分析記事 価格と市場 · 未分類

排出権取引(ETS)のグローバル比較 — EU・中国・韓国・日本の制度設計と価格水準

排出権取引(ETS)のグローバル比較 — EU・中国・韓国・日本の制度設計と価格水準

要約: 世界4大排出権取引制度(EU ETS・中国ETS・韓国ETS・日本GX-ETS)を制度設計・価格・カバレッジ・オフセット規則の観点で比較する。日本のGX-ETSは2026年度から義務的キャップ段階に入っているが、価格形成は欧州の10分の1以下。さらにEUは2027年開始のETS2(建物・道路輸送等を対象とする第二の排出権取引制度)により対象範囲を大きく広げる。グローバル事業を持つ日本企業が知っておくべき「どの市場で何が問われるか」を整理する。


目次

  1. なぜ今、グローバルETS比較が重要か
  2. 4大ETSの制度概要とタイムライン
  3. シナリオ分析:価格・コスト・義務の比較表
  4. 各制度の詳細解説
  5. 反論と現実:ETS価格は必ず収束するのか
  6. 日本企業への含意
  7. 今すぐ取るべきアクション(3項目)
  8. まとめ
  9. 主要出典

1. なぜ今、グローバルETS比較が重要か

世界の温室効果ガス(GHG)排出量の約4分の1が何らかのカーボンプライシング制度の対象下にある(World Bank, State and Trends of Carbon Pricing)。かつて「欧州だけの話」だったETS(排出権取引制度)は、中国・韓国・カナダ・シンガポールなど主要経済圏へ広がり、いまや日本企業にとっても「海外拠点で何を払うか」「EU向け輸出で何を申告するか」という実務問題になった。

さらに日本は2026年度からGX-ETSの義務的段階(対象事業者が排出枠の割当を受け、超過分の調達義務を負う段階)に移行しており、国内の炭素コストも上昇局面に入った。EU側でも2026年からCBAMの本格適用が始まり、2027年にはETS2が立ち上がる。制度環境は「比較して眺める」段階から「拠点ごとに支払額を計算する」段階へ移っている。

本記事では、EU・中国・韓国・日本の4制度を比較し、日本企業が直面する実際のコスト負担と戦略的機会を定量的に示す。


2. 4大ETSの制度概要とタイムライン

EU ETS(欧州排出権取引制度)

  • 開始: 2005年(フェーズ1)
  • 現在フェーズ: フェーズ4(2021〜2030年)
  • 対象部門: 電力・熱供給、製造業(鉄鋼・セメント・化学等)、航空、海運(2024年〜)
  • 排出量カバレッジ: EU域内総排出量の約40%
  • 割当方式: 無償割当(ベンチマーク方式)+ 有償オークション(電力セクターは100%有償)
  • キャップ削減率: 年2.2%(2021〜2023年)→ 年4.3%(2024〜2027年)→ 年4.4%(2028年〜)
  • オフセット: 認められない(国際クレジット(CER/ERU)の利用はフェーズ3(2013〜2020年)までで、フェーズ4以降は使用不可)
  • 直近価格: €60〜€75/t-CO₂
  • CBAM連動: 2026年からCBAMの本格適用(証書の購入・提出義務)が開始され、対象品目の輸入にETS相当のCBAM証書を要求
  • ETS2(第二制度): 建物・道路輸送・小規模産業の燃料供給者を対象とする別建てのキャップ&トレード制度。2027年開始予定で、燃料流通の上流に義務を課す仕組み。価格急騰時の放出措置など安定化メカニズムが組み込まれている

中国ETS(全国碳市场)

