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セメント・コンクリートの脱炭素 — クリンカ比率低減とCCUSコンクリートの経済性

低炭素コンクリートの収益性は、技術の削減率ではなく「グリーンプレミアムを建設バリューチェーンのどこで回収するか」で決まる。セメント製造のCO2は約6割が石灰石の脱炭酸という化学反応から出るため、燃料転換をどれだけ進めても半分以上が残り、クリンカ比率低減・CO2吸収コンクリート・キルンCCUSという3つの経路のいずれかに踏み込まざるを得ない。この3経路は、削減単価が桁で違うだけでなく、コストを負担する主体も、プレミアムが乗る条件も、接続すべき制度もまったく異なる。(本稿の情報は2026年09月時点)

セメントCO2の構造 — なぜ「燃料転換」では終わらないのか

セメント1トンの製造で排出されるCO2は、普通ポルトランドセメントで約770kg-CO2/tである(セメント協会のLCIデータに基づく概数)。その内訳は、石灰石(CaCO3)を焼成してクリンカを作る際に化学的に放出されるプロセス排出が約60%、キルンを1,450℃に保つ燃料由来が約30〜35%、残りが電力だ(セメント協会、IEA/CSIロードマップ)。プロセス排出は燃料を水素やバイオマスに替えても1グラムも減らない。ここが鉄鋼の水素還元とセメントの決定的な違いであり、セメントの脱炭素が「燃料の問題」ではなく「クリンカの量とCO2の行き先の問題」になる理由である。

日本のセメント産業は年間4,500〜5,000万t規模を生産し、国内需要の縮小とともに生産量も減少傾向にある(セメント協会統計)。排出量は国内CO2排出量の約3〜4%に相当し、その6割がプロセス排出として工業プロセス起源に分類される。この排出を減らす技術経路は3つに整理できる。クリンカそのものを減らす「クリンカ比率低減」(高炉スラグ・フライアッシュなどの混合材、SCM=補助セメント質材料、焼成粘土+石灰石のLC3)、コンクリートにCO2を吸わせて固定する「CO2吸収・固定コンクリート」(カーボネーション硬化、炭酸カルシウム骨材・混和材)、そしてキルン排ガスから直接CO2を回収して貯留・利用する「キルンCCUS」である。

経路 削減ポテンシャル(対普通ポルトランド) 追加コスト(推計) 技術成熟度(2026年時点) 主要プレイヤー
(a) クリンカ比率低減 20〜40%(高炉セメントB種で約40%、LC3で約40%) ▲0〜+3,000円/t-セメント(上限はLC3の推計値) 商用(混合セメント)/初期商用(LC3は海外で商用、国内は実証段階) セメント各社、日本製鉄・JFE(スラグ供給元)
(b) CO2吸収・固定コンクリート 製品ベースで50%〜100%超(カーボンネガティブ製品あり) 非公開(案件個別見積が中心で、通常品に対するプレミアムの水準は公表されていない) 初期商用(プレキャスト・非構造部材中心) 鹿島・デンカ・中国電力、大成建設、清水建設、大林組
(c) キルンCCUS キルン排出の90%超を回収可能 1.6〜3.2万円/t-CO2(€100〜200相当、欧州水準) 商用第1号(Heidelberg Brevik、2025年稼働) Heidelberg Materials、Holcim、Cemex、太平洋セメント、三菱重工業

【表1】3つの脱炭素経路の比較。追加コストは公開情報をもとにした推計値で、為替は160円/€(執筆時点の概算レート)で換算。(b)は各社とも価格を公表しておらず、追加コストの水準は明示していない。

表1が示す通り、削減単価は(a)がほぼゼロ、(c)がトン当たり数万円と、両端で桁が違う。有利なのは明らかに(a)だが、後述する通り(a)は「安すぎてプレミアムが乗らない」うえに国内のSCM供給が構造的に細っていく。リスクが最も大きいのは(c)で、政府補助と炭素価格の両方が揃わなければ単体では成立しない。(b)は削減率こそ最大だが、用途が非構造部材に限られており、市場規模がボトルネックになる。

