CBAMの対象製品と施行スケジュール
現行対象セクター(2026年〜)
CBAM規則(EU 2023/956)が対象とする6セクターは以下の通りだ。製品はEU複合品目分類(CN code)で特定される。
| セクター | 主なCNコード例 | 日本輸出への影響度 |
|---|---|---|
| 鉄鋼(Iron & Steel) | 7201〜7228、7326等 | 高 |
| アルミニウム | 7601(未加工) | 中 |
| セメント | 2523 | 低 |
| 肥料 | 3102、3104、3105 | 低〜中 |
| 電力 | 輸入電力 | 直接輸出なし |
| 水素 | 2804.20 | 将来的に高 |
鉄鋼は日本がEU向け輸出で5位に位置するため影響度が高く、セメントは日本からEUへの輸出量が少ないため影響度は低い。
2028年のスコープ拡大
欧州委員会は2025年12月17日、CBAM対象を約180種類の下流製品へ拡大する提案を公表した。機械・車両・家電など鉄鋼・アルミ集約製品が追加される見通しで、日本は拡大スコープで最も影響を受ける上位5カ国に位置する(出典:S&P Global)。
移行期間から本格施行へ:何が変わったか
2023年10月〜2025年12月は移行期間で、輸入者はEU当局への排出量報告のみが必要(証明書購入義務なし)だった。2026年1月1日の定義期間開始で財務義務の枠組みが発生したが、EU規則2025/2083による簡素化措置により、CBAM証明書の実際の販売開始は2027年2月1日、初回の年次申告提出期限は2027年9月30日となる。
| フェーズ | 期間 | 義務内容 |
|---|---|---|
| 移行期間 | 2023年10月〜2025年12月 | 四半期ごとの排出量報告のみ |
| 本格施行(定義期間) | 2026年1月1日〜 | 証明書義務量にCBAMファクターを適用 |
| 証明書販売開始 | 2027年2月1日〜 | CBAM証明書の販売開始 |
| 初回年次申告 | 2027年9月30日 | 2026年輸入分を申告(以降毎年9月30日) |
| 週次価格制度 | 2027年1月〜 | 証明書価格を四半期更新から週次更新へ移行 |
| スコープ拡大 | 2028年1月〜(予定) | 下流製品約180品目を追加 |
2026年1月7日時点でEU域内の輸入者から12,000件超の認定申請が提出され、4,100件以上が認定を取得(出典:EC CBAM News)。
CBAMファクターによる証明書義務量の段階導入
定義期間初年度から内包排出量の全量に証明書購入義務が課されるわけではない点に注意が必要だ。EU ETSにおける無償割当の段階的廃止と歩調を合わせる「CBAMファクター」が適用され、証明書の提出義務量は段階的に引き上げられる。2026年は対象となる内包排出量のうち2.5%分についてのみ証明書の購入・提出が求められ、以降この割合は毎年増加し、2034年に100%に到達する。
段階導入のイメージは以下の通りだ。
| 年 | CBAMファクター(証明書義務割合) |
|---|---|
| 2026年 | 2.5% |
| 2027年以降 | 毎年段階的に増加 |
| 2034年 | 100%(全量適用) |
したがって2026年時点の実質的な証明書コスト負担は、内包排出量の全量に証明書価格を乗じた名目値よりも大幅に小さい。ただし義務割合は毎年確実に拡大していくため、輸入者・輸出者ともに2034年の全量適用を見据えたコスト計画と排出削減の準備が不可欠となる。
CBAM証明書の価格:EU ETSと連動
CBAM証明書価格はEU排出権取引制度(EU ETS)のオークション落札価格の加重平均で算定される。
| 時期 | EU ETSまたはCBAM価格 | 備考 |
|---|---|---|
| 2024年年間平均 | €64.8/tCO₂ | 前年比18%下落 |
| 2025年Q4平均 | €81.44/tCO₂ | 高値水準 |
| 2025年12月平均 | €83.90/tCO₂ | 年間ピーク近辺 |
