、パルプ繊維をセルロースナノファイバー(CNF)として樹脂補強材に、木質糖化物をバイオエタノールや持続可能な航空燃料(SAF)に転換する事業が、王子ホールディングスや日本製紙を含む各社で進められている。これらは「燃やして蒸気にする」よりも高い付加価値を狙う経路であり、化石由来素材を代替した分の排出削減は顧客側のScope3削減として販売価格に反映されうる。

収益性の評価は慎重を要する。CNFは製造コストが依然として汎用樹脂を大きく上回り、経済産業省のCNF関連ロードマップでも低コスト化が主要課題に位置づけられているうえ、市場規模も限定的だ。SAFはエネルギー供給構造高度化法に基づき石油供給事業者に2030年時点で供給量の10%をSAFとする義務が課されており、制度的な引き取り手は供給義務の側にあるが、原料としての木材は廃食油に比べてコストが高い。バイオマス製品は「バイオマス利用者」としての立場を燃料から素材へ引き上げる長期投資であり、2030年までのGX-ETS対応の収益源ではなく、2035年以降の事業ポートフォリオ転換として位置づけるのが現実的である。

課題・反論・代替視点

ここまでの分析には少なくとも三つの反論が成り立つ。

まず、森林クレジットの量が出ないという指摘は、社有林を「伐採して原料にする林地」と「保全する林地」に分けて考えることで一部緩和できる。奥地林や保安林、水源林として実質的に伐採していない面積は各社とも相当規模あり、そこをFO-001の対象にすれば永続性要件との緊張は小さい。ただしその場合、追加性の説明が難しくなる。もともと伐らない森林を「伐らないからクレジット」と主張することは、J-クレジット制度が計画策定を要件とするから形式上は通っても、市場から見れば削減の実体を欠く。相対取引で1万円を超える単価は需要側の信頼に依存するため、追加性の薄いクレジットが増えれば価格自体が崩れるという自己矛盾を抱える。

次に、GX-ETSの余剰枠売却を収益源とみなすことへの反論がある。第2フェーズの割当はベンチマーク方式と過去実績に基づくグランドファザリングの併用であり、国全体のキャップはNDCに沿って逓減する設計になっている(経済産業省)。石炭離脱で余剰を出せるのは初期数年間だけで、次期割当で切り下げられれば余剰は消える。排出枠市場を恒常的な収益源として計画に組み込むのは危うく、あくまで「移行期間の投資回収を早める一時的な追い風」として扱うのが妥当だ。初回割当が2027年度、市場開設が2027年秋である以上、余剰枠が現金に変わるのは早くても2027年度末以降であり、それまでの1年半は帳簿上の期待に過ぎない。

さらに代替視点として「製紙業は収益化を急ぐべきではない」という立場もありうる。除去系クレジットの価格上昇は需要側ルールの厳格化が続く限り継続する可能性が高く、今1万円/tで売るより、2030年代にBECCSを組み合わせて技術的除去として売る方が期待値は大きい。国内の貯留地整備がJOGMECの先進的CCS事業で2030年度頃の貯留開始を目標に進んでいることを踏まえれば、黒液CO2の分離回収技術に今から投資し、クレジットの売却は待つという戦略は、現金化を急ぐ戦略と少なくとも同程度に合理的だ。

日本市場・日本企業への示唆

海外の製紙・林業企業の事例をそのまま持ち込めない理由は、制度の接続先が違うことにある。北欧のBECCSはスウェーデン政府の逆オークション型補助と民間の除去購入契約で成立しており、EU ETSへの統合は2026年7月の欧州委員会提案(2031年以降にCRCF認証済みBioCCS・DACCSを欧州委が中央購入する仕組み)で緒に就いたばかりだ(European Commission)。国内ではGX-ETSにおける除去系クレジットの扱いと貯留インフラの両方が未整備であり、北欧型の収益モデルを前提に投資回収を描くことはできない。ブラジルやチリのユーカリ植林は7年伐期で吸収速度が国内人工林の数倍あり、国内の社有林にARR方法論の収益期待を当てはめると過大評価になる。

日本企業にとっての現実的な示唆は三つの時間軸に分かれる。2026年度に義務参加が始まり、2027年度の初回割当と2028年度の炭素賦課金を控える現在は、石炭離脱の投資判断を排出枠価格と賦課金回避額で再評価する時期であり、この段階でJ-クレジット削減系は副収入以上のものではない。2028〜2032年は包装・容器セグメントでCFP開示を武器に価格交渉を進め、国内社有林のJ-クレジットはGX-ETS適格クレジットとして利用上限の範囲で自社充当し、残りを国内顧客向けの相対取引で売る時期になる。2030年代半ば以降はBECCSと海外植林ARRという除去系の供給者としての立場が本格的に価値を持ち、この時点で「森林資源の供給者」と「バイオマス利用者」の二重の立場が初めて一つの収益構造に統合される。

日本固有の制約として、国内人工林の伐期が長く、再造林コストが高く、林業の担い手が減っている点は避けて通れない。FO-001の主伐・再造林型クレジットは再造林を確実に実行できる企業にしか出せず、製紙大手が自社林業部門と地域の森林組合をどう組織するかが、クレジット量を決める実務上の分水嶺になる。制度が整っても、植える人がいなければ吸収量は生まれない。