  • 開始: 2021年7月(全国版。地域パイロットは2013年〜)
  • 対象部門: 電力セクターに加え、2025年3月に鉄鋼・セメント・アルミ電解を追加
  • 排出量カバレッジ: 拡大後は年間約80億t-CO₂規模を対象とし、中国総排出量の6割前後をカバー(対象排出量ベースでは世界最大のETS)
  • 割当方式: 強度ベース割当(生産量あたりのCO₂強度基準。絶対量キャップではない)
  • オフセット: CCER(Chinese Certified Emission Reduction)が上限5%まで使用可
  • 直近価格: 60〜70元/t(≈USD8〜10/t)。2024年11月に約104元の史上最高値をつけた後、2025年後半以降は66元前後まで下落している
  • 特徴: 絶対量キャップではなく「強度ベース」のため、生産拡大しながらでも基準達成可能

韓国 K-ETS(韓国排出権取引制度)

  • 開始: 2015年1月(アジア初の全国的ETS)
  • 現在フェーズ: フェーズ4(2026〜2030年)へ移行。フェーズ3は2021〜2025年
  • 対象部門: 電力・産業・建設・廃棄物(総排出量の約70%をカバー、世界トップクラスのカバレッジ率)
  • 割当方式: 90%以上が無償割当(ベンチマーク方式)
  • オフセット: KOC(Korean Offset Credit)が上限5%まで使用可(フェーズ2までの10%から、フェーズ3(2021〜2025年)で5%へ引き下げられ、2026年開始のフェーズ4でも5%上限が維持されている)
  • 直近価格: ₩8,000〜13,000/t(≈USD6〜10/t)
  • 特徴: カバレッジ率は高いが価格は低迷。需要不足が構造的問題。

日本 GX-ETS(GX排出量取引制度)

  • 開始: フェーズ1(2023〜2025年度、自主的参加)
  • フェーズ2(2026年度〜): 改正GX推進法に基づく義務的段階。直接排出量が年10万t-CO₂以上の事業者を義務対象とし、排出枠の割当・報告・超過分の調達義務が生じる
  • 有償オークション: 発電部門を対象に2033年度から開始する方針
  • 対象部門: 製造業・電力・鉄鋼等(直接排出10万t-CO₂以上の事業者)
  • オフセット: J-Creditが使用可
  • 直近価格: ¥1,000〜3,000/t(自主参加フェーズの実績水準)
  • 特徴: 義務化初期のため価格形成はまだ初期段階。

3. シナリオ分析:価格・コスト・義務の比較表

3-1. 基本制度スペック比較

項目 EU ETS 中国ETS 韓国 K-ETS 日本 GX-ETS
開始年 2005年 2021年 2015年 2023年(自主)
現在フェーズ フェーズ4(別建てのETS2は2027年開始予定) 拡大後(電力+鉄鋼・セメント・アルミ) フェーズ4 フェーズ2(義務段階)
カバレッジ率 約40% 6割前後 約70% 直接排出10万t以上の事業者
キャップ方式 絶対量 強度ベース 絶対量 絶対量
オフセット利用 不可(フェーズ4以降) 5%上限 5%上限 J-Credit利用可
義務化 完全義務 完全義務 完全義務 2026年度〜義務段階
価格帯 €60〜75/t CNY60〜70/t(≈€7〜9) ₩8,000〜13,000/t(≈€5〜9) ¥1,000〜3,000/t(≈€6〜20)

3-2. 製造業(年間CO₂排出100万t)のETS負担コスト試算

前提: 年間直接排出100万t-CO₂の製造拠点。無償割当を90万t受け、10万tが不足(=購入必要)するケースと、逆に削減が進んで10万tの余剰枠が生じるケースを併記する。

制度・価格前提 不足10万t分の購入コスト(年) 余剰10万t分の売却収入(年) 実務上の主な対応手段
EU ETS @€65/t 約€6.5M(約10億円) 約€6.5M(約10億円) 削減投資 or EUA購入
中国ETS @CNY66/t 約CNY6.6M(約1.3億円) 約CNY6.6M(約1.3億円) CO₂強度改善で対応可能
韓国K-ETS @₩10,000/t 約₩1B(約1億円) 約₩1B(約1億円) 枠購入 or 削減投資
日本GX-ETS @¥2,000/t 約¥0.2B(約2億円) 約¥0.2B(約2億円) 義務段階初期の負担。J-Creditで調整
日本GX-ETS @¥5,000/t(本記事の想定シナリオ) 約¥0.5B(約5億円) 約¥0.5B(約5億円) 義務化の影響が本格化。J-Credit需要増

