分析記事 企業価値・投資

座礁資産を会計で先に認めるか — 固定資産の減損・耐用年数短縮の判断と監査対応

(本稿の情報は2026年10月時点)

この記事の結論

  • 移行計画で設備の稼働終了年を公表した企業は、同じ前提を減損の兆候判定と将来キャッシュ・フローの見積期間に反映するか、反映しない理由を文書化しない限り、監査人と投資家から内部整合性を問われる。
  • 減損のみ・耐用年数短縮のみ・両者併用の違いは損失総額ではなく期間配分であり、財務制限条項と配当余力の制約から逆算すると選択肢は実質的に狭い。
  • 座礁の総コストは減損だけでは出ない。廃止前倒しは資産除去債務の割引期間を縮めて負債と費用を同時に押し上げるため、両者を一体で設計するのが合理的だ。

開示が先、会計が後 — このずれが企業価値を削る

移行計画に「2035年に石炭火力を停止する」と書いた瞬間、その設備の会計上の前提は変わるのか。答えは、変わる場合がある、だ。そして変わらないと判断するなら、変わらない理由を文書で説明できなければならない。

この問題が構造的に発生するのは、役割分担のせいである。移行計画やサステナビリティ開示は経営企画・サステナビリティ部門が作る。固定資産台帳の耐用年数と減損判定は経理部門が持つ。前者は2030年代の脱炭素シナリオを前提に書き、後者は取得時に設定した耐用年数ベースの残存期間を据え置く。両者が会議体で突き合わされないまま、同じ有価証券報告書の別の箇所に載る。

ずれが顕在化する経路は三つある。最初に効くのは監査人による「その他の記載内容」の検討である。監査基準報告書720の枠組みでは、監査人は有価証券報告書に含まれる財務諸表以外の記載と、財務諸表または監査の過程で得た知識との間に重要な相違がないかを読み、相違の兆候があれば経営者に質問し追加の手続を実施する。この検討の結果、見積りの不確実性が高いと判断されれば、固定資産の減損が監査上の主要な検討事項(KAM、監査基準報告書701)として記載される可能性が出てくる。KAMは不整合に対応する根拠枠組みそのものではなく、検討の帰結として外部に見える形になるものだ。この順序を取り違えると、監査対応の設計も狂う。

ふたつめは投資家からの質問で、決算説明会やエンゲージメントの場で「移行計画で2035年停止と書いた設備が、なぜ2045年まで償却されているのか」という形で来る。みっつめは金融機関の与信審査であり、トランジション・ファイナンスの枠組みでは移行計画の実現可能性が審査対象になるため、会計上の前提との不整合は計画の信頼性評価を下げる。

扱うのは既存設備の減損・耐用年数・資産除去債務という会計判断に限る。買収時の取得原価配分やのれんの評価、開示文書そのものの書き方は別の問題だ。そして立場をはっきりさせておくと、「早く認めるべきか、遅らせるべきか」という二択では考えない。認識タイミングは設計変数であり、財務制限条項・配当政策・格付とのバランスで最適点が決まる。

制度の時系列 — 確定しているものと、していないもの

兆候判定で使える外部証拠は、確定済みの制度か方針段階かで重みが違う。2026年10月時点の整理は次のとおりである。

時期 事項 確定状況 会計判断への効き方
2026年度 GX-ETS が多排出企業を対象とする義務的な排出量取引制度の段階へ移行 確定(GX推進法の改正により法定) 排出枠の調達・償却義務がコスト要因として事業計画に入る
2028年度 化石燃料賦課金の導入 確定(法定) 燃料コストの上昇が確定要因として将来CFに織り込める
2033年度 発電事業者を対象とする排出枠の有償オークション導入 確定(法定) 石炭火力の長期収益性を直撃する確定要因
2027年3月期以降 SSBJ基準に基づくサステナビリティ開示の義務適用が、時価総額の大きいプライム上場企業から段階的に開始 確定(金融庁の内閣府令改正による) 移行計画・シナリオの前提が有価証券報告書上で財務諸表と並ぶ

出典:Climate tech news(CTJPN)作成(経済産業省・金融庁の公表資料に基づく整理)