クリンカ比率低減の経済性 — 「もっとも安い削減」の限界と収益構造

高炉セメントB種(スラグ置換率30〜60%)は、普通ポルトランドセメントに対して約40%のCO2削減を実現しながら、価格は普通セメントとほぼ同等かわずかに安い。追加コストがゼロないしマイナスの削減手段など他の産業には滅多に存在しない。ところがこの「安さ」が収益化の最大の障害になる。買い手から見れば、高炉セメントは昔から土木・地下構造物で普通に使われてきた汎用品であり、「脱炭素だから高く買う」という動機が生まれない。削減コストがゼロの製品にプレミアムを付ける論理は、EPD(環境製品宣言)などによるCO2排出量の開示・認証と紐付けて初めて成立する。

より深刻なのは供給側の構造変化である。高炉スラグは日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼の高炉から出る副産物で、国内発生量は年間2,000万t前後だが、粗鋼生産の縮小とともに減り続けている(鐵鋼スラグ協会統計)。日本製鉄は九州製鉄所八幡地区と瀬戸内製鉄所広畑地区(兵庫)で2029年度をめどに大型電炉への転換を計画し、JFEスチールは倉敷地区で2027〜28年度の電炉稼働を目指している(各社公表資料)。電炉スラグは高炉スラグと化学組成が異なり、潜在水硬性を持たないため、そのまま混合材としては使えない。フライアッシュも石炭火力の縮小(非効率石炭火力のフェードアウト方針)で先細りだ。つまりクリンカ比率低減の主役だった2つのSCMは、2030年代に「安価で無尽蔵」ではなくなる。代替候補のLC3(焼成粘土+石灰石、EPFL開発)は約40%の削減率で高炉B種に並ぶが、粘土の焼成設備投資が必要で、追加コストは推計でセメント1t当たり1,000〜3,000円程度になる。

そして日本では、技術限界の手前に制度限界がある。建築基準法第37条は、構造耐力上主要な部分に使う指定建築材料にJIS適合(第1号)または国土交通大臣認定(第2号)を求めている。レディーミクストコンクリートはJIS A 5308、高炉セメントはJIS R 5211、フライアッシュセメントはJIS R 5213に規定されている。JIS A 5308は2024年に改正されたものの、結合材の大半を混合材に置き換えるような高置換配合は依然として規格の外にあり、案件ごとに大臣認定を取るか、JIS範囲内に収めるかが実務上の選択肢になる。

セメント種別 クリンカ比率(概数) CO2原単位(kg-CO2/t、概数) 追加コスト(対普通、推計) JIS/建築基準法上の扱い
普通ポルトランド(N) 約95% 約770 基準 JIS R 5210、全用途
高炉セメントB種(BB) 40〜70% 約470 ▲0〜ほぼ同等 JIS R 5211、建築・土木とも実績多数(建築の上部構造では採用少)
高炉セメントC種 30〜40% 約330(置換率からの按分推計) 同等〜若干増 JIS R 5211、初期強度・養生の制約で採用は限定的
フライアッシュセメントB種 80〜90% 約650(置換率からの按分推計) 同等 JIS R 5213、原料供給が縮小傾向
LC3相当(焼成粘土+石灰石) 約50% 約460 +1,000〜3,000円/t 国内JISに該当規格なし、大臣認定または混和材規格化が前提
高置換SCMコンクリート(ゼネコン独自配合) 結合材中20〜40% 60〜80%減 配合次第(数%〜数十%増) JIS A 5308外、建築基準法37条第2号の大臣認定

【表2】クリンカ比率別のCO2原単位・追加コスト・制度上の使用可否。普通ポルトランドと高炉B種の原単位はセメント協会LCIデータをもとにした概数、C種・フライアッシュB種はクリンカ置換率から按分した推計値。

表2で有利なのは、追加コストなしで約40%削減できる高炉セメントB種であり、これが「使える案件」では議論の余地なく第一選択になる。リスクは2点に集約される。ひとつは建築の上部構造での採用実績の薄さで、施主・設計者が初期強度や中性化への懸念からNを指定し続ける慣行だ。もうひとつは表の下2行で、削減率が高い配合ほど大臣認定という時間とコストの壁に直面する点である。技術ではなく制度がコストカーブを決めている。

CO2吸収コンクリートの価格形成 — カーボンネガティブ製品は「いくらで売れているか」

国内では、鹿島建設・デンカ・中国電力・ランデスのCO2-SUICOM(γ-C2Sという特殊混和材とCO2養生でカーボンネガティブを達成)が2010年代から製品出荷を重ね、大成建設のT-eConcrete/Carbon-Recycle、清水建設のSUSMICS-C、大林組のクリーンクリートなどが加わって、2020年代前半にゼネコン主導の低炭素・カーボンネガティブ製品群が出揃った。ただし現実の用途は、プレキャスト製品、境界ブロック、埋設型枠、舗装ブロックといった非構造部材にほぼ限られる。CO2養生には密閉養生槽が必要で、現場打ちには適用できないからだ。

