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ISSB S2気候変動開示義務化スケジュール:先行各国と日本SSBJの対応状況2026

ISSB S2気候変動開示義務化スケジュール:先行各国と日本SSBJの対応状況2026

2025年3月、日本初のサステナビリティ開示基準「SSBJ基準」が正式公表された。これはIFRS S2(国際サステナビリティ基準審議会の気候関連開示基準)に整合した日本独自版であり、東証プライム上場企業を皮切りに2027年3月期から段階的な義務化が始まる予定だ。同時に、オーストラリアでは2025年1月から大企業向け強制開示がすでに運用されており、英国は2027年義務化に向けた最終整備を進めている。シンガポール・香港でも上場企業への強制適用が進む。気候関連開示は「将来の選択肢」から「現在の義務」へと移行する段階に入った。本記事では、主要国・地域のISSBアダプション状況と日本SSBJの全体像、そして企業が今すぐ対応すべき実務事項を詳解する。

ISSBとは何か:グローバル基準としての位置づけ

ISSB(International Sustainability Standards Board:国際サステナビリティ基準審議会)は、IFRS財団傘下に2021年に設立された国際機関で、会計基準のIASBと並ぶサステナビリティ開示の国際基準策定機関である。ISSBが2023年6月に公表したIFRS S1(一般要求事項)とIFRS S2(気候関連開示)は、TCFDフレームワーク(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の4本柱)を継承しながら、より詳細で厳格な開示を求めるものだ(出典:IFRS財団)。

特にIFRS S2が要求するのは、気候関連のリスクと機会に関するガバナンス体制、財務影響のシナリオ分析(特定の温度帯は規定されていないが、実務上は1.5℃シナリオを含む複数シナリオが用いられることが多い)、Scope 1/2/3のGHG排出量開示、および削減目標の設定根拠の開示である。これらはTCFD推奨開示から「任意」の文字を取り除き、法的義務として各国の開示法制に組み込まれつつある。なお、2024年にTCFDの監督機能がISSBに正式移管されたことで、ISSBはグローバル気候開示基準の事実上の唯一の策定主体となった(出典:Mitiga Solutions)。

主要国・地域のISSB採用スケジュール一覧

S&P Globalの追跡調査によると、2026年1月時点で21か国・地域がISSB基準を任意または義務的に採用しており、さらに多くの国が採用を検討している(出典:S&P Global Regulatory Tracker)。以下に主要地域の状況を整理する。

国・地域 基準名 ステータス 義務化開始 対象
オーストラリア AASB S2 強制 2025年1月 大企業・金融機関
日本 SSBJ気候基準 段階的に強制 2027年3月期 東証プライム上場企業
英国 UK SRS 強制予定 2027年1月 上場企業
シンガポール SGX-ST規則改正 強制 2025年 全上場企業(大型株から段階適用)
香港 HKEX改正規則 強制へ移行中 2026年 香港上場企業
カナダ CSDS 任意適用 未定 未定
EU ESRS 独自基準で強制 2024年 大企業・EU上場企業

表中の義務化開始時期はいずれも各国が公表した予定に基づくものであり、変更されうる。シンガポールは2025年開始分がScope 1およびScope 2を対象とし、オーストラリアは企業規模別のグループ制で2025年1月からGroup 1に適用される。EUはCSRDに基づき2024年から段階的に適用が始まっている。

オーストラリア:世界最速クラスの義務化

オーストラリアは2024年に会社法改正を行い、AASB S2(AASB:オーストラリア会計基準審議会版のIFRS S2相当基準)を義務的開示基準として位置づけた。適用スケジュールはグループ制で段階的に展開される(出典:Cority / AASB S2 Compliance Guide)。

