自動車業界はScope 3 Cat.11(販売車両の使用時排出)が全Scope 3の80〜90%を占める「Cat.11依存型」だが、EV転換とともに構造が変化しつつある。バッテリーサプライチェーン(Cat.1)のCO₂開示・EUバッテリー規則・LCA開示義務という新たな規制圧力に加え、製造業としての自動車メーカーが抱えるScope 3の全体像と対応実務を解説する。
自動車業界のScope 3構造
| カテゴリ | 内容 | 典型的な比率 |
|---|---|---|
| Cat.1(購入品・サービス) | 部品・素材・バッテリーの製造排出 | 5〜10% |
| Cat.4(輸送・物流) | 部品・完成車の輸送 | 1〜3% |
| Cat.11(販売製品の使用) | 車両使用時の燃料・電力消費 | 80〜90% |
| Cat.12(廃棄処理) | 廃車処理 | 1〜2% |
ICE(内燃機関)車からEVへの転換はCat.11を大幅削減しますが、Cat.1(特にバッテリー製造)が増大します。EVの製造時排出量はICE車比で約50〜80%多く(バッテリー製造の排出が大きいため)、「走行時のライフサイクル排出量」で比較すると、電力のグリーン化が進む欧州ではEVが有利、電力が石炭依存の地域では差が縮まります。
EUバッテリー規則とLCA開示義務
EU「バッテリー規則」(2023年施行)は自動車用・産業用バッテリーに以下を義務付けます:
- カーボンフットプリント(CFP)開示:バッテリー1kWh当たりのライフサイクルCO₂排出量の申告(2024〜2025年から段階適用)
- CFP性能クラス:CO₂排出量に基づくクラス分け。将来的に高排出バッテリーのEU市場参入規制が導入される予定
- バッテリーパスポート:素材・製造工場・リサイクル含有率・CFPをデジタルで記録・開示する仕組み(2026年〜)
- リサイクル含有率目標:2030年までにリサイクルコバルト12%・リチウム4%・ニッケル4%以上の使用義務
日本の自動車メーカー・バッテリーサプライヤーはEU市場向け車両・バッテリーについて、これらの要件に対応した「バッテリーカーボンフットプリント算定体制」の整備が急務です。
バッテリーサプライチェーンのCat.1管理
EV用バッテリーのCat.1(購入した製品の製造排出)は以下の構成:
- 原材料採掘:コバルト(コンゴ)・リチウム(南米・豪州)・ニッケルの採掘・精製排出
- セル製造(中国・韓国・日本):ギガファクトリーの電力消費が最大の排出源。工場が化石燃料電力を使用している場合、セル製造の排出が大きい
- パック組み立て:組み立て工程は比較的排出量が小さい
バッテリーセル製造工場(CATL・LG・パナソニック等)が再エネ電力を使用しているかどうかがCat.1排出量を大きく左右します。自動車メーカーがサプライヤーに「再エネ電力証書の取得」「SBTi目標設定」を要求する動きが加速しています(VolkswagenのScope 3 サプライヤー要求等が先例)。
Cat.11の削減戦略:EV転換の加速
Cat.11削減の本丸はICE車からEVへの販売ミックスシフトです。ただし注意すべき点:
- EVは製造時(Cat.1)の排出が大きいため、「ライフサイクル」で評価する必要がある
- 走行電力の電源構成(グリーン度)がEVのCat.11排出量を決定する
- 消費者への充電インフラ整備・再エネ電力での充電普及がCat.11削減の加速要因
SBTi「自動車セクター」ガイダンスでは、2030年・2035年のEV比率目標と絶対排出量削減目標の両方が推奨されています。
LCA開示の実務
EU・日本で自動車のLCA(ライフサイクルアセスメント)開示要求が強まっています:
- ISO 14044準拠のLCA:製造・使用・廃棄の全フェーズでのCO₂排出量を第三者検証付きで算定
- シナリオ設定の重要性:使用電力の電源構成(現在の電力ミックスvs.将来の再エネ化シナリオ)によってLCA結果が大きく変わる
- EPD(環境製品宣言):ISO 14025準拠の標準化されたLCA開示フォーマット。欧州の公共調達・B2B取引での要求が増加
まとめ
自動車業界のScope 3対応は、EV転換によるCat.11(販売製品の使用)の削減と、バッテリーサプライチェーンにおけるCat.1の管理という二正面作戦の様相を呈しています。動力源の切り替えは走行時排出を大きく圧縮する一方で、その排出を車両のライフサイクル上流へと移し替える側面を持ち、バッテリー調達・製造に伴う排出の把握と管理が同時に問われることになります。片方だけを進めても全体としての削減にはつながらず、両輪をそろえて設計することが前提となります。
この構図をさらに複雑にしているのが、EUバッテリー規則、LCA開示義務、サプライヤーへのSBTi要求という3つの規制圧力が同時進行している点です。それぞれ求める対応の粒度も期限も異なりますが、いずれもサプライチェーン上流のデータをどこまで正確に押さえられているかという一点に収斂します。個別の規制ごとに場当たり的に対応するのではなく、バッテリーのカーボンフットプリント(CFP)算定体制という共通基盤を整備し、そこから各制度が求める開示を導き出せる形に組み替えることが、実務上の合理的な解になります。
2025〜2026年の最優先事項は、したがってバッテリーCFP算定体制の整備と、サプライヤーエンゲージメントの深化の2点に絞られます。算定体制はサプライヤーから一次データを引き出せて初めて機能し、エンゲージメントもまた何を測るのかが定まって初めて実質を持つため、両者は相互に依存する関係にあります。今後、規制の要求水準がさらに具体化していく局面において、上流企業とどこまで踏み込んだデータ連携を築けているかが、各社の対応力を分ける試金石として試されることになります。