SBTi FLAGガイドライン完全実務ガイド:農林業・食品企業の目標設定と算定方法2026
食品・農業・林業・紙パルプ企業がSBTi(Science Based Targets initiative)に目標を登録する際、温室効果ガス排出量全体の22%を占める農林業・土地利用(FLAG:Forest, Land and Agriculture)セクターからの排出も目標に組み込むことが義務付けられた。SBTiが2022年に公表したFLAGガイダンス(2026年3月19日にv1.2改訂)は、企業の温室効果ガス計算・目標設定に根本的な変革をもたらすものだ。これまで「Scope 1/2/3」の枠組みではほとんど捉えられなかった土地利用変化(LUC)からの排出、土壌・草地・森林の炭素吸収(リムーバル)を算定し、科学的根拠に基づく削減目標に統合することが求められる。本記事ではFLAGガイダンスの全体像、対象企業の判定方法、算定アプローチ、目標設定の実務手順を詳解する。
FLAGとは何か:なぜ22%の排出量が見落とされてきたか
農林業・土地利用セクターは全球温室効果ガス排出量の約22%を占め、エネルギー・産業セクターに次ぐ第3位の排出源だ(出典:SBTi)。しかしGHGプロトコルのCorporate Standard(Scope 1/2/3)はもともと化石燃料由来の排出を想定して設計されており、以下のような農林業特有の排出・吸収を適切に扱えなかった。
LUC排出(Land Use Change):熱帯林の農地転換、森林伐採によるCO₂放出。サプライチェーン上流の牛肉・大豆・パーム油・木材調達で大量に発生。
農業由来のCH₄・N₂O:水田のメタン、家畜のエンタリックファーメンテーション、化学肥料・堆肥からの亜酸化窒素。CO₂換算で巨大な排出量。
土地管理リムーバル:農地・草地・植林地が大気CO₂を吸収する機能。適切な農業管理で大幅に強化できる。
FLAGガイダンスはGHGプロトコルの「Land Sector and Removals Standard」(2027年1月1日以降強制適用)と連動し、これらを統合的に計算・目標設定する初の標準化されたフレームワークだ(出典:SBTi Blog)。
FLAGガイドラインの適用対象企業
強制適用セクター
以下のセクターに属する企業はSBTiへの目標登録時にFLAG目標の設定が必須(Mandatory)となる。林業・木材・紙パルプ・ゴムを扱う「Forest and Paper Products(林業・紙パルプ製品)」も食品系セクターと並ぶ必須対象であり、食品生産・食品加工セクターだけが対象という理解は誤りである点に注意が必要だ(出典:SBTi)。
| セクター(英語表記) | 日本語名 | 主な対象業種 |
|---|---|---|
| Forest and Paper Products | 林業・紙パルプ製品 | 林業・木材・紙パルプ・ゴム |
| Food Production | 食品生産 | 農業・畜産・漁業・養殖 |
| Food and Beverage Processing | 食品・飲料加工 | 食品製造・乳製品・食肉加工など |
| Food and Staples Retailing | 食品・生活必需品小売 | スーパーマーケット・コンビニエンスストアなど |
| Tobacco | タバコ | タバコ生産・加工 |
FLAG排出割合20%超の企業
上記の強制適用セクター以外の企業でも、FLAG関連排出量がScope 1+2+3合計の20%超を占める場合はFLAG目標設定が義務化される。化粧品(天然原料調達)、衣料品(綿・レーヨン原料)、バイオエタノール関連企業等がこの基準に該当しうる(出典:ClimatePartner)。
FLAG目標の種類:ミティゲーション目標とリムーバル目標
FLAG目標は2種類のターゲットで構成される。
1. FLAG ミティゲーション目標(排出削減目標)
農業・土地利用由来の排出量を削減する目標。IPCC 1.5℃パスウェイに整合した削減率(FLAG対象部門は2030年までに約30.3%削減等。なお2050年長期目標では72%削減が求められる)が要求される。具体的削減対象は以下を含む。
サプライチェーン上流の農産物調達に伴うLUC排出(Scope 3 Cat.1、Cat.4等)
農業由来の温室効果ガス(CH₄、N₂O)の直接排出(Scope 1)
肥料製造等の間接排出(Scope 3)
2. FLAG リムーバル目標(炭素除去目標)
保有・管理する農地・林地・草地の炭素吸収量を維持・強化する目標。再植林、農地の土壌有機炭素増加、草地管理改善などが手段となる。SBTiのFLAG目標は排出削減とリムーバルを合わせた「ネット削減目標」として設計されており、土地セクターのリムーバルはFLAG目標の達成にカウントできる。ただし、排出削減分とリムーバル分は分けて報告する義務がある。一方、FLAGの削減・吸収分を非FLAG目標(エネルギー・産業セクター側の目標)の達成に流用することは認められない(出典:SBTi)。
森林破壊ゼロ(No-Deforestation)コミットメント:必須要件
FLAG目標を設定するには、Accountability Framework initiative(AFi)の原則に沿った森林破壊ゼロ(No-Deforestation)コミットメントを同時に策定しなければならない。このコミットメントなしにはFLAG目標の検証・承認は行われない。
2026年のガイダンスv1.2改訂(5つの主要アップデート)では、実施タイムラインと森林破壊ゼロコミットメントの要件が強化された。主な更新点は以下の通り(出典:SBTi Blog)。
絶対デッドライン:2028年以降にFLAG目標を提出する企業も含め、森林破壊ゼロの実施期限は2030年12月31日が絶対上限。