  • Group 1(従業員500人以上、収益5億豪ドル以上、総資産10億豪ドル以上の3基準のうち2つ以上を満たす企業):2025年1月1日以降に開始する事業年度から強制適用される。Scope 1/2は初年度から、Scope 3は2年目からが開示義務の対象となる。
  • Group 2(従業員250人以上、収益2億豪ドル以上などの基準のうち2つ以上を満たす企業):2026年7月1日以降の事業年度が適用対象となる。
  • Group 3(その他の対象企業):2027年7月1日以降の事業年度から強制適用に移行する。

注目すべきは、オーストラリアが「気候移行計画(Climate Transition Plan)」に関する開示を制度の枠組みに組み込んだ点だ。AASB S2は、企業が移行計画を有している場合に、その計画に関する情報(重要な前提や依存関係を含む)の開示を求めるものであり、すべての企業に1.5℃整合の移行計画の策定そのものを一律に義務付けるものではない。もっとも、排出量の数値開示にとどまらず、企業が気候関連のリスクと機会にどう対応するかという計画面の説明が問われる点で、実務負荷は小さくない。日本企業の豪州事業子会社(Group 1規模のもの)は、2025年度決算から対応が必要になっている。

英国:UK SRSとFCAルールの最終整備

英国では、政府がUK SRS(UK Sustainability Reporting Standards)の最終版を公表した。これはIFRS S1/S2に英国固有の修正(金融機関向けの追加要件など)を加えた上で英国法に取り込んだものである(出典:Linklaters)。

同時に、英国金融行為規制機構(FCA)はUK SRSに基づく開示を上場企業に義務付けるListing Rules改正案を提示した。上場企業は会計年度2027年1月1日以降の期間からUK SRSに基づく開示を行う予定であり、FCAは最終規則を今後公表する(出典:Global Financial Regulatory Blog)。

英国の特徴はTCFDとの整合性移行期間の設定である。英国上場企業はすでにFCA Listing RulesによりTCFD開示が義務であったが、UK SRSへの移行により開示内容が大幅に拡充される。移行期の2027年度については、Scope 3開示に関して一部「合理的な努力を条件とした免除」規定が設けられる見込みだ。

アジア:シンガポール・香港の義務化加速

シンガポール

シンガポールは2025年から、全上場企業を対象にISSBアラインの気候関連開示を義務化した。具体的には、Scope 1/2のGHG排出量は2025年(FY2025)から全上場企業で開示が必須となり、Scope 3については大型株を中心に2026年から段階的に開示が求められる(出典:ClimateX Substack)。取引所(SGX)主導のルール改正であり、ACRA(会計・企業規制局)が保証要件の整備を進めている。シンガポール拠点の日本企業の地域統括会社やAsia Pacific HQにとっては直接的な義務となるため、対応確認が急務だ。

香港

香港証券取引所(HKEX)は、2025年から全上場企業にIFRS S2アラインの気候開示を「comply or explain(遵守または説明)」ベースで適用し、2026年からはハンセン総合大型株指数構成企業を中心に完全強制とする方針を取る。香港はとりわけ金融セクター(銀行・保険・資産運用)での開示をHKMAとSFCが別途監督するため、日本の金融機関の香港拠点は二重の規制対応が必要になる(出典:ClimateX Substack)。

日本:SSBJ基準の全体像と義務化スケジュール

日本では2022年7月に設立されたSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が、ISSB基準と整合した国内開示基準の策定を担い、2025年3月5日に「SSBJサステナビリティ開示基準」を正式公表した(出典:SSBJ公式サイト)。基準は3つの文書で構成される。

  • 適用基準:他の2基準への適用方法と全体フレームワーク
  • 一般基準:IFRS S1に相当する一般サステナビリティ開示要求
  • 気候基準:IFRS S2に相当する気候関連開示要求

義務化スケジュール(時価総額別)

金融庁と金融商品取引法の枠組みで段階的義務化が予定されており、有価証券報告書への組み込みが想定される(出典:サステナビリティNavi)。

適用開始時期 対象企業 時価総額目安
2027年3月期 東証プライム上場・第1グループ 3兆円以上
2028年3月期 東証プライム上場・第2グループ 1兆円以上3兆円未満
2029年3月期 東証プライム上場・第3グループ 5,000億円以上1兆円未満
2030年代(検討中) その他の東証プライム上場企業 5,000億円未満

