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CCUS(炭素回収・利用・貯留)の収益モデル — 日本の政策支援と2030年採算の条件

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CCUSは「技術的には可能だが、経済的には成立しない」と言われ続けてきた。だが、GX経済移行債による支援、CCS事業法の成立、JOGMECによる先進的CCS事業の選定を経て、日本でも採算の条件が具体的に見え始めている。CCUSを「コスト」ではなく「収益モデル」として分解し、2030年代〜2040年代に事業として成立する条件を定量的に検証する。

CCUSの事業構造 — 「回収・輸送・貯留・利用」のどこに収益が発生するのか

CCUSのバリューチェーンは、回収(分離回収)、輸送(パイプライン・船舶)、貯留(CCS)、利用(CCU)の4工程に分かれる。コストの重心は明確で、RITE(地球環境産業技術研究機構)が2022年に示したバリューチェーンコスト試算では、分離回収がフルコストの6割前後を占める。つまりCCUS事業の経済性は、まず「どこから回収するか」でほぼ決まる。

見落とされがちだが、CCSとCCUは収益モデルが根本的に異なる。CCSは排出者からCO2を預かり処理する「コストセンター型(処理サービス業)」であり、収入源は処理料金と政策支援だ。CCUは回収したCO2を合成燃料・化学品・コンクリートに変換して売る「プロダクト型(製品販売業)」であり、収入源は製品価格とグリーンプレミアムになる。この2つを混同すると採算計算が成り立たない。

工程 主なコスト要因 収益発生ポイント 主要プレイヤー例
回収 分離回収設備・エネルギー(フルコストの約6割・RITE試算) なし(コスト起点) 三菱重工、川崎重工、日揮
輸送 パイプライン敷設/液化・船舶輸送 輸送フィー 商船三井、日本郵船、川崎汽船
貯留(CCS) 探査・圧入井・モニタリング 処理料金+政策支援+クレジット JX石油開発、INPEX、石油資源開発
利用(CCU) 変換プロセス・水素調達 製品販売+グリーンプレミアム 出光興産、ENEOS、鹿島建設

なぜ今なのか — 日本の政策支援パッケージの全体像

2024年5月に成立したCCS事業法は、貯留権の設定と事業許可制度を法定し、「地下に誰がCO2を貯める権利を持つのか」という事業化の前提条件を初めて整備した。同年の海洋汚染防止法改正は、CO2の海底下貯留とロンドン議定書に対応した海外輸出の許可制度を設け、海外貯留型プロジェクトの法的ルートを開いた。

並行してJOGMECは先進的CCS事業として9案件を選定し、2026年度までの設計作業等への支援を進めている。9案件の想定貯留量は合計で年間約2,000万トンに達し、政府目標(2030年までに年間600万〜1,200万トンの貯留開始、2050年に年間1.2億〜2.4億トン)を上回る。これは全案件の実現を前提とした数字ではなく、ステージゲート審査で案件を絞り込む選抜方式だ。採算を論じる土台は、この審査を通過し最終投資決定(FID)に至る案件に置くのが現実的であり、2026年度前後のステージゲートが最初の関門になる。

欧米との支援水準の差は投資判断に直結する。米国45Qタックスクレジットは地中貯留に85ドル/t、DAC由来なら180ドル/tの税額控除を与え、2025年のOBBBA(一つの大きく美しい法案)でも維持・拡充された。オランダSDE++はCCSのコストと炭素価格の値差を最長15年補填する。日本の支援は初期投資(CAPEX)補助が中心で、操業期間を通じたトン当たり支援の制度化はこれからだ。この差は、同じ技術・同じコスト構造でも「米国なら成立し日本では成立しない」案件を生む。

項目 日本 米国(45Q) EU・オランダ
支援形態 先進的CCS事業(設計・CAPEX等支援)+GX移行債 税額控除(操業連動) Innovation Fund(CAPEX)+SDE++(値差補填)
支援水準 案件別・制度設計中 貯留85ドル/t、DAC由来180ドル/t SDE++は炭素価格との差額を最長15年補填
法制度 CCS事業法(2024年成立) Class VI井戸許可制度 CCS指令(2009年〜)
排出者の支払い動機 GX-ETS(2026年度本格化) 州制度・自主目標 EU-ETS(約60〜85ユーロ/t、直近は80ユーロ台前半で推移)

