ボランタリーカーボン市場(VCM)は2022〜2023年の信頼性危機を経て、ICVCM(誠実カーボン市場イニシアティブ)・VCMI(ボランタリーカーボン市場誠実性イニシアティブ)・REDD+改革という3つの品質改革が同時進行している。これらの変化はクレジット価格形成・調達戦略・プロジェクト設計に直接影響を与えており、2025〜2026年の市場再編の核心だ。
VCMの信頼性危機とその背景
2023年初頭、主要メディア(Guardian・Zeit等)の調査報道がVCS(Verra)認証のREDD+クレジットの多くが実際には削減効果を持たない可能性を指摘し、VCM全体への信頼性が急落しました。主な問題:
- ベースラインの過大設定:「プロジェクトがなければ伐採されていたはず」という仮定が過大で、実質的な追加性が薄いクレジットが大量発行されていた
- 永続性リスクの顕在化:カナダ山火事等でバッファープールを上回る消失が発生
- 二重計上問題:ホスト国がNDC(国別削減目標)に同じ削減量を計上し、購入企業との間で削減量が重複する「対応する調整」未適用の問題
これを受けてVCM価格は2022年のピーク(一部クレジットで20USD超)から2023〜2024年にかけて大幅に下落し、市場の再編が加速しました。
ICVCM(Core Carbon Principles)の役割
ICVCM(Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)は2023年7月に「コアカーボン原則(CCP)」を発表し、高品質クレジットの認定基準を策定しました。CCPの主要要件:
- 追加性(Additionality):プロジェクトがなければ削減が起きなかったことの厳格な証明
- 永続性(Permanence):リスク評価の強化とバッファープール充足基準の引き上げ
- 測定の堅牢性(Robust Quantification):科学的根拠に基づく排出量算定と第三者検証
- 対応する調整(Corresponding Adjustment):ホスト国との二重計上回避を担保する仕組み
- 持続可能な開発(Sustainable Development):地域コミュニティへの便益、先住民の権利尊重
ICVCMは認証機関(Verra・Gold Standard等)の方法論を審査し、CCP適合認定を与えるメタ規格として機能します。CCP認定クレジットは「高品質の証明」として価格プレミアムが付くことが期待されています。
VCMI(需要側の品質基準)
VCMIは企業によるカーボンクレジット「使用」の誠実性を定義するフレームワークです。2023年に「クレームコード・オブ・プラクティス」を発表し、企業がどのようにクレジットを使用すべきかの基準を設定しました。
VCMIクレーム基準の3レベル
- Silver:Scope 1+2の削減に加え、残余排出量の最大50%をCCP適合クレジットでオフセット。かつSBTi目標設定が必要。
- Gold:残余排出量の50〜100%をCCP適合クレジットでオフセット。SBTiの進捗開示が必要。
- Platinum:残余排出量の100%以上をオフセット。SBTi目標の達成路線にある。
VCMIの重要な変化は「カーボンニュートラル宣言にはSBTi+CCP適合クレジット使用が必要」という基準を実質的に設けたことです。削減努力なしにクレジットのみで「ニュートラル」を名乗ることへの規制が強まっています。
REDD+の制度改革
REDD+(途上国の森林減少・劣化からの排出削減)は2023年のCOP28でアートクル6(パリ協定の市場メカニズム)の実施細則が合意され、国家レベルのREDD+クレジットが「対応する調整」付きで発行される道筋が開きました。これにより:
- プロジェクトレベルのREDD+クレジット(従来のVCS等)から、国家レベルのREDD+クレジット(REDD+連鎖)への移行が加速
- ホスト国政府が排出削減量の「オーナーシップ」を持つ新しい市場構造
- 「対応する調整」付きクレジットは価格プレミアムが見込まれる一方、国家レベルの政策リスクも内包
企業の調達戦略への影響
品質基準の進化により、企業のクレジット調達戦略は以下の方向に再編されつつあります:
- CCP適合クレジットへの移行:ICVCMのCCP認定を受けたクレジットを優先調達。価格は高いが、将来の無効化リスクと評判リスクを低減。
- 「対応する調整」付きクレジットの先行調達:アートクル6.2・6.4メカニズムのクレジットは長期的に価値が高まると見られており、早期のプロジェクト参画・長期購入契約が競争優位。
- 技術系クレジットへのシフト:DAC(直接空気回収)・BECCS等の耐久性の高い除去クレジットをポートフォリオに組み込む動きが大企業で加速。価格は高い(100〜600USD/t)が永続性リスクが低い。
日本市場への影響
日本のJクレジット市場はVCMの国際基準変化の影響を直接受ける立場です:
- Jクレジットの国際通用性:ICVCM基準への適合状況の確認と、将来的なCCP認定取得の可能性
- GX-ETSとVCMの連携:GX-ETS参加企業がオフセット目的でJクレジット・国際VCMクレジットを利用する場合の品質要件の整備
- VCMI基準の企業への浸透:日本企業のカーボンニュートラル宣言にVCMI基準を適用する動きが欧米投資家から求められる
まとめ
ICVCM(供給側品質)・VCMI(需要側品質)・REDD+改革(制度設計)の3改革が同時進行するVCMは、2025〜2026年に「信頼性の高いクレジット」と「低品質クレジット」の価格二極化が本格化します。CCP適合クレジット・対応する調整付きクレジット・技術系除去クレジットへの移行を先取りした調達戦略の再設計が、今まさに必要です。