※ 円換算は概算(€1≒160円、CNY1≒20円、₩100≒11円)。実際の負担は割当量・為替・調達タイミングで変動する。

3-3. 価格シナリオ比較(2030年時点、本記事による試算)

制度 低位シナリオ 基準シナリオ 高位シナリオ 主要変動要因
EU ETS €50/t €80/t €120/t MSR(市場安定リザーブ)稼働、再エネ普及、ETS2開始後の政治的圧力
中国ETS CNY60/t CNY150/t CNY250/t 鉄鋼・セメント・アルミ追加後の需給、さらなる部門拡大
韓国K-ETS ₩8,000/t ₩20,000/t ₩40,000/t フェーズ4キャップ引き下げ
日本GX-ETS ¥3,000/t ¥8,000/t ¥20,000/t 義務段階のキャップ厳格化、発電部門有償化(2033年度)への織り込み

※ 上表は公開情報をもとにした本記事独自の想定であり、公的機関の公式予測ではない。


4. 各制度の詳細解説

EU ETS:世界最成熟の制度と価格形成メカニズム

EU ETSの価格形成の核心は「市場安定リザーブ(MSR: Market Stability Reserve)」だ。流通する排出枠(EUA)の総量が一定水準を超えると自動的に市場から回収し、下回れば放出するメカニズムで、2019年以降の価格安定化に貢献している。

キャップの年間削減率は2024年から4.3%へ引き上げられ、2028年からはさらに4.4%へ加速する。€60〜75/tという価格は、2050年ネットゼロと整合する水準(IEAのNet Zero Emissions by 2050シナリオでは先進国について2030年時点で相当高い炭素価格を想定している)には届かないが、産業界の設備投資判断には十分なシグナルとなっている。なおEUの2030年目標は1990年比▲55%であり、ネットゼロ(気候中立)の目標年は2050年である。この2つを混同すると、必要な炭素価格水準の議論もずれる。

ETS2という第二の制度: 2027年から、建物・道路輸送・小規模産業向けの燃料供給者を対象とする別建てのETS2が始まる予定だ。既存のEU ETS(ETS1)とは分離した独立の制度で、義務は燃料の流通事業者に課される。産業設備そのものが直接の義務対象になるわけではないが、燃料コスト経由で欧州拠点の光熱費・物流費に転嫁されうる点で、EU拠点を持つ日本企業には無関係ではない。EU拠点の中期コスト計画では、EUA価格と燃料価格の двух経路を分けて見る必要がある。

日本企業への直接影響: EU拠点を持つ企業はEUAを購入する義務があり、日本の親会社はその炭素コストをグループ連結財務に織り込む必要がある。

中国ETS:対象排出量で世界最大の規模と強度ベースの特殊性

中国ETSは対象排出量ベースでは世界最大だが、「絶対量キャップ」ではなく「強度ベース割当」という点が他制度と根本的に異なる。生産量当たりのCO₂強度(t-CO₂/MWh等)がベンチマーク以下であれば、生産量を増やしても制度上は問題ない。

対象部門は2025年3月に電力から鉄鋼・セメント・アルミ電解へ拡大され、対象排出量は年間約80億t-CO₂規模、中国総排出量の6割前後をカバーする世界最大の制度となった。価格は2024年11月に約104元/tの史上最高値をつけたが、その後は割当の緩さと売り圧力から下落し、2025年後半以降は66元前後(≈€8/t)で推移している。EU ETSの10分の1以下の水準だが、拡大部門の割当が本格的に引き締まればCNY200〜300/t(€27〜40/t)への上昇が起こりうる。