価格は各社とも公表しておらず、案件ごとの個別見積が基本で、通常品に対するプレミアムの水準は外部からは確認できない。確かなのは、このプレミアムが吸収されるのは、施主の脱炭素目標が「調達仕様」にまで落ちている案件だけだということである。具体的には、SBT認定を持つ事業会社の自社施設、環境配慮型の公共工事、再開発でのブランド訴求といった案件で、ゼネコンが「見せ場」として少量を採用する構図に過ぎない。

海外まで視野を広げると、プレミアムの付け方は3類型に整理できる。製品そのものに上乗せ価格を付ける「製品プレミアム型」、販売価格は据え置いて削減分をクレジットとして別途売る「クレジット収益分配型」、削減率に応じて価格を段階設定し買い手に選ばせる「ティア別価格型」である。CCSのコストをマスバランスで製品に配分するevoZeroは、原資がCCSであるだけで構造としては製品プレミアム型の一種だ。

製品名 企業(国) 技術 削減率 価格設定モデル(類型) 主用途
CO2-SUICOM 鹿島・デンカ・中国電力・ランデス(日本) γ-C2S混和材+CO2養生 カーボンネガティブ 製品プレミアム型(価格非公開、案件個別見積) プレキャスト、ブロック、埋設型枠
T-eConcrete/Carbon-Recycle 大成建設(日本) 高炉スラグ主体+炭酸カルシウム カーボンネガティブ 製品プレミアム型(案件個別見積) プレキャスト、一部現場打ち
クリーンクリート 大林組(日本) 高炉スラグ高置換 最大約80%減 ティア別価格型(配合ティア別の増額) 現場打ちを含む建築構造体
CarbonCure CarbonCure Technologies(カナダ) 生コンへのCO2注入・鉱物化 約5%(配合最適化込み) クレジット収益分配型(生コン販売価格は据え置き、除去クレジットをMicrosoft等に販売) 一般生コン
evoZero Heidelberg Materials(独) Brevik CCS由来のマスバランス配分 ネットゼロ(マスバランス) 製品プレミアム型(CCSコスト転嫁、プレミアム非公開) 欧州の一般建設
ECOPact Holcim(スイス) SCM置換+配合最適化 30〜90%減のティア ティア別価格型(削減率ティア別価格) 一般生コン

【表3】国内外の低炭素コンクリート製品とプレミアム構造。価格設定モデルは本文の3類型に対応させて分類した。

表3で収益モデルとして最も洗練されているのはCarbonCureとHolcimである。CarbonCureは削減率が約5%に過ぎないのに、生コンの販売価格にプレミアムを乗せず、削減分をカーボン除去クレジットとして企業のバイヤーに売り、その収益を生コン工場と分配する(工場側はライセンス料・設備費を負担する)。買い手にプレミアムを求めないので採用障壁がなく、市場規模で稼ぐ。HolcimのECOPactは削減率30%なら小幅、90%なら大幅というティア制で、施主の予算と目標に応じて自分で選ばせる。日本製品の「製品プレミアム型」は削減率では世界最高水準だが、用途が非構造部材に限られるため市場規模は小さく、プレミアムを払う主体を案件ごとに見つけなければ数量が伸びない構造にある。リスクはここにある。

キルンCCUSの経済性 — 1トン1万円超の削減コストを誰が負担するのか

Heidelberg MaterialsのBrevik工場(ノルウェー)は2025年に世界初のセメント工場フルスケールCCSとして稼働し、年間40万tのCO2を回収してNorthern Lightsの海底貯留に送っている。この事業はノルウェー政府のLongshipプログラムの一部で、投資・運営費の大半を政府が負担する構造だ(Heidelberg Materials、ノルウェー政府公表資料)。HolcimのGO4ZERO(ベルギー)、CemexのRüdersdorf(独)もEU Innovation Fundの補助を受けている。セメントCCSの回収・輸送・貯留コストは€100〜200/tCO2規模と見積もられており(IEA、GCCA)、EU ETSの炭素価格が2025年以降おおむね€70〜80/t前後で推移してきた状況では、補助なしで事業として自立する計算にならない。

