Scope 3 Category 1とは — 定義と企業への重要性
Scope 3(その他の間接排出)のうち、Category 1(購入した製品・サービス)は、自社が調達・購入するすべての財やサービスの製造・生産段階における上流排出量を指します。製造業では多くの場合、Scope 3全体の50〜80%をこのカテゴリが占め、脱炭素戦略においてサプライチェーン対応が不可欠とされる根本的な理由です。
GHGプロトコルの定義では、Cat.1は「購入・取得したすべての製品(中間財・原材料・部品・完成品)とサービスの生産に関連する排出量」です。業種別の主要排出源の例:
- 自動車メーカー:スチール、アルミニウム、電子部品、合成樹脂
- 食品メーカー:農産物・畜産物、パッケージ材料、食品添加物
- IT・電機:半導体、基板、サーバー、レアメタル
- 建設・不動産:セメント、鉄筋、木材、断熱材
Cat.1排出量の測定方法と精度トレードオフ
支出ベース法(Spend-based method)
購買金額に産業別排出原単位(EE IO係数)を掛け合わせて排出量を推計する手法です。全調達品目を網羅できる点・実装コストが低い点が長所ですが、精度が低く品目ごとの削減効果が把握しにくい短所があります。初期開示や全体像把握の第一段階に適しています。主要係数データベース:日本のCFPプログラム原単位(産業連関分析ベース)、米EPA USEEIO、Exiobase。
活動量ベース法(Activity-based method)
実際の調達数量×品目別排出原単位で算定する手法。支出ベースより精度が高く、特定品目の削減効果を測定できます。品目ごとの排出原単位データ収集が必要で、調達管理システムとの連携が前提となります。原単位の出所として、業界団体の公開データ・エコリーフ(日本のCFP型EPD)・ecoinventデータベースなどが利用されます。
サプライヤー固有データ(Primary data)
サプライヤーから直接CFP(製品カーボンフットプリント)データを取得する最高精度の手法です。ただし、回答率・データ品質のばらつき・収集コストが課題。実務では全サプライヤーのプライマリデータ化は非現実的なため、排出量上位80%をカバーするTier 1サプライヤーの上位20〜30社を優先的にプライマリデータ化するパレートアプローチが標準的です。
排出量ホットスポットの特定プロセス
- 購買データ抽出:購買システムから品目別・サプライヤー別の購買金額・数量(過去1〜2年分)を取得
- 支出ベースでの全体マッピング:産業連関係数を適用し、排出量の大きい品目カテゴリ(「ホットスポット品目」)を特定
- ホットスポット品目のプライマリデータ化:上位品目のサプライヤーにCFPデータを要請。CDP Supply Chainプログラム経由が効率的
- ベースライン確定:プライマリデータとセカンダリデータを組み合わせてベースライン排出量を確定し、削減目標の起点とする
SBTiとのアラインメント:削減目標設定の実務
SBTi(Science Based Targets initiative)のCorporate Net-Zero Standardでは、スコープ3排出量がスコープ1+2+3合計の40%以上を占める場合、2030年までに対象スコープ3排出量の67%以上を対象としたSBTの設定が必要とされています。Cat.1が支配的な製造業にとってCat.1をSBT対象外にすることは事実上不可能です。
SBTiのScope 3目標達成のためのCat.1削減に一般的に設定される水準:2020年比で2030年までに30〜42%削減。 この目標は「バリューチェーン全体のエンゲージメント」なしには達成困難であり、サプライヤーへの削減要請を事業戦略に組み込む必要があります。
サプライヤーエンゲージメントの4ステップ
Step 1:サプライヤーのセグメンテーション
「排出量インパクト(大/小)×エンゲージメント可能性(高/低)」の2軸マトリクスでサプライヤーを分類し、重点対応先を特定します。大手・長期取引先で排出量インパクトが大きいサプライヤーを「戦略パートナー」として、共同削減プログラムを設計します。
Step 2:情報開示要請
CDP Supply Chain(CDP SCプログラム)を活用することで、標準化されたアンケートで複数サプライヤーのGHGデータを一括収集できます。大手グローバル企業はCDPへの回答率・スコアを入札選定基準に加えるケースが増えており、CDP SCへの参加を取引条件に含める動きが加速しています。