日本企業への影響: 中国に製造拠点を持つ企業は、電力に加えて鉄鋼・セメント・アルミの調達先が中国ETS対象となったため、契約交渉でカーボンコストを考慮する必要がある。

韓国 K-ETS:アジア初・カバレッジ最大の制度

韓国のK-ETSはアジアで最も成熟した制度であり、参加率(カバレッジ率70%)は世界トップレベルだ。しかし価格は慢性的に低く(₩8,000〜13,000/t≈€6〜10)、主要理由は「排出枠の過剰配分」と需要不足にある。オフセット(KOC)の利用上限はフェーズ3(2021〜2025年)で従来の10%から5%へ引き下げられ、2026年開始のフェーズ4でも5%が維持されている。

韓国政府はフェーズ3(2021〜2025年)の後継となるフェーズ4でキャップを引き締める方針だが、産業界の反発から制度詳細の確定に遅れが生じている。

日本企業への影響: 韓国拠点はK-ETS対象の可能性が高い。現時点では価格が低く財務影響は小さいが、フェーズ4のキャップ引き締めを見越した設備投資計画が必要。オフセット上限が5%であるため、KOCに依存した遵守計画は組みにくい点に注意が必要だ。

日本 GX-ETS:義務化転換が最大のポイント

GX-ETSはフェーズ1(2023〜2025年度)において、参加企業が自主的に排出削減目標を設定し報告する仕組みだった。ペナルティはなく、価格も¥1,000〜3,000/tと低かった。

2026年度からの変化: 改正GX推進法に基づくフェーズ2では、直接排出量が年10万t-CO₂以上の事業者が義務対象となり、排出枠の割当を受けたうえで、超過分は排出枠やJ-Creditの調達で埋め合わせる義務が生じる。さらに発電部門については2033年度から排出枠の有償オークションを開始する方針であり、実質的な「炭素税」と同等の財務インパクトが発生しうる。

GX-ETSのユニークな点は「J-Credit」との連携だ。GX-ETS参加企業はJ-Creditをオフセットとして使用でき、これが義務段階入り後のJ-Credit価格上昇の主要ドライバーとなる。


5. 反論と現実:ETS価格は必ず収束するのか

反論①:「各国が連携して炭素価格を統一するはずだ」

現実: IPCC・OECD等は「炭素価格の国際的協調」を提言しているが、実際の政治プロセスは極めて遅い。EU-CBAMは域外の低炭素価格に対するペナルティとして機能するが、それは「欧州への輸出に限定」した話であり、国際的な価格収束ではない。2030年代まで4制度が別々の価格で動く可能性は高い。

反論②:「中国・韓国のETSが機能していないなら参考にならない」

現実: 価格が低くても「制度の存在」自体が重要だ。企業は炭素コストの会計処理、MRV(測定・報告・検証)体制の整備、オフセット購入のプロセス構築を行っており、これは将来的な制度強化への適応力に直結する。低価格期を「学習コストゼロで体制整備できる時間」と捉えるべきだ。

反論③:「GX-ETSのスケジュールはまた延期されるのでは」

現実: 改正GX推進法は2025年に成立し、2026年度からの義務的段階への移行は法定化されている。義務対象(直接排出10万t-CO₂以上の事業者)は割当・報告・調達の義務を法律上負っており、「制度の骨格は既に確定」という状況だ。残る調整点は割当量の詳細や業種別ベンチマークの水準であり、義務化そのものの延期論ではない。

反論④:「ETS価格が上がっても実際にコスト転嫁できるのか」

現実: EU ETS参加企業の多くは、炭素コストを製品価格に転嫁できていないという研究がある(特に競争の激しい素材・化学セクター)。ただし逆説的に、この「転嫁できない炭素コスト」が低炭素設備投資のIRR計算で重要な要素になる(炭素コスト回避コストとして計上される)。