日本では、太平洋セメントが三重県の藤原工場でNEDO事業としてCO2分離回収の実証を進め、JOGMECの先進的CCS事業のうち東北地方日本海側の案件に日本製鉄・伊藤忠・三菱重工業らとともに参画している(2024年度公表時点の構成、JOGMEC公表資料)。2024年5月に成立したCCS事業法(二酸化炭素の貯留事業に関する法律)は段階的に施行され、貯留事業の許可制度は運用段階に入った(経済産業省)。それでも、日本のCCSはパイプライン網も貯留サイトも欧州より未整備で、輸送・貯留コストは欧州の水準を上回る可能性が高い。

削減コストを負担する主体を整理するため、3つのシナリオを試算した。

シナリオ 炭素価格の前提 補助の前提 削減コスト(試算) 主な回収手段 成立性(判断)
A:欧州型(Brevik) EU ETS €70〜80/t、無償割当は2026年からCBAM本格適用に伴い段階縮小 政府が投資・運営費の大半 €100〜200/t(1.6〜3.2万円/t) ETS費用回避+evoZeroプレミアム 補助を前提に成立
B:日本・2026〜27年度 GX-ETS第2フェーズ(2026年度から直接排出10万t以上の企業に義務化)、価格水準は未成熟 GX経済移行債による先進的CCS支援 1.9〜3.7万円/t(欧州水準+輸送・貯留の上乗せ0.3〜0.5万円/tを仮定) 補助+一部プレミアム 補助なしでは不成立
C:日本・2030年代前半 化石燃料賦課金(2028年度〜)と発電向け有償オークション(2033年度〜)の導入後、実効価格1万円/tを仮定 段階的縮小 1.2〜2万円/t(学習効果と貯留ハブ共用を仮定) ETS費用回避が主 実効価格1万円/tでは不成立、1.5万円/tを超えれば自立の可能性(試算)

【表4】キルンCCUSの3シナリオ試算。試算前提は以下に統一している。為替160円/€(執筆時点の概算レート)、セメント1t当たりCO2回収量0.6t、コンクリート1m³当たりセメント使用量300kg、国内セメント価格1.5万円/t、東京地区の生コン価格2.5万円/m³(セメント・生コン価格は2025年までの値上げを踏まえた試算用の仮置き)。EU ETS価格は2025年以降の推移レンジ。

表4から言えるのは、日本のセメントCCSは2020年代には「補助で動く」以外の成立経路がなく、自立の分岐点は実効炭素価格が1.5万円/t前後に達するかどうかにある、ということだ。ここで見落とされがちな計算がある。欧州水準のCCSコスト1.6〜3.2万円/tCO2をセメント1t当たりに引き直すと約9,600〜19,200円で、国内セメント価格を1.5万円/tと置けば1.6〜2.3倍になる。しかしコンクリート1m³にセメントは約300kgしか入らないため、生コン価格への上乗せは約2,900〜5,800円/m³で、生コン価格を2.5万円/m³と置けば12〜23%の上昇に止まる(試算)。さらに建物全体の工事費に占めるコンクリート費の割合は数%に過ぎず、最終的な建設コスト上昇率は1%未満になる。セメント会社にとっては「価格倍増」でも、施主にとっては「誤差」なのだ。このグリーンプレミアムの希釈効果こそ、セメント脱炭素の収益設計の核心である。

グリーンプレミアムは誰が払うか — 回収経路の設計

前節の計算は、プレミアムの回収ポイントを「セメント→生コン→ゼネコン→施主」のどこに置くかで収益性が変わることを示している。セメント会社が直接転嫁しようとすれば、生コン工場もゼネコンも価格上昇に抵抗する。だが施主の調達仕様に「上部構造のコンクリートはCO2原単位○○kg/m³以下」と書かれれば、ゼネコンは指定通りに調達するしかなく、プレミアムは工事費の中に埋まる。日本ではこの仕様化が、国土交通省が直轄工事で進める低炭素型コンクリートの活用促進や、不動産大手のSBT目標に伴うスコープ3削減要求から始まっている。

収益化の設計としては、クリンカ比率低減はEPDとCO2原単位の「見える化」でプレミアムなしでも選ばれる状態を作ること、CO2吸収コンクリートはCarbonCure型のクレジット収益分配で買い手の負担をゼロにして数量を稼ぐこと、CCSはマスバランス方式で「ネットゼロセメント」を欧州向け・CBAM対応需要にぶつけることが、それぞれ最も合理的な回収経路になる。

