(本稿の情報は2026年11月時点)
この記事の結論
- 二次データ中心の Scope 3 では推計の誤差幅が年間の要求削減率を一桁上回り、モデル企業の試算では合成誤差±17.4%に対し要求削減率は年2.5〜4.2%にとどまる。
- 一次データ化の投資は排出量の大きい順ではなく「排出量×相対誤差」で測る誤差寄与度の大きい順に並べるのが合理的で、多くの製造業では販売製品の使用段階が最優先になる。
- 間接材の物量ベース化は誤差1万t削減当たりの単価では最下位だが、価格変動と削減を分離できるため削減主張の前提として別枠で正当化される。
二次データで積み上げた Scope 3 が前年比3%減。だが、その推計の誤差幅が±30%なら、この3%は何も証明していない。誤差をどう示し、どこから一次データ化するか。測定可能性ステージの投資配分を分解する。
「3%削減」が削減として通らない構造
Science Based Targets initiative(SBTi)の Corporate Net-Zero Standard では、Scope 1・2 の近期目標について1.5℃整合の絶対量削減アプローチとして年率4.2%前後が用いられる。一方 Scope 3 の近期目標は、従来 well-below 2℃水準(年率2.5%前後)が最低ラインとされてきた。SBTi は同基準の V2 策定を進めており、Scope 3 の目標設定方法とデータ品質要件が改訂論点に挙がっている(SBTi 公表資料)。いずれにせよ企業が毎年示さなければならない変化は、数%のオーダーだ。
推計値が持つ誤差幅は桁が違う。支出ベース法(購入額に産業連関表由来の金額原単位を掛ける方法)では、同じ金額を払っても調達先の技術・地域・価格水準が異なれば実際の排出量は大きくずれる。環境省・経済産業省「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン」も、金額ベースのデータを精度面で相対的に低位に置き、物量ベースや一次データへの移行を推奨している。
ここで、誤差幅と要求削減率の大小が逆転する。
| 項目 | 年間の要求削減率(目安) | 推計の相対誤差(目安) | 変化が誤差に埋もれるか |
|---|---|---|---|
| Scope 1(自社燃料、実測・請求書ベース) | ▲4.2% | ±2〜5% | 埋もれない |
| Scope 2(購入電力、請求書+係数) | ▲4.2% | ±3〜7% | 埋もれない |
| Scope 3 Cat.4(輸送、重量×距離の実績) | ▲2.5% | ±10〜20% | 埋もれる |
| Scope 3 Cat.1(直接材、物量ベース+業界平均原単位) | ▲2.5% | ±20〜30% | 埋もれる |
| Scope 3 Cat.1(間接材、支出ベース) | ▲2.5% | ±30〜50% | 完全に埋もれる |
| Scope 3 Cat.11(販売製品の使用、使用シナリオ想定) | ▲2.5% | ±30〜60% | 完全に埋もれる |
出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)。要求削減率は SBTi Corporate Net-Zero Standard 現行版の近期目標要件(Scope 1・2=1.5℃整合、Scope 3=well-below 2℃水準)に基づく目安。相対誤差のうち Scope 1・2 は IPCC 2006年ガイドライン第1巻(燃料燃焼の活動量・排出係数の不確実性)に、Cat.4・Cat.1 物量ベースは同ガイドラインの排出係数の代表性に関する扱いに依拠し、支出ベースの±30〜50%は金額原単位の構造的性質から、Cat.11 の±30〜60%は使用シナリオの仮定依存性から置いた目安値である。
Scope 1・2 では年率4.2%の変化は誤差の外側にあり、観測できる。Scope 3 では年率2.5%の変化は誤差の内側に完全に収まり、数字が減っても増えても統計的には何も言えない。要求率が低いほど、この埋没はむしろ強まる。
では「削減した」と主張できる条件は何か。排出量の数値そのものではなく、変化の要因を分解できることである。活動量(調達数量・輸送トンキロ)が減ったのか、原単位(調達先の電力構成・製造技術)が変わったのか、それとも単価が下がっただけなのか。支出ベース算定では、単価低下がそのまま推計値の低下として現れる構造になっており、最後の要因が他と区別できない。物量ベースに切り替えるだけで、価格変動要因は推計から消える。これは精度の改善というより、削減の主張可能性の獲得だ。
