分析記事 制度・ルール

エコデザイン規則とデジタル製品パスポート — どの製品群から、何のデータを出すのか

(本稿の情報は2026年10月時点)

この記事の結論

  • ESPRの対応コストは暦の期限ではなく、自社製品群の委任規則がどの段階まで進んだかで決まり、投資判断の単位は全社ではなく製品群である。
  • 既存のCFP・EPD資産の最大の未充足領域は「無いデータ」ではなく「粒度の合わないデータ」であり、サイト平均値を製品単位へ落とす計測インフラが最も読みにくい投資になる。
  • 中間材(鉄鋼・アルミ)は素材由来と再生材率、最終製品(繊維・家具)は修理性と部材構成が要求の重心で、必要な新規データの性格が根本的に異なる。

EUのエコデザイン規則(Regulation (EU) 2024/1781、通称ESPR)を「いつまでに何をすればよいか」という期限の問題として読むと、投資判断を間違える。ベンダー資料や報道では特定の年次が対応期限として語られることが多いが、この規則の本体には、企業が提出すべき具体的なデータ項目がほとんど書かれていない。要求を決めるのは製品群ごとの委任規則(delegated acts)であり、その採択順序を決めるのが欧州委員会の作業計画(working plan)である。ESPR本体は2024年6月にEU官報で公布され、その20日後に発効した。発効とは委任規則を定める権限が動き出した時点を指すのであって、企業に具体的なデータ提出義務が生じた時点ではない。この二つを混同すると、まだ要求項目が存在しない領域に人と金を投じることになる。

意思決定変数は二つしかない。自社製品がどの製品群に分類されるか。そしてその製品群の委任規則がどの段階にあり、採択後にどれだけの適用猶予が与えられるか。この二つが決まれば、必要なデータ整備投資の時期と内容は逆算できる。逆に、製品群を特定せずに「DPP対応プロジェクト」を立ち上げると、要求項目が確定していない領域に先行投資して捨てることになる。

ESPRは期限の法律ではなく順番の法律である

旧エコデザイン指令(2009/125/EC)の対象は「エネルギー関連製品(ErP)」に限られていた。照明、モーター、家電、変圧器といった、エネルギーを使うか使用時のエネルギー性能に影響する製品である。ESPRはこの範囲を原則としてほぼすべての物理的製品に拡張した(食品・飼料・医薬品など一部は除外)。この拡張が、非エネルギー製品メーカーにとっての新規負担の本体だ。繊維メーカーや家具メーカーは、これまでEUのエコデザイン規制の枠外にいた。

要求内容の階層構造を整理すると、企業側の意思決定レイヤーが見えてくる。

階層 法的形式 決まる内容 企業の意思決定レイヤー
枠組み 規則 (EU) 2024/1781(2024年6月公布、同年7月発効) 委任規則を定める権限、DPPの基本要件、未販売消費財の廃棄禁止の枠組み(義務の適用開始には製品分野別・企業規模別の猶予が置かれている) 社としての対応方針・推進体制
優先順位 作業計画(欧州委員会) どの製品群を先に規制するか、採択の目標時期 製品群ポートフォリオの優先順位付け
実質要求 製品群別の委任規則 性能要求(耐久性・修理性・再生材率等)と情報要求(DPPの項目) データ整備投資の内容と規模
実装仕様 整合規格(CEN/CENELEC)・実施規則 測定方法、データキャリア形式、識別子体系 社内システムの改修仕様

出典:主要出典1・2に基づくClimate tech news(CTJPN)整理

この構造の帰結は明確だ。委任規則が採択されていない製品群について、要求項目を前提にしたシステム要件を固めることはできない。一方で、委任規則が採択されてから適用開始までには1年を超える猶予が置かれる構造になっているが、その期間でサプライチェーン全体からデータを集める体制を新規構築するのは、多段階のサプライチェーンを持つ製造業では難しい。採択を待ってから動くのでは遅く、採択前に全部作るのは無駄になる。この矛盾の解き方が実務上の論点である。

答えは、要求項目の確定度で投資を層別することだ。製品群を問わず確実に求められる領域(事業者識別、製品識別、化学物質情報、カーボンフットプリント)には先行投資する。製品群固有の領域(修理性スコアの算定方法、再生材率の検証方法)は、委任規則の草案が公開協議にかかった段階で着手する。この層別ができていれば、採択時期が後ろにずれても捨てる投資は出ない。