第1グループに該当する時価総額3兆円以上の企業は約70社である。上記の適用開始時期はいずれも予定であり、変更されうる。

SSBJ気候基準とIFRS S2の主要な差異

SSBJは基本的にIFRS S2と同等の内容を求めるが、日本固有の市場環境を反映したいくつかの調整がある。重要な点は以下の通りだ。

  • 財務報告との同時開示:SSBJ基準は有価証券報告書への統合を前提とし、財務諸表との「同時開示」が求められる。ISSB基準の推奨である「財務報告書と同時または直後」よりも厳格な運用が想定される。
  • 保証要件:2028年3月期(第2グループ適用開始年度)から監査法人または保証機関による「限定的保証(limited assurance)」を義務化する方針で、段階的に「合理的保証(reasonable assurance)」へ移行する方向で検討が進む。
  • Scope 3の移行措置:義務化初年度はScope 3開示に一定の移行期間措置(免除規定)が設けられる方向で検討が進んでいる。
  • クロス参照:SSBJ基準は財務諸表の脚注からサステナビリティ開示へのクロス参照を要求する。気候関連リスクが財務に与える影響の「接続性(connectivity)」が重視される。

EUのCSRD/ESRSとISSBの関係

EU独自の開示基準であるCSRD(企業サステナビリティ報告指令)に基づくESRS(欧州サステナビリティ報告基準)は、ISSB基準と「相互運用性(interoperability)」が確保されているとEFRAGは主張しているが、実際には大きな差異がある。

  • スコープの違い:ESRSは気候変動のみならず生物多様性・社会・ガバナンスを含む「ダブルマテリアリティ(財務影響+社会環境影響の双方)」を要求。ISSBは投資家向けの「財務的マテリアリティ」のみ。
  • 開示項目数:ESRSは約1,144の開示ポイント(そのうちGHG関連は約140)を擁するのに対し、IFRS S2は集約されたセットである。
  • 適用範囲:CSRDはEU域内大企業・EU上場企業のほか、EU域外(日本含む)の大企業でEU売上高1.5億ユーロ超かつEU子会社等を持つ企業にも適用される。適用範囲は段階的に拡大する。

日本企業は「EU CSRDへの対応」と「日本SSBJ基準への対応」の両方を同時に進める必要があるケースが多い。CSRDの方が開示項目が多く、SSBJ対応がCSRDの一部を兼ねる構造だが、完全なダブル対応が必要な企業も存在する(出典:ISS Corporate)。

実務への示唆:今から始める対応ロードマップ

3月期決算企業にとって、適用初年度である「2027年3月期」は2026年4月1日に始まっている。したがって時価総額3兆円超の第1グループ企業は、本記事の公開時点(2026年8月)ですでに適用初年度の期中にあり、期末(2027年3月31日)まで約8か月、有価証券報告書の提出(2027年6月頃)まで約10か月しか残されていない。以下は公開時点を起点とした段階別のアクションプランだ。

フェーズ1:ギャップ分析(2026年8月〜2026年12月)

  • 現行TCFDとSSBJ気候基準のギャップ特定:多くのプライム上場企業はすでにTCFD開示を行っているが、シナリオ分析の財務インパクト定量化、Scope 3の算定・保証対応がTCFD以上に求められる。ギャップ一覧を作成する。
  • 多国籍拠点の規制マッピング:豪州・シンガポール・香港・EUに事業拠点を持つ企業は、各拠点での開示義務開始年度を確認し、グローバル連結開示方針を策定する。豪州Group 2(2026年7月1日以降の事業年度)はすでに適用期に入っているため、対応状況の確認を優先する。
  • データ収集インフラの評価:SSBJ気候基準はScope 3排出量について15カテゴリを踏まえた開示を要求するため、サプライヤーからのデータ収集・検証体制の構築状況を評価する。上半期(2026年4〜9月)分の実績データが期中で取得できる体制になっているかを、期末を待たずに確認する。