6. 日本企業への含意

6-1. EU拠点・EU輸出企業:二重の炭素コスト管理が必要

EU拠点を持つ企業はEUA購入コストが直接発生する。さらにEU向け輸出(鉄鋼・アルミ・セメント・肥料・電力・水素)はCBAM対象となり、製品の炭素含有量に応じた追加コストが生じる。CBAMは移行期間(報告のみ)を終え、2026年から証書購入・提出を伴う本格適用に入っている。加えて2027年開始予定のETS2により、EU拠点の燃料調達コスト(暖房・社用車・小規模設備)にも炭素価格が上乗せされる見通しだ。

実務上の優先度:
1. EU拠点のEUA保有状況を確認し、過不足を把握
2. EU向け輸出製品のCBAM申告・証書調達の実務を運用に乗せる
3. ETS2開始(2027年)を織り込んだEU拠点の燃料費見通しを作成
4. 欧州サプライヤーからのScope3排出量データを収集開始

6-2. 中国製造拠点:強度ベースETS対応と設備投資連携

中国ETSの強度ベース制度は「生産拡大しながら削減基準を満たす」ことが可能で、絶対量削減を求めるEUとは本質的に異なる。中国拠点の設備効率(CO₂強度)を改善する投資は、中国ETSのポジション改善(余剰クレジット売却)と中国政府補助金の両方でリターンを得られる。2025年3月の鉄鋼・セメント・アルミ電解の追加により、これまで対象外だった自社拠点・調達先が新たに義務対象となっている可能性がある点も確認が必要だ。

6-3. 日本本社:GX-ETSフェーズ2への対応

義務対応: 直接排出量が年10万t-CO₂以上の事業者は2026年度から割当・報告・超過分調達の義務対象となる。社内のMRV体制を整備することで、義務対応コストを最小化できる。10万t未満の事業者も、任意参加やサプライチェーン要請を通じて実質的な対応を求められる場面が増える。

J-Creditの早期調達戦略: GX-ETSのオフセットとしてJ-Creditが使用可能であり、義務化に伴う需要増でJ-Credit価格が上昇する前に長期調達契約を結ぶことが財務メリットになる(詳細は関連記事:J-Creditシナリオ分析)。

財務・IRR計算への炭素コスト織り込み: GX-ETS @¥5,000〜8,000/t(本記事の2028〜2030年想定シナリオ)をキャッシュフロー計算に織り込むと、省エネ設備や再エネ投資のNPVが大幅に改善する。炭素コストを「ゼロ」として扱っている投資計画は今すぐ見直しが必要だ。


7. 今すぐ取るべきアクション(3項目)

アクション1:グループ内ETSエクスポージャーマップの作成(今すぐ)

  • EU・中国・韓国に拠点・サプライヤーを持つ企業は、各拠点が対象とするETS制度と推定排出量を一覧化する
  • 中国の対象拡大(鉄鋼・セメント・アルミ電解)により新たに義務対象となった拠点・調達先を洗い出す
  • EU拠点についてはETS1(EUA)・CBAM・ETS2(2027年開始予定)の3つを分けて整理する
  • 各制度のオフセット枠(%制限)と現在の価格を踏まえ、2030年までの推定炭素コスト総額を試算する
  • 目標: 「グループ全体の炭素コストが今後いくら増えるか」を経営に報告できる状態にする

アクション2:GX-ETS義務対応MRVの点検(6か月以内)

  • 排出量計算の一次データ(エネルギー消費量、燃料使用量)を自動収集できる仕組みを導入
  • 外部検証(第三者検証機関の選定)を早期に行うことで、報告コストを削減
  • 参考ツール: 環境省GHG排出量算定・報告・公表制度(温対法)の既存報告との一本化

アクション3:炭素コストを正式にIRR計算に組み込む(次の投資サイクル前)