作業計画の優先製品群を自社の売上構成に重ねる

ESPRの作業計画では、繊維(衣料)、鉄鋼・アルミニウム、家具(マットレスを含む)、タイヤが優先的な製品群として挙げられている。化学品などは製品群別の規制対象というより、複数の製品群にまたがる水平的な要求や将来の検討対象として位置づけられており、製品群別の委任規則と同列に読むべきではない。ここで見落とされやすいのは、中間製品と最終製品で要求の性格が構造的に異なる点だ。

製品群 要求の重心 中心となるデータ項目 確定度 該当する日本の主な輸出産業
鉄鋼(中間材) 素材の由来と製造時排出 製造ルート(高炉/電炉)、スクラップ投入率、工程別排出 作業計画で優先群と確定/項目は草案・協議段階 鉄鋼、自動車部品素材
アルミニウム(中間材) 再生材率と電力由来 一次/再生比率、使用電力の排出係数 作業計画で優先群と確定/項目は草案・協議段階 アルミ圧延、建材、自動車部品
繊維・アパレル(最終) 耐久性・修理性・再生材率 繊維組成、染色・加工工程、修理情報、マイクロプラスチック放出 作業計画で優先群と確定/項目は草案・協議段階 衣料(OEM含む)、産業用繊維
家具・マットレス(最終) 分解性・部材構成・修理部品 部材のBOM、接合方式、化学物質、交換部品の供給年数 作業計画で優先群と確定/項目は推定を含む 家具、寝具、内装材
タイヤ 使用時性能と摩耗 転がり抵抗、摩耗率、再生材率、原材料の由来 既存のタイヤラベリング規則 (EU) 2020/740 とUNECE規則で一部が既規制/ESPR側の追加分は未確定 タイヤ

出典:主要出典2に基づくClimate tech news(CTJPN)整理(「確定度」列のとおり、データ項目には公開協議段階の草案と推定を含む)

タイヤの行は特に注意を要する。転がり抵抗や摩耗性能はタイヤラベリング規則とUNECE規則の既存枠組ですでに測定・表示の対象になっており、ESPRの委任規則がこれを置き換えるのか上乗せするのかは確定していない。既存規制で作っているデータをそのままESPR対応の新規コストに計上すると、見積りが膨らむ。

中間材では「この素材がどこから来て、どう作られたか」が問われる。製造ルートとスクラップ投入率は社内の工程データとエネルギー管理データから作れるため、既存のCFP算定資産との重なりが大きい。対して最終製品では「この製品が何で構成され、どう直せるか」が問われる。部材のBOM(部品表)レベルの素材情報、接合方式、交換部品の供給計画は、環境部門が持つLCAデータの外側にある。設計部門と調達部門の情報だ。

したがって、鉄鋼・アルミ系の素材メーカーと、繊維・家具系の最終製品メーカーでは、DPP対応の主管部門が違う。前者は環境・生産技術部門の延長で処理できる。後者は商品企画・設計部門を巻き込まないと動かない。この違いを無視して「環境部門のプロジェクト」として立ち上げると、最終製品メーカーでは必ず止まる。

自社製品の該当製品群を特定する手順は、CNコード(EUの関税分類)からの逆引きが起点になる。輸出実績のCNコードを作業計画の対象分類に突き合わせれば、一次的な絞り込みはできる。ただしこれはあくまで絞り込みに留まる。委任規則は関税分類とは独立に独自の製品定義を置くため、最終的な該当判定は委任規則の本文を読むまで確定しない。複合製品では判定がさらに割れる。金属フレームと繊維張地を組み合わせたオフィスチェアは、家具として扱われる一方で、構成材の鉄鋼部分が別の委任規則の情報要求にかかる可能性がある。この種の製品では、最も厳しい要求を前提に設計する方が後戻りが少ない。

DPPは表示義務ではなくデータキャリア・識別子・アクセス権限の三層である

デジタル製品パスポート(DPP)を「製品にQRコードを付ける話」と理解すると、情報システム部門が負う実体を見誤る。DPPは三つの層で構成される。

第一層はデータキャリアだ。QRコード、データマトリクス、RFIDタグなど、物理的な製品から電子的な情報へ到達する入口である。製品本体、包装、または付属文書のどこに置くかは製品群別に規定される。

第二層は識別子である。製品識別子、事業者識別子(EU市場に製品を出す責任事業者)、施設識別子(製造拠点)の三種類が求められる構造になっており、GS1のGTIN・GLNをはじめとする既存の識別子体系がこの役割を担う候補になる。CEN/CENELECの合同技術委員会JTC 24がDPPのデータキャリアと識別子、データ交換の標準化を進めており、ISO/IEC側の既存規格との整合が論点になっている。