Step 3:能力構築支援
中小サプライヤーはGHG算定のノウハウ・人的リソースが不足していることが多いため、発注側企業が算定ツールや研修を提供することが現実的な対応です。国内外の先行事例では、自社のGHG算定ツールをサプライヤーへ無償開放する企業が増えています。
Step 4:削減目標の共同設定とモニタリング
SBTiの「SBT for Suppliers」プログラム、または自社独自の「サプライヤー気候目標プログラム」として、サプライヤーに対して科学的根拠に基づく排出削減目標の設定を要請します。KPIとして「SBT設定済みサプライヤー比率」「削減目標達成サプライヤー比率」を定期開示する企業が増えています。目標未達サプライヤーの調達比率を段階的に削減する方針を明示することで、エンゲージメントの実効性が高まります。
Cat.1排出量削減の主要レバー
- グリーン調達基準:新規サプライヤー選定評価項目に炭素排出強度を加える。グリーンスチール・グリーンアルミ・バイオ素材の優先調達。
- サプライヤーの再エネ化支援:発注側がVPPA(仮想電力購入契約)をサプライヤーと連携して締結、または発注側が再エネ電力をサプライヤーに提供・仲介する。
- 設計段階の低炭素化(DFE):製品設計時に使用素材の炭素強度を評価するDesign for Environmentを導入し、高炭素素材を代替材料に切り替える。
- ロカール調達の拡大:輸送距離の短縮(Cat.4削減)と国産低炭素素材活用の組み合わせ。
- 残余排出へのクレジット活用:技術的・経済的に削減困難な残余排出に対してJ-Creditや国際クレジットを活用。ただしSBTiでは主要削減手段としてのオフセット利用に制限があり、最終手段として位置づけることが重要。
開示フレームワークとの整合
TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)・ISSB(IFRS S2)・CDP Aスコア達成のいずれにおいても、Cat.1のデータ品質と削減計画の具体性は主要評価項目となっています。有価証券報告書でのScope 3開示においても、Cat.1の算定方法の妥当性・ベースライン年・測定精度の向上計画を記載することが求められます。
Tier 2以降へのカスケード要求
Tier 1サプライヤーへの削減要請は、そこで止まれば効果が限定される。Cat.1排出量の多くはTier 1の調達する原材料、すなわちTier 2以降で発生するため、要請が連鎖するよう設計する必要がある。具体的な方法は、調達基準や契約条項に「発注先も自社のサプライヤーに対して同様の排出量開示・削減要請を行うこと」を明記することである。自動車OEMを中心に、このカスケード方式が標準化しつつある。
左下象限(低インパクト×低エンゲージメント可能性)のサプライヤーに対しては、省エネ啓発資料の配布程度で十分であり、限られたリソースを戦略パートナーに集中させる判断が実務上重要となる。
インセンティブと選別圧力の二層設計
サプライヤーエンゲージメントが「アンケートを送って終わり」で止まる企業が多い原因は、発注側が機能させるべき4要素——情報提供・能力支援・インセンティブ設計・選別圧力——のうち、後半の2つが欠けていることにある。エンゲージメントを任意の協力から事業継続の条件へ引き上げるには、報奨と圧力の両方を公式の調達ポリシーに明文化する必要がある。
| 層 | 具体的な手段 | 機能 |
|---|---|---|
| インセンティブ | 優先発注、長期契約、融資あっせん、技術支援 | 削減投資の回収見通しをサプライヤー側に与える |
| 選別圧力 | CDP未回答サプライヤーの段階的フェーズアウト、新規参入基準への炭素評価の追加、CDPスコア水準の段階的引き上げ | 対応の先延ばしに事業上のコストを発生させる |
この二層構造を調達ポリシーとして公式化することで、サプライヤー側の対応速度が大幅に上がる。CDP Supply Chainの回答率を高める施策としては、CDP回答を入札評価点に加えること、未回答先への担当者フォローを義務化すること、中小サプライヤー向けにCDP回答支援費用を負担するプログラムを設けることが挙げられる。CDP SCは世界200社以上のバイヤー企業が参加するプラットフォームであり、気候に加えて水・フォレストリスクのデータも標準フォーマットで収集できる点で、独自アンケートより比較可能性が高い。