| 2026年Q1 CBAM価格 | €75.36/tCO₂ | 2026年4月7日EU公式発表 |
2026年は四半期ごとに価格が更新される(Q2は2026年7月6日頃公表済み)。2027年1月以降は週次更新に移行し、炭素価格の変動をリアルタイムに反映するようになる(出典:EC CBAM証明書価格ページ)。
内包炭素排出量の算定方法
CBAM申告の核心は「内包炭素排出量(Embedded Emissions)」の算定だ。規則附属書IV・施行規則(EU 2023/1773)に基づく方法が基準となる。
算定に含まれる排出の範囲
- 直接排出(Scope 1相当):製造プロセス中の燃焼・工程排出・フガティブ排出
- 間接排出(Scope 2相当):製造に使用した電力由来の排出
- 前駆物質(プリカーサー)からの排出:原材料の上流製造段階での排出
ベンチマーク値 vs デフォルト値
実測データが入手できない場合は「デフォルト値」を使うが、デフォルト値にはペナルティ的な割増が適用される。
| データ種別 | 2026年 | 2027年 | 2028年以降 |
|---|---|---|---|
| 実測値(検証済み) | そのまま適用 | そのまま適用 | そのまま適用 |
| デフォルト値 | +10%割増 | +20%割増 | +30%割増 |
つまり「輸出者が排出量データを提供しない→輸入者はデフォルト値を使用→2028年以降は実態より30%多い排出量として計上→証明書購入コストが過大になる」という構造だ。日本の輸出企業はデータ透明性の確保が経済的な意味でも重要になる(出典:ARTEM Earth — CBAM Benchmarks 2026)。
具体的な試算例(鉄鋼の場合)
条件設定:熱延コイル(HRC)1トンをEUへ輸出、内包排出量 = 2.0 tCO₂/t(実測値提供)
まず、CBAMファクターを適用しない名目上の満額コストは以下の通り。
名目コスト(全量適用時) = 2.0 tCO₂ × €75.36/tCO₂ = €150.72/トン
ただし2026年に実際に購入・提出が必要な証明書は、内包排出量の2.5%分のみだ。
2026年の実負担 = €150.72 × 2.5% = 約€3.8/トン
CBAMファクターは毎年引き上げられ、2034年に100%へ到達する。したがって同じ排出量・同じ証明書価格を前提とすれば、負担は2026年の約€3.8/トンから2034年には€150.72/トンへと段階的に拡大していく。
デフォルト値(2028年以降+30%割増、仮に2.6 tCO₂と仮定)の場合:2.6 tCO₂ × €80/tCO₂(将来価格仮定)= €208/トン(同じく全量適用時の名目値であり、2028年時点の実負担はその年のCBAMファクター分に限られる)。
参考:EU域内の鉄鋼スポット価格(HRC)は€450〜550/トンで推移しており、全量適用となる2034年時点では、CBAM証明書コストが製品コストの30〜40%に相当するケースも出てくる計算だ。一方2026年時点では、CBAMファクター2.5%の適用により実負担は製品価格の1%未満にとどまる。
CBAM認定申告者(Authorized Declarant)の申請プロセス
EU輸入者は、年間50トン超のCBAM対象品目を輸入する場合、CBAM認定申告者(Authorized CBAM Declarant)として登録しなければならない。日本の輸出企業が直接CBAM申告を行うわけではないが、EU側の輸入者(取引先・子会社・代理店)がこのプロセスを通過できなければ取引が成立しない。
- 申請先:輸入者が設立されたEU加盟国の国家管轄当局(NCA)
- 審査期間:申請受理後120日
- 申告タイミング:初回の年次CBAM申告期限は2027年9月30日(2026年輸入分)、以降毎年9月30日に前年分の年次申告を提出
- 必要情報:輸入品のCNコード・数量・原産国・内包排出量(実測または検証済みデータ)・使用した算定方法
- 検証要件:第三者独立機関による排出量データ検証が義務
日本輸出企業への影響と対応戦略
直接影響の規模
EUへの日本鉄鋼輸出シェアは約4.1%(全輸出量比)と限定的だが、2028年以降の下流製品拡大で機械・自動車部品等も対象になれば影響が大幅に拡大する。