第三層はアクセス権限の階層だ。DPPのデータは一律に公開されるわけではない。一般消費者が見られる情報、税関当局が通関時に参照する情報、市場監視当局が検査時に求める情報、修理事業者が必要とする分解情報、リサイクル事業者が必要とする素材組成情報は、それぞれ範囲が異なる。企業にとってこれは機会でもある。営業秘密に当たる配合情報を一般公開から除外できる余地があるため、どの項目をどの権限層に置くかの設計は競争上の意味を持つ。

商品企画部門が見落としやすいのは粒度の問題である。DPPが製品モデル単位で足りるのか、製造された個体単位で必要になるのかは製品群ごとに異なる。モデル単位なら製品マスタに属性を足すだけで済む。個体単位になると、シリアル番号の採番と製造実行システム(MES)側でのロット・個体トレースが必要になり、改修規模が一桁変わる。消費財でシリアル単位の個体管理を持たない製造業は少なくない。

標準が確定しきらない段階での投資には、捨て石になるリスクがある。この局面で合理的なのは、データキャリアの物理仕様や個体採番の方式を早期に固定せず、社内のデータモデル側(どの項目をどのマスタで持つか、誰が更新責任を負うか)を先に整備することだ。データモデルは標準が変わっても流用できる。出力形式は後から変えられる。

既存のCFP・EPD・LCA資産との項目対応表をどう作るか

ここが投資額を左右する中核である。多くの日本企業は、CDP回答やSBTi認定、顧客からのScope 3データ要請に応じて、すでに何らかの製品カーボンフットプリント(CFP)算定資産を持っている。建材・住設系ならEPD(環境製品宣言)を取得しているケースもある。問題は、これらがDPPの要求にそのまま使えるかどうかだ。

棚卸しの単位を三軸で切ると判定ができる。算定境界(cradle-to-gate か cradle-to-grave か)、データ粒度(製品単位・ライン単位・サイト単位)、検証水準(第三者検証済みか自己宣言か)である。

ESPR/DPPの想定要求項目 既存CFP(GHGプロトコル準拠) 既存EPD(ISO 14025/建設製品向け欧州EPD規格) SCIP届出(廃棄物枠組指令に基づく) RoHS/REACH対応記録 判定
製品カーボンフットプリント 算定済み(多くはサイト平均) 算定済み(製品/製品群単位) 対象外 対象外 粒度変換が必要
再生材含有率 算定の前提として一部保有 一部記載 対象外 対象外 新規収集(検証可能な形では未整備)
素材組成・部材構成 対象外 LCIデータに部分的に含む 懸念物質のみ 規制対象物質のみ 新規収集
懸念化学物質情報 対象外 一部 届出済み 保有 そのまま使える(形式変換のみ)
修理性・分解情報 対象外 対象外 対象外 対象外 新規収集
事業者・施設識別子 サイト単位で名称を保有 保有 届出単位で保有 保有 標準識別子への変換が必要
第三者検証の記録 製品単位では未取得が多い 取得済み 該当なし 該当なし 再検証が必要

出典:Climate tech news(CTJPN)整理(前提は本文。既存資産の保有状況は日本の製造業の一般的な到達度を想定した推計であり、個社の状況により判定は変わる)

列を分けたのには理由がある。SCIPは廃棄物枠組指令(指令2008/98/EC、(EU) 2018/851による改正後)に基づく製品中の懸念物質の届出であり、RoHS指令やREACH規則とは根拠法令が異なる。三つを一列に束ねると、どの制度で作ったデータが流用できるのかの判定を誤る。

この表の読み方は一つだ。「そのまま使える」と「新規収集」は、どちらも見積りが立つ。対応が難しいのは「粒度変換が必要」の行である。

ここで、よく語られる見方を一点修正しておきたい。「既存資産で賄えない部分(部材の由来・修理性・再生材率)が新規のデータ収集コストになる」という読み方は、半分しか当たらない。実際に最も重い未充足領域は「無いデータ」ではなく「粒度の合わないデータ」である。無いデータは新規に集めると決めれば見積りが出る。粒度の合わないデータは、既に持っているがゆえに「ある」と判定され、要求に突き合わせた段階で初めて使えないことが判明する。

なぜ粒度変換が最も厄介なのか。サイト年間平均で算定したCFPは、その工場で作られた全製品の加重平均である。これを製品単位のDPPに載せる場合、按分の根拠が問われる。生産量按分で割り付けた数値は、同じモデルでも生産時期や投入電力構成によって実際の排出が異なるため、市場監視当局の照会に対して「この製品の数値である」と説明しきれない可能性がある。製品単位の算定に落とすには、工程別のエネルギー消費を製品別に配分できるだけの計測インフラが要る。この計測インフラへの投資が、DPP対応コストの中で最も読みにくい部分だ。

