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GHG排出量の第三者保証:ISAE3410・ISO14064-3・限定的保証vs合理的保証の実務比較

GHG排出量の第三者保証:ISAE3410・ISO14064-3・限定的保証vs合理的保証の実務比較

GHG排出量の第三者保証が、日本企業にとって「任意の取り組み」から「有価証券報告書の法的要件」へと転換する。2028年3月期(フェーズ1企業)から始まるSSBJ義務保証は、Scope 1・2を対象に限定的保証が最初の水準となる。同時に、2026年12月にはISSA 5000(IAASB新基準)が発効し、ISAE 3410は廃止される。「第三者検証と第三者保証は何が違うか」「どの基準で何を準備すればよいか」——実務担当者が今すぐ知るべき保証制度の全体像を整理する。

ISAE 3410 vs ISO 14064-3:2つの主要基準の使い分け

GHG保証に用いられる主要基準はISSA 5000発効前の現時点で2つある。ISAE 3410(IAASB発行、2012年)は財務監査の枠組みに基づく保証基準で、主に公認会計士・監査法人が使用する。ISO 14064-3:2019(第2版)は非会計系の環境専門家(GISスペシャリスト・生態学者・工学系検証機関など)が主に使用するエンジニアリング寄りの規格だ。

項目 ISAE 3410 ISO 14064-3:2019
発行主体 IAASB(国際監査・保証基準審議会) ISO
主な使用者 公認会計士・監査法人(Big4等) 非会計系検証機関(JQA・SGS・Bureau Veritas・LRQA等)
マテリアリティ判断 保証水準に左右されない独立的専門判断 受け入れ可能な重要性水準は合意した保証水準による
国際普及動向 会計系プロバイダーで主流 OSPs(非会計系)で46%使用、3年で76%増加(IFAC 2023)
廃止予定 2026年12月15日廃止予定(ISSA 5000移行) 当面継続、ISSA 5000と共存可能

IFACの2023年調査によれば、非会計系サービスプロバイダー(OSPs)によるGHG保証でISO 14064-3が最多使用(46%)となっており、3年間で76%増加している。日本でも主要な非Big4保証プロバイダー(JQA、SGS Japan、Bureau Veritas Japan、ClassNK等)はISO 14064-3に基づく検証・保証サービスを提供している。

限定的保証 vs 合理的保証:定義・手続き・費用

保証水準には「限定的保証」と「合理的保証」の2段階がある。この違いは結論の形式と実施手続きに反映される。

限定的保証(Limited Assurance)は否定的形式の結論を出す——「重要な虚偽表示があると信じさせる事実は発見されなかった」。手続きは主に質問・観察・分析的手続きで構成され、現地訪問は必須ではなく、リモート検証も増加している。

合理的保証(Reasonable Assurance)は肯定的形式の意見を出す——「GHG声明は適用基準に従い、すべての重要な点において適正に表示している」。サンプルテスト、原始証憑への遡及確認、現地訪問が標準的に実施される。

費用については、SECが米国市場向けに推計した参考値として、大手加速申告企業の場合:限定的保証75,000〜145,000ドル(初年度費用、維持年度は45,000〜60,000ドル程度)、合理的保証115,000〜235,000ドル(中央値175,000ドル)。日本市場は一般的に低廉とされるが、公式比較データは存在しない。業界観察に基づく目安では、大企業・プライム市場上場(Scope 1+2・限定的保証・Big4)で300万〜700万円程度、合理的保証や広範囲なScope 3を含む場合は700万〜1,500万円超の水準とされる。

SSBJの義務保証タイムライン:開示義務と保証義務は別タイミング

2026年2月26日、金融庁がSSBJ基準の有価証券報告書への義務化を確定させた。重要なのは「開示義務」と「保証義務」が始まるタイミングが異なる点だ。

対象企業 開示義務開始 保証義務開始 初期保証スコープ
Tier 1(平均時価総額3兆円以上) FY2027(2027年3月期) FY2028(2028年3月期) Scope 1・2排出量+ガバナンス+リスク管理
Tier 2(平均時価総額1兆円以上) FY2028(2028年3月期) FY2029(2029年3月期) 同上

初期の保証水準は限定的保証のみ。合理的保証への移行は「国際的動向を踏まえ3年目以降に検討」と規定されているが、2025年のCSRD Omnibus改訂でEUが合理的保証への移行義務を削除したことを受け、日本も「無期限に限定的保証のまま継続」の方向が強まっている。Scope 3および人的資本の保証範囲への追加は当面対象外(SSBJ開示は義務)。

もう一つの重要論点は保証実施者の資格要件だ。現状では、保証業務の実施者は公認会計士・監査法人に限定されていない。ただし、実施者の範囲をどう定めるかについては議論があり、仮に「公認会計士または監査法人」に限定された場合には、現在GHG検証を行っているJQA・SGS・Bureau Veritas等の非会計系プロバイダーが有価証券報告書の義務保証を担えなくなる可能性も指摘されている。2025〜2026年に議論が本格化しており、実務担当者は動向を注視する必要がある。

ISSA 5000:2026年12月発効の新国際標準

最大の制度変化はISSA 5000(IAASB「サステナビリティ保証業務の一般的要求事項」)だ。2024年9月に最終承認、2025年1月正式公表、2026年12月15日以降に始まる期間の保証業務から有効(早期適用可)。ISAE 3410は同日に廃止予定となる。