この表が示すのは、「長期の炭素価格が見通せないから合理的に見積れない」という従来の説明が、年々使いにくくなっているという事実である。2028年度の賦課金と2033年度の有償オークションは法律上の枠組みとして定まっており、導入の有無そのものは不確実性の対象から外れた。残る不確実性は水準と運用であって、存否ではない。監査人が「なぜこの要因を事業計画に反映していないのか」と問える基盤は、確実に厚くなっている。

一方で、2026年10月時点のGX-ETSは無償割当を基本とする設計であり、企業が外部の確立した市場価格を一義的に参照できる状況ではない。監査人が社内炭素価格の妥当性を検証する際の比較対象も、現時点では制度上の価格水準の目安や国際的な炭素価格指標など複数の候補に分かれる。「制度価格が存在するから社内価格はそれに合わせるべき」という単純な議論は、まだ成り立たない。

日本基準の減損フローのどこに気候要因が入るか

固定資産の減損に係る会計基準は、兆候の把握を起点に、認識の判定と測定という二つの段階で損失額を決める。日本基準が「二段階アプローチ」と呼ばれるのは、割引前将来キャッシュ・フロー総額と帳簿価額を比較する認識の判定を通過して初めて、割引後の回収可能価額による測定に進むためだ。本稿では以下、この呼称で統一する。気候要因はこの全段に等しく効くわけではない。最も強く効くのは兆候の把握と、認識の判定で使う割引前将来キャッシュ・フローの見積期間である。

減損ステップ 気候要因の入り方 判断の難所 根拠
兆候の把握 移行計画の公表、2028年度の化石燃料賦課金・2033年度の有償オークションという確定した将来コスト、需要構造の変化 「経営環境の著しい悪化」「使用範囲・方法の著しい変更」に該当するかの線引き 減損会計基準 二1、適用指針の兆候に関する定め
認識の判定 割引前将来CFの見積期間が稼働終了年で打ち切られる 20年超の資産では「20年経過時点の正味売却価額」の見積りが論点化 減損会計基準 二2、同適用指針
測定(回収可能価額) 割引率への気候リスクプレミアム、炭素コストを織り込んだ事業計画 割引率で調整するか将来CFで調整するかの二重計上回避 減損会計基準 二3、同注解
グルーピング 発電所単位か事業セグメント単位か、ガス導管との一体性 単位を大きくすると他事業のCFで救われ、減損が出ない 減損会計基準 二6、同適用指針

出典:Climate tech news(CTJPN)作成(固定資産の減損に係る会計基準および同適用指針の構成に基づく整理)

表の中で実務上最も結論を左右するのはグルーピングである。石炭火力1基を独立した資産グループとすれば、炭素コストと設備利用率低下で容易に減損が出る。一方で火力発電事業全体、あるいは電力小売を含むセグメントでグルーピングすれば、他電源のキャッシュ・フローで吸収され兆候段階で止まる。グルーピングは管理会計上の区分と投資の意思決定単位に基づいて決めるものであり、減損を避けるために後から変更すれば監査人は必ず前期との継続性を問う。だからこそ、移行計画で設備単位の停止年を公表する企業は、公表前にグルーピングの論理を固めておくほうが安全だ。

もう一つの難所が、割引前将来キャッシュ・フローの見積期間である。適用指針は、主要な資産の経済的残存使用年数が20年を超える場合、見積期間を20年とし、20年経過時点の正味売却価額を加算するとしている。これは企業が選べる処理ではなく、定められた取扱いだ。移行計画で2035年停止と書くことは、経済的残存使用年数の見直しを要求する圧力として働く。経営の意図表明が直ちに会計上の見積期間を短縮させるわけではないが、短縮しないなら「意図表明と経済的残存使用年数が異なる理由」を説明する責任が生じる。短縮されたキャッシュ・フロー累計が帳簿価額を下回れば認識の判定を通り、減損損失の測定に進む。開示部門の一文が会計上の数値を動かす経路は、こうして明確に存在している。

耐用年数短縮という、もう一つの出口

減損だけが選択肢ではない。耐用年数の短縮は会計上の見積りの変更として扱われ(企業会計基準第24号)、過去に遡らず将来に向かって減価償却費を増やす。損失が期間按分される点が一括減損との決定的な違いだ。

帳簿価額300億円、残存耐用年数20年の設備について、2027年3月期の期首を基準日とし、稼働終了を2035年度末すなわち残存9年に変更したケースで比較する。残存価額はゼロ、定額法を前提とする。

