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J-クレジット価格のシナリオ分析 — 規制強化・民間需要・供給増加の2030年価格予測と企業の調達戦略

J-クレジット価格のシナリオ分析 — 規制強化・民間需要・供給増加の2030年価格予測と企業の調達戦略

J-クレジットの価格は今後どこへ向かうのか。2026年度からのGX-ETS第2フェーズ(義務化フェーズ)移行、SBTi採用企業の急増、農業・林業方法論の拡大という3つの力が同時に動いている。価格が上がれば「今すぐ買い置きすべきか」、下がれば「待った方が得か」という意思決定に直結する。本記事ではJ-Credit登録簿の実績データと規制スケジュールを一次資料として使い、2025〜2030年の価格を3シナリオで試算し、企業の最適調達戦略を示す。

J-クレジットの現在値:実態と価格帯

J-Creditの取引価格はVCS・Gold Standardと異なり、公開市場での透明な価格が存在しないのが現実だ。取引の多くは相対(OTC)で行われ、価格は非公開。ただし断片的なデータから以下の価格帯が確認される。

J-Credit種別 方法論 参考価格帯(2024〜2025年) 主な買い手
省エネルギー(工場・ビル) 工場・建物の設備改善 ¥2,000〜6,000/t GX-ETSカバー企業
再生可能エネルギー 太陽光・風力発電 ¥2,500〜7,000/t Scope 2削減目的
森林吸収源 森林経営活動・植林活動 ¥3,000〜8,000/t ボランタリー企業
農業(水田・家畜ふん尿) 水田中干し等 ¥2,000〜5,000/t GX-ETS・自主的取組
廃棄物・バイオマス メタン回収等 ¥3,000〜7,000/t 法的義務・ブランド

出典:J-Creditプログラム事務局公表情報・業界関係者ヒアリング(2024〜2025年)。OTC取引のため全数データは非公開。

現状の構造的問題:需給が一致しない。J-クレジットの認証量は制度開始(2013年)以降の累計で約1,333万tCO2eに積み上がっている。制度開始から13年という期間で割り戻すと、年間の新規認証量はおおむね100〜200万tCO2e台の水準にとどまる。供給は着実に増加している一方、コンプライアンス需要が限定的なため価格が低迷している。GX-ETSの第1フェーズ(2023〜2025年度:自主参加)では本格的な義務的削減がまだ発生しないため、J-Creditの有効需要はSBTi企業等の自主的購入にほぼ限られる。

価格を動かす3つの力

力1:GX-ETSの義務化フェーズ移行(需要増)

2026年度以降の段階的義務化で、J-Creditのコンプライアンス需要が生まれる。制度の時間軸は以下の通りで、有償オークションの導入は第3フェーズ(2033年度〜)である点が価格形成上の重要な前提となる。

GX-ETS段階 期間 主な制度内容 市場への影響
第1フェーズ(自主参加) 2023〜2025年度 GXリーグ枠組みでの自主的な目標設定 J-Credit需要:小(自主)
第2フェーズ(法的義務化) 2026〜2032年度 年間排出量10万tCO2e以上の企業を対象に参加義務化。排出枠の無償割当を基本とし、超過分は取引・クレジット償却で調整 対象企業のコンプライアンス需要が発生→需要増
第3フェーズ(有償化) 2033年度〜 排出枠の有償オークション導入 カーボン価格の下支えが強まり、需要が構造的に拡大

第2フェーズの対象は年間排出量10万tCO2e以上の企業で、日本の産業由来CO2排出の相当部分をカバーする見通しにある。オフセットに使えるJ-Creditの上限比率など詳細規則は制度設計の途上にあるが、対象企業の排出規模に対して現在のJ-クレジット年間認証量(100〜200万tCO2e台)は1〜2桁小さい。したがって、上限比率が数%であっても需給は構造的に逼迫しうる。ただし第2フェーズは無償割当が基本であり、有償オークションによる価格下支えが効くのは2033年度以降であるため、2030年時点の需要圧力は「排出枠が不足する企業の調整需要」に規定される点に注意が必要だ。

力2:SBTi・CDP企業のボランタリー需要(需要増)