課題・反論・代替視点

「削減コストが最も安いクリンカ比率低減だけをやればよく、CCUSは不要」という反論は、SCM供給の縮小を無視している。高炉スラグとフライアッシュが減る2030年代には、クリンカ比率低減の追加コストは今のゼロから正の値に転じる。ただし逆の見方も成り立つ。日本のセメント需要そのものが人口減少と建設投資の停滞で縮小を続けており、直近では前年比5%前後の減少となる年もある(セメント協会統計)。新設CCSに数百億円を投じるより、老朽キルンの統廃合と混合セメント化で総排出を減らす方が資本効率は高い、という経営判断は十分に合理的だ。CCSは「残すキルン」にだけ付けるべきで、全工場に付ける前提の議論は現実的ではない。

CO2吸収コンクリートの「カーボンネガティブ」という表示にも限界がある。CO2養生で固定するCO2は、多くの場合、化学工場や発電所の排ガス由来であり、化石燃料起源のCO2を「利用」しているに過ぎない。GHGプロトコルやISO 14067でどう扱うかで、除去量の計上可否が変わる。クレジット化を収益源にするなら、この境界設定が価格を左右する。CarbonCureのクレジットが買われているのは、鉱物化による永久固定を第三者検証している点が評価されているからで、養生方法の技術的な優劣ではない。

もうひとつの代替視点は、グリーンプレミアムの希釈効果が「施主は払える」ことを示しても「施主が払う」ことは保証しない、という点だ。建設コスト上昇率が1%未満でも、施主の調達仕様にCO2原単位の基準が書かれていなければ、ゼネコンは安い方を選ぶ。制度接続なしの市場任せでは、希釈効果は絵に描いた餅である。EUがCBAMでセメントを対象に含めたのは、まさにこの「払える」と「払う」のギャップを政策で埋めるためであり、日本のGX-ETSがセメントに対してどの程度の炭素価格を実効的に課すかが、この記事の試算全体の前提を左右する。

試算の前提そのものにも脆さがある。為替、EU ETS価格、セメント・生コン価格はいずれも執筆時点の概算や仮置きであり、円安が進めばCCSコストの円換算は膨らみ、生コン価格が上がれば上乗せ率は小さく見える。数値は方向感を示すものであって、投資判断の根拠にするなら各社の実勢価格で引き直すのが現実的だ。

日本市場・日本企業への示唆

海外の事例をそのまま日本に持ち込めない理由は3つある。ひとつは炭素価格で、EU ETSの€70〜80/t前後に対し、日本のGX-ETS第2フェーズは2026年度に義務化されたばかりで、化石燃料賦課金は2028年度、発電向け有償オークションは2033年度からと段階的に立ち上がる(経済産業省)。BrevikのようなCCSは、表4の試算では実効炭素価格が1.5万円/tに達するまで「補助事業」以外の姿を取れず、1万円/tはあくまで補助縮小が始められる水準に過ぎない。ふたつ目は貯留インフラで、ノルウェーのNorthern Lightsに相当する共用貯留ハブは、日本では2030年の事業開始をめざすJOGMEC先進的CCS事業がようやく形になりつつある段階だ。3つ目は規格で、Holcimのティア別価格が機能するのは、欧州規格EN 197(EN 197-5で追加されたCEM II/C-M・CEM VIを含む)がクリンカ比率の低いセメント種を幅広く認めているからであり、日本ではJIS A 5308と建築基準法37条の枠内で「使える配合」が決まる。

日本企業にとっての示唆は、収益化の順番を制度のカレンダーに合わせることだ。2026〜28年度は、GX-ETSの義務化で自社の排出量が「価格の付いた負債」に変わる期間であり、混合セメントとEPD整備で無コストの削減を積み上げつつ、ゼネコンと施主の調達仕様にCO2原単位の基準を書き込ませることが最優先になる。ゼネコン調達の側から見れば、高炉セメントB種の建築上部構造への適用拡大は追加コストなしでスコープ3を数十%削減できる唯一の手段であり、ここを設計者との協議で解決できるかどうかが、脱炭素コストの大半を左右する。

CCSに関しては、セメント各社が単独で投資判断するのではなく、鉄鋼・化学と貯留ハブを共用するJOGMEC事業への参画を通じてトン当たり輸送・貯留コストを下げる構造が現実的だ。国内需要の縮小を前提にすれば、CCSを付ける工場は各社1〜2か所に絞られ、そこから出る「ネットゼロセメント」はマスバランスで国内の高付加価値案件と、CBAM対象の輸出向けに配分するのが合理的である。日本のセメント輸出は東南アジア・米国向けが主で、EU向けは限定的だが、CBAMの適用範囲が2030年前後に拡大する可能性を考えれば、マスバランスの認証体制だけは早期に整えておく価値がある。