項目 減損のみ(耐用年数20年据置) 耐用年数短縮のみ(20年→9年) 減損+耐用年数短縮の併用
初年度の特別損失 180億円(回収可能価額120億円と仮定) なし 180億円
初年度以降の年間償却費 6億円(120億円÷20年) 33.3億円(300億円÷9年) 13.3億円(120億円÷9年)
従来(年15億円)との差 △9億円 +18.3億円 △1.7億円
9年間の費用計上累計(減損含む) 180億円+54億円=234億円 300億円 180億円+120億円=300億円
財務指標への効き方 自己資本比率を一度に押し下げ、以後のROICは分母縮小で改善 EBITDAは不変、営業利益を毎期圧迫、自己資本は緩やかに減少 初年度に自己資本が急減し、以後の損益圧迫は小さい

出典:Climate tech news(CTJPN)試算(前提は本文。帳簿価額300億円・残存20年・定額法・残存価額ゼロ、基準日は2027年3月期期首、回収可能価額120億円は例示値)

実務で最も起こりやすいのは右端の併用である。稼働終了年を前倒しすれば、耐用年数の見直しと減損の兆候判定は同時に走る。減損後の帳簿価額120億円を短縮後の残存9年で償却すれば年13.3億円となり、9年間で簿価は消える。これに対し「減損のみ」の列は耐用年数を20年のまま据え置く前提であり、9年後に66億円の簿価が残る。設備を2035年に止めると公表しながら簿価を20年で償却し続ける状態は、まさに冒頭で述べた内部整合性の問題そのものだ。したがって現実の選択肢は「減損+短縮」か「短縮のみ」かに絞られる。

どちらが有利かは財務制約の形で決まる。財務制限条項に純資産維持条項や自己資本比率の下限がある企業は、初年度の特別損失180億円が一撃で抵触を招く恐れがあるため、耐用年数短縮のみで年18.3億円の増加に分散させるほうが安全である。EBITDAベースのレバレッジ・コベナンツを抱える企業では、耐用年数短縮は償却費の加算戻しによりEBITDAに影響せず、減損も非資金損失として調整される定義が一般的だが、加算戻し項目の定義は契約ごとに異なるため、個別の契約文言を確認しない限り安全とは言い切れない。配当余力を重視するなら、分配可能額を一度に削る減損よりも期間配分のほうが読みやすい。ただし減損は「過去の投資判断の清算」として投資家に一回で説明でき、以後の償却負担が軽くなってROICが改善するという利点がある。IR上の説明容易性で選ぶなら減損だ。

税務との関係は見落とされやすい。会計上の見積り変更で耐用年数を短縮しても、法人税法上の法定耐用年数は連動しない。減価償却超過額が発生し、将来減算一時差異として繰延税金資産が計上される。減損も同様に、税務上の損金算入は原則として除却・売却時まで待つ。したがって座礁資産の会計処理は、ほぼ必然的に繰延税金資産の回収可能性の論点を引き寄せる。将来の課税所得が縮小する事業で発生した一時差異は、企業分類に応じてスケジューリング不能とされ、繰延税金資産が計上できないことがある。この場合、税効果による損失の緩和は効かず、税引後の損益インパクトが想定より大きくなる。

兆候はあるが認識の判定を通らない、という中間領域も現実に多い。グルーピング単位が大きく、割引前将来キャッシュ・フローが帳簿価額をなお上回るケースだ。ここで何もしないと、翌期以降に状況が悪化したときに一気に大きな減損が出る。耐用年数短縮は、この中間領域で損失を平準化する実質的な受け皿として機能する。

資産除去債務と廃止費用 — 座礁の総コストは減損だけでは出ない

減損に議論を閉じると総額を見誤る。廃止時期を前倒しすれば、資産除去債務の割引計算の前提も変わる。将来の除去費用を割り引く期間が短くなれば現在価値は増え、負債が増加する。企業会計基準第18号「資産除去債務に関する会計基準」では、割引前将来キャッシュ・フローの見積りの変更による調整額は資産除去債務と関連する有形固定資産の帳簿価額に加減され、残存耐用年数で償却される。つまり耐用年数短縮と同時に起これば、短い期間に増えた資産を償却することになり、年間の費用増が二重に乗る。さらに時の経過による調整額(利息費用相当)も関連資産の減価償却費と同じ区分に計上される。