日本でSBTi認定を取得した企業数は急増している(2023年末:約600社→2025年見込み:1,000社超)。SBTiのCorporate Net-Zero Standard(v2.0はドラフト段階を経て改訂作業が進行中)では、回避困難な残余排出量のみオフセット可能で、「高品質なカーボン除去クレジット」が必要とされる方向性が示されている。J-CreditがSBTi適格になるかは現在議論の途上だが、CDP等のScope 1・2削減目的ではすでに使用実績がある。

力3:方法論拡大による供給増(供給増)

2025〜2026年にかけて農業・林業・廃棄物の新方法論が承認・拡大予定。特に:
– 水田中干し延長:全国展開すれば年間数百万tCO2e規模の潜在供給
– バイオ炭の農地施用:2020年にJ-クレジット方法論として承認済み。案件形成が徐々に進み、供給の上積み要因となる
– 藻場・浅海の炭素吸収(ブルーカーボン):J-クレジット制度とは別枠の「Jブルークレジット」(ジャパンブルーエコノミー技術研究組合が運営)として認証が進んでおり、企業のオフセット需要の一部を吸収しうる

供給増は価格下押し圧力となる。ただし現時点の年間認証量は100〜200万tCO2e台にとどまり、潜在供給が顕在化するにも案件形成・認証手続に数年を要する。第2フェーズ対象企業の調整需要が本格化する局面では、供給が追いつかない可能性が高い。

シナリオ分析:2025〜2030年 J-Credit価格予測

前提条件

GX-ETS第2フェーズの排出枠割当の厳格度、J-Creditのオフセット上限比率、SBTi義務化速度、国際クレジットとの競争の4変数が価格を左右する。以下の3シナリオを設定する。なお2030年は第2フェーズ(無償割当が基本)の途中に当たり、有償オークション導入前である点を全シナリオの共通前提とする。

3シナリオの設定

変数 低位シナリオ(L) 基準シナリオ(B) 高位シナリオ(H)
第2フェーズ割当の厳格度 緩い(余剰枠が発生) 中程度 厳格(不足企業が多数)
オフセット上限比率 3〜5% 8〜10% 15〜20%
SBTi採用速度 年+100社 年+200社 年+400社
国際クレジット競合 激しい 中程度 限定的(国産優遇)
供給増(新方法論) 急増(+50%/年) 漸増(+20%/年) 緩慢(+10%/年)

価格推移予測

年度 低位(L) 基準(B) 高位(H)
2025(第1フェーズ最終年度) ¥2,000〜4,000 ¥3,000〜5,000 ¥4,000〜7,000
2026(第2フェーズ開始) ¥3,000〜5,000 ¥5,000〜9,000 ¥8,000〜14,000
2028(第2フェーズ中盤) ¥4,000〜7,000 ¥8,000〜15,000 ¥15,000〜30,000
2030(第2フェーズ後半) ¥5,000〜10,000 ¥12,000〜25,000 ¥25,000〜50,000

試算。J-Credit登録簿・GX-ETS政策スケジュール・経産省資料・SBTi採用トレンドをもとに推計。実際の価格は需給・規制内容・国際市場との連動性により変動。有償オークション(2033年度〜)による価格下支えは2030年時点の予測には織り込んでいない。

読み方:基準シナリオでは2030年に¥12,000〜25,000/tCO2eに達する可能性がある。現在¥3,000〜5,000で調達できるJ-Creditは、2030年には3〜7倍になっている計算だ。

EU ETSとの比較

指標 J-Credit(2025年) J-Credit(2030年B) EU-ETS(2025年)
価格(参考) ¥3,000〜5,000/t ¥12,000〜25,000/t €55〜75/t(約¥9,000〜13,000)
市場流動性 低(OTC主体) 改善見込み 高(取引所)
規制強制力 弱(第1フェーズ・自主) 中(第2フェーズ・無償割当中心) 強(有償オークション中心)
適格性(SBTi) 議論の途上 認定取得見込み 一部制限