不確実性の3層 — パラメータ・モデル・シナリオを分ける
不確実性を一括りに「誤差」と呼ぶと、投資先を間違える。GHG プロトコルの不確実性に関する考え方と、IPCC 2006年ガイドライン第1巻第3章(Uncertainties)の整理を Scope 3 の実務語彙に落とすと、3層に分かれる。
第一の層はパラメータの不確実性だ。活動量データと排出係数それぞれの統計的なばらつきである。計上漏れ、重量換算の丸め、排出係数の標本誤差がここに入る。測定を増やせば縮む、縮小効果が定量的に見積もれる唯一の層でもある。
第二の層はモデル(方法論)の不確実性である。支出ベースか物量ベースか、使用段階をどのシナリオで積むか、資本財を取得年に一括計上するか償却按分するか。選択そのものが結果を動かす。この層は測定を増やしても縮まない。方法を変えるしかない。
第三の層はシナリオの不確実性だ。製品寿命、稼働率、販売地域の電力構成の将来値など、本質的に将来の仮定に依存する部分である。誤差を縮めるのではなく、感度分析で幅を示すのが正しい対処になる。
区別がもう一つある。GHG プロトコル Scope 3 Standard のデータ品質指標——技術的代表性、時間的代表性、地理的代表性、完全性、信頼性——は、それ自体が誤差の推定値ではない。誤差の原因分類である。「地理的代表性が低い」はスコアを下げる理由を説明するが、それが±15%なのか±45%なのかは語らない。両者を混同すると、出典を新しいものに差し替える作業に予算が流れ、誤差幅そのものが動かないまま保証機関に同じ指摘を受け続ける。ただしこの切り分けは普遍ではない。ライフサイクルインベントリの分野では、pedigree matrix のようにデータ品質スコアを不確実性係数へ変換して定量化する枠組みが存在する。GHG プロトコルの指標に限って、診断と処方を別の表で管理したほうが運用が速い。
なお GHG プロトコルは Corporate Standard および Scope 3 Standard の改訂プロセスを進めており、一次データの要件とデータ品質の扱いが主要論点に挙がっている(GHG Protocol 公表資料)。測定方法の格上げ投資を設計する段階で、改訂後に要求されうる一次データの粒度を織り込んでおくほうが、作り直しのリスクは小さい。
誤差への寄与度で並べ替える
総量の不確実性は、各項目の誤差が独立に近いと仮定すれば、絶対誤差の二乗和の平方根で近似できる。IPCC ガイドラインが国家インベントリの不確実性合成に用いる Approach 1(誤差伝播)と同じ構造だ。項目 i の排出量を Eᵢ、相対誤差を uᵢ とすると、全体の絶対誤差は √Σ(Eᵢ·uᵢ)² になる。この近似は、項目間の誤差の独立性に加えて、個別の相対不確実性が過大でないことを前提にする。±50〜60%のレンジ上限側では近似の妥当性そのものが落ちるため、以下の試算はオーダー比較の道具として読むのが安全だ。
寄与を決めるのは Eᵢ ではなく Eᵢ·uᵢ の積であり、しかも二乗で効くため、積の上位数項目が全体をほぼ支配する。排出量が大きくても相対誤差が小さい項目——請求書のある購入電力、実測トンキロのある輸送——の寄与は小さい。
| カテゴリ | 排出量(万t-CO2e) | 排出量シェア | 相対誤差 | 絶対誤差(万t) | 二乗寄与シェア |
|---|---|---|---|---|---|
| Cat.1 直接材(物量ベース) | 120 | 40% | ±25% | 30.0 | 33.1% |
| Cat.11 使用段階 | 90 | 30% | ±45% | 40.5 | 60.4% |
| Cat.1 間接材(支出ベース) | 30 | 10% | ±40% | 12.0 | 5.3% |
| Cat.4 輸送(実績ベース) | 30 | 10% | ±15% | 4.5 | 0.7% |
| Scope 2(購入電力) | 21 | 7% | ±5% | 1.1 | 0.04% |
| その他 Scope 3 カテゴリ | 9 | 3% | ±35% | 3.2 | 0.4% |
| 合計 | 300 | 100% | ±17.4%(合成) | 52.1 | 100%(丸めあり) |