設備類型 主な座礁コスト構成 費用回収の制度的裏付け 根拠となる制度・所管
石炭火力 帳簿価額の減損、解体費用、用地対策、長期燃料契約の違約 容量市場からの収入はありうるが、廃止費用そのものを回収する専用制度はない。脱炭素電源を対象とする長期脱炭素電源オークションの対象外 容量市場・長期脱炭素電源オークション(電力広域的運営推進機関/資源エネルギー庁)
製油所 装置の減損、タンク・配管の除去、土壌・地下水対策 廃止費用そのものを回収する専用制度はない エネルギー供給構造高度化法ほか(資源エネルギー庁)
ガス導管 埋設管の撤去または休止管理、需要減少下の原価回収 託送供給料金を通じた回収余地があるが、認可・査定を受ける ガス事業法に基づく託送供給料金の認可(経済産業省)
原子力 廃止措置費用、使用済燃料・廃棄物対応 積立・拠出および料金を通じた回収の仕組みが制度として存在する 原子力発電施設解体引当金制度、再処理等拠出金制度ほか(資源エネルギー庁)
高炉 設備減損、電炉転換への投資、休止期間の固定費 転換投資への支援はあるが、廃止費用そのものの補助ではない GX関連の投資支援措置(経済産業省)

出典:Climate tech news(CTJPN)作成(各制度の所管官庁の公表資料に基づく整理)

表が示すのは、同じ「座礁」でも費用回収の制度的裏付けがまったく違うという点だ。原子力やガス導管は積立・料金制度を通じた回収経路が制度上存在するため、廃止前倒しが直ちに株主負担にならない余地がある。対して製油所と石炭火力は、廃止費用そのものを回収する専用の仕組みがなく、事業者負担が原則となる。だから移行計画で同じ「2035年停止」を書いたとしても、株主価値への影響はセクターで桁が変わる。開示の文言を横並びで比較する投資家が誤読しやすいのはここである。

減損と除去債務の見直しを同じ期に行うと、損失が二重に見える時期が生じる。特別損失としての減損と、営業費用側に乗る償却費増・利息費用相当の増加が重なるためだ。この局面でIRが説明すべきは、総額がいくらかではなく、キャッシュアウトのタイミングがいつかである。減損は非資金損失であり、除去債務の現金支出は廃止時に発生する。損益の見かけと資金繰りのズレを分けて示さない説明は、株価の過剰反応を招く。

監査人が見る論点はどこか

気候関連の会計上の見積りは、経営者の重要な判断を伴う見積りとして扱われやすい。監査人が監査証拠を求める仮定は、主に将来の炭素価格、燃料価格、設備利用率と需要前提、割引率、そして除去費用の見積額と支出時期である。GX-ETSが2026年度から義務的な排出量取引制度の段階に入ったことで、炭素コストは純粋な社内前提から、制度の枠組みに裏づけられた前提へと性質が移りつつある。監査人は、社内で使う炭素価格が制度上の負担水準や外部の炭素価格指標と大きく乖離していないか、乖離するならその理由が説明可能かを確認する。無償割当が基本の局面では一義的な参照価格が存在しないため、ここは「唯一の正解に合わせる」のではなく「選んだ前提の根拠を残す」領域だ。

最も指摘されやすいのは内部整合性である。中期経営計画の設備投資計画、統合報告書の移行シナリオ、ISSB基準およびSSBJ基準に基づく気候開示での見通し、そして減損テストに使った事業計画が、同じ数値体系で動いているか。IFRS財団は2020年にスタッフによる教育的資料を公表し、気候関連事項がIAS 36の減損の兆候や将来キャッシュ・フローの見積りを含む財務諸表の各領域に影響しうることを示した。その後IASBは2024年7月に公開草案「Climate-related and Other Uncertainties in the Financial Statements」を公表し、見積りの不確実性に関する開示の設例を追加する提案を行った。この提案は2025年11月に「Disclosures about Uncertainties in the Financial Statements—Illustrative examples」として最終化されており、2026年10月時点では公表済みの設例として参照できる。ただしいずれも基準そのものではなく教育的資料・設例であり、新たな開示要求を追加するものではない。どの文書を根拠に社内方針を組むかで説明の強度が変わる点は意識しておく必要がある。