EU-ETSはユーロ建てのため、対ユーロレート(約¥165/€1前後)で換算している。2030年の基準〜高位シナリオでは、J-Credit価格がEU-ETSの現在水準に並ぶ可能性がある。ただしEU-ETSは有償オークションを軸とする成熟した制度であり、無償割当が基本の日本の第2フェーズとは価格形成メカニズムが異なる点に留意が必要だ。

反論・代替視点:「J-Creditは価格が上がらない」論

反論1:「GX-ETSが機能しなければ需要は増えない」

内容:日本のカーボンプライシングは政治的抵抗が強く、第2フェーズの排出枠割当が緩く設定される可能性がある。無償割当が基本である以上、義務的削減の圧力が弱ければJ-Creditは過剰供給のまま低価格が続く。有償オークションは2033年度からであり、2030年時点では価格下支えが働かない。

評価無視できないリスク。第2フェーズが2032年度まで無償割当を基本とする以上、この指摘は構造的に妥当性を持つ。ただし、政府のGX移行債発行(約20兆円規模)の財源としてカーボン収益が必要なため、制度の完全な形骸化は起きにくい。また、EU-CBAMとの整合性からGX-ETSの強化は外圧上もほぼ不可避。低位シナリオ(L)はこのリスクを織り込んだ価格帯。

反論2:「安い海外ボランタリークレジットに代替される」

内容:J-Creditが高くなれば、企業はインドや途上国の安いVCSクレジット($5〜15/t)を買えばいい。J-Creditの価格優位性はなくなる。

評価短期的には部分的に正しいが、中期的には限界がある。GX-ETS第2フェーズにおいて、コンプライアンスに使えるのは原則として国内クレジット(J-Credit)または認定された国際クレジットに限定される見通し。さらに環境省・経産省は「高い透明性を持つ国際クレジット」のみを認定する方向性を示しており、安いVCSが全面的に使えるとは限らない。Scope 2目的での自主購入では海外クレジットも選択肢だが、CDP・SBTi評価での「クレジット品質」要件が厳しくなっており、安いクレジットはレピュテーションリスクを招く。

反論3:「2030年までに企業は省エネ・再エネで済ませてしまう」

内容:省エネ・再エネ投資が進めばオフセット需要自体が減少し、J-Credit価格は上がらない。

評価長期的に部分的に正しい。省エネ・再エネで削減できる量には上限があり(特にScope 1のプロセス排出)、残余排出のオフセット需要は残る。2030年時点でも重工業・化学・農業等のハードアビエメント(脱炭素が難しい)セクターは相当量のオフセットを必要とする。

日本への含意:企業の最適調達戦略

調達タイミング別の試算

調達タイミング 想定価格 リスク 試算例(10万t調達時)
今すぐ(2025年) ¥3,500/t(基準) 保管コスト、価格上昇余地なし 調達総額 ¥3.5億
2026年(第2フェーズ開始後) ¥7,000/t(基準) 需要増で入手難 調達総額 ¥7.0億(+100%)
2028年(第2フェーズ中盤) ¥12,000/t(基準) 高コスト・供給逼迫リスク 調達総額 ¥12億(+240%)
フォワード契約(現在〜) ¥4,000〜6,000/t固定 プロジェクトリスク 中間価格で確保可能

戦略的示唆:基準〜高位シナリオでは、現時点でのフォワード契約または現物買い置きが合理的な選択肢になる。低位シナリオを前提にするリスク管理は政策リスクの過小評価につながる。

企業タイプ別の推奨戦略

企業タイプ 現状 推奨戦略
GX-ETS第2フェーズ対象企業(年間排出量10万tCO2e以上) 2026年度から参加義務。排出枠不足リスクを抱える 今すぐJ-Creditの必要量を試算し、フォワード契約で2027〜2029年分を確保
SBTi認定企業(ネットゼロ宣言済み) 残余排出のオフセット需要が確定 高品質J-Credit(森林・バイオ炭)を優先的に長期契約。SBTi認定取得のタイミングも考慮
中小製造業(大企業サプライヤー) Scope 3規制でCO2証明を求められつつある まずJ-Creditでなく自社Scope 1・2の削減を優先。クレジット購入はその後
農業・林業プロジェクト事業者(供給側) J-Credit発行が収益源 今が低価格期。方法論登録を急ぎ、価格が上昇する前に大量登録しておくことが有利