日本に特有の構造問題が「デスバレー(2026〜2040年)」問題だ。EU ETS価格がCBAM経由で日本輸出コストに直接転嫁されるのに対し、日本国内のGX-ETS実効炭素価格は1.33%換算レート(ほぼ無効)で、高炉への石炭燃料税免税も2029年3月まで継続。水素DRI転換は2040年代まで実用化困難という15年ギャップが存在する(出典:Terawatt Times — Japan CBAM 2026)。
日本企業の対応アクション
- 排出量データの透明化・検証:製造工程ごとの排出量を実測・記録し、第三者検証を受けてEU輸入者に提供。デフォルト値割増(2028年以降+30%)を回避することで証明書コストを削減できる。
- EU輸入者(取引先)との連携:EU側のCBAM認定申告者が適切に申告できるよう、CN8コード別・製品ロット別の排出量データ提供体制を構築。
- 省エネ・低炭素化投資の加速:製造工程の電化・効率化でEmbedded Emissionsを削減すれば証明書コストが直接減少。GX-ETS排出枠の削減にもつながり二重の効果。
- 2028年スコープ拡大への備え:機械・車両部品等の下流製品がCBAM対象になる前に、製品別LCA算定体制を整備しておく。欧州委員会の提案が正式採択されるまでの期間(2025〜2027年)を活用する。
- 非EU市場シフトの検討:日本鉄鋼大手がUSスチール買収(日本製鉄・約141億ドル=約2兆円)で北米資産を取得したように、CBAM適用外市場での生産・販売比率を高める戦略も有効。
まとめ
- 2026年1月1日に定義期間が始まったが、EU規則2025/2083の簡素化措置により、CBAM証明書の販売開始は2027年2月1日、初回の年次申告期限は2027年9月30日となる。
- CBAMファクターにより2026年の証明書義務量は対象排出量の2.5%分のみ。HRC 1トン(2.0 tCO₂)なら実負担は約€3.8/トンだが、2034年の全量適用時には€150.72/トン相当まで拡大するため、中長期のコスト計画が必要。
- 実測データ+第三者検証の提供体制を整えれば、デフォルト値の割増(2028年以降+30%)を回避でき、EU側取引先の証明書コストを直接削減できる。
- EU輸入者(取引先・子会社)のCBAM認定申告者登録と年次申告(初回2027年9月30日、以降毎年9月30日期限)を支えるため、CNコード別・ロット別の排出量データ共有体制を構築する。
- 証明書価格はEU ETSと連動し、2027年からは週次更新に移行するため、炭素コスト試算は定期的に更新する。
- 2028年の下流製品約180品目への拡大提案を見据え、機械・車両部品等の製品別LCA算定体制を今から整備しておく。
参考文献
- 欧州委員会 — Carbon Border Adjustment Mechanism(公式)
- 欧州委員会 — CBAM Certificate Prices(Q1 2026: €75.36)
- 欧州委員会 — CBAM enters into force January 2026 (News)
- EU Regulation 2023/956 (CBAM Regulation Full Text)
- EU Regulation 2025/2083 (CBAM簡素化措置)
- S&P Global — Brussels to expand CBAM to downstream products (Dec 2025)
- S&P Global — Q1 2026 CBAM price confirmed €75.36
- Terawatt Times — Japan CBAM 2026: The Triple Lock
- ARTEM Earth — CBAM Benchmarks and Default Values 2026
- ASUENE — CBAM Definitive Phase Guide 2026
- Coolset — How to Calculate CBAM Costs (with examples)