フェーズ2:体制整備(2026年12月〜2027年3月期の期末〈2027年3月31日〉まで)

  • ガバナンス構造の文書化:取締役会レベルでの気候リスク監督プロセス、経営陣への報告ラインを文書化。「ガバナンス開示」は量的ではなく質的な内容が問われるため、プロセスの実態と文書の一致が重要。開示対象期間はすでに進行中であるため、期中の取締役会付議実績が開示に耐える形で記録されているかを併せて点検する。
  • シナリオ分析の財務接続:1.5℃シナリオを含む複数のシナリオについて、企業固有の財務影響(資産減損リスク、運転コスト増、収益機会)を金額水準で試算し、財務諸表への接続性を確保する。期末の決算作業と並行できるよう、算定ロジックを2026年内に固める。
  • 保証機関の選定:限定的保証義務化に向け、監査法人・保証機関の選定と契約交渉を開始。特に初年度は保証会社のキャパシティが逼迫する可能性があるため、早期の契約確保が重要。

フェーズ3:試行開示から本番開示へ(2026年秋〜2027年6月の有価証券報告書提出)

まず2026年秋に公表する統合報告書・サステナビリティレポート(2026年3月期分)において、SSBJ気候基準に沿った開示項目を先行的に試行し、投資家・格付け機関からのフィードバックを得る。ここで得た論点を踏まえて、有価証券報告書への組み込み方法、注記・参照体系を法務・IR部門と2026年度内に事前調整する。そのうえで、2027年4月以降の決算・開示作業で2027年3月期の本番開示を確定させ、2027年6月頃の有価証券報告書提出に接続する。

まとめ

ISSB S2を起点とした気候開示の義務化は、オーストラリア、シンガポール、香港、英国、日本と、世界同時多発的に進行している。2026年1月時点で21か国がISSBアダプションを完了・進行中であり、今後もこの波は拡大する見通しだ。実務担当者が押さえるべきポイントは以下の通りだ。

  • SSBJ基準への対応は「日本だけの話」ではなく、豪州子会社(Group 1・Group 2適用)、EU子会社(CSRD対象)、シンガポール上場グループ会社(SGX規則対象)など、グローバルの規制を横断的に確認する必要がある。
  • グローバルの開示要求を一元管理するガバナンス体制と、その基盤となるデータ収集インフラの整備を優先課題として進める。
  • TCFDからの移行では、シナリオ分析の財務インパクト定量化とScope 3の算定・保証対応が新たな負荷となるため、早期にギャップ分析へ着手する。
  • 豪州の移行計画開示は「移行計画を有する場合にその内容を開示する」枠組みであり、計画の有無と開示範囲を自社で整理しておく。
  • 限定的保証の義務化に備え、監査法人・保証機関のキャパシティ逼迫を見越して早期に契約を確保する。

参考文献

  • IFRS Foundation — ISSB issues targeted amendments to IFRS S2(2025年12月)
  • S&P Global — Where does the world stand on ISSB adoption?(2026年1月)
  • サステナビリティNavi — SSBJ基準はいつから義務化?
  • Terrascope — ISSB開示に対応する日本基準「SSBJ」とは?
  • Cority — AASB S2: Australia’s Mandatory Climate Reporting Guide
  • Global Financial Regulatory Blog — FCA Consults on UK SRS-Aligned Disclosure Rules(2026年1月)
  • Linklaters — UK Government publishes final versions of UK SRS(2026年2月)
  • ClimateX — Singapore and Hong Kong introduce mandatory ISSB disclosures
  • ISS Corporate — 2025 Sustainability Reporting: Global Trends in Framework Adoption

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