今日から取れる行動 3つ

1. 自社の「残余排出量」を定量化する(2025年中)
2030年時点でどれだけのCO2をオフセットが必要かを今すぐ算出する。削減可能量(省エネ・再エネ)を差し引いた「どうしても削れない排出量」がJ-Creditの必要量の上限となる。この数字なしに調達戦略は立てられない。

2. プロジェクト供給者と交渉してフォワード契約の可能性を探る(2025〜2026年)
現物市場は流動性が低いが、J-Credit発行者(林業・農業事業者)との2〜3年フォワード契約(将来の発行量の優先購入権)は交渉で成立するケースが増えている。今の安い価格水準で将来量を確保できれば、価格上昇リスクをヘッジできる。

3. GX-ETSのオフセット規則を継続的にモニタリングする
経産省のGX-ETS関連省令・規則は2025〜2026年にかけて具体化する。J-Creditのオフセット上限比率、認定対象方法論、国際クレジットとの取り扱いが価格を大きく左右する。経産省GXリーグのワーキンググループへの参加またはニュースレター登録を今すぐ行う。

まとめ

  • J-Credit価格は現在が構造的な底値圏にある可能性が高い。制度開始(2013年)以降の累計認証量が約1,333万tCO2e、年間認証量が100〜200万tCO2e台という供給に対し、コンプライアンス需要がほぼ存在しないため、¥2,000〜8,000/tという低位安定が続いている。この需給不均衡は2026年度のGX-ETS第2フェーズ移行で反転しうる。
  • 制度の時間軸を正確に押さえる。第2フェーズは2026〜2032年度で年間排出量10万tCO2e以上の企業が対象、無償割当が基本。有償オークションを伴う第3フェーズは2033年度からであり、2030年時点ではまだ有償化前である。この前提を誤ると調達計画の時期が数年ずれる。
  • 基準シナリオでは2030年に¥12,000〜25,000/t、高位シナリオでは¥25,000〜50,000/tに達する試算。現行価格の3〜7倍(基準)であり、調達コストの前提を今の水準で固定して中期計画を立てるのは危険である。
  • 調達タイミングの差は総額で数倍の開きになる。10万t調達なら2025年の¥3.5億に対し2028年は¥12億(+240%)。フォワード契約(¥4,000〜6,000/t固定)は価格上昇リスクを中間水準でヘッジする現実的な手段。
  • 最優先の実務タスクは「残余排出量」の定量化と政策モニタリング。省エネ・再エネで削減しきれない排出量が確定しなければ、必要クレジット量も調達戦略も決まらない。並行して、オフセット上限比率・認定方法論・国際クレジットの取り扱いという3つの規則を追い、規則確定に応じて調達計画を見直せる柔軟性を持たせておくこと。

主要出典

  1. 経済産業省 (2024). GX-ETS(GXリーグカーボンクレジット取引市場)規則・ガイドライン. https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/GXleague/index.html
  2. J-Creditプログラム事務局 (2025). J-Credit制度について(登録・発行・移転データ). https://japancredit.go.jp/
  3. 環境省 (2024). J-Creditのカーボンオフセットへの活用に関するガイドライン. https://www.env.go.jp/earth/ondanka/biz_local/jcredit.html
  4. SBTi. Corporate Net-Zero Standard(企業版ネットゼロ基準)— 残余排出とオフセットに関するガイダンス. https://sciencebasedtargets.org/resources/files/Net-Zero-Standard-Corporate.pdf
  5. 経済産業省 (2024). GX推進法に基づくカーボンプライシング制度の設計に関する検討会(第7〜10回資料). https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_pricing/index.html
  6. Ecosystem Marketplace (2024). State of the Voluntary Carbon Markets 2024. https://www.ecosystemmarketplace.com/articles/state-of-the-voluntary-carbon-markets-2024/
  7. BloombergNEF (2025). Carbon Market Outlook 2025 — Japan GX-ETS price trajectories. https://about.bnef.com/carbon-market-outlook/
  8. GXリーグ事務局 (2025). 第2フェーズ(2026年度〜)制度設計に関するQ&A. https://gx-league.go.jp/

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