対応表を実際に作る手順は、ESPR/DPPの想定要求項目を行に、既存資産を列に置き、各セルを「そのまま使える/粒度変換が必要/再検証が必要/新規収集」の四区分で埋める作業になる。肝心なのは、この表を製品群ごとに作ることだ。全社で一枚作ると、要求の重心が違う製品群が混ざって判定が平均化され、投資配分の根拠にならない。

対応コストの内訳について、比率の目安を出せるだけの検証可能な根拠は現時点でない。ただし順序関係は構造から導ける。既存資産の形式変換と社内データモデル整備よりも、サプライヤーからの新規データ収集の仕組み構築の方が大きくなる。多段階のサプライチェーンを持つ製造業では、社内のシステム改修は自社の意思で完結するが、サプライヤーからのデータ取得は相手の体制整備と交渉に依存するためだ。社内のIT費用だけを積算すると過小見積りになる。

課題・反論・代替視点

ここまでの整理に対する最も強い反論は、「委任規則が採択されていない段階での対応表作成は、作業のための作業に過ぎない」というものだ。要求項目が確定していないのに行を立てても、確定後に書き直すことになる。この批判には理がある。実際、ESPRの委任規則の採択時期は当初の想定から後ろにずれる傾向が見られ、先行投資の回収時期は読みにくい。

ただし、対応表の価値は要求項目の正確な予測にはない。既存資産の棚卸し自体に価値がある。自社のCFPがどの粒度で、どの検証水準で存在しているかを製品群別に把握している企業は多くない。この棚卸しは、ESPRとは独立に、顧客からのScope 3データ要請やCSRD/ESRSの開示、CBAMの実排出データ提出にも使える。棚卸しだけは要求項目に依存せずに進められる。

第二の反論は、DPPが実際に市場で機能するかへの疑問だ。アクセス権限を階層化し、分散型のレジストリでデータを管理する構想は技術的に複雑で、中小サプライヤーの実装能力を超える可能性がある。EU域内でも実装負担への懸念は示されており、簡素化の方向で運用が修正される余地は残っている。仮に要求が簡素化されれば、精緻なデータ整備への先行投資は過剰になる。

代替的な見方として、DPPを規制対応コストではなく販売条件として捉える立場もある。EUの大手小売・ブランドは、規制の適用を待たずにサプライヤーへ素材由来データや再生材率の提出を求め始めている。この文脈では、ESPRの委任規則の採択時期は意味を持たない。顧客が求めた時点が期限になる。実際にデータ提出を求められるタイミングは、規制より顧客の方が早い。この視点を取ると、委任規則の採択待ちという判断は危険だ。

もう一つの限界は、本稿の対応表が日本の製造業の一般的な到達度を想定した推計である点だ。すでに製品単位のCFPを第三者検証付きで持っている企業では、計測インフラへの追加投資はほぼ不要になる。逆にサイト平均値しか持たない企業では、計測インフラが対応コストの中心を占めうる。表そのものを答えとして読むのではなく、どの層が自社で薄いかを見る道具として使うのが適切である。

日本市場・日本企業への示唆

日本企業がESPR/DPP対応で直面する制約は、EU域内企業とは異なる。まず、サプライチェーンの上流が日本・東南アジアにあるため、データ要請が域外の多段階サプライヤーに及ぶ。EU域内なら同一の規制圏内で説明できる要請が、域外サプライヤーには「なぜそのデータが必要なのか」の説明から始まる。繊維・家具のように加工工程が多段階に分散する製品群では、この説明コストが収集コストの相当部分を占める。

さらに、日本にはDPPに相当する国内制度がない。EUの要求に応えるためのデータ整備が、国内向けには直接の便益を生まない構造になっている。この点でCBAMとは事情が違う。CBAMは排出量の報告義務が明確で、GXリーグや省エネ法で把握している工程データとの重なりが大きい。DPPの修理性や部材構成は、国内制度のどこからも要求されていない情報である。したがって投資判断の正当化は、規制対応ではなくEU市場での販売継続という事業上の必要性に置くほかない。

日本企業が持つ強みもある。製造業の品質保証部門は部材のトレーサビリティ情報を一定水準で保持しており、自動車産業を中心にIMDS(国際材料データシステム)での素材情報登録の実務経験がある。素材組成の申告という作業そのものは未知ではない。この経験を持つ部門をDPP対応の主管に置けば、ゼロからの立ち上げより速い。環境部門だけで抱えるより、品質保証部門の既存の仕組みに乗せる方が現実的だ。