出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)。集計範囲は Scope 2 と Scope 3 の合計であり、Scope 1(実測ベースで合成誤差への寄与が0.1%未満)は表から除いた。排出構成は製造業の典型的な分布を置いた仮想企業で、相対誤差は表1レンジの中央値を用いた。表1に対応行のない「その他 Scope 3 カテゴリ」の±35%は、支出ベースと物量ベースが混在する前提で置いた代表値である。合成誤差は各項目の絶対誤差の二乗和の平方根。二乗寄与シェアの合計は丸めにより100%と一致しない。
読み取るべきは逆転である。排出量シェア3位の間接材(10%)が誤差寄与では5.3%にとどまり、シェア2位の使用段階(30%)が誤差寄与の60.4%を占める。合成誤差は±17.4%で、Scope 3 の要求削減率2.5%の約7倍、1.5℃整合の4.2%に対しても4倍を超える。
使用段階の相対誤差を±45%から±20%へ下げられれば、合成誤差は±17.4%から約±12.5%に下がる。一方で間接材を支出ベースから一次データに置き換えて±40%→±10%にしても、合成誤差は約±16.9%にしか動かない。誤差削減幅は4.9ポイント対0.5ポイント、効果はおよそ1/10である。
誤差寄与度順の並べ替えは、作業順序の話にとどまらない。サプライヤーエンゲージメント予算の配分、調達仕様の見直し、製品設計の変更という、実際にコストのかかる意思決定の入口になる。誤差の大きい項目は、削減余地が見えていない項目でもあるからだ。使用段階の誤差が±45%ある企業は、製品のエネルギー効率改善が顧客側でいくらの価値になるかを提示できない。ここを顧客の実使用データや販売地域別の実電力係数で詰めた企業は、グリーンプレミアムの根拠を手にする。
誤差1万t削減当たりのコストで手段を比べる
手段の優劣は、対象範囲が違うまま比べると判断を誤る。全社の合成誤差をいくら動かすかに分母を揃えると、順位は次のようになる。
| 手段と適用先 | カバー排出量 | 相対誤差の変化 | 全社合成誤差(実施後) | 合成誤差の削減量 | 初期コスト | 年次維持 | 初期コスト÷削減量 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| (1) 使用段階に顧客実使用データ+地域別電力係数 | 90万t | ±45%→±20% | ±12.5% | 14.7万t | 2,000〜6,000万円 | 300〜800万円/年 | 約140万〜410万円/万t |
| (2) 直接材で主要50社の一次データ収集 | 90万t | ±25%→±10% | ±14.7% | 7.9万t | 1,500〜4,000万円 | 500〜1,500万円/年 | 約190万〜510万円/万t |
| (3) 直接材の原単位を地域・技術別に精緻化 | 120万t | ±25%→±20% | ±16.3% | 3.2万t | 300〜1,000万円 | 100〜300万円/年 | 約90万〜310万円/万t |
| (4) 間接材を支出ベース→物量ベースへ格上げ | 30万t | ±40%→±22% | ±17.0% | 1.0万t | 800〜2,500万円 | 100〜400万円/年 | 約800万〜2,500万円/万t |
出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)。基準は表2のモデル企業(合成誤差±17.4%)。コストは中堅・大企業の算定高度化プロジェクトで想定される調査設計・データ基盤改修・検証対応の合計レンジとして置いた概算であり、業種・調達構造により大きく変動する。誤差変化幅は表1のレンジに基づく想定値。
単価だけを見れば (3) の原単位精緻化が最も安い。だが到達点が低く、削減できる合成誤差は3.2ポイント分にとどまる。全社の誤差を要求削減率と同じオーダーに近づけたいなら、(1) 以外に選択肢はない。(2) は単価で (1) に劣るうえ、毎年の再収集が前提で、回答率が落ちれば誤差は元に戻る。誤差削減を「借りている」状態だ。対して (1) と (4) はシステム側にデータ経路を作る投資なので、一度入れればデータは流れ続ける。