  • 設備投資計画にGX-ETS価格シナリオ(保守¥3,000 / 基準¥8,000 / 高位¥20,000/t)を明示的に入力
  • 省エネ設備・再エネ・低炭素プロセス切替の3択について、炭素コスト込みのNPVを比較し意思決定
  • 財務部・環境部・設備投資部の3者が同じ炭素価格前提を使うことが前提条件

8. まとめ

  • 制度の成熟度と価格水準は4か国で大きく異なる: EU ETS(€60〜75/t)に対し、中国ETS(66元前後)・韓国K-ETS・日本GX-ETSはいずれも10分の1前後の水準にとどまる。グループ全体の炭素コストは「拠点がどの制度下にあるか」で桁違いに変わるため、拠点別のエクスポージャー把握が出発点となる。
  • キャップ方式の違いが対応戦略を分ける: EU・韓国・日本は絶対量キャップ、中国は強度ベース。中国拠点では「生産拡大しながらCO₂強度を改善する」投資が制度上も評価されるため、EU拠点と同じ削減ロジックをそのまま適用してはならない。
  • 中国の対象拡大は既に起きた変化である: 2025年3月に鉄鋼・セメント・アルミ電解が追加され、対象排出量は年間約80億t-CO₂規模、中国総排出量の6割前後へ拡大した。「電力だけの制度」という前提で作られた社内資料は更新が必要だ。一方で価格は2024年11月の約104元をピークに下落しており、高値圏の数値を前提としたコスト試算は見直す必要がある。
  • EUは2026年のCBAM本格適用と2027年のETS2で二段階の負担増となる: EU拠点・EU輸出を持つ企業は、EUA(ETS1)・CBAM証書・ETS2経由の燃料費上昇を別々の費目として管理する必要がある。EUの2030年目標は▲55%、ネットゼロは2050年であり、必要な炭素価格の議論はこの年次を取り違えないことが前提となる。
  • 日本は既に義務段階にある: GX-ETSフェーズ2は2026年度から、直接排出10万t-CO₂以上の事業者を対象に開始されている。有償オークションは発電部門で2033年度からの方針であり、無償割当期にMRVとJ-Credit調達の体制を作り切ることが実務上の勝負どころとなる。
  • オフセット規則の上限を制度別に管理する: EU ETSはフェーズ4以降オフセット利用不可、中国は5%上限、韓国もフェーズ3以降5%上限(フェーズ4も同水準)、日本はJ-Credit利用可。クレジット調達計画は制度ごとに分けて設計する必要がある。

9. 主要出典

  1. World BankState and Trends of Carbon Pricing. https://openknowledge.worldbank.org/entities/publication/c3ecce5d-8b15-43ed-b2c7-bb63a5b79e30
  2. European CommissionEU ETS Handbook(ETS2・CBAMを含むEU気候政策の一次情報). https://climate.ec.europa.eu/eu-action/eu-emissions-trading-system-eu-ets_en
  3. Ministry of Ecology and Environment, ChinaNational Carbon Market Annual Report. https://www.mee.gov.cn/ywgz/ydqhbh/wsqtkz/
  4. Korea Ministry of EnvironmentK-ETS Implementation Report. https://www.me.go.kr/home/web/index.do?menuId=10393
  5. 経済産業省GX-ETS制度設計に係る検討資料. https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_pricing/index.html
  6. IEAWorld Energy Outlook / Net Zero Emissions by 2050 シナリオ(炭素価格前提). https://www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2024
  7. ICAPEmissions Trading Worldwide: Status Report. International Carbon Action Partnership. https://icapcarbonaction.com/en/status-report
  8. BloombergNEFCarbon Market Outlook. https://about.bnef.com/carbon-markets/

本記事の数値は公開情報に基づく試算であり、実際の炭素価格は市場・政策変化により大きく変動します。投資・経営判断には必ず最新の公式情報を参照してください。

About The Author

\ 最新情報をチェック /