まとめ

製紙業の「既に半分はカーボンニュートラル」という出発点は、収益化の観点では資産ではなく制約である。黒液由来の削減はベースラインに織り込まれてクレジットにならず、残る石炭・ガスの削減だけが削減系クレジットとGX-ETSの余剰枠に変わる。その単価は省エネ由来で2,000〜3,000円台、再エネ電力由来でも約5,000円/tに過ぎず、投資判断を動かすのはクレジットではなく2027年度に始まる排出枠の割当・取引と2028年度の炭素賦課金の回避額である。

供給者側では、国内社有林のJ-クレジットが相対取引で1万〜1.5万円/tと高単価である一方、永続性要件と面積の制約で年間数千t規模にとどまり、損益を動かす額にならない。海外植林のARRは量が出るがバッファ控除と評判リスクを伴う。製品側のグリーンプレミアムは包装・容器セグメントでのみ現実的で、印刷用紙では削減分をクレジット化して現金を取る方が合理的だ。二重の立場が二重の収益にならないのは、供給者としての吸収量と利用者としての削減量が、それぞれ別の制度・別の価格・別の買い手に接続されていて、統合する接点が現時点では存在しないからである。

その接点になりうるのが黒液BECCSだ。バイオジェニックCO2の分離回収と貯留が国内で実装されれば、製紙業は削減系ではなく100ドル/t超の技術的除去の供給者になり、森林と工場が自主市場向けの一つの除去系ポートフォリオに統合される。GX-ETSでの扱いは森林系J-クレジット以外の除去が適格化されていない現状では別の話であり、両市場を混同した投資計画は成立しない。2030年度前後に国内先進的CCS事業の貯留が始まり、GX-ETSにおける除去系クレジットの扱いが確定するまでの3〜4年が、製紙業が「既に達成した過去」を語る産業で終わるか、「これから除去する量」を売る産業に転じるかの分水嶺となる。


主要出典

  1. 日本製紙連合会「紙パルプ産業のエネルギー需要及びCO2排出の動向 2025年度版(2023年度実績)」「地球温暖化対策 長期ビジョン2050」 — https://www.jpa.gr.jp/
  2. J-クレジット制度事務局「方法論FO-001 森林経営活動」「J-クレジット制度 データ集(2026年3月)」「入札販売結果」 — https://japancredit.go.jp/
  3. 経済産業省「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX推進法)改正法」(2025年5月成立・2026年4月施行)、排出量取引制度(GX-ETS)制度説明資料 — https://www.meti.go.jp/
  4. GX推進機構「排出量取引制度 対象事業者・排出枠取引市場(2027年秋開設予定)」関連公表資料
  5. GXリーグ事務局「適格カーボン・クレジットの活用に関するガイドライン」(2024年4月) — https://gx-league.go.jp/
  6. 王子ホールディングス「森林資源・保有森林面積」(国内18.8万ha・海外44.7万ha) — https://www.ojiholdings.co.jp/
  7. 日本製紙グループ「社有林・海外植林事業」(国内約9万ha・海外約8万ha) — https://www.nipponpapergroup.com/
  8. Verra「VM0047 Afforestation, Reforestation and Revegetation」「VCS AFOLU Non-Permanence Risk Tool v4.1」 — https://verra.org/methodologies/
  9. Integrity Council for the Voluntary Carbon Market「Core Carbon Principles」およびCCPラベル承認方法論一覧 — https://icvcm.org/core-carbon-principles/
  10. IPCC「2006 IPCC Guidelines for National Greenhouse Gas Inventories」Vol.4 Ch.12(伐採木材製品)、「2013 Revised Supplementary Methods and Good Practice Guidance Arising from the Kyoto Protocol」 — https://www.ipcc-nggip.iges.or.jp/public/2006gl/
  11. GHG Protocol「Land Sector and Removals Standard」(2026年1月30日公表)「Land Sector and Removals Guidance」(2026年6月30日公表、2027年1月1日発効) — https://ghgprotocol.org/
  12. Science Based Targets initiative「Corporate Net-Zero Standard Version 2.0」(2026年6月11日公表) — https://sciencebasedtargets.org/net-zero
  13. ICAO「CORSIA Eligible Emissions Units」 — https://www.icao.int/environmental-protection/CORSIA
  14. 経済産業省・環境省「カーボンフットプリント ガイドライン」(2023年3月)
  15. Stockholm Exergi「Microsoft との BECCS 炭素除去購入契約」プレスリリース(2024年5月、2025年拡大分) — https://www.stockholmexergi.se/
  16. CDR.fyi「Carbon Dioxide Removal 取引データ(公表契約の集計)」 — https://www.cdr.fyi/
  17. European Commission「EU ETS見直し提案(2026年7月、CRCF認証除去の中央購入)」 — https://climate.ec.europa.eu/eu-action/eu-emissions-trading-system-eu-ets_en
  18. JOGMEC「先進的CCS事業」関連公表資料 — https://www.jogmec.go.jp/
  19. 経済産業省・資源エネルギー庁「エネルギー供給構造高度化法に基づくSAF供給目標(2030年10%)」告示関連資料

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