エンゲージメントの到達水準とKPIの外部開示
SBTiのサプライヤーエンゲージメントは「Engage, Disclose, Set, Act」のフレームワークに沿って進める。2025年時点でSBTi設定済みサプライヤー比率を調達KPIに設定する企業が増えており、欧米大手では「2030年までに購買額の70%以上のサプライヤーがSBT設定済み」を目標値とするケースが多い。SBTi要件が中小サプライヤーには厳しすぎる場合、「2030年までに2020年比30%削減」という自社独自の目標設定と年次報告を調達継続の条件とする設計が代替となる。
モニタリングのKPI体系は、以下を四半期ごとにサステナビリティ委員会・取締役会へ報告する形が国際水準の開示(ISSB S2準拠)で求められる。
- CDP SC回答率(全サプライヤー/購買額上位X%)
- SBT設定済みサプライヤー比率(購買額ベース)
- Cat.1〜Cat.4排出量の前年比変化率(プライマリデータカバレッジ付き)
- グリーン調達基準適合サプライヤー比率
- サプライヤー再エネ切り替え支援実績(件数・削減量)
実務上の到達点は、CDP Supply Chainへの参加、サプライヤーへのSBTi水準の目標設定要請、KPIの外部開示という三点セットである。これらは先進的な取り組みというより、グローバルバイヤーが取引先に求める要請水準を満たすための最低ラインになりつつあり、2025年から2026年にかけて整備を終えているかどうかがサプライチェーン上のポジションを左右する。問われているのは三点セットを形式的に揃えることではなく、エンゲージメント対象の絞り込み、KPIの設計、支援と評価の運用を自社の調達プロセスへどこまで統合できるかである。
まとめ
Scope 3 Cat.1の管理は「測定精度向上 → ホットスポット特定 → サプライヤーエンゲージメント → 削減実行 → 開示」の長期サイクルです。日本の多くの企業はまだ「測定・開示」段階にある一方、欧米のグローバルバイヤーからはプライマリデータ提供・削減計画の具体化を求められる圧力が高まっています。CDP SCへの参加・SBTi設定・グリーン調達基準の整備を今から進めることが、バリューチェーン全体の競争優位性に直結します。
Scope 3 Cat.1の算定方法比較:スペンドベース・平均データ法・ハイブリッド・一次データ法
| 算定方法 | 精度 | コスト・工数 | 使用するデータ | 向いているケース |
|---|---|---|---|---|
| スペンドベース法(支出金額×排出係数) | 低(±50〜100%の誤差が一般的) | 最低(財務データ流用で対応可。工数:数日〜2週間) | 調達カテゴリ別の支出金額×Exiobase・EEIOなどのスペンドベース排出係数 | ・初回のCat.1算定(全体像把握)・ホットスポット特定前の概算・Scope 3の算定未着手段階でまずの開示用 |
| 平均データ法(業界平均排出原単位×調達量) | 中(±30〜50%程度) | 低〜中(調達量データ+業界平均原単位DBの活用。工数:2〜4週間) | 調達量(重量・個数等)×業界平均排出係数(ecoinvent・背景DB・サプライヤー業界協会データ) | ・スペンドベースより精度を上げたい・調達量データがある・主要カテゴリに絞ったホットスポット分析 |
| ハイブリッド法(主要カテゴリは一次データ、他は平均データ) | 中〜高(主要排出源は精度高い) | 中(一次データ収集対象を絞ることでコスト抑制。工数:1〜3ヶ月) | 主要サプライヤー(排出量上位20〜30%)の一次データ+残りは平均データ法 | ・SBTi認定を目指す企業(実効的な削減施策のためにホットスポットの精度が必要)・CDP Aリスト対応で精度向上が求められる企業 |
| 一次データ法(サプライヤーのPCF/GHGインベントリを直接入手) | 高(±10〜20%程度) | 高(サプライヤーへのデータ収集依頼・検証コスト。工数:3〜12ヶ月以上) | 各サプライヤーの製品炭素フットプリント(PCF)・施設GHGインベントリ(ISO 14064-1準拠) | ・CSRD対応で一次データ開示が要件となる欧州子会社・輸出企業・SBTiのSupplier Engagement目標達成のためのエンゲージメント済みサプライヤー対応・CBAM証書コスト削減のための製品PCF精度向上 |