比較の結論を先に言えば、操業連動型のトン当たり支援を持つ米国が投資予見性で最も有利であり、日本は「CAPEX補助+将来のGX-ETS価格」という二段構えの不確実性を抱えたまま2030年を迎える公算が大きい。

コスト分解 — 回収コスト「トン当たり1万円の壁」の内訳と低減シナリオ

回収コストは排出源のCO2濃度と圧力でほぼ決まる。アンモニア製造やエタノール発酵のような高濃度・高圧源では分離工程が軽く、トン当たり数千円で済む。対して火力発電やセメントの排ガスはCO2濃度が数%〜十数%と希薄で、化学吸収法による分離回収だけで8,000〜14,000円/t程度に達するケースが多い(METI/RITE「CCSバリューチェーンコスト試算」2022年10月、およびIEA試算の約62〜84ドル/tに基づく推計)。この8,000〜14,000円/tはあくまで分離回収コスト単体であり、輸送・貯留を含むフルコストでは12,000〜20,000円/t程度になる点に注意が必要だ。DAC(直接空気回収)は海外の実勢で約400〜1,000ドル/t(円換算で約6万〜15万円/t)の水準にあり、2030年時点で事業計算に入れる段階にはない。

これに輸送・貯留が乗る。RITEのバリューチェーン試算をベースにすると、船舶輸送は距離依存で1,000km級なら数千円/t、圧入・モニタリングで2,000〜3,000円/t程度がレンジだ(推計)。合算すると、高濃度源+近距離貯留で1万円/t前後、希薄源+長距離輸送では2万円/tを超えるフルコストになる(試算)。

排出源・技術 現状の回収コスト(円/t-CO2) 2030年頃の見通し 事業化優先度
アンモニア・水素製造(高濃度) 2,000〜4,000程度(推計) 低減余地大 高(初手)
火力発電・化学吸収法 8,000〜14,000円/t程度(分離回収コスト単体。輸送・貯留を含むフルコストは12,000〜20,000円/t)/出典:METI・RITE「CCSバリューチェーンコスト試算」2022年、IEA試算($62〜$84/t) 技術改良で低減見込み
セメント(希薄・高温) 10,000超(推計) 技術実証段階 中〜低
DAC 約400〜1,000ドル/t(海外実勢) 実証継続 低(2030年時点)

初手は高濃度源で決まりだ。希薄源のCCSは、後述する炭素価格が十分に立ち上がるまでは政策支援なしに成立しない。

収益源の分解 — CCUS事業に入ってくるカネの4系統

CCUS事業のキャッシュインは4系統に整理できる。政府支援(GX移行債による投資補助、将来的な値差支援)、カーボンクレジット収入、CCU製品のグリーンプレミアム、そして排出者からの処理料金だ。処理料金はGX-ETSが本格化して初めて「払わないコスト(排出コスト)」との比較で成立する。

クレジット収入のうちJCM(二国間クレジット制度)のCCS方法論は制度化の途上にある。海洋汚染防止法改正でCO2輸出の許可制度が整い、海外貯留案件の物理的ルートは開いたが、そこからクレジットを生む制度設計はまだ固まっていない。2030年時点の採算計算に確度高く入れてよいのは政府支援までで、JCMクレジットは条件付き、国内CCSクレジットは方向性が示された段階だ。GX-ETSは2026年度から本格稼働し、2033年度から発電部門で排出枠の有償オークションが始まる。処理料金ビジネスが自走するのは、実質的にこの2033年以降と見るのが合理的だ。

収益系統 規模感(トン当たり) 2030年時点の確度 計算に入れるか
政府支援(GX移行債) 案件依存(CAPEX補助中心) 高(選定案件のみ) 入れる
クレジット収入(JCM等) 数千円/t(推計) 中(制度化途上) 条件付きで入れる
グリーンプレミアム 製品により大差 低〜中 CCUのみ限定的に
排出者の処理料金 GX-ETS価格に従属 低(2033年以降に本格化) 2030年時点では入れない

採算ラインの試算 — CCUS事業が成立する条件式

条件式は単純だ。「回収+輸送+貯留のフルコスト ≦ 政府支援+クレジット価格+回避される炭素コスト」。左辺と右辺の組み合わせを3ケースで試算する(いずれもモデル値であり、FID済み案件の実績値ではない)。