ISSA 5000の主要特徴:気候変動・人的資本・生物多様性等あらゆるサステナビリティトピックに対応する「包括的スタンドアロン基準」。会計士・非会計士の両方が使用可能。限定的保証・合理的保証の両水準に対応。ダブルマテリアリティ(財務的重要性と環境・社会的重要性の両面)を考慮する点が ISAE 3410 との大きな違いだ。

JICPAは2025年10月15日に「サス保実5000(サステナビリティ保証業務実務指針5000)」の公開草案を公表(コメント期限2025年12月15日)。同時に倫理規則改正草案(IESSA対応)も公表し、2025年12月にはSSBJ基準対応の保証業務体制整備に向けたプログラムを稼働させた。

よくある指摘事項:保証実務での頻出エラー

保証業務の実務では、以下のような指摘事項が繰り返し発生している。これらは保証依頼前に自社でチェックすべき重要ポイントだ。

  1. 冷媒漏洩(Scope 1)の計算誤り:見直しにより排出量が71%増加した事例が報告されている。最頻出の指摘事項。フロン類の漏洩係数と漏洩量の記録が特に重要。
  2. 消費量と費用額の混同:拠点が電力消費量(kWh)ではなく支払金額(円)をデータとして提出するミス。特に電力データ収集の初年度に多発。
  3. 組織境界の不一致:財務報告の連結範囲とGHGインベントリの組織境界が異なるケース。支配持分アプローチと財務管理アプローチの混在。
  4. 排出係数の更新漏れ:環境省が毎年更新する電力係数への対応漏れ。過年度の係数を継続使用すると実排出量と乖離が生じる。
  5. Scope 3データの不完全性:サプライヤーから一次データが入手できず、スペンドベース推計に頼ることで精度が大幅に低下する。

GX-ETSとJクレジット検証:保証制度との関係

GX-ETS(義務化Phase 2:2026年4月開始、対象約300〜400社)の排出量報告には第三者検証が義務付けられる。GX-ETSの検証基準とSSBJ保証要件は別体系だが、基礎となるGHGインベントリは共通であり、GX-ETS対応のデータ整備がSSBJ保証準備を前倒しで推進する可能性がある。

Jクレジット制度の第三者検証(METI認定機関が実施)はクレジット発行の信頼性確保を目的とし、保証水準は「検証(verification)」——実質的に限定的保証相当——だ。一方SSBJ保証は投資家向け有価証券報告書の開示情報に対する保証であり、法的責任の所在が異なる。

日本企業の保証取得実態

日経225企業のうち2023年時点で66%が何らかの第三者保証を取得しており、CDPへの2023年回答企業のうち日本上場企業の40%超が第三者保証を実施している。大多数は限定的保証で、合理的保証を取得しているのは主に証券・金融・不動産大手に限られる。

具体的な事例では、キヤノンMJグループがLRQA社によるISO 14064-3準拠の第三者検証(Scope 1・2・3)を取得、TOKAIグループが日本品質保証機構(JQA)によるISAE 3410準拠の検証を実施、MUFGが複数年分の保証報告書を公表している。三菱地所はEY新日本有限責任監査法人による継続的な保証業務を実施している。

保証準備の実務アクションプラン:5ステップ

  1. インベントリ管理計画(IMP)の整備:データソース・収集プロセス・計算方法・担当者・更新頻度を記述した「GHGアカウンティングマニュアル」を作成する。これが保証業務の最重要インプット。
  2. 原始証憑の整理:電力・ガス料金明細、燃料購入記録、生産量データ等の原始証憑を少なくともサンプル分は即座に提示できる状態に整備する。
  3. 排出係数の最新化確認:使用している排出係数と出典(環境省係数・IPCC係数等)をリスト化し、毎年度更新。
  4. プロバイダーの早期選定:義務化前に選定することで実務習熟期間を確保。Big4監査法人(会計士資格要件が確定した場合に備え)と非会計系(ISO 14064-3系)の両方の提案を比較。JQA・SGS Japan・Bureau Veritas Japan・ClassNK等の非Big4も早期対応表明済み。
  5. パイロット保証の実施:2026〜2027年度の開示義務開始前に、限定的保証で1年分パイロット実施し、修正意見の発生有無と体制上の課題を把握する。標準的な保証業務の所要期間は8〜12週間。

まとめ

GHG保証の制度環境は2026〜2027年に大きく変化する。ISSA 5000(2026年12月)とSSBJ義務保証(Tier 1は2028年3月期から)が重なる中、準備期間はあと1〜2年だ。Scope 3の保証は当面対象外だが、Scope 1・2のデータ基盤整備は今すぐ着手すべき課題であり、GX-ETS対応と連動させることでコスト効率を高められる。保証実施者の資格要件(公認会計士限定か否か)という重要論点が2026年中に決着する見込みであり、この動向がプロバイダー選定に直結する。

【主要参照資料】IAASB ISSA 5000最終版(2025年1月公表)、金融庁サステナビリティ開示・保証ロードマップ(2026年4月)、JICPA「サス保実5000」公開草案(2025年10月)、IFAC「Deep Dive into Sustainability Assurance Engagements」(2023年5月)、SEC気候開示規則コスト推計(2024年3月)

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