監査対応は結局、説明の設計である。異なる文書で異なる数値を使うことは禁じられていない。禁じられているのは、違う理由を説明できないことだ。開示の移行シナリオが野心的な政策シナリオを前提とし、減損テストが現時点で合理的と判断される事業計画を前提とするなら、両者の性質の違いと、どの時点でどちらに寄せるかを文書化しておけば、監査人の質問には耐えられる。この文書化を決算期直前に始めると間に合わない。

課題・反論・代替視点

早期に会計へ反映することが常に正しいとは言えない。最大の反論は、会計上の見積りは合理的に見積り可能な情報に基づくべきであり、2040年代の政策不確実性を現時点の帳簿価額に織り込むのは見積りの域を超えるという立場だ。移行計画は経営の意図表明であり、法的拘束力のある決定ではない。意図表明だけで減損を認識すれば、政策が変わって設備を使い続けることになった場合、減損の戻し入れが認められない日本基準では過少な資産計上が固定化される。この指摘には相応の説得力がある。

実務上の制約も無視できない。設備ごとの将来キャッシュ・フローを炭素価格シナリオ別に作れる企業は限られる。発電所単位の収支を管理会計で把握していない企業では、グルーピングの見直しそのものがシステム改修を伴う。前倒しで会計に反映することのコストが、得られる説明力を上回るケースは確実にある。

早期認識が資本市場で必ず評価されるという保証もない。減損の公表が「経営の誠実さ」として受け取られるか「投資判断の失敗の露呈」として受け取られるかは、同時に示す代替投資計画の質に依存する。減損だけを出して成長戦略を示せなければ、株価は下がり資本コストは上がる。企業価値化という観点では、会計処理は単独では価値を生まず、再投資のストーリーと組み合わせたときにだけ機能する。

代替視点として、会計を動かさず開示で補完する選択もある。財務諸表の前提は据え置いたまま、気候開示のなかで「仮に2035年停止を前提とした場合の帳簿価額への感度」を定量的に示す方法だ。感度分析は、見積りの変更を伴わずに投資家の疑問に答える手段になる。ただしこの手法を使うと、示した数値が将来の減損額の予告として市場に記憶されるため、実際の処理時に差が出れば説明責任が重くなる。

日本市場・日本企業への示唆

海外事例をそのまま持ち込めない理由は三つある。まず判定構造だ。日本基準の減損は二段階アプローチを採り、割引前将来キャッシュ・フロー総額が帳簿価額を上回る限り減損を認識しない。IFRSのIAS 36は使用価値と処分コスト控除後の公正価値のいずれか高い額、すなわち割引後の回収可能価額を帳簿価額と直接比較するため、同じ設備・同じ前提でも日本基準のほうが減損が出にくい。欧州の電力会社が巨額の減損を計上した事例を日本企業の経理部門がそのまま参照すると、判定基準の違いを見落とす。

次に不可逆性である。日本基準では減損損失の戻し入れが行われない。IFRSではのれん以外の資産について回収可能価額が回復した場合の戻し入れが認められる。つまり日本企業にとって早期の減損は不可逆な意思決定であり、慎重になる合理的理由がある。移行計画の稼働終了年を保守的に短く書くことのコストは、IFRS適用企業より日本基準適用企業のほうが高い。この非対称性は、開示文言を決める段階で経理部門が関与すべき最大の理由だ。

三つめは制度環境だ。GX-ETSは2026年度から義務的な排出量取引制度の段階に移り、2028年度の化石燃料賦課金、2033年度からの発電事業者向け有償オークションがGX推進法の枠組みに位置づけられている。炭素コストの発生が法制度として確定しているほど、「合理的に見積り可能ではない」という説明は通りにくくなる。欧州のような長期の炭素価格履歴がないという従来の言い分は、制度の確定という別のルートで埋め合わされつつある。

実務の優先順位としては、減損判定に使う事業計画と気候開示の前提の対応表を作り、乖離している箇所について乖離の理由を文書化する作業が費用対効果が高い。資産グルーピングの単位と、その単位を選んだ根拠を監査人と事前に合意しておくことも効く。移行計画を公表する前に経理部門を設計段階から入れる体制を作れている企業は、国内ではまだ少数にとどまる。