(4) は誤差削減の単価で最下位になる。これは「間接材の物量ベース化は不要」という結論ではなく、誤差低減とは別の理由で正当化すべき投資だという結論だ。支出ベースのままでは価格変動と削減が分離できず、削減の主張そのものが成立しない。加えて物量ベースのデータは調達量の可視化と同義であり、材料歩留まり改善や調達先の集約判断に直接使える。CO2 算定のために作ったデータベースが調達コスト削減に効く——測定投資をコストセンターにしない数少ない経路のひとつだ。
保証(アシュアランス)が実際に見る点
誤差の文書化は、保証費用を下げる手段でもある。
GHG 報告に対する保証は ISAE 3410 の枠組みで実施されてきたが、IAASB(国際監査・保証基準審議会)はサステナビリティ保証の包括基準として ISSA 5000 を公表しており、同基準は2026年12月15日以降に開始する報告期間から適用される設計が示されている。日本でも日本公認会計士協会による実務指針側の対応が進む。いずれの枠組みでも、業務設計時に重要性(materiality)の閾値が業務ごとに合意され、推計の誤差幅が閾値に対して大きい項目は、保証対象から除外されるか、限定事項・強調事項として報告書に記載されうる。企業が誤差の推定根拠を文書化していないと、保証機関は代替手続を積む。追加のサンプリング、原単位の出所確認、感度分析の再実施。すべて工数であり、請求額だ。
開示側ではサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2025年3月に「サステナビリティ開示基準の適用」「一般開示基準」「気候関連開示基準」を公表し、IFRS S1・S2 と整合する形で測定の不確実性に関する情報の開示を求める枠組みを採っている。求められているのは誤差をゼロにすることではなく、どこに不確実性があり、どう扱ったかの説明である。誤差が大きいこと自体は指摘対象になりにくい。開示していないことが指摘対象になる。
| 項目 | 限定的保証 | 合理的保証 | 保証なし(自社開示のみ) |
|---|---|---|---|
| 誤差幅の定量開示 | 推奨(文書化で手続軽減) | 実質的に前提 | 任意 |
| 重要性閾値 | 業務ごとの合意事項(公表された標準値はなく、総排出量の数%に置かれる例がある) | 同左(手続密度が高い) | 設定なし |
| 高誤差カテゴリの扱い | 除外・限定事項の対象になりうる | 方法論の妥当性まで検証 | 制約なし |
| 費用の目安(Scope 1・2 中心) | 300万〜1,000万円/年 | 限定的保証の2〜4倍 | — |
| Scope 3 を含める場合の追加 | カテゴリ数と誤差文書化の水準で変動 | 同左(変動幅が大きい) | — |
出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文)。保証報酬の公表統計は存在せず、費用欄は業務範囲から置いた概算である。重要性の閾値は ISAE 3410・ISO 14064-3・ISSA 5000 のいずれも数値を定めておらず、保証機関と企業が業務ごとに合意する。
限定的保証の段階で誤差の推定と文書化を済ませておくほうが安い。合理的保証に進む段階で初めて不確実性の整理に着手すると、手続の密度が上がった状態で基礎資料を作ることになり、コストが跳ねる。
課題・反論・代替視点
この議論には無視できない反論がある。
最大の論点は、誤差の推定値そのものが推定だということだ。±45%の根拠を問えば、多くの場合は原単位データベースの附属文書にある不確実性レンジや専門家判断に行き着く。誤差寄与度ランキングはその推定に二乗で感度を持つ。使用段階の相対誤差を±25%と置けば、順位は直接材と入れ替わりうる。したがってこの手法は、誤差の絶対値を信じるものではなく、オーダーの違い(±5%か±40%か)で優先順位を切るものとして使うのが安全だ。小数点以下の精緻化は意味を持たない。
独立性の仮定が崩れる場合もある。二乗和の近似は項目間の誤差が独立であることを前提とするが、複数カテゴリが同じ産業連関表の同じ原単位を参照していれば、誤差は同方向に相関する。相関がある場合、合成誤差は二乗和平方根より大きくなる。IPCC ガイドラインもモンテカルロ法(Approach 2)を相関や非線形性への対処として置いている。表2の±17.4%は下限寄りの見積りと理解すべきだ。