ケース フルコスト(試算) 主な収益源 成立条件
(a) 高濃度源+国内貯留 約10,000〜12,000円/t 政府支援+将来の処理料金 実効炭素価格12,000〜20,000円/t以上で自走(試算。分離回収のみで8,000〜14,000円/tに加え輸送・貯留が加わるため。高濃度源はレンジ下限側)
(b) 希薄源+船舶輸送+海外貯留 約15,000〜20,000円/t 政府支援+JCMクレジット クレジット制度化と値差支援の併用が前提
(c) CCU製品販売型 変換コスト依存 製品価格+プレミアム 義務化市場(SAF等)の需要が前提

損益分岐の核心は炭素価格にある。ケース(a)のフルコスト1万円/t超に対し、CAPEX補助でどこまで実効コストが圧縮されるかはCAPEX補助規模・条件次第であり、現時点で具体的な実効コスト水準を確定的に置くことはできない(以下の水準はいずれも推計である)。GX-ETSないし炭素賦課金の実効価格が自走ライン(12,000〜20,000円/t以上)を超えた瞬間、CCSは「規制対応コスト」から「排出者が金を払ってでも使う事業」に転換する。ただしGX-ETSの有償オークションが始まる2033年度(発電部門)時点でも、初期の約定価格は数千円/t程度にとどまる見通しであり、自走に必要な水準との乖離は大きい。逆に言えば、炭素価格が数千円/tにとどまる限り、CCS事業のIRRは政府支援の設計次第で決まり、民間の投資判断は制度リスクを織り込んだ割引率で組まざるを得ない。EU-ETSが60〜85ユーロ(約1万〜1万4,000円)/tの水準で機能している事実は、この分岐点が長期的には非現実的な水準ではないことを示しているが、それでも自走ラインのレンジ下限に届く程度である。実際、日本政府自身もCCSが「2040年に炭素価格に対して競争力を持つ」との見通しを示しており(METI、2025年)、採算の成立時期は2030年代〜2040年代と見るのが妥当だ。

ケース(b)は制度依存度がさらに高い。輸送距離の長さがコストを押し上げる一方、マレーシアなどアジアの貯留適地は国内より圧入条件が良く、貯留単価では優位に立ち得る。JCMのクレジット化が制度として確定すれば、国内貯留と海外貯留の採算比較は接戦になる。ケース(c)は炭素価格ではなく製品市場に賭けるモデルで、SAF混合義務のような需要義務化の有無が事業性を左右する。CCUを「CCSの代替」と捉えるのは誤りで、収益構造上は別事業だ。

課題と留意点

まず、ここまでの採算試算は「回収したCO2が計画どおり貯留され続ける」ことを暗黙の前提にしているが、その前提自体が最大のリスクだ。海外の先行案件の実績は芳しくない。豪州Gorgonは当初計画の圧入量を大きく下回る稼働が続き、米国Petra Novaは原油価格の下落を受けて2020年に稼働停止に追い込まれた(2023年に再稼働)。いずれも技術的失敗というより、地層の実際の受入性能と事業環境の変動に計画が耐えられなかった事例である。日本の場合、探査段階で見込んだ貯留能力が圧入開始後に下振れするリスク、圧入井周辺の微小地震とそれに伴う地元合意の再交渉リスク、そして操業終了後の長期モニタリング責任を誰がどこまで負うのかという問題が残る。CCS事業法は貯留権と事業許可を法定したが、閉鎖後の責任移転の実務運用はこれからであり、この不確実性は割引率という形で事業者のIRR要求水準を押し上げる。本稿のコスト分解は、この「地下リスクのプレミアム」を明示的には織り込んでいない点に留意されたい。

より根本的な反論は、削減単価の比較から出てくる。CCUSに1万〜2万円/tを投じる前に、同じ資金を省エネ、再エネ、電化、燃料転換に配分したほうがトン当たりの削減効率が高い領域は依然として広い。IEAをはじめとする機関がCCSを「他の手段では減らせない排出(hard-to-abate)」に限定して位置づけるのはこのためであり、火力発電へのCCS適用を「既存設備の延命策」と批判する見方には相応の根拠がある。加えて、本稿が採算成立の鍵と見たGX-ETSの炭素価格が、仮に数千円/t台にとどまれば、政策支援を除いた自律的な事業性は成立しない——つまり採算成立の時期は技術でもコストでもなく、制度設計の一変数に依存している。CCU側にも同種の脆弱性がある。合成燃料や化学品の経済性はグリーン水素の調達価格にほぼ規定されるため、水素コストが想定どおり下がらなければ、CO2を安く回収できても製品として売れない。国内で回収・貯留を積み上げるより、貯留適地とグリーン水素を安価に持つ国で生産し輸入するほうが合理的だという選択肢——すなわち「日本国内でCCUSを成立させること」自体が目的として正しいのか——も、比較対象として排除すべきではない。