まとめ

座礁資産の会計処理は、損失をいつ認めるかという時間の問題であり、総額の問題ではない。帳簿価額300億円・残存20年の設備を2035年度末停止に切り替える試算では、減損と耐用年数短縮を併用すれば初年度に特別損失180億円を計上したうえで年13.3億円の償却が9年続き、耐用年数短縮のみなら年33.3億円、従来比で年18.3億円の増加が9年続く。いずれも9年間の費用計上累計は300億円で一致する。差は自己資本比率への一撃か営業利益への継続圧迫かという形であって、総額ではない。財務制限条項と配当政策の制約から逆算すれば、どちらを選ぶべきかはおおむね一意に決まる。選択の自由があるように見えて、実際の制約条件はかなり狭い。

見落とされがちなのは、減損だけでは座礁の総コストが出ないという点だ。廃止時期の前倒しは資産除去債務の割引期間を縮め、負債と費用を同時に押し上げる。減損と除去債務見直しが同じ期に重なれば、損益上は損失が二重に見える。ここでIRが示すべきは総額ではなくキャッシュアウトの時期であり、非資金損失と実際の支出を分けて説明できなければ市場は過剰に反応する。設備類型によって費用回収の制度的裏付けが大きく違うことも、投資家の誤読を招きやすい論点である。原子力やガス導管のように積立・料金を通じた回収経路がある領域と、製油所や石炭火力のように事業者負担が原則となる領域を、同じ「停止年の開示」として横並びで読まれると、株価への影響は実態から乖離する。

日本基準は二段階アプローチと戻し入れを行わない取扱いという二つの特徴によって、早期の減損認識を不可逆で慎重な判断にしている。一方で化石燃料賦課金と有償オークションが法制度として確定するにつれ、「合理的に見積り可能ではない」という説明は年々使いにくくなる。開示部門が描いた稼働期間と経理部門が据え置いた前提の差は、SSBJ基準の義務適用が2027年3月期以降に段階適用されるなかで、同一の有価証券報告書上に並んで可視化されうる。移行計画を公表する前に経理・監査対応を同時に設計できるかどうかが、今後2〜3年で座礁資産を抱える企業の資本コストを分ける分水嶺となる。


主要出典

  • 企業会計基準委員会(ASBJ)「固定資産の減損に係る会計基準」(二1 兆候、二2 認識の判定、二3 測定、二6 資産のグルーピング、三2 減損損失の戻入れ)および「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」 https://www.asb.or.jp/
  • 企業会計基準委員会(ASBJ)企業会計基準第18号「資産除去債務に関する会計基準」および同適用指針(見積りの変更、時の経過による調整額の処理) https://www.asb.or.jp/
  • 企業会計基準委員会(ASBJ)企業会計基準第24号「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(会計上の見積りの変更の取扱い) https://www.asb.or.jp/
  • IFRS財団/IASB「IAS 36 Impairment of Assets」、IFRS財団スタッフ教育的資料「Effects of climate-related matters on financial statements」、公開草案「Climate-related and Other Uncertainties in the Financial Statements」(2024年7月公表、意見募集期限2024年11月28日)、および最終化された設例「Disclosures about Uncertainties in the Financial Statements—Illustrative examples」(2025年11月公表) https://www.ifrs.org/
  • サステナビリティ基準委員会(SSBJ)「サステナビリティ開示ユニバーサル基準」「テーマ別基準第2号 気候関連開示基準」 https://www.ssb-j.jp/
  • 金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令」改正およびサステナビリティ情報の開示義務化に関する公表資料、監査基準報告書701(監査上の主要な検討事項)・同720(その他の記載内容)関連資料 https://www.fsa.go.jp/
  • 経済産業省「GX推進法(脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律)」および改正法に関する公表資料、成長志向型カーボンプライシング構想関連資料 https://www.meti.go.jp/
  • GXリーグ事務局「GX-ETS 制度設計および運用に関する公表資料」 https://gx-league.go.jp/
  • 資源エネルギー庁「容量市場・長期脱炭素電源オークションに関する審議会資料」「原子力発電施設解体引当金制度・再処理等拠出金制度に関する資料」「石油精製業の構造改善に関する資料」 https://www.enecho.meti.go.jp/
  • 経済産業省「ガス事業法に基づく託送供給料金の認可・査定に関する資料」 https://www.meti.go.jp/

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