海外事例をそのまま持ち込めない理由は、データの所有構造にある。欧州の垂直統合型のブランドは、自社で素材調達から最終製品まで把握しているため、DPPのデータを内部で完結できる。日本の製造業はOEM・ODMを含む水平分業が多く、最終製品のブランドがデータを持っていないケースが多い。欧州企業の「社内データ統合プロジェクト」型のアプローチは、この構造では機能しない。サプライヤーとのデータ授受の契約と、提出フォーマットの標準化が先に来る。ここを飛ばして社内システムを作ると、入力されるデータがない箱ができる。

まとめ

ESPRとDPPへの対応を「期限から逆算する全社プロジェクト」として設計すると、要求項目が確定していない領域に投資して捨てることになる。この規則は製品群ごとの委任規則で実質を決める枠組み法であり、企業が最初に確定すべきは自社製品の製品群分類と、その委任規則が今どの段階にあるかである。製品群が決まれば要求の重心が決まり、重心が決まれば必要なデータが決まる。中間材なら素材由来と再生材率、最終製品なら修理性と部材構成。この分岐が投資内容を分ける。

既存のCFP・EPD資産は、DPPの環境項目を部分的に賄う。化学物質情報は形式変換で足り、識別子は標準化された機械可読の形式への変換で足りる。しかしサイト平均で算定したCFPを製品単位のDPPに載せる「粒度変換」は、工程別の計測インフラという別種の投資を要求する。未充足領域の本体は、持っていないデータではなく、持っているのに粒度が合わないデータである。ここが見積りから漏れやすく、かつ最も読みにくい。対応コストの内訳では、社内のIT改修よりサプライヤーからのデータ収集の仕組み構築の方が大きくなるのが、水平分業型の日本の製造業では通例である。社内費用だけを積むと実額を見誤る。

そして実務上の期限を決めるのは、委任規則の採択日ではなく顧客である。EUの大手ブランドと小売が規制の適用前にサプライヤーへデータ提出を求め始めている以上、委任規則を待つという判断は、EU市場での取引機会の喪失と引き換えになる。繊維と家具の委任規則が順次適用段階に入るなかで、既存のCFP資産を製品単位の粒度に引き上げられたかどうかが、EU市場に製品を出し続けられる企業とそうでない企業を分ける分水嶺となる。


主要出典

  1. 欧州連合「Regulation (EU) 2024/1781 of the European Parliament and of the Council establishing a framework for the setting of ecodesign requirements for sustainable products(エコデザイン規則・ESPR)」官報公布 2024年6月 — EUR-Lex https://eur-lex.europa.eu/
  2. 欧州委員会「Ecodesign for Sustainable Products Regulation — 作業計画(working plan)および優先製品群に関する公表資料」 — 欧州委員会 https://commission.europa.eu/
  3. 欧州連合「Directive 2009/125/EC establishing a framework for the setting of ecodesign requirements for energy-related products(旧エコデザイン指令)」 — EUR-Lex https://eur-lex.europa.eu/
  4. 欧州連合「Regulation (EU) 2020/740 on the labelling of tyres with respect to fuel efficiency and other parameters(タイヤラベリング規則)」 — EUR-Lex https://eur-lex.europa.eu/
  5. CEN/CENELEC「JTC 24 — Digital Product Passport(デジタル製品パスポートの標準化作業)」 — CEN/CENELEC https://www.cencenelec.eu/
  6. GS1「GS1 General Specifications(GTIN/GLN および二次元データキャリアの仕様)」 — GS1 https://www.gs1.org/
  7. ISO「ISO 14025 Environmental labels and declarations — Type III environmental declarations(環境製品宣言/EPDの原則と手順)」 — ISO https://www.iso.org/
  8. GHGプロトコル「Product Life Cycle Accounting and Reporting Standard(製品ライフサイクル算定報告基準)」 — GHG Protocol https://ghgprotocol.org/
  9. 欧州化学品庁(ECHA)「SCIP database — 廃棄物枠組指令(指令2008/98/EC、(EU) 2018/851改正)に基づく製品中の懸念物質の届出」 — ECHA https://echa.europa.eu/
  10. 経済産業省「カーボンフットプリント ガイドライン(経済産業省・環境省)」 — 経済産業省 https://www.meti.go.jp/
  11. 環境省「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン」 — 環境省 https://www.env.go.jp/

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