No-Deforestation対象コモディティ拡大:大豆・牛肉・パーム油・紙・木材だけでなく、主要な森林破壊リンクコモディティが全て含まれるよう更新。
2026年以降目標提出企業への適用:v1.2公表前に目標提出した企業も含め2026年以降に提出する企業は全員が改訂要件を満たす必要がある。
算定の実務:GHGプロトコルLand Sectorとの整合
FLAG目標の基礎となるインベントリ(排出量・吸収量の計算)は、GHGプロトコルの「Land Sector and Removals Guidance(LSRG)」に準拠する必要がある。LSRGは2026年6月30日に公表され、2027年1月1日以降に目標提出する企業には強制適用される。
主な算定アプローチ
LUC排出の計算:原料の産地情報(ジオリファレンス)と衛星データを組み合わせ、過去20年の土地利用変化を起点にLUC排出を算定。Ecoinvent・HESTIA・Global Forest Watch等のデータベースを活用。
農業由来CH₄・N₂Oの計算:IPCCティア1〜3手法。ティア1は国別排出係数を使う最簡易法、ティア3はプロセスベースモデル(DNDC等)を使う高精度法。
リムーバルの算定:土地種別(農地、草地、林地、湿地)ごとのバイオマス・土壌炭素の変化量を計算。森林吸収はIPCC 2006ガイドラインのストック差分法または成長モデルを使用。
データ収集の難所:Scope 3 Cat.1対応
最大の実務課題は上流サプライチェーンのLUC排出量把握だ。農産物サプライヤーは数百〜数千社に及び、全社から産地・面積・管理方法データを収集することは困難。実務的には以下の段階的アプローチが採用される。
第1段階:上位10〜20%のサプライヤー(調達量の80%以上を占めるもの)にFAOのデータベースや衛星情報(Global Forest Watch)を使い産地レベルでのLUCリスクを推計。
第2段階:高リスク産地のサプライヤーに対して、産地証明・認証取得(RSPO、FSC、Rainforest Alliance等)を要求。
第3段階:認証取得ベンダーへの切り替え、またはJoint Venture型の農業支援プログラムでサプライヤーの排出削減を支援し自社のFLAG目標達成に算入。
実務への示唆:FLAG対応ロードマップ
STEP 1:FLAG適用判定(今すぐ)
自社がFLAG強制セクターか、またはFLAG排出割合20%超かをチェック。食品・農業系企業および林業・紙パルプ企業はほぼ全て強制適用。製造業でも農業原料(バイオプラスチック、植物油等)の調達比率が高い場合は要確認。既存SBTi目標を持つ企業は、LSRG最終版の公表から6カ月以内、遅くともv1.2で必須とされた5年ごとの目標レビュー時にFLAG目標を追加することが求められる。未対応のまま放置していると目標の有効性が問われる状態になり得るため、速やかにFLAG目標追加・再提出の要否を確認すること。
STEP 2:FLAG排出インベントリの構築(2025〜2026年)
主要農産物原料(大豆・牛肉・パーム油・木材等)の産地マッピングと衛星ベースのLUCリスク評価を実施。農業Scope 1排出(CH₄、N₂O)の計算に向け、自社農場・直接契約農家からのデータ収集体制を整備。GHGプロトコルLSRGの学習と社内能力構築(外部コンサルタントとのパートナーシップを検討)。
STEP 3:SBTi FLAG目標の設定と提出(2026〜2027年)
No-Deforestation コミットメントの策定(AFi原則準拠)。サプライヤーへの産地開示要求とセットで設計。FLAG ミティゲーション目標(1.5℃整合の削減率)とFLAG リムーバル目標(自社管理農地・林地の吸収量強化)を設定してSBTiに提出・検証を申請。
まとめ
林業・紙パルプ製品(Forest and Paper Products)、食品生産、食品・飲料加工、食品・生活必需品小売、タバコの各セクターは目標登録時にFLAG目標が必須。それ以外でもFLAG関連排出がScope 1+2+3合計の20%超なら義務化されるため、まず適用判定を行うこと。
FLAGミティゲーション目標の削減率は、2030年の近期目標がFLAG対象部門で約30.3%、2050年長期目標が72%。近期・長期で要求水準が異なる点に注意。
FLAG目標は排出削減とリムーバルを合わせた「ネット削減目標」であり、土地セクターのリムーバルはFLAG目標の達成にカウントできる(削減分と吸収分は分けて報告する必要がある)。ただしFLAGの削減・吸収分を非FLAG目標の達成に充当することはできない。
FLAG目標の前提として、AFi原則に沿った森林破壊ゼロコミットメントの策定が必須。実施期限は2030年12月31日が絶対上限。
2027年1月1日以降に目標提出する企業にはGHGプロトコルLSRGが強制適用されるため、産地マッピングとサプライヤーデータ収集体制の整備を早期に開始すること。
参考文献
SBTi — Forest, Land and Agriculture (FLAG)
SBTi — Updated FLAG Guidance v1.2 (2026)
SBTi Blog — FLAG Guidance Updates: What has changed?
SBTi Blog — FLAG and GHG Protocol Land Sector Standard Updates
SBTi Blog — FLAG Project: New Implementation Timelines
Accountability Framework — No-Deforestation under SBTi FLAG
ClimatePartner — FLAG Glossary