まとめ

セメント・コンクリートの脱炭素は、3つの技術経路が削減単価・負担主体・制度接続のすべてで異なる、という構造から出発する。クリンカ比率低減は追加コストなしで約40%を削減できるが、そのSCM供給は高炉の電炉転換と石炭火力縮小で2030年代に細り、JIS・建築基準法の制度限界が使用可能な配合を規定している。CO2吸収コンクリートは削減率では世界最高水準にあるものの、用途が非構造部材に限られ、製品プレミアム型の価格設定では市場が広がらない。キルンCCUSは欧州水準で1.6〜3.2万円/tCO2、日本では輸送・貯留の上乗せを含めて1.9〜3.7万円/tCO2と試算される削減コストを、実効炭素価格1.5万円/t超か政府補助のどちらかで埋めなければ動かない。

収益化の鍵は、プレミアムがバリューチェーンを下るほど希釈される構造にある。セメント価格が1.6〜2.3倍になっても、建物の工事費は1%も上がらない。この希釈効果を収益に変えるには、施主の調達仕様にCO2原単位の基準を書き込ませる制度接続と、CarbonCure型のクレジット収益分配やHolcim型のティア別価格といった「買い手に負担を感じさせない」価格設計が両輪になる。日本製品に足りないのは技術ではなく、この価格設計の部分だ。

2028年度の化石燃料賦課金導入から2033年度の有償オークション開始までの5年間が分水嶺になる。この間に日本の実効炭素価格が1.5万円/tの水準に近づき、JOGMECの共用貯留ハブが稼働するなら、CCSは「補助事業」から「ETS費用回避で自立する投資」へ性格を変える。逆にそれが実現しなければ、日本のセメント脱炭素は混合セメントの拡大と工場統廃合という「縮小均衡型」の削減に収斂し、カーボンネガティブ製品は展示用の少量市場に止まる。どちらに転ぶかを決めるのは、キルンの技術ではなく、調達仕様と炭素価格である。


主要出典

  1. 一般社団法人セメント協会「セメント産業のカーボンニュートラルへの取組(セメント産業の長期ビジョン)」および「セメントのLCIデータ」、セメント生産・需要統計 https://www.jcassoc.or.jp/
  2. IEA / Cement Sustainability Initiative「Technology Roadmap: Low-Carbon Transition in the Cement Industry」(2018) https://www.iea.org/reports/technology-roadmap-low-carbon-transition-in-the-cement-industry
  3. Global Cement and Concrete Association (GCCA)「Concrete Future: The GCCA 2050 Cement and Concrete Industry Roadmap for Net Zero Concrete」 https://gccassociation.org/concretefuture/
  4. Heidelberg Materials「Brevik CCS」プロジェクト公式サイト(2025年稼働開始の発表を含む) https://www.brevikccs.com/
  5. 経済産業省「GX推進法の一部を改正する法律(2025年5月成立)」および「排出量取引制度(GX-ETS)の制度概要」、GX推進機構による制度運営資料
  6. 経済産業省「二酸化炭素の貯留事業に関する法律(CCS事業法、2024年5月成立)」制度概要・施行関連資料
  7. 独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)「先進的CCS事業」採択案件の公表資料(2023〜2024年度) https://www.jogmec.go.jp/
  8. 鹿島建設「CO2-SUICOM(CO2吸収コンクリート)」技術紹介ページ https://www.kajima.co.jp/
  9. European Commission「Carbon Border Adjustment Mechanism (CBAM)」 https://taxation-customs.ec.europa.eu/carbon-border-adjustment-mechanism_en
  10. CarbonCure Technologies「Carbon Removal Credits」および第三者検証に関する説明ページ https://www.carboncure.com/
  11. 鐵鋼スラグ協会「鉄鋼スラグ統計年報」(高炉スラグ発生量)
  12. 日本製鉄「九州製鉄所八幡地区・瀬戸内製鉄所における大型電炉導入に関するプレスリリース」 https://www.nipponsteel.com/ / JFEスチール「倉敷地区における大型電炉導入に関するプレスリリース」 https://www.jfe-steel.co.jp/

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