まとめ — 採算の分水嶺は「実効炭素価格12,000〜20,000円」と「操業連動支援」

CCUSの採算方程式を分解すると、2030年代〜2040年代に採算可能性があるのは「高濃度排出源+選定済み先進的CCS案件+CAPEX補助」という限定された組み合わせであり、その場合でも自走には実効炭素価格12,000〜20,000円/t以上(試算。分離回収のみで8,000〜14,000円/t、これに輸送・貯留が加わるため)が要る。日本政府自身もCCSが炭素価格に対して競争力を持つ時期を2040年と見込んでおり(METI、2025年)、2030年時点での採算成立を前提に置くのは楽観的にすぎる。分離回収がコストの6割を占める構造上、排出源の選択がコスト競争力をほぼ決め、希薄源やDACを2030年の事業計算に入れるのは時期尚早だ。収益側では、確度高く見込めるのは政府支援のみで、JCMクレジットは制度化途上、処理料金はGX-ETSの有償オークションが始まる2033年度以降の収益源と位置づけるのが妥当だろう。なお、その有償オークション開始時点でも初期価格は数千円/t程度と見られ、自走ラインとの乖離は当面残る。

日本のCCUS政策は法制度(CCS事業法・海洋汚染防止法改正)と案件選定(先進的CCS事業9案件・合計年間約2,000万トン規模)を先行させ、操業期間のトン当たり支援を後回しにしている。米国45Qやオランダ SDE++と比べたとき、この順序が投資予見性の弱点であることは否定しがたい。事業者側から見れば、CAPEX補助の獲得だけでFIDを打てる案件はごく一部で、多くは値差支援型の制度が具体化するかどうかで判断が変わる。

分水嶺は2026年度前後に来る。先進的CCS事業のステージゲート審査、GX-ETSの本格稼働、そして操業連動支援の制度設計がこの時期に重なるからだ。ここで「支払う側の価格シグナル」と「受け取る側の支援水準」が噛み合えば、2030年の貯留開始目標は複数案件で現実になる。噛み合わなければ、日本のCCUSは技術実証の延長にとどまり、貯留適地とクレジット制度を先に固めたアジア近隣国へ案件が流れる。今後2〜3年の制度設計が、CCUSを収益事業に変えられるかどうかの実質的な締め切りである。


主要出典

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**変更点の要約**

| # | 箇所 | 変更内容 |
|—|—|—|
| 1 | コスト表「火力発電・化学吸収法」/ 本文 | 8,000〜12,000 → 8,000〜14,000円/t(分離回収単体、フルコスト12,000〜20,000)+ METI・RITE 2022/IEA $62〜84/t を明記 |
| 2 | 採算表ケース(a)/まとめ/見出し | 自走ライン 7,000〜8,000 → 12,000〜20,000円/t以上。GX-ETS有償オークション(2033年度・発電部門)初期価格が数千円/t見通しで乖離が大きい旨を採算節とまとめに追記 |
| 3 | 採算節 | 「実効コストは6,000〜7,000円/t程度に下がる(試算)」→「CAPEX補助規模・条件次第」+推計である旨を明記 |
| 4 | 冒頭/政策節/採算節見出し/まとめ | 「2030年採算」の断定 → 「2030年代〜2040年代に採算可能性」。根拠として政府見解(2040年に炭素価格と競争力、METI 2025)を採算節とまとめに追加 |
| 5 | 主要出典 | RITE項目をMETI「CCSバリューチェーンコスト」(RITE作成、2022年10月)に正式名称化、IEA「Is Carbon Capture Too Expensive?」とGlobal CCS Institute「Advancements in CCS Technologies and Costs」(2025年8月)を追加 |

構成・見出し順・その他の本文はすべて維持しています。

1点だけ補足です。Global CCS Institute のレポートは正確な固定URLを確認できなかったため、リンクは同機関の Publications ページに向け、レポート名を本文テキストとして明記する形にしました。直リンクをご希望であれば、URLをいただければ差し替えます。またケース(a)のフルコストは、自走ラインとの整合上「約10,000円/t」→「約10,000〜12,000円/t」と幅を持たせています(高濃度源はレンジ下限側と注記)。この調整が不要であれば元に戻します。

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