目的論的な反論もある。Scope 3 の算定は、そもそも精密な台帳ではなくホットスポット特定の道具として設計された。誤差±40%でも「このカテゴリが全体の3割」が分かれば削減施策には着手できる。この立場からすれば誤差低減への投資は過剰であり、同じ資金を削減そのものに回すべきだという主張になる。これは部分的に正しい。ただし削減の成果を目標達成として主張する段階、グリーンプレミアムとして価格に乗せる段階、保証を受ける段階では、誤差は避けて通れない。ホットスポット特定で十分なのは、削減を金銭価値に変換しない企業に限られる。
誤差を開示すること自体の経営リスクも残る。±30%と書けば、投資家やNGOが「実質的な削減は示されていない」と読む余地を与える。開示しない企業が相対的に有利に見える局面は、短期には存在する。この非対称は保証範囲が Scope 3 に広がるにつれて縮む。誤差を示した企業が同時に誤差寄与度上位への投資計画を示せば、開示は弱点の告白ではなく管理能力の証明に転じる。誤差の開示と低減ロードマップは同時に出すのが合理的だ。
日本市場・日本企業への示唆
日本企業に固有の条件が三つある。
一つは原単位データの構造だ。日本では環境省・経済産業省のガイドラインに付属する産業連関表ベースの金額原単位と、IDEA のようなプロセス(積み上げ)ベースのインベントリデータベースの双方が利用できる。制約は選択肢の有無ではなく、自社の調達品目とのマッチング可能性にある。プロセスベースのデータは品目単位の解像度が高い反面、収載品目が自社の調達品目を網羅していなければ、残りは金額原単位で埋めることになる。品目マッチング率が低い企業では、原単位の差し替え(表3の(3))で到達できる水準が限られ、カバー範囲の広い使用段階や直接材の一次データ化のほうが合成誤差を動かす。海外の「原単位を差し替えれば精度が上がる」という処方をそのまま持ち込めないのは、この到達点の違いによる。
二つ目は基幹システムの実情である。日本の製造業は品目マスタに数量・材質の情報を持つケースが多く、物量ベース化に必要な素地は揃っていることが多い。問題はその情報が購買システムと算定基盤でつながっていないことだ。大規模な新規投資ではなく接続の問題であり、表3の(4)が想定するコストは調達 DX の既存予算に相乗りできる余地がある。CO2 算定を単独プロジェクトとして予算化するより、調達データ統合の案件として通したほうが決裁が早いという実務的な帰結が出る。
三つ目が制度のタイミングだ。SSBJ 基準は2025年3月に公表済みで、金融審議会の作業部会が示した考え方に沿って、プライム市場の時価総額上位区分から段階的に適用する設計が採られている。適用区分ごとの開始時期と保証の対象範囲は金融庁の制度整備に依存し、Scope 3 を保証対象に含める時期は2026年11月時点で確定していない。排出量取引の側では、経済産業省の公表資料によれば、改正された GX 推進法に基づき2026年度から直接排出量が一定規模以上の企業を対象とする義務的な制度段階に入り、第三者検証の位置づけも第1フェーズから引き上げられている。Scope 1・2 の検証が先に標準化され、Scope 3 の不確実性開示がその次に来る——この順序は、いま誤差の推定基盤を作っておく企業に時間的な余裕を与える。適用開始を待って着手すると、保証機関のキャパシティが逼迫した時期に高誤差のデータを持ち込むことになる。
欧州の CSRD/ESRS が要求する水準をそのまま目標に置くのも適切ではない。欧州委員会が示した簡素化パッケージを受けて適用対象と開始時期が見直され、EFRAG による ESRS の改訂も進んだため、2025年前半時点の理解を前提にした投資設計は過大になりやすい。第三国企業への適用も後ろ倒しされている。誤差寄与度上位に絞る判断は、日本企業では一層正当化されやすい。
まとめ
Scope 3 の推計における誤差幅は、多くの企業で年間の要求削減率を一桁上回る。この構造を直視すると、「前年比何%削減」という数字を出すこと自体が、削減の証明としては機能していない場面が広く存在する。証明に転じるには、排出量の変化を活動量・原単位・単価に分解できる算定方法を持つことが前提になる。支出ベースのまま削減を主張する限り、価格変動と削減の区別がつかないという批判に答える手段がない。
投資配分の原則は、排出量の大きさから誤差寄与度へ切り替えることだ。総量の不確実性は各項目の「排出量×相対誤差」の二乗和で近似され、積の上位数項目が全体を支配する。表2の試算では、排出量シェア30%の使用段階が誤差寄与の60.4%を占め、シェア10%の間接材は5.3%にとどまった。手段を全社の合成誤差削減量で割り直すと、使用段階の一次データ化が約140万〜410万円/万t で最も効率が高く、間接材の物量ベース化は約800万〜2,500万円/万t で最下位になる。それでも後者を進める理由は誤差ではなく、価格変動と削減を分離し、同じデータを調達コスト削減に転用できる点にある。誤差低減と主張可能性の獲得を別の投資として管理したほうが、どちらの決裁も通りやすい。
誤差の開示は弱点の告白ではない。SSBJ も IFRS 財団も、誤差をゼロにすることではなく不確実性の説明を求めている。保証の局面では、誤差の文書化が保証機関の追加手続を減らし、費用を直接押し下げる。ISSA 5000 が2026年12月15日以降に開始する報告期間から効き始め、GHG プロトコルの改訂と SBTi 基準 V2 が一次データ要件を引き上げる方向にある以上、2027年から2028年の報告期間に向けて、誤差寄与度の地図を持ちその上位から一次データ化を進めてきたかどうかが、削減実績を経済価値に変換できる企業とできない企業を分ける分水嶺になる。
主要出典
- GHG Protocol「Corporate Value Chain (Scope 3) Accounting and Reporting Standard」および「Technical Guidance for Calculating Scope 3 Emissions」、ならびに基準改訂プロセスに関する公表資料 — https://ghgprotocol.org/
- IPCC「2006 IPCC Guidelines for National Greenhouse Gas Inventories」Volume 1 Chapter 3(Uncertainties)および「2019 Refinement to the 2006 IPCC Guidelines」 — https://www.ipcc.ch/
- 環境省・経済産業省「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン」および排出原単位データベース — https://www.env.go.jp/
- サステナビリティ基準委員会(SSBJ)「サステナビリティ開示基準の適用」「一般開示基準」「気候関連開示基準」(2025年3月公表) — https://www.ssb-j.jp/
- IFRS財団「IFRS S1 サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」「IFRS S2 気候関連開示」 — https://www.ifrs.org/
- 金融庁/金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関する作業部会 報告および関連資料 — https://www.fsa.go.jp/
- IAASB(国際監査・保証基準審議会)「ISSA 5000 General Requirements for Sustainability Assurance Engagements」および「ISAE 3410 Assurance Engagements on Greenhouse Gas Statements」 — https://www.iaasb.org/
- ISO「ISO 14064-3 温室効果ガスに関する主張の検証及び妥当性確認」 — https://www.iso.org/
- Science Based Targets initiative「Corporate Net-Zero Standard」および同基準 V2 の策定に関する公表資料 — https://sciencebasedtargets.org/
- 経済産業省「GXリーグ」「GX-ETS」および GX 推進法改正に関する公表資料 — https://gx-league.go.jp/
- 欧州委員会(簡素化パッケージ関連資料)および EFRAG(ESRS 改訂関連資料) — https://commission.europa.eu/ / https://www.efrag.org/
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